彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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予告編

予告編② 『思春期少女の悩み』(後編)

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 メルエーナは深夜に自室でソレを手に取り、しばらく眺めていた。
 だが、自らがソレに、ビキニタイプの大胆なデザインの白い水着に着替えた姿を想像し、頭から湯気が出そうなほど頬が熱くなる。

「無理です! こんな布切れだけの端ない格好をジェノさんに見せるなんて!」
 メルエーナはベッドの端に座っていたが、そのまま後ろに倒れて、ベッドに体重を預けると、水着を横に置き、真っ赤になってしまった顔を両手で抑える。

 そろそろ季節は夏になろうとしている。
 メルエーナが今まで暮らしていたリムロ村は山奥だったので、全くピンとこないが、このナイムの街の夏といえば海なのだという。

 そこでは、若い男女がひと夏の思い出を作り、そして少しの冒険をして見る時期なのだと言う。

 その言葉を真に受けたわけではないが、先日いきなり娘の様子を見にやって来た母のリアラの強引な勧めによって、メルエーナは水着を強引に決められ、購入することになったのだ。

 思ったよりも高価だったが、お金は母が出してくれたので財布は傷まなかったのだが、心が痛むのである。

「このままタンスの肥やしにしたら、絶対に怒られそうですし……。それに、パメラさんからも……」
 メルエーナはパメラから聞いた秘伝を思い出す。

『いい、メル。貴女は確かに胸は小さいかも知れないけれど、他のバランスは良さそうに見えるわ。そうであれば、それらをフルに利用して、男の想像力……いえ、妄想力を高める事を第一に考えなさい』
『……妄想力ってなんですか?』
『私達の年頃の男なんて、女の子の裸に興味津々なのよ。普段服で見えない部分も、きっとこうなのだろうと妄想して裸を思い浮かべているのよ』
『ええっ! ほっ、本当ですか?』
『男なんてみんなスケベなんだから、当然よ。でも、それだと胸が小さいというのはマイナス要素になることが多いわ。けれどね……大胆な下着……この時季なら水着でもいいわ。そういった露出の高い格好だと、小さくても十分な武器になるわ!』

 この水着に着替えたくない理由は、その露出度の高さにある。
 胸の先端付近こそ隠されているものの、胸の膨らんだ付け根部分を見せる事になってしまうのだ。
 けれど、パメラが言うには、それこそが武器なのらしい。

『貴女のお母さんの選んだ際どい水着とやらがそうなっているかわからないけれど、普段は服で絶対に見せない部分を男の子に見せてあげるの。
 すると、男の子は、想像し慣れていたはずの妄想上の女の子の裸がもっと複雑だということに気づくわ。だからこそ、隠れている部分をより見たいと思うのよ!』
『そっ、そうなんですか……』
『メル! 貴女、横の肉を寄せてあげたら、胸に谷間はできる?』
『えっ?』
『出来ないのなら、胸の付け根部分を見せた方がいいわね。男の子にはない体の特徴を見せつけるには、それが一番よ!』
『あっ、あの、パメラさん。他にもお客様がいらっしゃいますから、もう少し小さな声で……』
『それはもちろん、おしりもよ! とはいっても過度な露出はメルの清楚さを曇らせちゃうから駄目ね。となると、太ももとお尻の境目を……』
『おっ、お願いですから、もう少し声を落として下さい』

 公共の場とは思えないパメラの恥ずかしい熱弁を思い出し、メルエーナは顔を再び真っ赤にして手でそれを覆う。

「ですが、きっとここで諦めては駄目です!」
 顔から火が出るほど恥ずかしいが、メルエーナは覚悟を決める。

 横目で水着を見ると、パメラの言っていたこと全てを満たす水着がそこにあるのだ。
 パメラの伝え聞いた秘伝も、母の配慮の一つに過ぎなかったようだ。
 それならば、母の言う、男性を誘惑する手練手管は非常に優れたものであるのは間違いないのだろう。

 メルエーナは行動に出るべく、母のリアラに言われたことを思い出すのだった。



 ◇



 母が突然訪ねてきた翌日。
 メルエーナは一緒に水着の販売店に足を運ぶことになってしまった。

 言われた通りの、白い際どいカットの水着に着替えたメルは、試着室の姿見でその姿を見て、かぁーっと顔を真っ赤に染め、その場にうずくまる
 恥ずかしい。ある意味、全裸以上に恥ずかしい気さえする。

「もう、いつまで着替えに掛かっているのよ」
 そんなメルエーナの心情を知らずに、母のリアラが試着室のカーテンを開けて顔を突っ込んできた。

「なっ! のっ、覗かないで下さい!」
「ほう、これはなかなか……。うん。この水着にしましょう。下品にならず、メルの体の魅力がよく分かるわ」
「いいから、早く締めて下さい!」
 メルエーナは顔を真っ赤にして怒り、カーテンが閉まると速攻で普段着に着替えた。

 けれど、言葉通り母はその水着がベストと判断したようで、それを購入することを決めてしまった。
 母がお金を出してくれて、会計を済ましてしまったので、今更いらないとも言えず、メルエーナは渋々それを受け取った。

「でも、お母さん。私、こんな端ない格好で衆目の目に晒されるのは、耐えられません」
 帰り道に、横を歩く母にそう言うと、彼女はキョトンとした顔をし、

「何を言っているの。当たり前じゃあないの。貴女がこんな露出度の高い格好を皆の前でするのだというのなら、さすがの私でも止めるわよ」

 そんな訳のわからないことを言う。

「そっ、それでは、どうしてこんな高い水着を買ってくれたんですか! 私はもっと地味で安いもので良かったのに……」
 メルエーナがそう言って拗ねると、母はにこやかに微笑む。

「そういった水着は、作戦がうまくいってから、ジェノ君と買いに来なさい」
「作戦?」
「ええ、そうよ。今、貴女が手にしてる水着を着たところを見せるのは、ジェノ君一人だけよ」
 リアラの言葉は抽象的すぎて、やはり意味がわからない。

「もう。水着だからって、泳ぐ事を前提にしなければいけないわけでは無いでしょうが。そこは、私を悪者にするのよ」
「えっ? お母さん、どういうことです?」
 メルエーナには、何がなんだか分からない。

「ふっふっふっ。<パニヨン>に戻ったら教えて上げるわよ」
 そうリアラは言い、メルエーナに一つの策を授けてくれたのだった。



 ◇


 
 料理の本を読みながらも、そろそろ良い時間なので休もうとジェノは考えた。
 日増しに暑くなってくる季節だ。体調管理は普段以上にしっかりとしなければいけない。

 しかし、そこでドアを控えめにノックする音が聞こえてきた。

 もう深夜と言ってもいい時間だ。それなのに……。

「ジェノさん……。まだ、起きていますか?」
 声でそれがメルエーナだと分かり、ジェノはドアを開ける。

「どうしたんだ? こんな遅くに」
 ジェノはそう言いながらも、メルエーナの姿に驚き、僅かに目を大きくする。彼女は、体に大きなタオルを羽織っているのだ。

「その、すみません、こんな時間に……。でも、その……」
 今にも泣き出してしまいそうなメルエーナの声に、ジェノはただ事ではないと悟る。

「話を聞こう。俺の部屋でもいいか?」
「……はい」
 ジェノはメルエーナに椅子を勧め、自分はベッドの端に腰を下ろす。
 しかし、彼女は椅子に座ろうとはせずに、体を震わせている。

「どうした、メルエ……」
 ジェノの言葉は途中で止まった。それは、メルエーナが身に纏っていたタオルを、床に落としたためだった。

 メルエーナは白い水着を身に着けていたが、それは美しくも扇情的な姿だった。

 胸を覆う布は胸の先端とその付近を覆うものの、乳房と胸筋の境を顕にしており、普段の清楚な彼女とはまるで別人のように思えた。
 細いが健康的な腕。女らしい腰のくびれも、平らなお腹も、おへそまでも露出し、腰も布に覆われて入るものの、小さくて形の良いおしりがそこから溢れているのがなんとも蠱惑的だった。

「……ジェノさん」
「あっ、ああ」
 名前を呼ばれて、自分がメルエーナの姿に見とれていた事にジェノはようやく気がつく。

「すっ、すみません。貧相なものをお見せしてしまいまして……。ですが、その、母が、こういった格好をすれば、ジェノさんに興味を持ってくださるといって、無理やりこの水着を着るようにと……」
 メルエーナは顔を真っ赤にしながら、視線を下にうつむける。

「私は、あのマリアさんに負けたくありません。だから、少しだけ頑張ってみました。でっ、ですが、私、こんな格好をジェノさん以外の人に見せるのは耐えられません……。でも、私は……」
 泣き出しそうな声でいうメルエーナは美しくも愛らしかった。

「あっ……」
 メルエーナの驚きの声が部屋に響く。ジェノは気がつくと、メルエーナを抱きしめていたのだ。

「ジェっ、ジェノさん?」
「……メルエーナ。俺は……」
 ジェノは衝動を我慢できなかった。

 自分のために無理をし、着慣れない格好をしてまで気を引こうとしてくれたメルエーナの健気さが、羞恥を堪えて懸命に気持ちを伝えようとするそのいじらしさが、愛おしくて仕方がなかった。

「メルエーナ……」
 ジェノの視線とメルエーナのそれが交差する。
 すると彼女は恥ずかしそうに「メルと呼んで下さい」とだけ言って、瞳を閉じた。

「……メル……」
 優しくジェノはそう名前を呼ぶと、静かにメルエーナの唇に、自分の唇を重ね合わせた。

 長い口吻の後、ジェノは優しくメルエーナの頭を撫でた。

「メル。俺も、お前のこんな姿を他の連中に見せたくない」
「ジェノさん……」
「そして、もう、お前を手放したくない。……駄目か?」
「いっ、いえ。その、私……嬉しいです……」
 メルエーナがそう応えると、ジェノは彼女の体を軽々と抱え、静かにベッドの上に寝かせる。

「メル……」
「ジェノさん……」

 ジェノはメルエーナの瞳を見つめ、もう一度口づけを交わす。
 それが、これから始まる情熱的な一夜の開始を告げる合図であるかのように。







「あっ、ああああああっ! わっ、私は何を考えて!」
 メルエーナは、自分の浅ましい妄想の世界からようやく戻ってきた。

 母親に唆されたとはいえ、自分はなんてことを妄想しているのだと頭を抱える。

 こんな自分に都合のいいように話が進むはずがないのに、ついつい妄想を止めることが出来なかった。

「ううっ、私は、なんて端ない……」

 メルエーナが後悔をして頭を抱えていると、不意にドアがノックされた。

「はっ、はい!」
 メルエーナは慌てて返事をし、水着を掛け布団の中に隠して、ドアの前まで足を運ぶ。

「どうかしたのか? 大きな声が聞こえたが」
 ドア越しに声をかけてきたのは、ジェノだった。
 それが分かった途端、メルエーナの頬が朱に染まる。

「いっ、いえ、その、何でもないです」
「そうか。お前があんな大きな声を上げるのはめったに無いから、何事かと思ったんだ。いや、問題がないならば別にいい」
 ジェノはそう言って立ち去ろうとしたのが分かり、メルエーナはドアを開ける。

「その、すみませんでした、ジェノさん」
 立ち去ろうとしていたジェノの背中に小声で謝罪の言葉をかけると、彼は静かに振り返った。

「別に謝る必要はない。幸い、バルネアさんには聞こえていないようだからな」
 向かい合っているジェノとメルエーナの部屋とは異なり、バルネアの部屋は客間を挟んでいるため、声が届かなかったようだ。

「ジェノさん。その、今度、私に泳ぎを教えて頂けませんか?」
 メルエーナは意を決して、ジェノに頼み事をする。

「んっ? どうした急に? いや、そうか。お前は山育ちだったな」
「はい。ですので、全く泳げないのです」
「そうか」
 ジェノは短くそう言うと、何かを考えるように顎に手をやる。

「あっ、その、ジェノさんもお忙しいですよね。無理にとはいいません」
 つい申し訳なくて、メルエーナはそう言ってしまう。

「いや、それぐらいの時間を取ることくらいはなんの問題もないが、一つだけ頼みたいことがある」
「えっ? 頼みたいことですか?」
 メルエーナは思いもしなかった事態に驚く。

「ああ。普通ならこんな事を頼みはしないんだが、お前はどうも自分のことに無関心だからな」
 ジェノはそう言うと、更に言葉を続ける。

「どんな格好をするのもお前の自由だが、できればあまり人目を引きすぎる格好は自重してくれ。以前、お前の住んでいた村で、冒険者見習い共に目をつけられたことがあっただろう。あの二の舞になるのは避けたい」
「はっ、はぁ……」
 メルエーナはいまいちジェノが言わんとしていることがわからない。

「分かっていないようだな。お前はただ立っているだけで人目を引く容貌をしている。それに露出を伴う姿が重なれば、悪い連中に目をつけられやすいということだ」
「……えっ! あっ、それは、その、つまり……」
「少しは自分が他人にどう見られているかを理解したほうがいい。俺も気をつけるが、全てを防げるとは限らん」
 ジェノはそういうと、「おやすみ」と言い残して、呆然とするメルエーナを尻目に部屋に戻って行ってしまった。

 けれど、メルエーナは呆然として、しばらく思考が働かない。

 あのジェノが、自分に対して、人目を引く容貌だと言ってくれた。
 それはつまり、ジェノもそうだと思っていてくれるということだ。

 カァーとメルエーナの顔が真っ赤になる。

 先程までの妄想とはことなり、これは現実なのだ。

 メルエーナは夢見心地のような気持ちで部屋に戻ると、掛け布団の間に隠してあった水着を取り出すと、それはやはりタンスの肥やしにしようと決めた。

「ですが、お母さんとパメラさんの気持ちも無駄にはしません。ジェノさんに一緒に水着を選んで欲しいと頼んでみましょう」

 メルエーナは決意する。
 ものすごく恥ずかしいが、明日にでもジェノに話してみようと。
 バルネアさんも一緒のときのほうが、味方になってくれるはずなのでいいだろう。

「……私にはいきなり距離を縮めるのは向いていないみたいです」
 
 マリアが現れたことで、自分は焦りすぎていたような気がする。
 やはり、自分とジェノの関係はこうして少しずつ距離を縮めていきたいのだと、メルエーナは自分の気持ちを理解した。

 きっと、母やパメラさんのいうとおりに事が進めば、ジェノさんの気持ちは自分に向くかも知れない。でもそれは、本当の意味で愛されている状態ではないと思う。
 
 それでは駄目なのだ。
 それでは、自分もまたジェノさんの重荷になってしまうから。

 自分はあの人が好きだ。
 だから、一緒にいたい。これからもずっと。

 だからこそ、重荷ではなく、お互いがお互いを支え会える存在になりたい。
 それにはもう少し、時間が必要だと思うのだ。

 今のこの何気ない気遣いの発展した先に、それがあるとメルエーナは理解した。

「でも、マリアさんに先を越されてしまう可能性も否定はできませんから。そのあたりも注意しないと」
 あんな美人でスタイルのいい女の子と競い合うなど無謀もいいところだと他の人は思うだろう。
 けれど、これは自分自身の問題だ。
 他人は関係ない。

「私は、絶対に負けません!」
 メルエーナはそう心に固く誓うのであった。
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