200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第3章

第六八話 密使

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 セロの〝真実〟が問題となっているノイリンは、不穏な空気はないが、陰鬱な雰囲気に包まれていた。
 若者を中心に、判断を先延ばしする〝老人〟に対する怒りが顕在化しつつある。
 特にノイリンの一〇代は気性が激しい。彼らは労働者であり、ことが起これば戦士となる。「ガキは黙っていろ!」とは、誰も思ってない。
 だが、大人には老練な知恵がある。その知恵が浅はかであるのも事実だが……。
 そして、ノイリンの〝老人〟たちは、血気盛んな一〇代に一目置いている。

 そんな一〇代が店に入ってきた。デュランダルは、バックヤードで仕入れた中古銃の仕分けをしている。
 金吾は店頭在庫と帳簿が合わないと、銃の製造番号を調べている。
 見慣れない顔だが、世代を重ねた人々ではない。おそらく、新参者だ。しかし、アジア系かヨーロッパ系かはっきりしない。サハラ以南のアフリカ系ではない。
 服装は、かなり上等だ。土に汚れてもいない。髭も剃っている。身長は一八〇センチを超えている。筋肉質だが、痩身だ。
「こちらでは、銃を販売されているのですか?」
 少し訛りのあるアクセントだ。そして、意外な質問にやや戸惑う。
「そうです」
「こちらで、ノイリン王に会えると聞いてきたのですが……」
 俺は動揺した。
 帳簿と銃を付き合わせている金吾が、俺の動揺にとどめを刺す。
「そのオッサンがノイリン王」
 帳簿に眼を落としたままいい放った金吾を、若者が見る。
 金吾が若者を見る。
「冗談じゃないよ。きみの目の前のオヤジがノイリン王だ。
 人食いの大群を食い止めた英雄だよ」
 若者は訝しげに金吾を見るが、意を決したように口を開いた。
「ノイリン王、お目にかかれて光栄です。
 私は、フルギア帝国東辺の街、ティッシュモックから来ました。
 ここに〝奴隷王〟タイタスの書状があります」
 若者は、薄い文箱から手紙を取り出した。 奴隷王タイタスの噂は知っている。数百人の逃亡奴隷を指揮して、フルギアの街を襲い、そこを何年も占拠している。
 フルギア帝国正規軍は五回攻め、五回とも敗退している。敵将を手玉に取り、希代の戦上手と評されている。時間を操る魔法を使うとか。
 フルギアの将は、勝算の薄いティッシュモック攻めの任を嫌っているそうだ。
 広く知られた噂なので、俺もティッシュモックとタイタスの名は知っていた。
 手紙がカウンターに置かれている。
 俺が若者に問う。
「奴隷王がなぜ、私に手紙を?」
「ノイリン王のご支援を賜りたく……」
「支援?」
「ティッシュモックは、どうにかフルギア帝国の攻勢を跳ね返してきましたが、難しい情勢になりつつあります」
「どうして?」
「セロと名乗る異種をご存じですか?」
「知っている」
「空から攻撃を仕掛けてきます」
「それも知っている」
「ティッシュモックは、それに抗う術がありません」
「ノイリンにはあると?」
「はい。
 黒の魔族のドラゴンを退けています」
 俺が金吾を見ると、金吾がいった。
「とりあえず、その手紙読んでみたら……」
 異変を感じて、デュランダルがバックヤードから店内に戻る。

 文字はアルファベット。言葉は異教徒だ。
 この世界の標準に近い。
《突然の使者の派遣、非礼お詫びいたします。
 私はティッシュモックの街長でタイタスと名乗っておりますが、生まれし時の名はゴーマともうします。
 ノイリン王には、一度もご尊顔を拝しておりません。図々しくも知古をいただきたいと思い、使者を送りましてございます。
 どうかこの非礼、ご温情をもちまして、お許し賜りたく、お願いもうしあげます。
 さて、ティッシュモックはかねてより、フルギア帝国内にありながら、独自の治政によって独立しております。
 過去一五年間に五度、フルギア帝国軍が攻め寄せましたが、城壁に爪痕を残す程度で帝都に引き上げていただいております。
 しかしながら、今般、帝国はセロと名乗るヒトに似てヒトにあらざる生き物と同盟を結んだよし。
 セロは空中より攻めるとの噂ありて、いよいよもって我が街も戦火に沈むかと案じております。
 聞きおよびますところ、ノイリン王は真の冬の前に訪れる〝間引きの儀〟の大災を退けられたよし。
 その偉大なるお力と、深遠なるご温情をもちまして、我が街にご支援を賜りたく、伏してお願いもうしあげます。
 遣わしました使者とともに、我が街にご来訪賜りたく、重ねてお願いもうしあげます》

 手紙の内容はわかるが、文体は奇妙に大時代的で、そして不自然に口語風だ。
 それはいいのだが、この物騒な状況下で、遠くの街に出向くことには躊躇いがある。
「ご用向きはわかりました。
 しかし、セロが進出している状況では、街を離れることはなかなか……」
「そうですか。
 やはり無理ですか。
 私の街は、西の川の西岸から少し離れた河川に囲まれた土地にあります。
 ノイリンからは、直線で一〇〇キロほどです。
 数日お付き合いいただくことはできませんか?」
「精霊族のテリトリーに近いね」
「実際、精霊族のテリトリーと重なっています」
「だから、帝国軍は攻めあぐねた?」
「はい。それもあります」
「それ以外は?」
「奴隷王は、時の精霊に守護された戦術家です。敵の意図を瞬時に見破り、敵の裏をかいて殲滅します」
「そんな戦術家なら、支援は必要ないでしょ」
「空から攻められた場合の戦道具〈いくさどうぐ〉がありません」
「対空兵器がない?」
「ありましたが、弾が切れました」
「どんな?」
「三〇ミリの機関砲です」
「どんな?」
「……。
 ブッシュマスターⅡという名です」
「やはりな。
 タイタスは新参者か?」
「……。
 両親とも、この世界の生まれではありません」
「両親?」
「タイタスは父です」
「奴隷王は、息子を使者に出した?」
「そうです」
「それほど、切羽詰まっている?」
「ご推察の通りです。
 父は危機を感じています。
 ノイリン王は、黒の魔族のドラゴンを葬ったと聞きました。
 ならば、対空兵器を持っているはずだ、と……。
 ティッシュモックには、その武器が必要だ、と……」
「ブッシュマスターを搭載している車輌は?」
「KTOロソマクです」
 金吾が気付く。
「それ、ポーランドのパトリアAMVですよ。八輪駆動の装甲兵員輸送車です」
「ポーランド?」
「もしかすると、じゃないですか?」
「まさか?」
「聞いてみたら?」
 金吾に促されて、俺は若者に尋ねた。
「父上は、奴隷王はポーランド人?」
「いいえ、ニホン人です。母がポーランド人」
「もしかしたらだが、我々とご両親は浅からぬ縁があるかもしれない」
「どういうことですか?」
「それは、きみのご両親と話す。
 きみと一緒にティッシュモックに行く」

 それからがたいへんだった。デュランダルは怒り出すし、由加からは木の皿を投げつけられるし……。
 ちーちゃんとマーニは、一緒に行くといい張るし……。

 真の冬の真っ最中、ちーちゃんは非常に意義のあることを始めた。
 図書館作りだ。
 俺たちはこの世界に、大型スーツケースに詰め込んだ二〇冊ほどの本を持ち込んだ。
 植物図鑑、動物図鑑、世界地図がほとんど。このほかに、電子化した一テラバイト分の書籍。動植物に関する情報と、全世界の地形に関するデータだ。
 それと、少しのコミック、文庫、『世界の軍用車』『世界の戦車』『世界の装甲車』『世界の軍用銃』『世界の戦闘機』『世界の軍用機』『世界のヘリコプター』という、B六判のコンビニ本。閉鎖されたコンビニのバックヤードから盗んだ。
 二〇〇万年後で生きていくための資料として持ってきたのだが、動植物図鑑よりも兵器図鑑のほうが役立っている。
 俺と金吾は、二五六ページもある七冊のコンビニ本で、軍事〝知識〟を〝学んで〟いる。
 特に『世界の軍用銃』は、商売上不可欠な資料だ。
 新しい居館は、南南東向きに建っている。北北西向きにも部屋があり、この窓が小さく寒い。一部は納戸にしている。
 ちーちゃんは、学校で教師役を担当していた片倉に「使ってもいいお部屋ある?」と聞いた。
 片倉はちーちゃんの緊張した表情を見て、相当な勇気を振り絞っての言葉だと感じた。
「お部屋は何に使うの?」
「あのね、としょかんを作るの。
 持ってきた本をみんなで読むの」
 ちーちゃんは、彼女個人の希望を言葉にすることが苦手。さらに、嫌なことをされ、それを嫌だと意思表示することはもっと苦手。
 俺はそれをよく知っていたし、由加も理解し、心配している。
 由加はちーちゃんから図書館の話を聞いた時、「片倉のおばちゃんに相談しなさい」とアドバイスした。
 片倉には、事前に何も伝えなかった。
 ちーちゃんは、片倉にどう伝えるかを何度も何度も考えて、意を決して声をかけた。
 片倉は、ちーちゃんの考えを「いいアイデアね」と褒め、六畳ほどの納戸を用意した。
 最初は、ちーちゃんが管理していた二〇冊ほどの書籍が、机の上に並ぶだけだった。
 片倉がショウくんが大事にしていたコミック一〇冊を寄贈。
 斉木が農学書三冊、能美が医学書二冊を。金沢と相馬は、文庫を一冊ずつ。
 金吾がデスクトップPCに二七インチのモニターを接続して、俺たちが持ち込んだ電子ブックのすべてをオフラインで見られるようにする。
 すると、相馬と金沢も、そのPCに彼らが持っていた電子ブックをコピー。斉木と能美も参加してくれた。
 紙の本は少ないが、短時日ですごいライブラリーができあがった。日本語ばかりだが……。しかし、イラストや写真は、見ればわかる。無意味ではない。
 他の地域からも書籍の寄贈があり、真の冬が終わる頃には、幼いちーちゃんがどうにかできる状況ではなくなっていた。
 たった二〇冊から始まった図書館は、一年と数カ月で巨大なライブラリーに変貌した。
 現在は旧滑走路脇の旧格納庫の一角に移動し、各地区からのボランティアによって運営されている。
 この図書館は『チハヤ・トショカン』と呼ばれている。〝トショカン〟は、この世界の単語となった。
 蔵書の一部は、ボランティアによる翻訳が始まっている。
 中央評議会は、チハヤ・トショカンを中央地区に移動し、全地域はもちろん、他の街や他の種族にも開放すべきだとしている。
 それは、とてもいいことだと思う。

 この図書館の視察に精霊族の賢者が訪れた。精霊族には、ヒトのように個人を特定する名がない。記号のようなもので識別するのだが、それはヒトには不便なので、ヒト側で勝手に名をつけたり、職名で呼んだりしている。
 賢者は、精霊族の社会において、強い影響力がある。
 賢者が図書館を訪れ、それをちーちゃんが出迎える。俺は養い親の立場で、ちーちゃんの後ろに立っていた。
 賢者がちーちゃんの行いを称え、彼女がはにかむ。
 賢者は高齢なようだが、精霊族の常で年齢不詳の面立ちだ。
 俺は賢者に唐突に会談を申し入れてしまった。
「千早の養父でございますが、折り入って賢者様とお話がいたしたいのです」
「私も親しくお話がしたかった。
 西のヒトが〝ノイリン王〟と呼ぶあなたと。
 人食いを押さえし英雄と」
 賢者は俺を知っていた。
 俺は、心底驚いた。
 そして、さらに驚くことになる。

 賢者との会談は、通訳以外誰もいない一対一となった。
 俺から切り出す。
「ティッシュモックというヒトの街が西にあります」
「存じています。
 西のヒトが〝奴隷王〟と呼ぶ支配者の統べる街ですね」
「そこに旅しようと思っています」
「なぜですか?」
「ヒトの問題なのですが、争いごとが起きるかもしれないのです」
「セロなる生き物が攻める……」
「なぜ、それを……」
「我らは、ヒトの行いを常に気にしています」
「ヒトの一部が、セロと同心したようなのです」
「セロへの内応は、この街でも起きていますね」
「それもご存じとは……」
「賢者様は、セロを……?」
「我らとは異なる種で、我らとは共存できぬと理解しています。
 はるか南での行為は、我らとは異なる生き物であることを示しています」
「セロのことは、十分にお調べなのですね?」
「一〇年以上前から、詳細に観察しています。南の海を渡り、大砂漠を越えたさらに南で、セロはヒトに残忍な行いをしました」
「賢者様のご判断は?」
「戦うことになるでしょう。
 セロとはね。
 ですが、いまはその時ではない」
「ティッシュモックへの旅では、皆さんの土地を通過させていただけないでしょうか?」
「なるほど。
 我らの土地を通れば、ヒトの土地を通る必要はない、と」
「そうです。
 この街は、分裂しかかっています。
 私が表立ってティッシュモックに行けば、分裂の動きを加速してしまいます」
「セロは、ティッシュモック攻めで、ノイリン攻略の予行練習をするつもりなのです」
「……」
「ヒトがクラシフォンと呼ぶ街の指導層内部からの情報です」
「どういうことですか?」
「ヒトの街も我らの街も、空からの攻撃に脆い……。
 しかし、ヒトがノイリンと呼ぶ街はそうではないでしょう。
 黒魔族のドラゴンを撃退しているのですから……」
 俺は賢者からの情報に自分の解説を加える。
「ティッシュモックも以前、ドラゴンを撃退しています。
 ならば、ティッシュモック攻めによって、ノイリン攻略の方法を知ろうというのでしょう。
 どうして、その情報を私に……」
「ヒトは調略に弱い……。
 ノイリンには内応者が数多〈あまた〉いますね。
 もし〝ノイリン王〟が内応側に破れれば、我らにも影響があるのです。
 セロとヒトが組めば、我らを攻めるかもしれないのです。
 セロは狡猾な動物です」
「その動きを私に止めろと……」
「そうですね」
「……」
 俺は沈黙した。
 捕虜がいながら、俺は精霊族ほどの情報を持っていなかった。自分の愚かさと不甲斐なさに腹が立つ。
 賢者が続ける。
「ヒトは我らを精霊族と呼び、禿の種族を鬼神族と名付けています。
 精霊族と鬼神族を打ち破るには、セロだけでは無理。
 数が足りない。
 ヒトを味方につけないと。
 しかし、ヒトの中にもセロを危険視する個体がいますね。
 あなたのように。
 セロは海岸部に橋頭堡を確保し、内陸に侵攻しようとしています。
 その前に、ヒトを味方にしようと画策しています。
 ヒトを味方にするには、セロに疑いの目を向けている個体や集団を排除する必要があります。
 その個体がノイリン王であり、ノイリン王が率いる集団なのです」
「その前段階として、ティッシュモックを攻略しようと?」
「ヒトがクラシフォンと呼ぶ街の指導層は、セロに対して判断しあぐねています。
 そこでセロは、クラシフォンが手を焼いているティッシュモックの攻略を手助けする、と提案したのです。
 クラシフォンの指導層にとっては、渡りに船。その提案を受け入れ、軍を出すことに同意しました。
 セロとヒトの連合軍が生まれてしまったのです。
 怖ろしいことです」
「ですが、ティッシュモックは小さな街です。
 連合軍が攻めるには……」
「実績です。
 実績を作らせてはいけないのです」
「賢者様は私に何を……」
「ヒトの問題は、ヒトの間で解決してください。
 ティッシュモックを落とさせてはダメですよ」
「ティッシュモックを守れと?」
「そうです」
「争いを避けて、街を放棄することも考えられますが……」
「それでは、連合軍の実績となりましょう」
「やはり、戦って守れと?」
「それしかないでしょう。
 我らの土地の通過は、どうぞ自由に。
 旅の目的は、我らとの商談とすればよろしでしょう」

 ティッシュモックに大軍を派遣するなどまったく不可能。そんな余力は、ノイリン全体にも、我々のグループにもない。
 俺は少人数で、ティッシュモックに行かなければならない。

 俺は、由加、デュランダル、ベルタに賢者からの情報を伝えている。
 日暮れと夕食時の間、この時間帯ならば四人で会っていても不審に思われることはない。場所は銃を修理する作業場。

「精霊族からの情報では、フルギア皇帝はセロとの限定的な同盟に同意したようだ。
 その最初の作戦として、ティッシュモック攻略が選ばれた。
 この攻略戦の結果を分析して、ノイリンを攻めるらしい」
 由加が問う。
「その情報は正しいの?」
 俺が首を横に振る。正誤を判断する情報がないのだ。
 デュランダルが意見を述べる。
「だが、ティッシュモックから来た若者の説明と合わせれば、辻褄は合うんだ」
 ベルタが尋ねる。
「その子、日本人とポーランド人が両親だって聞いたけど?」
 俺が答える。
「本人は、そういっていたね。
 真実だと判断する根拠はないけれど、例の入植地と関係があるかもしれない」
 由加が反応する。
「そんな偶然は、確率的にありえないよ」
 それにベルタが頷く。
 その通りだ。ありえない偶然だ。
 デュランダルが疑念を示す。
「例の入植地の件を知ったフルギアが、策を弄した可能性は?」
 俺もそれは考えた。
「あり得るね」
 由加が問う。
「それでも、ティッシュモックに行くの?」
「あぁ」と俺。
「なぜ?」と由加。
「SDカードの男が、『部下を助けてくれ』といっていたからね」
「そんな一八年前のメッセージを真に受けるの?」
「俺たちは、彼らから物資を受け取った。その代金は払わないと」
「落ちていたゴミを、拾っただけでしょ」
「……かもしれない。
 だけど、何か引っかかるんだ」
 デュランダルが答える。
「私も引っかかるんだよ。
 ティッシュモックに……。
 ティッシュモックを放置すると、ノイリンに災いがあるように感じるんだ」
 ベルタがいう。
「縁のない街よ」
 デュランダルが答える。
「縁がないのに、あの若者はやって来た。歳は一五くらいだろう。チュールやマトーシュとさして変わらない。
 重大な任務を帯びて。飄々としているが、内心では尋常ではないプレッシャーを感じているはずだ。父母はもちろん、街人すべての運命を背負っているんだ。
 もちろん、街の指導者には別の対策もあるんだと思う。しかし、この任務を背負っているのは、彼一人なんだ。
 チュールやマトーシュが、同じことをするとしたら、私は平常心ではいられないよ。
 そして、彼が嘘をいっているようには思えない。
 少なくとも、彼は自分の語った話を信じている」
 俺も同じだ。無言でデュランダルに同意する。
 そして、由加とベルタにいった。
「ティッシュモック攻略が、ノイリン侵攻の前哨戦ならば、ティッシュモック防衛の成否は別として、セロの戦術を知る貴重な機会になると思うんだ。
 俺たちは、セロのことはほとんどわかっていない。捕虜が話したことだけが、直接的な情報だけど、それでも断片的だ。
 セロが西ユーラシアを支配下に置こうとしていることは確かだろうけど、どういう手順で攻めるのか、どういう戦術を使うのか、武器の性能や兵士の練度もわかっていない。
 歩兵や騎兵の装備を知っている程度だ。砲兵や工兵がいるのかいないのか、それさえわかっていない。
 他人さんの街でドンパチやるのは趣味じゃないが、ティッシュモックで戦ってみれば、ある程度のことはわかるんじゃないかな」
 ベルタが答える。
「理屈は通っているけれど、この状況で戦力を二分することは、愚策でしょ」
 由加がベルタに賛成する。
「戦力の分散は最低の策よ」
 俺がそれに答える。
「六人で行く。
 俺と五人」
 由加が呆れる。
「それは危険よ」
 ベルタが同意するように頷く。
 デュランダルが俺に同意する。
「六人なら、戦力の分散にはならない。
 私も行こう」
 俺が反対する。
「いやダメだ。
 デュランダルは残って欲しい。できるだけ、ノイリンに戦力を集中したい。
 あんたは実動戦力の中心だ」
 デュランダルが問う。
「では誰を連れて行くんだ?」
「通信にアビー、看護にマルユッカ、チュールとマトーシュ。
 それと、カロロ。
 彼はケレネスが俺につけた護衛兼監視だから、離れないだろう」
 由加が反対する。
「チュールはイヤよ」
 デュランダルが由加を諫める。
「気持ちはわかるが、ここにいても死ぬ時は死ぬんだ。
 それに、ノイリンが先に攻撃される可能性だってある。
 危険はどこにでもある」
 由加は納得しない。
「でも……」
 俺は断言した。
「チュールとマトーシュは、必ず生きて連れ帰る。二人は、ノイリンの将来を背負うことになる。
 二人の資質は、それを示している。
 そう思わないか?
 ならば、可能性のある若者に多くの経験を積ませるべきだ」
 由加は不満そうに黙った。

 精霊族の街は、子供たちに人気がある。彼らの街は、メルヘンがあふれているからだ。
 ちーちゃんとマーニは、チュールが旅に出ること、特に精霊族の街に商談で向かうことがうらやましくて仕方ない。

 由加がチュールの衣服を整えている。
「精霊族の街は標高が高いから、寒さに気をつけて……」
「うん」
「ママは、いつもチュールと一緒よ」
「うん」
「危ないことをしちゃダメよ」
「うん」
「ちゃんと、ご飯を食べるのよ」
「うん」
「寝る時は、風邪を引かないようにするのよ」
「うん」

 俺はおかしくて声を出して笑いそうだった。チュールもうんざりしているが、養母の心遣いには感謝しており、無碍にはできない。だから「うん」とだけ答えている。

「この銃は、一番いい銃よ」
 由加はそういって、ツァスタバM90をチュールに渡す。五・五六ミリNATO弾仕様のユーゴスラビア製AK‐47だ。
 確かにいい銃だし、彼女がこれを選んだということは、セロとの戦闘を意識している証だ。対ドラキュロ戦ならば、七・六二ミリ弾仕様の銃を選ぶ。
 チュールが破顔する。
 カエルの子はカエル、か?
 いや、門前の小僧習わぬ経を読む、か?
 まぁ、銃の善し悪しだけは、しっかりと学んでいる。
 由加はチュールのために、特性のボディアーマーを用意していた。
 至れり尽くせりだ。

 マトーシュは中央平原風の革鎧を着てきた。見かけはジャケットだが、皮が厚く鋭利な刃物でも貫けない。それに、致命部には装甲板まで入っている
 彼の養母も相当な過保護だ。
 二人が一緒に六輪駆動装甲兵員輸送車のXA‐180Pasiに乗り込む。俺が運転席、マルユッカが助手席。カロロとアビー、ティッシュモックの使者は兵員室。
 俺たち七人は浮航でロワール川を渡り、精霊族の土地に入った。
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