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2.お近づきの印
しおりを挟むそう言えば、飛行機の食事で肉か魚かで聞かれたら、10代の頃は迷わず肉って答えていた。けれど、最近は魚と答えることが多くなった。20代後半になると味覚も変わってくるのかもしれない。
漁船に乗って魚が食べられるなら……
「ひぃいやぁああああ!! やっぱりいやぁなのぉぉおお!! 今、働いているお店で頑張りますからぁあああ!!」
ハイツ前で拉致されて、ビルの一角にあるヤの事務所に連れて行かれる。そこのソファに座る一番態度の大きい強面の中年男に恥も外聞もなく、土下座した。
「お願いしまぁあすぅぅ~!」
「煩いぞ!」
一喝されて、シュンっとその場に縮こまる。だが、ヤの方々にも聞く耳はあるのか、俺の身元調査表をぺらりと捲って目を通した。
「……たく、甲高い声で喚くな。三栗さん、君、家政婦なんでしょう? あん? なんだ? バース専用家庭代行サービス?」
「えぇ! 俺、三栗七生はベータなので! これでも店で一番予約数多いんですよ!」
聞き耳を持ってくれるならチャンスだとこれ見よがしにベラベラと自分を売り込む。
【バース専用家庭代行サービス】
俺が働く会社は、性に特化したサービスを提供している。
性と言っても男女の区別ではなく、思春期に検査・診断を受ける第二性のことだ。
みんな、アルファ・オメガ・ベータのどれかに診断される。
アルファは一般的に選ばれた存在と言われ、頭脳明晰で万能だ。
オメガは中性的で可愛い容姿。同性同士でもアルファの子供を妊娠出産出来る。
そして、第二次性の特徴を持たない者がベータ。
バース専用家庭代行サービスはその名通り、バース性の悩みに特化した家庭代行だ。利用者の9割はオメガ。発情期があるオメガは発情期間の3~7日程外出が出来ない。
その間の家事・育児、外での用事などが主な依頼内容だ。子育て中のお母さんには大人気!
そして、この会社のスタッフは全員ベータ。
何故なら、オメガが発情時に発する匂いはアルファを“ラット”と呼ばれる興奮状態にさせる作用があるから。だから、第二性の特性を持たないベータが対応する。
「でもでも、ベータでも発情期の匂いでムラムラする奴はいるんです。だけど俺はしない。おっぱいの谷間やミニスカートでムラッときても、発情期の匂いではムラッとしないんです! バースの匂いが全く分からない! だから安心できるって人気があるんです!」
とにかく自分を売り込まなくちゃと早口で話す俺の横で、大きいブランドロゴシャツを着た男が、PC画面を強面中年に見せた。
「ふーん。本当だ。三栗七生は予約二か月いっぱいになってるじゃん」
「はい! ですから、休むにも休めず……」
「それ、24時間働いていくら?」
「……………………」
駄目だ、コイツ。
人間は24時間ぶっ通しで働いたり出来ない。何、24時間働かそうとしてんの?
俺は今一瞬宇宙に浮いた気分になった。会話にならない相手をする時、いつもこういう気分になるんだ。
「君にまで逃げられちゃぁ、こちとら焦げ付きになっちまうんでね」
「……」
バトル漫画で、ピンチに陥った主人公が「いや、考えろ。考えるんだ! まだ策はあるはず!」なんて言っているシーンが浮かぶけれど、策は思い浮かばない。
中年強面が指で指図すると、俺の腕を若い男が掴んだ。
「良い時期にきたなぁ、丁度漁船が港にとまっているんだよ」
「ひっ、ちょっと待ってくださいっ! 漁船なんて昭和の都市伝説じゃないんですかっ!? 俺なんか乗っても足手まといですよっかんがえなおおおしてくださぁああああい!!」
そう大声で叫んだ時だ。ガチャリと事務所のドアが開いた。入ってきた人の事はよく見えない。だって、俺は今ヤクザに腕を引っ張られて漁船に乗せられそうになっているからぁ。
「おい、そいつを黙らせろ。八乙女さんの邪魔になる」
強面中年の指示で俺の腕を掴んでいた男が俺の口を押さえた。それでも大きな声を出そうとすると、ゲンコツを食らわされる。
隅っこにズルズルと寄せられた時だ。
八乙女と呼ばれた男を見た。高級ブランドスーツで身を固め如何にもアルファ感がある。黒い髪の毛はオールバック。どんなアルファよりも整った美形。美形過ぎて物凄い迫力だ。
うげ、まつげなが。
不機嫌オーラの無表情美形に若手がタバコを差し出し火をつけた。タバコを吸う姿も様になる。
「はぁ、ここの事務所は煩いな。静かに出来ないのか—————……」
八乙女が怠そうに呟きながら、彼の目が一瞬こちらを見た。
何でもないように逸らされた後、ギュンッ!! っと再びこちらを振り向いた。目を見開いてタバコを床に落としている。
その驚き様は幽霊でも見たかのような反応だ。
ん……? 俺?
俺の目を見ているよ……ね? 俺の手を引っ張る若手じゃなくて俺だよね?
八乙女は無言で俺の前まで寄ってくると、ブルリ……と震えた。
「————っ……、いた。運命」
「……へ?」
は、運命? 俺?
「おい、そのお方から手を離せ」
「へ? お方?」
八乙女は、俺の手を掴む若手の手を捻り上げた。若手は悲鳴を上げて訳も分からず八乙女に謝罪する。横にいた強面中年も立ち上がっている。
俺はというと、一瞬のうちに何が起きたのか訳も分からずキョロキョロと周囲を見る。
分かるのは、この八乙女という美形はお偉い立場だということだ。
俺も地面に正座をし直し頭を低くした。
八乙女の高そうな靴が視界に入る。俺の前から去らない靴。
まさか、煩く叫んでいたせいで目を付けられたのか。漁船の方が遥かにマシだと思わされるような目に合わされるんじゃ……魚の餌?
すると、八乙女が視線に合わせるようにしゃがんだ。しゃがみ方も片足地面について何だか格好いい。
「怖かったですよね。痛いところはないですか? この人達にはきつく叱っておきます」
先ほどとは打って変わって、優しい声だ。
「い、いえ……」
「そんな硬い地面に座っていないで、こちらのソファにおかけください」
この場所ではなく、彼の容姿と声だけ聞いていれば一流のホストクラブでもてなしを受けているように感じるだろう。
だが、ここはヤクザの事務所だ。
これから尋問でも始まるのだろうか。
挙動不審に視線を彷徨せていると、八乙女がスーツケースをテーブルに置き俺の前へと差し出した。
「お近づきの印です」
「え」
カチャカチャと何重にもかけられたスーツの鍵を外していくと、そこには諭吉さんが束でいらっしゃった。
八乙女が、それをもっと俺の方に押して来た。
「お近づきの印です」
にこやかな八乙女の目が一向に俺から動かず、完全にロックオンされた。
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