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第2章:黄金の瞳の覚醒 〜
第8話 見えざる令嬢と、主君の誓い
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ロゼレイド公爵邸の大ホールには、異様な緊張感が漂っていた。
家令のクラウスによって緊急招集された使用人たちは、総勢百名近く。彼らは皆、昨夜から屋敷内を駆け巡っている「ある噂」の真偽を確かめたくて、そわそわとした視線を交わし合っていた。
「……聞いたか? 閣下が昨夜、吹雪の中から子供を抱えて戻られたそうだ」
「ああ、ボロボロの毛布に包まれていたって、門番の奴が言っていた。まるで死人のように冷たかったらしい」
「マギー様がつきっきりでお世話をしているそうだが……一体、何者なんだろうな」
使用人たちのほとんどは、まだその少女――エレーナの姿を見ていない。ただ、東翼の一室が厳重に閉ざされ、マギーやアンといった限られた者だけが出入りしているという事実が、噂に拍車をかけていた。
そこへ、軍靴の音を響かせてヴィンセントが入室してきた。
壇上に立った彼の顔は、普段の冷静沈着な公爵のものとは明らかに違っていた。黄金の瞳には、かつてないほどの熱と、隠しきれない焦燥が混ざり合っている。
「……皆、集まってもらったのは他でもない。昨夜、私が連れ帰った少女のことだ」
ヴィンセントが口を開くと、ホールは一瞬で水を打ったように静まり返った。
「名はエレーナ。……あの子は今日、この瞬間から、ロゼレイド公爵家の正当な令嬢となる。私の娘であり、お前たちの新しい主人の一人だ」
その宣告に、ホール全体が大きくどよめいた。
「娘」「令嬢」という、あまりに重い言葉。使用人たちの頭には、名もなき行き倒れの少女が、一躍この国の最高位の貴族に列せられたという衝撃が走る。
「……お前たちのほとんどは、まだあの子の姿を見ていないだろう。それで構わん。あの子は今、部屋の隅の暗がりに逃げ込み、一歩も外に出ることができずにいる」
ヴィンセントの声が、怒りと悲しみが混ざったように低くなった。
「あの子は、今まで地獄のような場所で、大人たちから執拗な虐待を受けてきた。あの子にとって、お前たちのような『健康な大人』の存在そのものが、恐怖の対象なのだ。……今、あの子に最も必要なのは、豪華な宝石でも教育でもない。ただの『安全』だ」
ヴィンセントは、壇上の手すりを握りしめた。その力が強すぎて、木がみりみりと音を立てる。
「だから、お前たちに頼みたい。……いや、これは命令だ。あの子が部屋から出てこないことを、決して不審に思うな。廊下であの子の泣き声が聞こえても、好奇の目で見ようとするな。……あの子が自分から扉を開けるその日まで、お前たちは気配を殺し、あの子がこの屋敷で『呼吸をしていても怒られない』ということを、態度で示してやってくれ」
ヴィンセントは、一人の父親としての不器用な願いを、全使用人の心に叩きつけるように言葉を続けた。
「料理長。あの子は飢えている。だが、急に贅沢なものを食べさせれば、あの子の胃は耐えられん。……あの子が『美味しい』と心から思える、世界で一番優しいスープを毎日作ってくれ。洗濯係。あの子が着ているボロ布を、世界で一番柔らかい絹に変えてやれ。庭師。あの子がいつか窓の外を見た時、そこが宝石箱のように見えるよう、花を手入れしておけ」
不器用な、けれどあまりに一途なヴィンセントの言葉。その「親バカ」とも取れる過保護な指示の数々に、使用人たちの表情から緊張が消え、温かな光が灯り始めた。
「……閣下。私たちは、お嬢様がお姿を見せてくださる日を、家族として心待ちにしておりますわ」
最前列にいた年配のメイドが、優しく微笑んで答えた。それを皮切りに、あちこちから「お任せください」「お嬢様のスープ、私が命をかけて作ります!」と声が上がる。
ヴィンセントは少しだけ驚いたように目を見開いた後、ふっと、これまでに見せたことのない穏やかな笑みを浮かべた。
「……ああ。頼んだぞ。……あの子がいつか笑えるようになった時、私はお前たち全員を、最高の家族だと誇りに思うだろう」
家令のクラウスによって緊急招集された使用人たちは、総勢百名近く。彼らは皆、昨夜から屋敷内を駆け巡っている「ある噂」の真偽を確かめたくて、そわそわとした視線を交わし合っていた。
「……聞いたか? 閣下が昨夜、吹雪の中から子供を抱えて戻られたそうだ」
「ああ、ボロボロの毛布に包まれていたって、門番の奴が言っていた。まるで死人のように冷たかったらしい」
「マギー様がつきっきりでお世話をしているそうだが……一体、何者なんだろうな」
使用人たちのほとんどは、まだその少女――エレーナの姿を見ていない。ただ、東翼の一室が厳重に閉ざされ、マギーやアンといった限られた者だけが出入りしているという事実が、噂に拍車をかけていた。
そこへ、軍靴の音を響かせてヴィンセントが入室してきた。
壇上に立った彼の顔は、普段の冷静沈着な公爵のものとは明らかに違っていた。黄金の瞳には、かつてないほどの熱と、隠しきれない焦燥が混ざり合っている。
「……皆、集まってもらったのは他でもない。昨夜、私が連れ帰った少女のことだ」
ヴィンセントが口を開くと、ホールは一瞬で水を打ったように静まり返った。
「名はエレーナ。……あの子は今日、この瞬間から、ロゼレイド公爵家の正当な令嬢となる。私の娘であり、お前たちの新しい主人の一人だ」
その宣告に、ホール全体が大きくどよめいた。
「娘」「令嬢」という、あまりに重い言葉。使用人たちの頭には、名もなき行き倒れの少女が、一躍この国の最高位の貴族に列せられたという衝撃が走る。
「……お前たちのほとんどは、まだあの子の姿を見ていないだろう。それで構わん。あの子は今、部屋の隅の暗がりに逃げ込み、一歩も外に出ることができずにいる」
ヴィンセントの声が、怒りと悲しみが混ざったように低くなった。
「あの子は、今まで地獄のような場所で、大人たちから執拗な虐待を受けてきた。あの子にとって、お前たちのような『健康な大人』の存在そのものが、恐怖の対象なのだ。……今、あの子に最も必要なのは、豪華な宝石でも教育でもない。ただの『安全』だ」
ヴィンセントは、壇上の手すりを握りしめた。その力が強すぎて、木がみりみりと音を立てる。
「だから、お前たちに頼みたい。……いや、これは命令だ。あの子が部屋から出てこないことを、決して不審に思うな。廊下であの子の泣き声が聞こえても、好奇の目で見ようとするな。……あの子が自分から扉を開けるその日まで、お前たちは気配を殺し、あの子がこの屋敷で『呼吸をしていても怒られない』ということを、態度で示してやってくれ」
ヴィンセントは、一人の父親としての不器用な願いを、全使用人の心に叩きつけるように言葉を続けた。
「料理長。あの子は飢えている。だが、急に贅沢なものを食べさせれば、あの子の胃は耐えられん。……あの子が『美味しい』と心から思える、世界で一番優しいスープを毎日作ってくれ。洗濯係。あの子が着ているボロ布を、世界で一番柔らかい絹に変えてやれ。庭師。あの子がいつか窓の外を見た時、そこが宝石箱のように見えるよう、花を手入れしておけ」
不器用な、けれどあまりに一途なヴィンセントの言葉。その「親バカ」とも取れる過保護な指示の数々に、使用人たちの表情から緊張が消え、温かな光が灯り始めた。
「……閣下。私たちは、お嬢様がお姿を見せてくださる日を、家族として心待ちにしておりますわ」
最前列にいた年配のメイドが、優しく微笑んで答えた。それを皮切りに、あちこちから「お任せください」「お嬢様のスープ、私が命をかけて作ります!」と声が上がる。
ヴィンセントは少しだけ驚いたように目を見開いた後、ふっと、これまでに見せたことのない穏やかな笑みを浮かべた。
「……ああ。頼んだぞ。……あの子がいつか笑えるようになった時、私はお前たち全員を、最高の家族だと誇りに思うだろう」
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