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17.お試しは終わったはずなのに
──もうごっこはやめましょう。
「嫌です」
「……」
秒速の反応で八乙女が拒否をする。
「先日、七生さんの身体に触れたことが原因でしょうか。ですが、あのとき、七生さんは嫌がっていなかった。ギリギリのラインでしか触れていません」
「八乙女さ」
「ですが、あとになって後悔されたのでしょう。では、改めてどこまでならいいのか相談しましょう。いえ、僕の理性が心配だという話ならば、七生さんに合わせますので」
「……」
八乙女は勢いよく言葉を紡ぐ。
俺に次の言葉を言わせる前に、考えを改めさせているみたいだ。
必死な様子を知れば知るほど……
誰か八乙女に、俺が運命じゃないって分からせてくれよ。
「七生さんの負担になると言うのなら、毎日家事代行に来ていただくのもやめます」
「そうですね」
「……」
「俺は八乙女さんの担当を外れます。料理自慢のスタッフがいるんですよ」
料理はその方に教えてもらってください。
そう言いながら、エプロンを外すと、腕を掴まれ、引っ張られた。八乙女の胸の中にあっという間に入ってしまう。
「待ってください。貴方以外にいないんです」
「……」
俺は、すんっとそこで鼻を啜った。
ほんのわずかなたばこの匂い。それしか分からないので、俺はその胸に手を突っ伏して、離れた。
そして八乙女に背を向けて、仕事の報告を淡々と済ませたあと、帰り支度をする。
「──担当はそのままで」
玄関先で、靴を履き替えた俺に八乙女は言った。
「来週の月曜。いつも通りの時間、七生さんをお待ちしております」
八乙女の必死な表情に、俺は断ることが出来なかった。
◇◇◇
「え~? 三栗さん、本当に別れちゃったの!?」
今、俺は仕事でSEIの買い物について来ている。互いにラフな私服だ。
話はSEIの突発的な発情期の原因について、で、引き金になったアルファがいたかもしれない。ということだった。アルファというだけで、いつの間にか、八乙女の話へと移っていた。
「……SEI、俺の話はいいから」
二日前、俺は八乙女との“お試し期間”を一方的にやめた。
八乙女は頑なに嫌だと言ったが、俺も譲らなかった。
こうして、誰かに話したい気分ではなかったし、変に茶化したくもなかった。
SEIに聞かれて嘘をつくのも違うかと、正直に話したけど、結局「もう勘弁して」と会話から逃げてしまった。
の、だが……
「なんですか。その人は」
「や、八乙女さん?」
ブランド店が立ち並ぶ通りの角を曲がった時、偶然、オフィスビルから出てくる八乙女と出会った。
街を歩いていると、客とすれ違うことはよくある。
みんな軽く会釈する程度なのに。八乙女は、滅茶苦茶メンチ切るタイプらしい。
目が合った途端、アァン? 目があったやないケェ!? と言わんばかりに大股で寄ってきたのだ。
八乙女のあまりの迫力に、目が彷徨う。
「……仕事中です」
「仕事?」
「はい」
SEIは、毎日の鬱憤晴らしに買い物がしたいと言うので、付き合っていたのだ。
街中だから、ファンに見つかって、人混みを避ける想像をしていた。もっとボディーガード的な役目だと思っていたのだが、SEIの変装は完璧で今のところみつかっていない。
で、
SEIに腕を組まれて、コーヒー片手に自分も楽しんでしまっていた。
まさか、今、八乙女と鉢合うなんて。
八乙女の家庭代行はそのまま続行しているけど、こんな風に顔を合わせるのは二日ぶりだ。
「え──あぁっその威圧! アルファ臭! 三栗さんの恋人だった人!」
俺の後ろからひょこっと顔を出したSEIが八乙女を指さした。
「はぁ?」
途端、八乙女が任侠映画に出てくるヤクザそのものの雰囲気で睨むので、慌てて「後ろに隠れてください」と下がらせる。
八乙女の長い足が、また一歩詰めよってくるので距離が縮まる。
今までにない不機嫌。──威圧感半端ない。
「七生さん、本当に仕事ですか?」
「し、仕事です」
「へぇ、仕事。それにしちゃぁ密着しすぎやしませんか。腕を巻き付かせてベタベタして。今は背中に引っ付かせている。確か仕事中は駄目だと僕のときは拒否したじゃないですか」
「お、落ち着いて……、落ち着いてください」
「落ち着いて? 落ち着いているじゃないですか?」
額に青筋が立っている人の言うセリフじゃないから⁉
「うーわ、嫉妬深い人って嫌だよね。もっと嫌われちゃうよ」
俺の後ろで〇指を立てているSEI。ひぃ、こら、やめなさい!
此方が失礼なら、彼方も失礼。
八乙女は嫌悪を剥き出しにした表情をした。
「ゴミ臭い。あぁ、なるほど。貴方がSEIですね。以前、七生さんが持っていた臭いチョーカー裏に名前が書かれていましたから知っていますよ」
「はぁ、ゴミ臭い? 臭いのは、アンタの嫉妬深いフェロモンの方でしょう?」
あ。
なにこれ。胃が痛い。
すぐに訂正したいところだけど、八乙女がSEIと言ったことで、周囲にいた人が「え、SEI?」と視線が集まる。
変装は完璧だけど、人目が多くなると危ない。
ここは避難しなくちゃと、近くのファミレスに駆けこんだ。
個室需要が高まっている昨今、そのファミレスにも個室があった。
掘りごたつのお洒落席だ。
そこで……
「三栗さんも食べるでしょ? 何食べたい? いつものお礼に僕奢るから」
「七生さんの分は僕が支払います。七生さん、なんでもどうぞ」
「……自分で払います」
何故かSEIに張り合おうとする八乙女。
何か今日は様子が酷くおかしい。
いつもはこんな子供じみたことをする人じゃないのに。
「七生さんとあんまり引っ付かないでもらえますか」
「こわ、何言っているの。こういう席じゃ普通だよね?」
俺の隣にSEIが座っているのだが、そんなに広くないテーブルなので横座りになると肩と肩が微かに当たる。
「普通? 仕事中にその距離間は普通じゃないでしょう?」
「普通だよね!」
「へぇ、普通ねぇ……」
おい、もうよせ。俺の胃を爆発させる気か。
それにしても、八乙女が睨んでいるのに、流石SEIだ。
色んなアルファが出入りする芸能界で戦っているだけあって、飄々としている。
「あ、そういえばマネージャーも三栗さんと話したいって言ってたよ。フェスの打ち合わせかな」
SEIは怯むどころか、俺にだけ会話してくる。
「あの、SEI? ここでその話をしても大丈夫ですか?」
「いいんじゃない? 僕がフェスに出ることは公式ホームページにも載っているし。第一この人、僕に興味なさそうじゃん」
SEIと俺にしか分からない話題で八乙女の額には青筋が立っている。
完全に面白がっているSEIと始終睨む八乙女。
俺は一応サンドウィッチを注文したのだが、この雰囲気に一口食べて満腹になってしまった。
「嫌です」
「……」
秒速の反応で八乙女が拒否をする。
「先日、七生さんの身体に触れたことが原因でしょうか。ですが、あのとき、七生さんは嫌がっていなかった。ギリギリのラインでしか触れていません」
「八乙女さ」
「ですが、あとになって後悔されたのでしょう。では、改めてどこまでならいいのか相談しましょう。いえ、僕の理性が心配だという話ならば、七生さんに合わせますので」
「……」
八乙女は勢いよく言葉を紡ぐ。
俺に次の言葉を言わせる前に、考えを改めさせているみたいだ。
必死な様子を知れば知るほど……
誰か八乙女に、俺が運命じゃないって分からせてくれよ。
「七生さんの負担になると言うのなら、毎日家事代行に来ていただくのもやめます」
「そうですね」
「……」
「俺は八乙女さんの担当を外れます。料理自慢のスタッフがいるんですよ」
料理はその方に教えてもらってください。
そう言いながら、エプロンを外すと、腕を掴まれ、引っ張られた。八乙女の胸の中にあっという間に入ってしまう。
「待ってください。貴方以外にいないんです」
「……」
俺は、すんっとそこで鼻を啜った。
ほんのわずかなたばこの匂い。それしか分からないので、俺はその胸に手を突っ伏して、離れた。
そして八乙女に背を向けて、仕事の報告を淡々と済ませたあと、帰り支度をする。
「──担当はそのままで」
玄関先で、靴を履き替えた俺に八乙女は言った。
「来週の月曜。いつも通りの時間、七生さんをお待ちしております」
八乙女の必死な表情に、俺は断ることが出来なかった。
◇◇◇
「え~? 三栗さん、本当に別れちゃったの!?」
今、俺は仕事でSEIの買い物について来ている。互いにラフな私服だ。
話はSEIの突発的な発情期の原因について、で、引き金になったアルファがいたかもしれない。ということだった。アルファというだけで、いつの間にか、八乙女の話へと移っていた。
「……SEI、俺の話はいいから」
二日前、俺は八乙女との“お試し期間”を一方的にやめた。
八乙女は頑なに嫌だと言ったが、俺も譲らなかった。
こうして、誰かに話したい気分ではなかったし、変に茶化したくもなかった。
SEIに聞かれて嘘をつくのも違うかと、正直に話したけど、結局「もう勘弁して」と会話から逃げてしまった。
の、だが……
「なんですか。その人は」
「や、八乙女さん?」
ブランド店が立ち並ぶ通りの角を曲がった時、偶然、オフィスビルから出てくる八乙女と出会った。
街を歩いていると、客とすれ違うことはよくある。
みんな軽く会釈する程度なのに。八乙女は、滅茶苦茶メンチ切るタイプらしい。
目が合った途端、アァン? 目があったやないケェ!? と言わんばかりに大股で寄ってきたのだ。
八乙女のあまりの迫力に、目が彷徨う。
「……仕事中です」
「仕事?」
「はい」
SEIは、毎日の鬱憤晴らしに買い物がしたいと言うので、付き合っていたのだ。
街中だから、ファンに見つかって、人混みを避ける想像をしていた。もっとボディーガード的な役目だと思っていたのだが、SEIの変装は完璧で今のところみつかっていない。
で、
SEIに腕を組まれて、コーヒー片手に自分も楽しんでしまっていた。
まさか、今、八乙女と鉢合うなんて。
八乙女の家庭代行はそのまま続行しているけど、こんな風に顔を合わせるのは二日ぶりだ。
「え──あぁっその威圧! アルファ臭! 三栗さんの恋人だった人!」
俺の後ろからひょこっと顔を出したSEIが八乙女を指さした。
「はぁ?」
途端、八乙女が任侠映画に出てくるヤクザそのものの雰囲気で睨むので、慌てて「後ろに隠れてください」と下がらせる。
八乙女の長い足が、また一歩詰めよってくるので距離が縮まる。
今までにない不機嫌。──威圧感半端ない。
「七生さん、本当に仕事ですか?」
「し、仕事です」
「へぇ、仕事。それにしちゃぁ密着しすぎやしませんか。腕を巻き付かせてベタベタして。今は背中に引っ付かせている。確か仕事中は駄目だと僕のときは拒否したじゃないですか」
「お、落ち着いて……、落ち着いてください」
「落ち着いて? 落ち着いているじゃないですか?」
額に青筋が立っている人の言うセリフじゃないから⁉
「うーわ、嫉妬深い人って嫌だよね。もっと嫌われちゃうよ」
俺の後ろで〇指を立てているSEI。ひぃ、こら、やめなさい!
此方が失礼なら、彼方も失礼。
八乙女は嫌悪を剥き出しにした表情をした。
「ゴミ臭い。あぁ、なるほど。貴方がSEIですね。以前、七生さんが持っていた臭いチョーカー裏に名前が書かれていましたから知っていますよ」
「はぁ、ゴミ臭い? 臭いのは、アンタの嫉妬深いフェロモンの方でしょう?」
あ。
なにこれ。胃が痛い。
すぐに訂正したいところだけど、八乙女がSEIと言ったことで、周囲にいた人が「え、SEI?」と視線が集まる。
変装は完璧だけど、人目が多くなると危ない。
ここは避難しなくちゃと、近くのファミレスに駆けこんだ。
個室需要が高まっている昨今、そのファミレスにも個室があった。
掘りごたつのお洒落席だ。
そこで……
「三栗さんも食べるでしょ? 何食べたい? いつものお礼に僕奢るから」
「七生さんの分は僕が支払います。七生さん、なんでもどうぞ」
「……自分で払います」
何故かSEIに張り合おうとする八乙女。
何か今日は様子が酷くおかしい。
いつもはこんな子供じみたことをする人じゃないのに。
「七生さんとあんまり引っ付かないでもらえますか」
「こわ、何言っているの。こういう席じゃ普通だよね?」
俺の隣にSEIが座っているのだが、そんなに広くないテーブルなので横座りになると肩と肩が微かに当たる。
「普通? 仕事中にその距離間は普通じゃないでしょう?」
「普通だよね!」
「へぇ、普通ねぇ……」
おい、もうよせ。俺の胃を爆発させる気か。
それにしても、八乙女が睨んでいるのに、流石SEIだ。
色んなアルファが出入りする芸能界で戦っているだけあって、飄々としている。
「あ、そういえばマネージャーも三栗さんと話したいって言ってたよ。フェスの打ち合わせかな」
SEIは怯むどころか、俺にだけ会話してくる。
「あの、SEI? ここでその話をしても大丈夫ですか?」
「いいんじゃない? 僕がフェスに出ることは公式ホームページにも載っているし。第一この人、僕に興味なさそうじゃん」
SEIと俺にしか分からない話題で八乙女の額には青筋が立っている。
完全に面白がっているSEIと始終睨む八乙女。
俺は一応サンドウィッチを注文したのだが、この雰囲気に一口食べて満腹になってしまった。
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