彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
162 / 249
予告編

予告編② 『思春期少女の悩み』(中編)

しおりを挟む
 馴染みの喫茶店、<優しい光>亭に入り、メルエーナはパメラと一番奥の席に足を運び、向かい合って座った。
 そして、二人で紅茶を注文し、それが運ばれてきてから話を始める。

「パメラさん。その、わっ、私は……」
「うんうん、そんなに慌てて話そうとしなくても大丈夫よ。リーシス様は信徒の訴えを無下にはしないわ」
 メルエーナが意を決して話そうとしたのを、やんわりと止めて、パメラはニッコリと微笑む。

 流石、神官になる人は違うとメルエーナは感心し、深呼吸をしてから自分の悩みをゆっくりと打ち明けることにする。
 
 メルエーナの悩みは、ジェノのこと。
 自分が片思いをしているジェノの前に、ものすごく美人でスタイルの良い幼馴染の少女が現れ、いまも彼女はジェノを憎からず思っている節があることを話した。

「その、どう考えても、私なんかでは比較にならないくらい魅力的な女の子で……」
「なるほどね。金色の髪のものすごく綺麗な女の子の噂は聞いたことがあったけれど、それがメルの言うマリアちゃんなのね、きっと」
「……はい。恐らくはそうだと思います。あの美貌なら、噂になってもおかしくないはずですから……」
 メルエーナは絶望的な差を再確認し、がっくりと肩を落とす。

「それで、メルはどうしたいの? このまま指を咥えて、ジェノ君が取られてしまうのを見ているつもりはないわよね?」
「それは、その、もちろんです。ですが、私は何をしたらいいのか……。いえ、その、やっぱり違います。私は、もっと積極的にならなければいけないというのは分かっているんです! でも、私、恥ずかしくて……」
 メルエーナは顔を真っ赤にしてしまい、両手で顔を隠す。

「……あの、メル。ちなみに、貴女はジェノ君に何をするつもりなのか訊いてもいいかな?」
 顔を覆っているので気づかなかったが、パメラは席を立ち、食い入るようにメルエーナを見つめる。

「はっ、はい。どうか懺悔としてお聞き下さい。その、とても端ないことなのですが……」
 メルエーナは、行動に移そうか迷っている事柄を小声で打ち明ける。

「…………」
 パメラは黙って話を聞いてくれた。

 やがて時間を掛けて全てを話し終えると、メルエーナは少しだけスッキリすることが出来た。
 やはり一人で胸の中に仕舞い込んで置くのはよくない。こうしてただ聞いて貰うだけでも気持ちが晴れるものだ。

 メルエーナは、話を聞いてくれたパメラにお礼を言おうとして顔を上げたのだが、そこで目を血走らせている彼女の顔を見て恐怖に固まる。

「……あっ、あの、パメラさん?」
 正直怖くて仕方がなかったが、声をかけないわけにもいかず、メルエーナは名前を呼ぶ。すると……。

「おのれ、この幸せ者め! なんだ、なんだ、なんだぁ、それは! ろくに素敵な男性との出会いもなく、門番のちょっと冴えない男の子達でさえ、水面下で奪い合いをしている、私達神殿関係者に対する当て付けかぁぁぁぁっ!」
 パメラは取り乱し、メルエーナに食って掛かる。

「あっ、あの、パメラさん……。他にもお客様がいらっしゃいますので……」
 メルエーナはなんとか宥めようと試みたが、それは徒労に終わってしまった。

「こっちとら素敵な恋愛はおろか、粗食の期間でお肉さえ自由に食べられないというのに! なんだぁ、私達には睡眠欲以外満たしてはいけないとでも言うの? 
 それなのに、貴女は、ジェノ君のような美男子とそこまで進んでいるなんて……。羨ましすぎるわよぉぉぉぉぉぉっ!」
 血を吐くような声に、メルエーナは恐怖に震えるしか無い。

 それからしばらくして、パメラは冷静さを取り戻してくれた。
 ただ、後少しそれが遅かったら、自警団を呼ばれていたかも知れない。

「こほん。ごめんなさい、メル。少しだけ取り乱しました」
「あっ、はい。その、そうですね……」
 目を合わせずに、メルエーナは応える。

「それでは、メル。汝の懺悔をリーシス様は確かに聞き届け、貴女の罪を許されました」
 パメラは先程までの取り乱した様子はなく、穏やかに微笑む。

 その笑顔に、メルエーナはようやくほっと胸をなでおろし、「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
 そして、すっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。

 だが、

「そして、リーシス様は仰っています。『構わない、やりなさいと!』」

 思わずメルエーナは紅茶を吹き出しそうになってしまった。

「なっ、何を言っているんですか!」
「メルこそ何を言っているのよ! 自分がどれほど恵まれているのかまだ分からないの? 貴女は、あんな美男子を物にできるチャンスを得ているのよ!
 大丈夫よ! リーシス様は豊穣の女神。それは作物だけでなく、子宝も含まれているのよ。だから、きちんと子どもを成すのならば、何も文句はないわ!」
 自信有り気に、パメラは親指をぐっと立てる。

「子ども……」
 その言葉に、メルエーナの顔は再び真っ赤に染まる。

 メルエーナも将来的には子どもが二人は欲しいと思っている。だが、子どもというのは、その、つまりはそういう事をしないと生まれないわけなのだから……。

 メルエーナの頭はパニックを起こし、「あっ、ああ。そんな……。やっぱり私には……まだそんなこと……」と呟きながら、嫌々と首を横に振る。

 だが、そんなメルエーナに悪魔の囁きが聞こえてくる。

「大丈夫よ、メル。貴女は本当にジェノ君のことが好きなんでしょう? それなら、結婚してからかその前かの違いだけよ。いずれすることが少し早くなるだけよ」
 パメラは優しい口調で、メルエーナを諭す。

 正直、神官としてどうなのかと普段のメルエーナなら思うことができたはずなのだが、今の彼女には冷静な判断ができない。
 そして、それをいいことに、パメラは囁きを続ける。

「どんな綺麗事を並べようと、恋愛は競争なのよ。ジェノ君は生真面目だから、一度そういった関係になったら貴女に不義理はしないはずよ。
 そうすれば、マリアって娘にジェノ君を取られることはなくなるわ……」

「……でっ、ですが……。私みたいな貧相な体では、ジェノさんも楽しくないはずです……」
 メルエーナは顔を真っ赤にしながら、ずっと思っていたコンプレックスを口にする。

「私の先輩に、去年見事に結婚して神殿を退去して家庭に入った人がいるの。その人も決して豊満な体つきではなかったけれど、上手に男の人を誘惑したらしいわ」
「……えっ……」
 恥ずかしいと思いながらも、パメラのその言葉はとても魅力的な誘いに思えてしまった。

「後輩のためにと、その方法は私達に秘伝として伝えられているの。でも、いつもお世話になっているメルにだったら、それを教えてあげても、い・い・わ・よ」

 悪魔の提案だった。それは分かっていた。

 しかし、それはあまりにも魅力的な提案過ぎた。
 そして、メルエーナはその提案を受け入れてしまう。

 これから一ヶ月間、毎週一回、手作りお菓子を作って届けることを条件に。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...