次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

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彼女を本当に愛さなかったのだろうか

気持ち悪い感情とみなされた恋

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「親愛なるマックスへ

 君の長年にわたる友情と忠心に感謝する。君のような心強い友が側にいてくれるおかげで国王としてまっすぐ立つことができる。

 いつも思慮深い提言をしてくれる君に感謝する。

友情をこめて
アーサー」



 アーサー国王の側近であり友人でもあるマックス・エバンスは城内を歩きながらいつになく浮きたった空気を感じていた。

 ルイ王太子殿下の結婚式の日程が発表され城内はにぎわっていた。誰もがルイ殿下の話をしており、いつもであれば話し声などすることのない場所でも話し声がきこえた。

 マックスはアーサーとグレイス殿下が婚約した時のことを思い出す。

 アーサーは十八歳のときに婚約者を流行病で亡くした。その後の新たな婚約者探しは難航した。

 流行病で亡くなった結婚適齢期の貴族令嬢や令息がそれなりの数にのぼったためどの家門も混乱した。

 流行病で多くの王国民が亡くなったことから国が不安定化し、その状況を落ち着かせることが最重要だった。そのためアーサーの婚約者探しは後回しになった。

 アーサーも王太子として精力的に仕事をこなすことと、友人との気安い付き合いや後腐れのない女性とのたわむれで息抜きする生活を気に入り、面倒でしかない結婚についてわざわざ考えることがなかった。

 そしてアーサーはグレイス殿下に出会った。

 アーサーはグレイス殿下に恋をしたが本人はその気持ちを自覚しないようにしていた。さまざまな理由をつけてこれは恋ではないと自分にいいきかせた。

 長年アーサーの友人として、そして臣下として側にいるマックスの目からみて、アーサーがグレイス殿下に恋をしたのは明白だった。

 しかしその気持ちを認めようとしないアーサーと、王太子という特殊な立場があわさり、二人の関係はグレイス殿下にとって苦しい方向へむかうことになった。

「よく分からない感情に振り回されるのは気持ち悪いな」

 お互いが九歳のときにアーサーが恋をした。しかしこれまでもったことのない感情にアーサーは「気持ち悪い」という感想をもち、それ以降アーサーは恋を「気持ち悪い感情」と思うようになった。

 アーサーが十二歳の時に婚約者がきまり、彼女と交流していくなかアーサーは彼女に淡い恋愛感情をいだいているようにみえた。

 しかしアーサーは婚約者との交流でおこる感情のゆれを「気持ち悪い」といい、おさまりの悪さを口にした。

 周りはそれが人を好きになるという感情だと説明し、アーサーも納得したように見えた。

 そのためマックスはアーサーにとって恋愛感情が引き起こす感情の波が、いつまでたっても気持ち悪いものという認識のままだったことに気付かなかった。

 アーサーがグレイス殿下へ「愛していない」といったと聞かされ驚愕した。

「なぜそのようなことをいったのですか?」

「王太子として常に冷静な判断を下すべき自分が、グレイスのせいで判断を狂わせるわけにはいかない。

 グレイスが私のことを愛することによって、私がそのような彼女の気持ちにひきずられるべきではないだろう。だから政略結婚だとしっかり説明した」

 思わず「なんということを」とマックスがつぶやくと、アーサーは「グレイスはちゃんとわきまえた態度をしめした。王太子妃としての資質をしっかり兼ね備えた女性を自分は選んだ。大丈夫だ」不愉快そうな表情でアーサーが応じた。

 グレイス殿下の心痛を思うといいたいことは山ほどあったが、家臣として王太子の意にそわぬことをいうタイミングではないと判断する自分がいた。

 アーサーはグレイス殿下にいだく感情を処理しきれず、自分にとって楽な形をもとめた結果が、政略結婚で個人的な感情を必要としない結婚と思うことだったのだろう。

 一度ねじれた糸をもどすのはむずかしい。グレイス殿下はアーサーの政略結婚だという言葉を受け入れ、それまでアーサーにみせていた純粋な感情をかくした。

 決して周りに傷ついていることを悟らせなかったが、ふとした拍子に見せるアーサーへの視線に悲しみがあった。

 心を乱すような恋愛感情を「気持ち悪い」と思ってしまったアーサーの考えを変えることはむずかしい。それがすっかりアーサーにとって自分を律する方法となっていた。

 マックスは友人としてアーサーに恋という感情を肯定的に受けとめ、恋がもたらす幸せな気持ちを楽しんでもらいたいと思う。

 しかし一方で臣下としてアーサーが自分の感情をゆらさないために自分を律していることを、国だけでなく自身の家門にとって「都合がよい」と思ってしまう。

 アーサーのグレイス殿下への想いがアーサーの中でねじ曲がってしまったせいか、それを修正するかのようにミア王妃陛下との付き合いをアーサーは求めた。

「ミアといると落ち着く。何も心配する必要がない」

 アーサーのその言葉はアーサーにとってミア陛下が自分らしくいられる相手で愛しているように聞こえる。

 しかしアーサーのグレイス殿下への想いをしるマックスからすると、「自分の気持ちをかき乱さない程度の好意しかない」としか聞こえなかった。

 アーサーにとって気が合い、感情を大きくゆさぶることのないミア陛下との関係は都合がよかったのだろう。

 それはミア陛下にとっても同じで、アーサーに対し好意はあるがそれが恋愛感情だったのかは微妙な線だとマックスは思った。

 そのような二人は互いが穏やかな感情しか持たなかったからこそ長くつづいたように思う。相手を遠ざけようとなるほどの感情をいだくことがなかったのだろう。

 そしてアーサーはグレイス殿下との間に子をもうけたことで、二人の間に子という存在がはさまり二人の関係も変わった。

 夫婦というお互いしかいない関係においては、自分の心をかき乱すグレイス殿下に落ち着かないものを感じていたアーサーだったが、子という存在がいることで家族として、そして子供達の母としてグレイス殿下をみることができ安心できたようだった。

 それはグレイス殿下にとっても同様だったのだろう。

 愛していない、政略結婚だといわれ行き所がなくなってしまったアーサーへの想いをグレイス殿下は子へむけた。子を通してアーサーと落ち着いた関係をきずけることがグレイス殿下にとって救いとなったようだった。

 マックスはグレイス殿下が庭園をかけまわっているお子様方の姿を見守りながら、ひそかにアーサーの姿を目でおっている姿を何度もみている。

 その視線がもつ意味合いは年月と共に変わっていった。

 切なげな視線はあきらめの色を持つようになり、感情が読みとれない無色なものへと変わっていったように思う。

 そのような変化をもたらせたのはミア陛下の存在だけでなく、グレイス殿下の元近衛騎士、オリバーを失ったことが大きかっただろう。

 王侯貴族の女性と護衛騎士の仲について噂がたつのは社交界の娯楽のひとつだ。誰もが噂の的になった経験をもっているといって差し支えない。

 とくに護衛の容姿がととのっている場合、後ろに立っているだけにもかかわらず親密そうにしていたと噂される。

 少女時代に護衛騎士に淡い恋心をいだくことはあるだろうが、成長するにつれ自分を守るという役割が護衛を五割増しでよくみせていることに気付いていく。

 それは貴族の男が少年時代に自分の世話をしてくれる侍女に淡い恋心を持つのと同じだ。

 グレイス殿下がオリバーを父のような存在として接しているのは日頃の言動をみれば明らかだった。親子のように守る側と守られる側といった信頼があった。

 それはグレイス殿下の行動を監視していた者もマックスの観察とにたような報告をあげていた。

 オリバーがグレイス殿下の近衛騎士としてつとめていた最後の三年は、自身の後継者を育てることを中心として動いていたので、オリバー自身が殿下の護衛をすることはほとんどなかった。

 オリバーは近衛騎士を指導する立場になり、護衛として常に神経を張りめぐらせグレイス殿下の安全に気を配る必要がなくなったこともあり、以前よりも殿下と気軽に雑談する機会がふえた。

 そのことがオリバーとグレイス殿下の噂に、より信憑性をもたせることになった。

 えん罪にもかかわらずオリバーが責を負うことで幕引きされ、グレイス殿下は側近達との関係を変え、私的な時間をつくるのが罪だというように王太子妃としての職務と慈善活動へ、より一層力をいれるようになった。

 そのようなグレイス殿下をアーサーはずっと目でおっていた。しかし二人の視線は交差することなく、まるで自分の想いを知られてはいけない相手を見ているかのようだった。

 二人の視線はグレイス殿下が亡くなるまで交差することはなかった。自分の側近達へ一線を引くようになったグレイス殿下は、アーサーへも一線を引くようになっていた。

 それはまるで自分に関わる人達にとって、自分が災いとなるのを怖れているかのようだった。

 上に立つ者は孤独だ。だからこそ心を許せる者を側に置こうとする。

 それをあきらめてしまったグレイス殿下は、人であることをやめたかのようにみえた。自分に求められている役割をこなす器でしかないといった印象をマックスにあたえた。

 アーサーがグレイス殿下にいだいた感情は年月をへていくうちに形を変えていった。

 本人が自覚しないようにしていたグレイス殿下への恋愛感情は、家族愛へと形をかえ、ミア陛下への逃避、そしてグレイス殿下へのひそかな執着、嫉妬へと姿をかえた。

 アーサーが亡くなる前のグレイス殿下にむけていた感情には嫉妬が多くふくまれていた。

 グレイス殿下がつねに心をくだき大切にする自身の子供達への嫉妬、殿下が親しくする友人、臣下など彼女の周囲にいる人達への嫉妬、そして王太子である自分をかすませるほどの存在感をもつグレイス殿下自身への嫉妬。

 アーサー本人はそのことに気付いていなかっただろう。正確にいえばマックスをはじめとした側近達が気付かせないようにした。

 王太子として、国王として、アーサーの感情をできるだけゆらさないようにする。それは王国の安定のために必要だった。

 好きな人を好きだと認めないことで感情を律したアーサーだ。自分の感情よりも国のためになる道を選ぶことにためらいはないはずだ。

「次代の希望か」

 かつてはアーサーとグレイス殿下の二人をさす言葉だった。その言葉を引き継いだルイ殿下がどのような道をあゆむのか。

 国王として優れていることと、ひとりの人間として幸せをえることは両立するのだろうか?

 そのようなことを考えた自分にマックスは鼻でわらう。

 アーサーが国王として賞賛されることに心血をそそいできた。それをアーサーが望んだ。それがアーサーの幸せだ。

 マックスはアーサーの執務室へむかう足をはやめた。
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