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第3章

第六七話 懸念

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 俺にはぬぐいがたい懸念がある。
 俺たちヒトは、この世界において外来生物ではないのか?
 一二〇〇年の歴史があるとはいえ、固有種とはいえないのではないか?
 同時に、二〇〇万年という時間を経た進化を受けていない。
 ある意味、生きた化石。
 そんなヒトが、この世界で生きていけるのか、確信が持てない。そもそも、生命体として終わっているのではないか、と感じてしまうのだ。
 由加と何百回愛し合っても、彼女に子供を産んでもらいたいとは思わない。
 漠然とした不安が、俺の生物としての本能を押しつぶす。理屈や理性ではなく、論理的思考でもなく、原初的な本能が何かを告げている。

 二一時を過ぎると、食堂は居酒屋になる。誰かが肴を作り、誰かが酒を用意する。自然発生的に店員のいない居酒屋となる。
 年長の子供たちはこの時間が大好きで、いつまでも自室に帰らない。大人の義務として、親のいない子供たちの話し相手をする時間でもある。

 そんな大事な時間なのに、俺は酔っていた。酔うことは珍しくはないが、酔い方が悪い。俺は〝ノイリン王〟と呼ばれる重さに耐えかねている。
 そして、みっともなく斉木に絡んだ。
「先生。セロは、ヒトを皆殺しにするそうですよ」
「それは仕方ないよ。
 彼らは侵略的外来生物なんだから」
「俺たちも、外来生物です」
「だが、ヒトはニッチ(生態的地位)を守っている。
 精霊族、鬼神族、森の人のテリトリーにだって侵略的な影響を与えていない」
「精霊族や鬼神族はいいんですよ。
 文化や技術を補完し合う仲なんだから。
 でもセロは違うんです。
 ヒトとセロは、ニッチが重なるんです」
「ニッチが重なれば、競争排除則が働くね」
「ガウゼの法則でしょ。
 重複するニッチを有する生物は、同時に同一地域で共存できない、どちらかが排除される、でしょ」
「で、セロの捕虜はなんていってるの?」
「報告しているとおりで、同じですよ。
 法王がぁ、法王庁がぁ、国王の命によりぃ、異端の獣はぁ、神の御心はぁ。神のご意志はぁ。
 同じ言葉の繰り返しで……」
「で、半田くんはどう思う?」
「法王も法王庁もどうでもいいです。
 連中が信じる神なんて、どうでもいいんです。
 連中は単に生息域を広げているだけなんです。
 これ、生物としての本能ですよ。
 セロは本能としての行動に、神が云々という理由付けをしているだけなんです」
「で……」
「だから、厄介なんです。
 戦争は経済です。
 領土を割譲せよと要求する。応じなければ国境に軍を派遣して威嚇する。それでも応じなければ、国境を越えて軍事作戦に移る。
 領土の獲得と作戦遂行時の自軍損害とを天秤にかけて、損害が利益を上回れば、軍事行動なんて起こしません。
 だから、ヒトの戦争には経済条件の交渉が可能なんです。
 しかし、セロはそうじゃない。
 生息域を広げるための過程として、ヒトを殺すんです。ヒトの持つ何ものも欲していない……。
 だから、交渉の余地がない……。
 殺すか殺されるしかない……」
「半田くんはヒトが不利だと?」
「不利ですね。
 ヒトは二〇〇万年という途方もない時間の中で、進化の洗礼を受けていない……。
 二〇〇万年後に移住するという自然の法則を無視した、そのツケを払う時が来たんじゃないかって……」
「ヒトはセロに対して、生物として劣る?」
「たぶんね。
 ニホンザリガニとアメリカザリガニの関係ですよ」
「ニホンザリガニは、在来種だよ。
 我々は外来種」
「原始的な、ね」
「原始的かどうかは、脇に置くとして、特殊化していないのは事実だね」
「この世界の環境に最適化したセロと、環境への適応に四苦八苦しているヒト。
 勝敗は見えているでしょ」
「それはどうかねぇ?」
「最適者生存でしょ」
「最適者の定義だよ」
「定義?」
「確かにアメリカザリガニは、ニホンザリガニを脅かしていた。
 だけど、ニホンザリガニは北東北と北海道にだけ生息している。しかし、人為的に移入されたみたいだけど、関東での生息も確認されている。
 それほど脆弱な生物ではないのだよ」
「でも、生息域は減ってますよ」
「その理由だけど、アメリカザリガニは北海道から沖縄本島まで、広く分布する。
 確かに、北東北や北海道では生息域が重複するから、ニホンザリガニにとっては脅威だね。
 ニホンザリガニの食性は広葉樹の落葉が主だけど、アメリカザリガニは雑食性だ。藻類、オタマジャクシ、小魚など何でも。動物の死体だって食べる。ニホンザリガニも食べるだろうけど、ニホンザリガニにとっての最大の脅威は環境破壊だよ。
 ヒトによる……」
「先生は、我々はニホンザリガニじゃぁない、と?」
「たぶんね」
「どうして……」

 俺はここで気付いた。
 子供たちが俺と斉木の話に聞き耳を立てている。
 この地にもザリガニがいる。かなり大きな種だ。小さな子供でも簡単に釣れて、背わたを取り塩ゆですればそこそこうまい。
 子供たちは、俺と斉木の会話のどこに引かれているのか?
 酔いが急速にさめていく。

 斉木が続ける。
「ニホンザリガニは、水温二〇度C以下のきれいな淡水に棲む。
 日本列島の生息環境に最適化したんだ」
「アメリカザリガニは、最適化していない?」
「当然だね」
「しかし、強い繁殖力を示す……」
「環境に最適化・特殊化すれば、環境変化に対して弱くなるんだ。
 環境の変化は、生物にとってストレスだからね」
「最適化は最強化ではない……?」
「最適化すれば、その環境では強いだろうね。しかし、環境の変化には弱いわけだ」
「ヒトは、最適化していないから環境の変化に強い……と?」
「そうだね」
「この場合は、侵略的外来種であるセロの登場?」
「大きな環境変化だね」
「この環境変化にヒトは対応できる……」
「たぶん」
「なぜです?」
「日本には三種のザリガニが生息している」「三種ですか?」
「そうなんだ。
 北海道と北東北の在来種であるニホンザリガニ、一九二七年にウシガエルの餌として移入されたアメリカザリガニ、一九二六年に食用として移入されたウチダザリガニだ」
「ウチダザリガニ?」
「あぁ、ウチダザリガニ。
 ニホンザリガニやアメリカザリガニよりも大きくて、生息地が重なる地域ではニホンザリガニを圧倒しているんだ。
 こいつは環境への対応能力が高くて、マイナス三三度Cの低水温、プラス三〇度Cの高水温でも一週間生存でき、汽水域でも生きていける」
「化け物ですか?」
「驚異的な環境適応能力だよ」
「先生は……?」
「ヒトはたぶん、ニホンザリガニの立場じゃない。
 おそらく、ウチダザリガニだ。
 セロは、アメリカザリガニ」
「ヒトはセロを圧倒できる、と」
「そう考えている。
 いい加減な農学者の戯言だけどね。
 で、古生物の先生はどう見る?」
「う~ん。
 どうなんでしょう?
 ただ、飛行機は見つけましたよ」
「そこなんだよ。
 ヒトは新たな環境、つまりセロという侵略的外来種に対抗する術を見つけている。
 ヒトは、最後の氷期にあたって衣服を発明する。
 普通、寒さに適応するならば皮下脂肪を厚くするとか、身体を変化させるんだ。
 これが進化だよ。
 しかし、ヒトは違った。
 身体を変化させるのではなく、衣服という道具の発明で対応したんだ」
「飛行機は、衣服にあたると?
 環境に対する適応がより高く機能しているヒトが生き残ると?
 道具という点では、セロも同じじゃないですか?」
「まぁね。
 ガウゼの法則は働くだろうけど、排除はセロに向かうね」
「そう断言できる根拠は?」
「半田くんは、焼酎は何が好き?」
「米ですね。匂いがきつくなく、舌触りもいいし……。
 でも、これも好きですよ」
 俺は、ジャガイモ焼酎のボトルを持つ。
「それは、きみがこの環境に適応した証拠だよ」
 かなりのこじつけだが、ジャガイモ焼酎はうまい。米と比べたら、いまとなっては微妙だ。ジャガイモのほうが好きかもしれない。
 やはり、新たな環境に適応したようだ。
 ヒトはしぶとい動物だ。

 気付くと、完全に素面に戻っていた。
 子供たちだけでなく、大人たちも、俺と斉木の珍問答を聞いている。

 アイロス・オドランは、慎重にPZL‐130オルリクの再組み立てと整備を始めている。
 一八年間、眠っていた飛行機を目覚めさせるのだから、簡単ではないし、些細な見落としでヒトの生命を奪う可能性もある。
 しかし、この四機が飛ばなければ、ヒトの未来は暗くなる。

 双腕重機は、その異形から鉄屑化を心配したが、土木工事で活躍している。
 回収した車輌は、整備が進んでいる。全車輌が稼働するかは疑問だが……。

 俺はセロに対して、非常な疑念を感じている。彼らがもし、法王なり法王庁の託宣を真に信じているとするならば、相当な愚か者と判断していい。
 それと、彼らの神とは、ヒトの宗教上の神とは異なるようにも感じている。
 実際、彼らにはヒトのような宗教の概念がない。
 ヒトの宗教は、どうであれ何らかの救いを求めるものだ。日々の生活の苦しさや困難を乗り越えるための精神的な支え、今日の食べ物への感謝、日常生活における行動規範、死の恐怖の裏返しである天国や極楽の定義がそれだ。
 だが、セロにはない。神に感謝しないし、神に祈ることもしない。神に何かを求めない。神に信仰を誓うことはないし、神に許しを請うこともない。〝お天道様が見ている〟的な神に対する畏怖もない。
 法王を通じた神の託宣がすべてであり、それに従って行動しなければならない、という制約だけなのだ。
 彼らの神は、彼らに何ももたらさない。ただ命じるだけ。神の託宣を忠実に行ったとしても、御利益は一切ない。
 一方的に命じ、一方的に従うだけの関係だ。ヒトの宗教とは根本的に異なる。
 ここを理解しないと、致命的な失敗を犯すことになる。
 ヒトは損得で動く。戦争も損得だ。信仰も同じ。
 だが、セロは、神の託宣に従うことだけが、行動の規範なのだ。
 神がヒトを殺せと下知したから、殺すだけであって、そこに感情はない。理由は考えないし、結果も案じない。
 だが、どうも神は殺し方までは指示しないらしい。ここにセロ個々の考え方が生まれる。殺す前に強姦する。射撃の標的にする。油をかけて焼き殺す。など。バリエーションが生まれる。
 神の託宣を守る限り、モラルは存在しない。一切の感情を抱かない。
 姿はヒトと似ているが、ヒトとは本質的に異なる動物だ。
 白魔族の性質に似てはいるが、白魔族はもっと即物的だ。存在しない何かを定義したり、その声を聞いたりはしない。
 白魔族は霊的な見えないものや触れないものは、概念さえ存在しない。神、霊魂、悪魔、妖怪、物の怪、精霊、妖精など、見えぬものに一切の定義がない。
 だから、白魔族とも違う。
 むしろ、白魔族よりも厄介だ。
 それと、神がセロにヒトを殺せ、と命じ、それを実行する過程でセロがどれほど死のうと、一切気にしない。例えば、セロがヒトの街を襲い、ヒトが反撃し、セロが一〇〇の生命を落とし、ヒトの被害が一〇だとすれば、ヒトを一〇殺したという事実だけが残る。
 彼我の被害を天秤にかけるという考えがない。
 俺が司祭を尋問していた際、ルジエの近郊の会戦において、ヒトが九〇〇体に達するセロを殺めたことよりも、ヒトの損害がなかったことのほうが、司祭に衝撃を与えた。
 ヒトを一人も殺せなかったことは、神のご意志に添えなかったことを意味する。
 神の意思は絶対であり、それに応えられないセロは生きる〝資格〟がないようだ。
 司祭の落胆と動揺の姿を見ることは、声を出して笑いたくなるほどの悦楽だった。
 戦っても、ヒトに損害がないと、セロは哀れなほど取り乱す。これは、捕虜の将校も同じだった。
 それと、食料となる生き物への感謝がない。植物にしろ、動物にしろ、ヒトは生命を奪って生きている。
 ヒトは謙虚であるべきだし、無駄な殺生はすべきでない。
 だが、セロには生き物への愛情はおろか、なにがしかの感情さえない。神の意志ならば、いかなる殺生も認められ、彼らは良心の呵責に悩むことはない。
 決して!

 俺は、中央評議会から呼び出しを受けている。議場で、ガウゼの法則を開陳するつもりなど、さらさらない。
 事実を積み上げて、セロの危険性を示し、警告するだけだ。ノイリンの住民は善人じゃない。悪人でもないが、生き残ってきた以上、善人ではない。善人ならば、生きてはいない。
 だから、俺の説明を真摯に聞いてくれるはずだ。そう信じたい。

 議場は、東地区議員の論題提起から始まった。
「先般、北地区住民が主導して、フルギア帝国の属領に攻め入りました。
 攻め入った上に、一〇〇人近い住民を拉致してノイリンに移住させました。彼らの一部は、北地区の農場で働かされています。
 皆さん、このような暴挙が許されると思いますか?
 人食いの大群が押し寄せてきた際も、北地区は独断で武装集団を東に派遣しました。
 これに刺激されて、黒の魔族が西に攻め込んだらどうなっていたでしょう。
 北地区の住民には〝ノイリン王〟などと呼ばれて、喜悦している愚か者もいるようです。
 このまま北地区を放置すると、ノイリン全体が危険にさらされてしまいます。
 北地区への厳正な対処が必要と考えます。
 また、西方の国家フロリニア王国は、我々に交誼を求めています。
 決して、乱暴な種族ではありません。
 文明を築いた、理性ある種族なのです。
 北地区の過剰な反応、暴力的な傾向、独断専行する行為、これを許しておくと、フロリニア王国との交易が断たれてしまいます。
 どうか、北地区の横暴に処罰をお願いします」
 俺は、どう答えるべきか思案していた。東地区の挑発に乗ると、事態を悪化させる。
 俺は、東地区議員の疑義には直接答えないことにした。
 議長が俺を呼ぶ。
「ハンダ参考人、前へ」
 俺は参考人席に立った。
「まず、これを見てください」
 四〇インチモニターにルジエの街の城壁と、荒らされた麦畑が映し出される。
「四〇〇人以上のヒトが亡くなりました。
 ご遺体は、麦畑に葬るしかありませんでした。
 葬儀はできず、埋葬して、冥福を祈ることしかできませんでした。
 乳児も、老人も、男も、女も、街の中で無抵抗なのに殺されました」
 東地区の議員からヤジが飛ぶ。
「麦畑を焼いたのはお前たちだろう」
 その通りだ。
 俺が命じて、焼夷弾を投下させた。
「次の写真ですが……」
 街の外に、転々と死体が散らばる。
「街人によれば、住民を走らせ、背後から撃ったそうです。
 射撃の練習か、狩猟のまねごとだった可能性があります」
 写真を変える。
 背中に血痕がある子供の死体。
「たぶん、ゲームだったのだと……。
 標的にされたのは、屈強な男性がほとんどでした。
 ですが、一部は子供です。
 子供が標的にされた理由ですが、捕虜によれば、子供が殺されるところを母親や父親に見せると悲しむので、その姿がおもしろかった、と」
 東地区の議員がヤジる。
「お前の勝手な憶測だ!」
「セロには、父母はいません。子が生まれると、同年齢を集めた施設に送られます。
 セロはそこで育ちます。
 教育も一元的に管理された環境で行われるようです」
 東地区の議員がヤジる。
「作り話はやめろ!」
 写真を変える。
「生きたまま、焼かれたご遺体です。
 この凄惨な情景が私の頭から離れません。
 生き残った街人によると、セロは服を脱ぐよう強要し、裸にした上で油をかけ、火を放ったそうです。
 どれほど、怖ろしかったでしょうか」
 東地区の議員がヤジる。
「お前がやったんじゃないのか!」
 写真を変える。
「ルジエの街です。
 ここに市場がありました。
 近隣では、ルジエの朝市は有名だったとか。
 しかし、すべて焼かれました」
 東地区の議員がヤジる。
 ヤジっている議員は、同じ人物だ。
「誰がやったんだぁ~」
 写真を変える。モニターに飛行船が映し出される。
「これが、セロの乗り物です。
 見たとおり、飛行船です。
 私が精霊の丘に到着する前のことですが、一二〇ミリ迫撃砲弾三発を命中させたそうです。
 ですが撃墜はできませんでした」
 議場が大きくどよめく。
 議長が初めて私語を諫める。
「皆さん、静粛にしましょう」
 そして、俺に尋ねる。
「それは、本当なのですか?
 子供たちの戯れ言では?」
「どうも、本当のようです。
 我々が知っている飛行船と同一視できないでしょう」
「飛行船が搭載する武器は?」
「自由落下の爆弾と、ロケット弾です」
「ロケット弾の射程は?」
「わかりませんが、最大飛距離一〇〇〇メートル内外でしょう」
「爆弾の威力は?」
 俺は写真を変える。
「爆撃によって破壊された城壁です」
 また、ヤジだ。
「お前たちがやったんだろう」
 西南地区から、ヤジに対するヤジ。
「うるさいぞ、黙れ!」
 二人の議員が激しくいい合う。
 議長がニヤニヤ笑っている。
 やおら「静粛に!」と怒鳴る。
「以後、不規則発言は退場してもらいます」と宣言。
 俺は発言を続けた。
「城壁の厚さは基部で一・五メートル、頂部で〇・八メートルです。
 ご覧の通り完全に崩れています。セメントをつなぎに焼成レンガを積み上げた壁ですが、完全に崩れています。
 我々の同クラスの爆弾と同等の威力と考えたほうがいいでしょう」
 議長が問う。
「その、セロ、の火薬は?」
「火薬は使っていません」
 俺はセロの短銃を出した。
「銃によく似ていますが、我々の銃とは原理が違います。
 我々の銃は、火薬の燃焼ガスで鉛弾を発射します。
 セロの銃は、高濃度の過酸化水素と過マンガン酸ナトリウム溶液を反応させて、発生する酸素と水蒸気の膨張エネルギーで、小さな矢を飛ばします」
 俺は、長さ五センチほどの矢を手に持って示す。
「この矢です。
 この矢は、弾倉に一〇本格納できます。弾倉は回転式です。
 ただし、機械的に回転するのではなく、発射ガスの噴き戻しを利用して、自動的に回転します。
 弾倉自体は軽く、矢の再装填は弾倉ごと交換します」
 議長が何をいうべきか戸惑っている。
「我々の銃と比べると……」
「長所と短所があります。
 射程は短いですが、発砲音が低く、発射炎はありません。
 互角と見るべきでしょう」
 議長は困惑の顔をしている。
「機関銃は?」
「見ていませんが、迫撃砲に相当する武器は目撃されています」
「兵の練度は?」
「精強です。
 正規の軍事訓練を受けている兵士です」
「攻められたら?」
「飛行船を撃ち落とせないと、負けます」
 議長が机に目を落とす。
「質問を変えましょう。
 セロは、なぜ我々の土地に?」
「セロによれば、ここはセロの土地です。
 フロリニア王国の領土です」
 議場がざわつく。
 議長が質問を始めると、同時にざわつきが収まる。
「フロリニア王国は、どういう経緯でここが自分たちの領土だと……」
「法王庁が、そのように差配したそうです」
「法王庁?」
「セロの国家間における法体系を定める機関です。
 法王庁の裁定は絶対です」
「セロにヒトの事情を、理解というか、そのぅ」
「セロは法王庁が発する神の意思が、行動規範のすべてです。
 セロの行動を阻止しようとする生き物は、何であれ駆除、つまり殺します」
「セロは、ヒトを殺そうとしている?」
「根絶やしにするつもりでしょう」
「その~、理由は?」
「神の意志だからです」
「ハンダ参考人はそれをどう思う?」
「いやぁ~、どう思うかですか?
 正直、白魔族のほうがよっぽど考えがわかります。
 そもそも不信心なんで、神を持ち出されても困るんです」
「ハンダ参考人はどうすればいいと?」
「魍魎族の襲撃は、不意を突かれました。
 あのようなことがないようにしたいと思います」

 議長が「質問は?」と尋ね、議員たちの議論は深夜まで続いた。
 当然、俺はそれに付き合った。

 議論の途中で、東地区が文明の衝突を主張した。
 異なる文明が出会えば、なにがしかの衝突はあるだろう。一方が一方に対して全否定したならば、その時点で相互理解はなくなる。
 ヒトとセロの出会いは、異なる文明の邂逅ではない。
 ニッチが競合する在来種と侵略的外来種の生存をかけた戦いなのだ。
 だが、それを説いても理解は得られない。競争排除則を持ち出せば、必ず議論は東地区の考える方向に傾いてしまう。
 競争排除則よりも文明の邂逅論のほうが、もっともらしくて受け入れやすいのだ。
 セロはヒトを害獣程度にしか認識していない。効率よく駆除する方法を考えている。
 だから、調略を使う。餌でおびき寄せることと同じだ。すでに、東地区は内応しているだろう。我々の戦力は筒抜けと考えたほうがいい。
 セロは、侵略された他の街同様にノイリン上空にいきなり乗り込んでくる。
 そして、兵を空挺降下させ、その後は殺戮だ。東地区が招き入れることになるが、隣接する北地区も無事では済まない。
 俺たちは、ノイリン内郭での市街戦を想定して準備する必要がある。
 東地区の議論を聞きながら、俺は市街戦を覚悟した。
 誰が犠牲になるのだろうか?
 そんなこと、考えたくもない。

 東南地区と西南地区は、ヒトとセロでは、どちらが軍事的に優れているかを気にしている。
 それを、俺に尋ねた。俺が答える。
「兵器の優劣はあるでしょうが、それが戦いの帰趨を決定するわけではないでしょう。
 ヒトとセロでは、科学技術の系統が異なります。
 ヒトは化石燃料と鉄をはじめとする金属の技術。セロは、水素を燃料に炭素を造形に使っています。
 彼らは、水素と炭素が技術のコアなんです。
 我々とは違います。
 この刀は、セロの将校の持ち物でした。
 鞘は木製、柄はカーボンファイバー製です。
 刀身は炭素が主原料のセラミックス。
 よく切れますが若干折れやすい。
 しかし、軽い。
 鋼の剣と比較した場合、優劣は微妙です」
 だが、俺は俺たちの武器と俺たちの戦術は、セロを上回っていると感じている。一二〇〇年間、伊達に食物連鎖の頂点に君臨するドラキュロと戦ってきたわけじゃない。
 ドラキュロだけじゃない。白と黒の魔族とも戦ってきた。
 俺が一二〇〇年間戦ってきたわけじゃないが……。
 斉木のいうように、ヒトは進化の洗礼を受けていない分、特殊化が進んでおらず、しぶといのかもしれない。
 いや、ヒトはそもそも環境適応力に優れている生物なのだと思う。
 翼が必要なら、翼を作ればいい。
 それがヒトだ。
 俺たちは作らなかった。
 探し出した。
 それもヒトの適応だ。

 東地区は二一〇〇人強が住む。三〇〇人に一人の割合で議員が選出されるので、議員数は七人。
 北地区は五〇〇人で、わずか一人。
 多勢に無勢だ。
 ウルリカは沈黙を貫いている。それでいい。
 東地区の議員は、さかんに「セロとの友好」を説き、ロワール川下流域の街での出来事は真実ではない情報だと主張している。
 また俺の説明は、セロを残虐な生物と思わせようとする悪質な意図を含んでいる〝印象操作〟だと。

 東地区の主張を他の地区が信じるか?
 それは、わからない。
 だが、東地区以外には、ルジエの戦いに参加した少年・少女がいる。彼らが実際に見聞きした〝真実〟を話している。
 実見していない東地区の議員が主張する〝真実〟と、自分の目で見て耳で聞いた〝真実〟のどちらが重いかは、それぞれの地区の指導層が判断することだ。

 各地区は、東地区の強硬な主張に閉口し始めている。東地区でも「なぜ、それほどまで、セロという動物に肩入れするのか?」と疑問に思う住民が多いと聞く。
 東地区の指導層がセロに傾注する理由は、あまりよくわかっていない。賄賂等、何らかの経済的な恩恵を得ているとは思えない。
 彼らは純粋に、セロとの友好を望んでいるように感じる。セロを、精霊族や鬼神族と同一視しているのだろうか?
 東南地区と西南地区は、東地区の主張と自地区のルジエの戦い参加者の証言に対して、どちらも疑念を感じているようだ。
 戦場を経験した直後は、正常な精神を維持できないからだ。判断も危うい。そして、兵士が経験する戦場での出来事は、局所的であり、全体を俯瞰していない。
 各地区の指導者は、それぞれに賢者だ。
 だから判断しない。
 判断はしないが、適切な対応ができるように準備を始める。
 つまり、最悪を考えて軍備を整えるのだ。
 東地区以外の指導層は、頭を痛めている。軍費は無駄金だからだ。特に真の冬を乗り切ったばかりで、余裕がない。

 ノイリンには、セロに対する疑念が原因の重苦しい雰囲気が満ち始めていた。
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