• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』

ヨォコ

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第2章:黄金の瞳の覚醒 〜

第9話 選ばれし「番犬」 ――同じ空気を吸うための、静かなる侵入

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ロゼレイド公爵邸の執務室。本来、ここでの沈黙は「敵国の滅亡」を意味し、ここでの発言は「歴史の書き換え」を意味する。だが今、この場所を支配しているのは、国家の存亡よりも遥かに切実で、そして決定的に「救いようがない」熱気だった。
主君ヴィンセントは、皇帝の弟にして「帝国特別相談役」という至高の椅子に深く腰掛け、眉間に深い皺を刻んでいた。その黄金の瞳は鋭く、目の前に並ぶ「帝国最高の知能と武力」を射抜いている。
「いいか、お前たち。……誰か一人が、あの子の部屋で『無害な空気』になってもらう必要がある」
その瞬間。静寂を破ったのは、次男ジュリアンの雄叫びだった。
「父上! 僕がやります! 能力(瞬刻)を使って『マッハの速さでリンゴを剥き続ける男』になります! ウサギを100羽くらい作れば、エレーナも興味を持つはずだ!」
(……バカだ。我が主ながら、救いようのないバカだ)
後ろに控えるジュリアンの侍従は、そっと天を仰いだ。
(近衛騎士の天才が、能力をリンゴの大量生産に使うな! 他にも、もっとこう……手品とか、動物の真似とか、あるだろ!? なんで刃物なんだよ! お嬢様からすれば処刑前夜のサービスに見えるわ!)
「ジュリアン、お前は黙っていろ。殺気が強すぎる」
冷ややかに遮ったのは、長男アルベルトだ。
「父上、僕は能力(並列思考)を全開にし、片方の脳で難解な魔導書を読みつつ、もう片方の脳であの子の心拍と体温を完全監視する。名付けて『全自動見守りスタチュー』。これこそ完璧な守護だ」
(……出たよ、理屈コネコネ野郎)
アルベルトの侍従は、死んだ魚のような目で主人の背中を見つめた。
(立法を担う天才が、能力を『24時間生体監視』に使うな! 他にも、もっとこう……読み聞かせとか、影絵とか、あるだろ!? なんで監視カメラになろうとするんだ! お嬢様に気味悪がられて、一生のトラウマを植え付ける気か!)
「甘いですねぇ、皆様!」
不敵な笑みを浮かべて割って入ったのは、リアンとシオンだ。
「俺たちの能力(ミラー・ゲート)で、部屋の隅に『永遠に崩れないようでいて、絶妙に崩れるトランプタワー』を現出させます! 崩れた瞬間に俺たちが全力でズッコケれば、お嬢様も面白がってくれるはず!」
(……帰りたい。今すぐ帰らせてくれ)
二人の侍従は顔を覆った。
(外交の天才と暗号解析のスペシャリストが、二人揃って三流の道化師に転向か? 他にも、もっとこう……綺麗な花を出すとか、楽器を弾くとか、あるだろ!? なんで『ズッコケる練習』を始めてるんだよ! カッセル侯爵家が泣くぞ!)
「……私は、一番暗い場所で石像になる」とゼノが呟いた。
(暗いよ! 他にも、もっとこう……腹話術とかあるだろ! なんでホラー演出を全力でやってんだよ!)
「俺は部屋の真ん中で正座して、『俺はデカいぬいぐるみだ』と念じ続ける!」とバッシュが叫ぶ。
(無理があるだろ! 他にも、もっとこう……着ぐるみ着るとかあるだろ! その筋肉量でぬいぐるみは詐欺罪で訴えられるぞ!)
「……喧しいッ!!」
ヴィンセントの怒号が響く。だが、その後ろで侍従たちの心拍数は、主君たちのあまりの「引き出しの少なさ」に限界突破していた。
その時。窓辺でだらしなく絨毯に「ぺたん」と座り込んだフェイが、おどけたように笑った。
「みんな、力みすぎ。……お嬢様が求めてるのは、凄いお兄様でも怖い騎士でもない。『こいつ、暇そうだな』って思えるバカ一人でしょ?」
フェイは能力(虚空の糸)を「あやとり」のように弄んでみせた。
「俺は、お嬢様の部屋の隅っこで、ひたすら『一人しりとり』でもしてきますよ。『りんご、ごりら、らっぱ……あ、ぱ、ぱ、ぱ……パン!』とか言って、一人で詰まって、一人で笑ってる。……あの子が『何だ、この人。バカなのかな』って思ってくれるまで、俺はただの居心地の良い居候になります」
「「「「「し、しりとり……!?」」」」」
執務室に、衝撃が走った。
「完璧」を捨て、「隙」を武器にする。そして「しりとり」という、ここにいるガチガチのエリートたちには逆立ちしても出てこなかった、究極の「脱力戦術」。
「……フェイ。お前に任せる。あの子と同じ空気を、適当に温めてこい」
「了解です、相談役」
フェイがひらりと立ち上がった瞬間、影からスッと現れたのはフェイの侍従ジョエルだった。
(……おい。待てよプラチナブロンド。何が『しりとり』だ。何が『隙を見せる』だ)
ジョエルは心の中で、全力の往復ビンタを主君に叩き込んでいた。
(お前、魔導調査局の主席補佐官だろ? しりとり以外にも、もっとこう……魔導で綺麗な蝶を飛ばすとか、やりようがあるだろ!! なんでよりによって、知能指数ゼロのボッチ遊びを選んだんだよ! 不審者だよ! 事実上の不審者侵入事案だよ!)
廊下へ向かうフェイの後ろ姿を見送りながら、ジョエルは深く、深ーく溜息をついた。
「……フェイ様。お嬢様が引いてたら即座に中止ですからね。あと、俺は外で待ってるんで!」
「えー、ジョエル冷たいな。次は『ん』で終わらないように一緒に考えてよ」
「……辞表、今すぐ書いていいっスか?」
執務室に残された兄たちと騎士たちは、絨毯を拳で叩いて悔しがった。
「負けた……『一人しりとり』という究極の脱力奥義に……!」
「アルベルト兄さん! 僕たちも特訓だ! いかに『ぱ』で情けなく詰まるか、合宿をしよう!」
それを見送る全侍従たちの心境は、もはや宇宙の彼方であった。
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