ベータですが、運命の番だと迫られています

モト

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 浮気じゃないけど、浮気現場を見られた奴の気持ちが分かった午後7時過ぎ。


 別の予定があると言うSEIは一足早く俺達から離れた。
 去り際に、小悪魔SEIが俺の耳元で小声で「後はふたりで、ごゆっくり」と囁いた。

「……」
 不機嫌な八乙女と二人っきり。
 お試しとはいえ、別れたばかりの奴と食事なんて出来る訳がなく、俺達もすぐにファミレスを出た。

 そこで解散かとおもいきや。突然の雨。
 不運の連発に今日という日を呪う。


「車なので、送っていきます」
「いえ、おかまいなく。駅は近いので、歩いて」

「あの人とは、随分近い距離が“普通”なんですね」

 おいおい。今日はやけに“普通の距離”を押してくるじゃんか。

 でも確かに、客と腕を巻き付いて歩くっておかしいよな。
 SEIは親しい客だから、自分でもちょっと距離感バグっていた。

 八乙女には“公私混同するな”と説いていたのに罪悪感が芽生える。

「車とってきますので、ここで待っていてください」
「あ、八乙女さ……」
「逃げたら許しませんよ」

 凄みある声で睨まれて、「はい」と頷くしかできず、俺はしぶしぶ彼の車に乗り込んだ。


 車の中が煙草臭い。
 八乙女は雨が降っているのに、少しだけ窓を開けた。

 以前乗った時は、車の中、煙草の臭いはしなかったのに……
 臭いに気を取られていると、曲がる区画とは違う方向へ進む。
 近道でもあるのかと思いきや、ぐるりと一周遠回りしている気がする。


 ────え?
 信号待ちしていると、彼の左手が俺の右手を絡まる。
 
 え、なんで?
 俺は目を見開いて、八乙女を見た。


「あの人とは腕を組んで身体を密着させてベタベタしていた。なら僕が手くらい繋いでもいいはずですよ」

「いやいや!? 何を張り合おうとしているんですか。それにSEIは年下ですし、何かと世話を焼きたくなるタイプというか」

「僕も貴方より一つ年下です」

「そんな子供……ぽ」


 八乙女の指がスライドして手のひらを撫で始める。

「な、な、何して!? だ、ダメですよ!」

「どうしてですか。手だけですよ。僕は手だけ」

 視線は進行方向を向きながら、苛立ったように早口。
「ど、どうしてって別れ──ひぃ!!」

 八乙女が急にハンドルを切って、方向転換をした。車内は大きく右に揺れる。
 ガードレール、スレスレで心臓がバックバク跳ねる。
 
 
「道間違えました。遠回りになりますねぇ」
「えぇえ!?」

 交差点には目印となる大きな看板がある。普通、間違えるか?

「わざとですよね」
「そうです」

 そうですって……

「──呆れた。ならもう、お好きにどうぞ。今日は子供っぽい気分なんですもんね」

 ずっと刺々しいから俺だって嫌味で返す。
 今日は仕事じゃないし。
 八乙女の眉がピクリと動いて、ヤベッと黙ると、高速道路の入り口で。

 ビュンビュン高速で車を飛ばされて、向かった先が真っ暗な海だった。

 そこは雨は降っていなかったので、車から出るとサスペンスドラマに出て来そうな崖の上だ。
 突き落とされたらミジンコだ。
 ドキドキしたけど、単に見るだけ。


「七生さんはブラックでしたよね」

 ポツンとある自販機で、八乙女は珈琲を買って、俺に手渡してくれる。

「もう“お試し”は終わったので、代金払います」
「いりませんよ」

「っ、でも俺だって受け取ることはできませんよ!……だって、俺は運命じゃないですから!」


 自分の内心に突っ込むように言ったから、思わず声が大きくなった。

 今日の様子から、まだ八乙女は俺の事を運命だと勘違いしている。
 だから、ちゃんと言わなきゃ。


「八乙女さんはアルファだから、運命の番はオメガです! 俺じゃない人ですよ……あっ!」

 八乙女は俺の手から缶コーヒーを奪った。それを飲んでゴミ箱に入れた。

「うわっ、くれるんじゃなかったんですか!?」

 この人、素はこんなに子供っぽいのか?

「もう運命は言いません」
「え?」
「言いませんよ」


 あんなに運命に執着していた男の一言に目を見開いた。
 ────?
 なんか、胸が痛む。
 おいおい、なんで胸が?

 ズキンズキン。
 また。

 八乙女を見て、胸が痛い……?
 ここで俺が傷つくのは、全く違うのに、胸が痛い。

「……っ、八乙女さん!」

 ──俺は、パンッと手を叩いた。

「帰りましょう! 俺も八乙女さんやSEIの肌ツヤ見ていたら、早寝したくなりました! 目指せツヤ肌!」

「夜型ですが、昔から肌は荒れません」
「そぉですか。羨ましいですねぇ。一歳だけですが若いからかなぁ?」

 笑いながら車の助手席ドアを勝手に開けて乗り込む。

「はははは────……は?」

 助手席に座った俺の上に八乙女がぬぅと現れた。驚くけど何のことはない、紳士的にシートベルトを締めてくれただけだ。

「え?」

 お……と。
 シートベルトを締めたその手が俺の膝。


「二人でまた来ませんか?」

「っと、あ──……、海! 八乙女さんって、海好きなんですか?」

「好きなのは海ではなくて、七生さんです」
「……」

 油断して、顔に熱が一気籠る。

「……お、お試し期間はもう終えて」
「はい。再更新お待ちしています」


 ご検討宜しくお願い致します。なんて堅苦しいサラリーマンの言い方しているけど、膝に置いている手の位置は厭らしいし、なんなら顔が卑猥だ。


 別れを切り出してから二日でぐらつく自分がとても恥ずかしくて、俺は顔を上げられなかった。

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