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4.八乙女さま、ご予約承りました
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高級住宅地の一角に最近できたスーパーは、店内も商品の陳列も美しい。
同じマヨネーズでもそこら辺のスーパーより値段が高い。一体、何の材料が入っているのだろうかと頭を捻りたくなるような値段だ。
マヨネーズ以外のあれもこれも家計に全然優しくない値段設定。
スーパーの袋二袋分の食料を買って、向かった先は高級マンション。
インターフォンを鳴らして暫く待つと、『はい』と若い男の声が聞こえる。
「家庭代行サービスの三栗と申します」
名乗ると、カチャッとオートロックが開いた。エレベーターに乗り込み部屋に着くと、女性のようなキレイで可愛らしい男が出て来た。手に持っている買い物も目の前の彼から頼まれたものだった。
彼の顔は気だるげで熱があるようだ。
「中にどうぞ」
彼の部屋に上がると、広い部屋に衣類や物が散乱している。
「ごめんね、散らかっていて。発情期明けたばかりで動くのも億劫で……」
「いいえ。ご依頼ありがとうございます。ご依頼内容は買い出しと料理と掃除ですね」
まだ辛そうな彼を別室で休むように声をかけると、俺は青いエプロンを付けて、早速掃除にとりかかる。数日たまった洗濯物、散らかったゴミ。夕食と数日のおかずも作って欲しいと言われているので、時間との勝負だ。
今日の客は、今を時めくアイドルのSEIだ。
こうして発情期前後にはうちの会社に依頼を頼んでくる。
数時間後、のそっと部屋からSEIが出てくると、リビングのソファに座った。
その彼にスポーツドリンクを手渡した。
「三栗さんは、やっぱりギラギラしていなくて安心できるな」
「ありがとうございます。バース専用家庭代行サービスは安心安全がモットーですから!」
「本当、全然平気そうだもんね……。僕、発情期の匂いがきつくてマネージャーからも苦情がくるんだ」
芸能界は華やかで煌びやかなアルファとオメガが多い。
オメガは発情管理など課せられる責任もあり悩みも多いだろう。SEIはよく俺を指名してくれるリピーターの一人だった。
「俺は鈍感ですから、へへ」
「ふっ。あ、また三栗さんを指名したいけど、三栗さんの予約ページがおかしいんだ。一度確かめてみてよ」
「え? 待ってください。確認しますね」
俺は会社から支給されているスマホで会社のホームページを確認する。うちの会社は指名ボタンをクリックすると、空き状況を半年間確認することが出来る。
自分のページを開いて確認すると、SEIが言うように確かにおかしい。
おいおい……、全部予約が埋まってるじゃん。
俺の空き状況が半年間、どの月も埋まっている。全て埋まる事などまずない。
「あれ? 本当ですね。おかしいな。会社で状況確認しないと分からないです」
「サイトがおかしいだけならいいけど、指名が埋まっているなら怖いよね——三栗さん、変な奴に狙われていない?」
「——え?」
SEIの言葉にドキリとする。
先日ヤクザの事務所で会ったヘンテコな美形アルファのことを思い出した。
助けてくれた人に対して変だとは失礼だとは思う。
……けど、オメガにならわかるけど、ベータの俺に対して「運命」っておかし過ぎる。
「……SEIは運命"信じますか?」
「あー、運命の番ってやつ? どうだろ? 滅多に出会えるものじゃないらしいけど、会ったら互いの匂いに惹かれあってすぐに分かるらしいよ」
会ったらすぐ分かる。……じゃ違うな、あのアルファの運命はやっぱり俺じゃない。美形だなと思うだけで匂いもフェロモンも効かなかった。
「すみません、変なことを聞いて。……とりあえず、サイトの予約の件、会社に戻ってから確認しますね」
「うん。それが良いよ。変なことに巻き込まれないといいね」
「はい」
まだ残っている仕事をこなした後、会社に向かった。
会社のデスクでPCの電源を付ける。
会社のPCの起動はちょっと時間がかかるので、起動するまでの間、買ってきた珈琲を飲みスマホを開いた。
「うーん、俺以外の予約ページはおかしくないんだよな」
スマホで同僚たちの予約ページを見るが、普通に予約することが出来る。
俺は指名客が多いけど、半年全て埋まったことなど一度もない。
なんだか嫌な予感で胸がざわつく。
起動したPCに、まずは会社のPC以外では見ることが出来ない顧客情報を見る。
あいうえお順だが、俺の嫌な予感で「や」から検索し始めると、や行の新規顧客リストの上部にいつぞや破り捨てた名刺の名前が載ってあり、ガタンと椅子から落ちそうになる。
【八乙女 梓 26歳。アルファ】
「ひぃ!? 嘘だろ。マジでいるじゃん、登録しているじゃんか」
うへぇと思いながら、次は自分の仕事状況のマイページを開く。顧客情報が載っているので外では開かないようにしているページだ。
予約者の指名・住所を見ることが出来る。そのページのパスワードを入力すると、出て来た……。
2か月は通常の指名でほぼいつも通りの客の名前、だが、2か月後の後半には……。
23日午前【松田】午後【八乙女】
24日午前【八乙女】午後【八乙女】
25日午前【八乙女】午後【八乙女】
26日午前【八乙女】午後【八乙女】
………以後、ほぼ同じ人間の名前で予約が埋め尽くされていた。
マジか。
ヤクザの事務所で遭遇して以来、八乙女から連絡が来ることはなく、てっきり勘違いで済んだのだと安心していたのに。
でも、そう言えば事務所から出た時に、「じゃ、また」と言っていた。その時の八乙女の視線を思い出しゾクゾクと背中から悪寒が襲ってくる。
同じマヨネーズでもそこら辺のスーパーより値段が高い。一体、何の材料が入っているのだろうかと頭を捻りたくなるような値段だ。
マヨネーズ以外のあれもこれも家計に全然優しくない値段設定。
スーパーの袋二袋分の食料を買って、向かった先は高級マンション。
インターフォンを鳴らして暫く待つと、『はい』と若い男の声が聞こえる。
「家庭代行サービスの三栗と申します」
名乗ると、カチャッとオートロックが開いた。エレベーターに乗り込み部屋に着くと、女性のようなキレイで可愛らしい男が出て来た。手に持っている買い物も目の前の彼から頼まれたものだった。
彼の顔は気だるげで熱があるようだ。
「中にどうぞ」
彼の部屋に上がると、広い部屋に衣類や物が散乱している。
「ごめんね、散らかっていて。発情期明けたばかりで動くのも億劫で……」
「いいえ。ご依頼ありがとうございます。ご依頼内容は買い出しと料理と掃除ですね」
まだ辛そうな彼を別室で休むように声をかけると、俺は青いエプロンを付けて、早速掃除にとりかかる。数日たまった洗濯物、散らかったゴミ。夕食と数日のおかずも作って欲しいと言われているので、時間との勝負だ。
今日の客は、今を時めくアイドルのSEIだ。
こうして発情期前後にはうちの会社に依頼を頼んでくる。
数時間後、のそっと部屋からSEIが出てくると、リビングのソファに座った。
その彼にスポーツドリンクを手渡した。
「三栗さんは、やっぱりギラギラしていなくて安心できるな」
「ありがとうございます。バース専用家庭代行サービスは安心安全がモットーですから!」
「本当、全然平気そうだもんね……。僕、発情期の匂いがきつくてマネージャーからも苦情がくるんだ」
芸能界は華やかで煌びやかなアルファとオメガが多い。
オメガは発情管理など課せられる責任もあり悩みも多いだろう。SEIはよく俺を指名してくれるリピーターの一人だった。
「俺は鈍感ですから、へへ」
「ふっ。あ、また三栗さんを指名したいけど、三栗さんの予約ページがおかしいんだ。一度確かめてみてよ」
「え? 待ってください。確認しますね」
俺は会社から支給されているスマホで会社のホームページを確認する。うちの会社は指名ボタンをクリックすると、空き状況を半年間確認することが出来る。
自分のページを開いて確認すると、SEIが言うように確かにおかしい。
おいおい……、全部予約が埋まってるじゃん。
俺の空き状況が半年間、どの月も埋まっている。全て埋まる事などまずない。
「あれ? 本当ですね。おかしいな。会社で状況確認しないと分からないです」
「サイトがおかしいだけならいいけど、指名が埋まっているなら怖いよね——三栗さん、変な奴に狙われていない?」
「——え?」
SEIの言葉にドキリとする。
先日ヤクザの事務所で会ったヘンテコな美形アルファのことを思い出した。
助けてくれた人に対して変だとは失礼だとは思う。
……けど、オメガにならわかるけど、ベータの俺に対して「運命」っておかし過ぎる。
「……SEIは運命"信じますか?」
「あー、運命の番ってやつ? どうだろ? 滅多に出会えるものじゃないらしいけど、会ったら互いの匂いに惹かれあってすぐに分かるらしいよ」
会ったらすぐ分かる。……じゃ違うな、あのアルファの運命はやっぱり俺じゃない。美形だなと思うだけで匂いもフェロモンも効かなかった。
「すみません、変なことを聞いて。……とりあえず、サイトの予約の件、会社に戻ってから確認しますね」
「うん。それが良いよ。変なことに巻き込まれないといいね」
「はい」
まだ残っている仕事をこなした後、会社に向かった。
会社のデスクでPCの電源を付ける。
会社のPCの起動はちょっと時間がかかるので、起動するまでの間、買ってきた珈琲を飲みスマホを開いた。
「うーん、俺以外の予約ページはおかしくないんだよな」
スマホで同僚たちの予約ページを見るが、普通に予約することが出来る。
俺は指名客が多いけど、半年全て埋まったことなど一度もない。
なんだか嫌な予感で胸がざわつく。
起動したPCに、まずは会社のPC以外では見ることが出来ない顧客情報を見る。
あいうえお順だが、俺の嫌な予感で「や」から検索し始めると、や行の新規顧客リストの上部にいつぞや破り捨てた名刺の名前が載ってあり、ガタンと椅子から落ちそうになる。
【八乙女 梓 26歳。アルファ】
「ひぃ!? 嘘だろ。マジでいるじゃん、登録しているじゃんか」
うへぇと思いながら、次は自分の仕事状況のマイページを開く。顧客情報が載っているので外では開かないようにしているページだ。
予約者の指名・住所を見ることが出来る。そのページのパスワードを入力すると、出て来た……。
2か月は通常の指名でほぼいつも通りの客の名前、だが、2か月後の後半には……。
23日午前【松田】午後【八乙女】
24日午前【八乙女】午後【八乙女】
25日午前【八乙女】午後【八乙女】
26日午前【八乙女】午後【八乙女】
………以後、ほぼ同じ人間の名前で予約が埋め尽くされていた。
マジか。
ヤクザの事務所で遭遇して以来、八乙女から連絡が来ることはなく、てっきり勘違いで済んだのだと安心していたのに。
でも、そう言えば事務所から出た時に、「じゃ、また」と言っていた。その時の八乙女の視線を思い出しゾクゾクと背中から悪寒が襲ってくる。
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