200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第3章

第六六話 調略

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 アイロス・オドランは、ノースアメリカンT‐28復座練習機を原型とするシュド・アビアシオン・フェネックのターボプロップ化に成功した。
 そして、ロンダック平原の戦いでは、実戦に参加し、高い能力を発揮した。
 我々は、さらに多くの飛行機を必要としている。
 だが、カラバッシュからの購入は躊躇いがあった。高価すぎるのだ。それに、カラバッシュは航空機を〝戦略的資源〟と位置づけ、それを外交の手段としている。
 我々が欲しいだけ、購入できる保証など欠片もない。
 カラバッシュからは航空機製造のために資材を購入し、ノイリンで製造することが得策だとする意見が多い。
 だが、アイロス・オドランは、「困難だ」と反対している。急務の用は満たせないと。
 その通りだ。

 やはり、この世界に存在している機体を探し出すべきだ。
「状態にかかわらず、飛行機を探している」との噂を流すと、三日後に具体的な反応があった。
 二〇年ほど前に飛行不能となった、デ・ハビランド・カナダ製DHC‐2ビーバー単発輸送機だ。搭載する単列九気筒レシプロエンジンのクランクシャフトが折損しているが、修復が不可能という状態ではない。
 だが、我々は迷わず、ターボプロップ化の道を選んだ。DHC‐2にはターボビーバーがあるからだ。
 ビーチクラフト製T‐34メンター練習機は四機の売り込みがあった。完成機ではなく、組み立て用部品が揃っているとの触れ込みだが、空冷六気筒水平対向エンジンは別な用途に転用されていた。
 だが、これもターボプロップ化は可能だ。ターボメンターがある。
 ブリテン・ノーマン・アイランダー双発輸送機も見つかる。この機体の空冷水平対向六気筒エンジンも他用途に転用されていた。
 ヘリコプターは見つからない。朽ちるまで使われた可能性がある。
 この世界に航空機を持ち込んだ人々は意外なほど多く、だが滑走路を必要とする固定翼機は不向きだった。飛び立てても、どこにも行けないのだ。目的地に滑走路がないのだから……。
 結局、使われないまま、あるいは組み立てられもせず、保管されることが少なくなかったようだ。
 それと、我々は鍋底からの脱出に苦労したが、あの鍋が完全に砂に埋まることは珍しいことではなかったらしい。短い周期で、埋没と出現を繰り返す。鍋の底には、大量の物資が眠っているらしい。
 幸運であれば、労せずに大量の物資をともなって鍋から脱出できた。そして、ドラキュロに襲われ、不運にも全滅し、その物資を誰かが拾い活用する。
 幸運は一度だけ。二度はない。一度もないグループが大半。
 俺たちは、二度の幸運を手にした希有なグループだ。
 物資を遺棄しなければならなかったグループは多いが、同時に物資のすべてを持ち出せたグループも存在している。
 物資の多少は生存確率の高低に直結し、ドラキュロの存在は物資の多少に関わらず、生存確率を極限まで下げる。
 持ち込まれた物資は、本来の持ち主以外が利用することが多く、生き残った人々は、他者の物資で生存確率を高めていった。
 その状況においては、固定翼機はほとんど無意味な機材だった。
 その無意味だった固定翼機は、ヒトの生存に不可欠な機材に変わろうとしている。
 アイロス・オドランは、新造機の生産可能性を否定していない。
「すぐには無理です」
 そういっているだけだ。

 ビーチエアクラフト製T‐34メンターは、ピラタス製PT‐6ターボトレーナーよりは、はるかに旧式で、複合素材はまったく使っておらず、製造技術は高くないという。
 幸運なことにメンターは、移住以前の計画では量産を考えていたらしく、製造用治具が付属している。
 アイロス・オドランによれば、ノイリンでの製造は不可能ではない、と。
 それでも、簡単ではないだろうが……。
 メンターは二五〇馬力から四〇〇馬力程度のエンジンを搭載するよう設計された機体で、本格的な戦闘には不向きらしい。
 サビーナたちもアイロス・オドランと同じ意見だ。
 現状で、航空機製造に手を出せば隘路に陥る。

 俺は、セロとの再戦は六カ月以上の猶予はないと判断している。
 それまでにすべきことをしたい。

 俺たちが大ぴらに飛行機を集めている最中、セロ側は水面下でヒトの分断を画策していた。

 フルギア帝国皇帝カンビュセスは、セロの誘いに乗るべきか、判断に迷っていた。
 ロンダック平原の戦いでは、ノイリンの恐るべき爆弾によってセロ兵の多くが焼き殺されている。
 だが、飛行船は一隻も沈んでいない。
 カンビュセスには、どちらが勝利したのか判断できなかった。
 白魔族がユーラシアから北アフリカへ去ったため、フルギア帝国には〝後見〟がいなかった。白魔族の役割をセロに担って欲しいが、それができるのかを疑っている。
 ロンダック平原の戦いは、辛うじてフルギア帝国をヒト側に引き留めていた。
 だが、皇帝カンビュセスは、セロの〝後見〟を潜在意識の中で望んでいる。
 ノイリンには、西に向かう人食いの大群を食い止めた〝ノイリン王〟がいる。
 皇帝の側近たちは、「ノイリン王と謁見する際は、平伏されよ」と意見している。この一帯全域のヒトとその近縁種を救った偉大なるヒト〝ノイリン王〟に対して、平伏しなければ民が納得しないという。
 その通りだ。
 だができない。〝ノイリン王〟は、神でも神の使徒でもない。ただのヒトだ。フルギア皇帝がヒトに平伏すれば、それで帝国は終わる。〝ノイリン王〟が新たな帝国の主となる。
 カンビュセスには、それは耐えられないことだった。

 ノイリン東地区は、北地区の行動を激しく非難。
「文明を築いた種同士、話し合えばわかり合える」との主張は、説得力がある。
 俺は何度も捕虜を尋問し、それが不可能だと確信しているが、東地区の人々が「話し合える」と考える根拠は何なのか、それを知りたい。
 知りたいが、知ってもいた。
 東地区の指導層は、調略にあっていて、それは成功しかけている。
 この東地区の動向に明確な不快感を示したのが、東南地区と西南地区だ。
 これ以後、東地区はノイリンにおいて、我々以上に孤立の道を歩み始める。

 東地区がセロの調略にあっていることは、ノイリンでは公然の秘密となり始めている。
 東地区の新しい指導者キリーロは、明確にセロとの〝共生〟を説いている。
 だが、現実に、いくつもの街が皆殺しにあっている。
 この事実は変えられない。

 ある夜、ケレネスが西方蛮族の長を連れてきた。ケレネスが指定した面会場所は、捕虜尋問用の小屋だった。最初から不穏な雰囲気がある。
 俺は、悪い知らせであると感じていた。
 男はタリアトと名乗った。
 彼がケレネスに問う。
「本当に平伏しなくてもいいのか?」
「ハンダは、そういうことを求める男じゃない」
 俺がいう。
「平伏なんてやめてくれ。ゾッとする」
 男が黙礼する。そして、話し始める。
「私は内陸の街テレクティの長です。
 我々の街の周辺には、ヒトの入植地があります。
 四カ所。
 その入植地には、ヒトはもういません。
 流行病〈はやりやまい〉で全滅したのです。
 四カ所のうち二カ所は、全滅した数年後に焼き払いました。
 残り二カ所も焼くつもりでした。
 ですが、作業にあたった街人数人が発症したのです。
 病を……。
 どうにか伝染を食い止めたものの、恐ろしくて、残った二カ所は手を付けず禁忌の地としました」
 俺は、その伝染病が再発したのでは、と考えた。俺が聞くよりも、能美や納田のほうがいいんじゃ……。
 ケレネスが木のコップにジャガイモ焼酎を注ぐ。
 男が一口飲み、破顔し、話しを続ける。
「若者は愚かです。
 怖いもの見たさだったのでしょう。
 いまも残る二カ所のうち、数人が一カ所に行ったのです。
 そこで、ノイリンならば買ってくれそうなものを見つけたと……」
 タリアトがイラストを出す。
「このような、禍々しきものがあると……」
 イラストは正面を描いたようだが、戦車の車体の上に、パワーショベルのキャビンが載っている。
 奇妙なことにブームが二本ある。ブームの先端にバケットはなく、ハサミのようなものがついている。
 ケレネスが俺に問う。
「ハンダ、何だかわかるか?」
「いいや……。
 片倉さんに見てもらうほうがいい。
 建機みたいだし……」
「兵器じゃないのか?」
「違うと思う」
 タリアトが問う。
「実は、街は飢えています。収穫までもちそうにないのです。
 援助をお願いできませんか?」
「これと引き替えに?」
 俺がイラストを指し示すと、タリアトが答えた。
「はい……」
 だが、兵器ではないといわれ、相当に落ち込んでいる。
 ケレネスは兵器だと思い込み、それも秘密の超兵器だと判断し、会見場所をここにしたようだ。
 彼も拍子抜けしたようだ。

 ケレネスとタリアトをともない、居館の食堂に行く。
 アンティとイサイアスが何やら話し込んでいる。
 その他、大勢。いつもの通りだ。
 片倉もいた。
「片倉さん。
 これ、見て。
 何だろうね?」
 タリアトが懐から四つに折りたたんだイラストを出して、広げる。
 片倉が小首をかしげる。
「双腕重機?
 みたいだけど……」
「それは何?」
「消防のレスキュー隊が使っている建機よ。
 二本のブームで、がれきを撤去するの」
「それ、あると便利?」
「そりゃぁ、ないよりもあったほうが……。
 使ったことはないけれど、ユンボの代用にはなると思うし……。
 これ、どこかにあるの?」
「らしい……」

 その後、タリアトの街テレクティに対して支援が可能なのかの話し合いが始まり、夜が更けても会議が続く。
 支援に反対はなく、その謎の重機の回収を反対する意見もない。
 能美と納田は、防疫体制の必要性はないだろうと。
 その入植地は一八年前に全滅しており、細菌やウイルスは残っているはずがないと判断した。
 だが、少人数で入植地に入り、調べてくれるそうだ。

 俺たちは、タリアトの案内で直線で一五〇キロも離れた内陸の街テレクティに向かった。

 テレクティは、ロワール川とアリエ川の合流部のやや川上、北から南に流れ、ロワール川に注ぐ支流の上流にある。
 大きな街で、二重の濠と城壁で守られている。濠と城壁は、ドラキュロに備えたものだが、しばしば盗賊の襲撃にも役に立つ。
 盗賊はいるのだが、ドラキュロとの戦いに勝ち残る街は、基本的に精強だ。盗賊の暴力が有利だとは断じがたい。
 この世界では、盗賊という商売が利益率のいい仕事だとは思えない。盗賊はいるが、跋扈しているわけではない。

 俺たちは、牽引用のストーマー二輌とトラックでテレクティを訪れた。
 五〇人おり、片倉、金沢、斉木、納田、ケレネス、カロロなど、多彩な顔ぶれだ。
 一晩、テレクティの街に泊まり、翌日、俺たちだけで入植地に向かう。入植地に至る経路は、詳細な地図で教えてくれた。この地図は、万が一にも入植地に近付かないためのものだという。
 テレクティの街人は疫病を恐れていて、入植地に近付こうとはしない。
 入植地に入った若者数人は、二カ月を経たいまも街の外の小屋に隔離されている。
 ドラキュロに襲われたらひとたまりもない。あるいは、街人の多くがそれを望んでいるのか?

 テレクティの街には、ケレネスとカロロが連絡員として残る。二人は無線を持つ。
 我々は作業後、テレクティの街に立ち寄らず、ノイリンに帰還する。作業の終了は、ケレネスがタリアトに伝える。
 入植地から持ち出すものは、委細勝手とのことだ。
 入植地に入ったものは、誰であれテレクティに戻らない。
 これが、絶対の約定であった。
 それほどに、疫病を恐れている。

 入植地は森に囲まれた草原にあった。特段、暗い雰囲気はない。
 むしろ、明るい。おどろおどろしさは、微塵もない。
 南北に一・五キロほどの直線路がある。
 納田とマルユッカが入植者の家、朽ちかけた木造の小屋に向かう。
 俺たちは、車外からそれを見ている。
 片倉がいう。
「この直線だけど、滑走路じゃないかな」
 確かに傾斜を切り取っていて、不自然なほど直線だ。
 それに、地形の関係か、家屋のほうには向かっていない。家屋とはずれた方向に向かっている。やはり不自然だ。
 滑走路だとすれば、飛行機がある。
 建物は六棟あり、三棟はプレハブ倉庫のようだ。かなり大きい。二棟は木造で、この地で調達した物資で作ったのだろう。
 一棟は、居住用のプレハブだ。

 納田とマルユッカが戻ってきた。
 納田が報告する。
「人骨らしい骨が少しあるけど、それ以外には何も……。
 遺体があったかもしれないけど、動物が荒らしたんじゃないかな。
 それとこれ」
 彼女は、意外なほどきれいなスマホを差し出した。
 そして、いった。
「充電すれば、何かわかるかも。
 アルミのケースに入ってたから、雨にはうたれていないと思う」

 木造の二棟は屋根が落ちているが、外壁はしっかりと残っている。
 だが、何かがあるようには感じられない。何かがあるとしても、すでに朽ちている。
 居住用プレハブは、屋根と外壁は残っているが、二階床が落ちている。一階の床も抜けている。
 特に注目すべきものは見当たらない。
 三棟の倉庫はかなりの大型で、壁と床は鋼製だ。三棟とも同じ大きさ・デザインで、巨大。長辺に全面開放できるシャッターがついている。側面には通用のドアが一つ。
 三棟は西向きに並んでいる。
 最も北側の倉庫に通用ドアから入ろうとする。
 カギがかかっている。ドアは鋼製で、頑丈だ。簡単に破壊できる作りではない。
 金沢が溶断機を持ち出し、錠の部分を切断する。
 倉庫内にわずかな光が入る。
 トラックが四輌。
 金沢がいう。
「自衛隊の一トン半トラック?」
 シャッターを開けたいが開閉部を開ける鍵がなく、これを破壊する。そして、クランクを手で回して。シャッターを開ける。
 やはり、陸上自衛隊の一トン半トラックだ。俺もこの車輌は何度も見ている。
 隣の倉庫の通用ドアは開いていた。鍵が壊された様子はなく、ドアノブを引いただけで開いた。
 そこにあった。
 双腕重機が!

 三棟すべてのシャッターが開けられ、格納されていたものが太陽光に照らされている。
 一トン半トラックが四輌。1/2トントラックが二輌。軽装甲機動車が四輌。
 そして、双腕重機だ。
 金沢がため息をつく。
「何なんですかね?
 このヘンな機械。
 車体はどう見たって、90式戦車だし……。
 砲塔のあった部分に建機の操縦席が載っている。
 その建機には、二つのブームがあって、右にハサミ、左はツメだ。
 アニメに出てくるメカみたいだ」
 片倉の感想。
「運転が難しそう」
 チュールとマトーシュは、大喜びでよじ登っている。
 それを見た片倉が一喝。
「降りなさい!」
 二人は無言で降りる。

 倉庫内の車輌のタイヤは、エアが抜けていて、ひび割れがある。
 エアを注入すると、抜ける様子はない。しばらくは使えそうなので、倉庫から引き出す。
 片倉は、倉庫の解体が可能か調べている。もちろん、ノイリンに持ち帰るためだ。

 午後、集められるだけの骨を埋葬した。動物の骨も混じっているかもしれないが、放置はできなかった。
 俺たち以外に日本人がいたこと、そして理由は不明だが全滅したこと。
 重い結果だ。

 移動のための車輌の整備は金沢が指揮し、倉庫の解体は片倉が担当する。
 作業日程は三日の見積もりだ。

 俺、チュール、マトーシュ、納田とマルユッカの五人は、焼却されずに残るもう一つの入植地に向かった。二〇キロほど東にある。
 動機は単なる好奇心だが、自衛隊との関係の有無を確認したかった。

 もう一つの入植地は、倉庫二棟と住居棟一棟があり、やはり滑走路跡らしい直線路があった。
 倉庫と居住棟は鋼製のプレハブで、自衛隊のそれとは様式が異なっている。
 住居棟はかなりの大型なのだが、完全に倒壊していた。
 無残な情景に心がざわめく。
 倉庫棟の外壁は波形鋼板を使っていて、蒲鉾形をしている。
 納田とマルユッカが遺体の痕跡を探すが、見つからない。
 しかし、入植地の外れに墓地らしい痕跡を見つけた。石が墓標のように置かれている。その数は二〇を超える。草に隠れているので、もっとあるだろう。

 倉庫の内部に入ることは、かなり苦労した。結局、シャッターを開けられず、シャッターの一部を溶断した。

 倉庫の中身に驚いた。
 チュールとマトーシュは大喜びで、それを触りまくっている。
 片倉がいないので、どれほど注意されてもやめはしない。
 何とか、よじ登ることだけはやめさせた。

 飛行機だ。レシプロ戦闘機のような形をしている。俺たちのエアトラクターAT‐802よりもはるかにかっこいい。
 クフラックのターボトレーナーやスーパーツカノと比べても遜色ない。
 少し小さいが……。
 四機ある。それと、軽四輪駆動車が二輌。
 納田とマルユッカは、墓地の近くに大型トレーラートラック二輌が放置されているのを発見している。
 車輌はもっとあった可能性が高い。

 無線で「飛行機発見」を片倉たち経由でノイリンに伝える。

 翌早朝、サビーナとアイロス・オドラン、そしてフィー・ニュンがMi‐8で飛来した。
 ノイリンでは、すでに大騒ぎになっているらしい。
 フィー・ニュンは、最初の一報で「二本の腕がある巨大な飛行機を発見した」と聞いたそうだ。
 彼女は笑いながらいった。
「全部ごちゃ混ぜね」
 その通りだ。

 アイロス・オドランが、単発機を検分している。エアトラクターより、だいぶ小さい。
「軍用の練習機みたいだね」
 サビーナが応じる。
「ポーランド製よ。
 PZL‐130オルリクね。
 ポーランド空軍の曲技飛行隊が使っている」
 アイロス・オドランが尋ねる。
「いい飛行機?」
「どうだろう?
 練習機だし、曲技飛行ができるくらいだから、敏捷ではあるんじゃない。
 どちらにしても、エアトラクターよりは戦闘機っぽいでしょう」
「持ち帰る価値は?」
「十分にあると思う。
 どんなに苦労しても」
 アイロス・オドランは、格納庫内を詳細に調べ始めた。彼はここで機体が組み立てられたと判断している。
 組み立てたならば、分解もできる。そのためのマニュアルもあるはずだ。

 金沢は、異形の双腕重機をノイリンに持ち帰る方法を考える必要はなかった。
 持ち帰るならば、ここで動くようにする以外の選択肢はない。
 重量五〇トンに達する重量物を牽引できる車輌なんて、ノイリンにはない。自走以外の移動手段は存在しない。

 大きなテントがいくつも張られ、大がかりな作業が始まった。
 ノイリンの二機のヘリコプターはフル稼働で、頻繁に物資や人員の輸送を行っている。
 この動きは、当然のように各街が察知する。
 クフラックからは、貴重な燃料をやりくりしてイロコイが飛んできた。
 そして、四機のオルリクに驚く。
 クフラックでは、双発のプカラ攻撃機二機は稼働しない。エンジンの修理ができないのだ。装備するチュルボメカ製アスタゾウは、元世界において装備する固定翼機が少なく、この世界での入手は不可能。
 代替エンジンを入手するだけの資金力は、いまのクフラックにはない。
 OV‐10ブロンコも同じで、一機が部品取りになってしまっている。共食いでどうにか一機を稼働させている状態だ。ギャレット製T‐76Gエンジンがあと一基死ねば、この機も動かなくなる。
 彼らは、ノイリン西地区がPT‐6ターボプロップエンジンのコピーを開発済みであることを知っている。
 これに換装すれば、四機とも稼働させられることも承知している。
 だが、エンジンを買う資金がない。四機のヘリコプターを維持するだけで、精一杯なのだ。
 クフラックの航空絶対優位が揺らぎ、ノイリンがその地位につこうとしている。
 オルリク四機が加われば、ノイリンの優位は決定的となる。
 ハンニバルは、深刻な顔でオルリクを見ていた。

 金沢は、一五〇〇馬力という途方もないパワーを発揮する三菱10ZG32WT水冷二ストロークV型一〇気筒ターボチャージド・ディーゼルを動かそうと必死だった。
 古い燃料を抜き、エンジンとトランスミッションのオイルを変え、電気系統をチェックし、グロープラグを清掃し、バッテリーを交換した。
 エンジンのオーバーホールは、ここではできない。機材がない。
 クランクシャフトを外部から動かして、エンジン内部を潤滑をさせ、一八年の眠りから覚めるための準備運動をさせる。

 アイロス・オドランは、十分なマニュアルを発見し、機体の分解に取りかかる。
 それと幸運にも、このオルリクはウォルター製M601Eではなく、PT‐6を搭載するオルリクⅡだった。
 装備しているエンジンが使えなくても、代替エンジンが用意できる。
 本当に幸運だ。

 車輌グループは、ノイリンに持ち帰るため次々とトラックを牽引して運び出す。
 ロワール川沿岸まで移動し、クラウスの舟艇に載せてノイリンに運ぶ。この水上輸送には、西地区も協力してくれている。
 車輌は三日間ですべて運び出し、オルリクはさらに七日を要した。
 この頃になると、数が少なくなっているとはいえ、ドラキュロの襲撃を極度に警戒するようになっていた。
 早く終わらせないと、あの不気味な動物が集まってくる。

 残っているのは、双腕重機だけだ。
 車体は車体前面にドーザーブレードを装備した90式戦車そのものだが、操縦席が撤去されている。
 操縦は、腕(ブームとアーム)の操作を含めて、砲塔に代わって載せられているキャビンで行う。
 キャビンには、重機関銃の徹甲弾に対抗できる程度の装甲が施されている。
 だから、まったくの建機ではないようだ。ある程度の戦闘を考慮しているのだろう。
 操縦の基本は、建設重機と同じだ。だが、時速七〇キロで走行し、二本の腕を持つ建機なんて存在しない。
 これが動くと何ができるのか、想像ができない。
 片倉は「解体用ね」といったが、そういう装備だ。片倉は「建設には、壊すことも必要よ」ともいったが、俺たちには壊す建物なんてない。

 貪欲に、ここにある使えそうな物資は、石ころでも持ち帰る。

 フィー・ニュンが気付く。
「銃が一挺もないね。
 誰かが持って行った?」

 俺は、片倉が見つけたスマホから六四GBのSDカードを抜き出した。
 スマホは充電できるかもしれないが、プラグをつないだら即ショートでは、何もわからなくなる。
 バッテリーの交換はもちろん、再充電の前にすべきことはある。

 SDカードには、この世界にやって来てからの断続的な映像が残されていた。
 それをノートパソコンで再生している。
 片倉や金沢は多忙を極めており、暇そうな連中で見ている。フィー・ニュンと全機を運び出し一仕事終わっていたアイロス・オドランも一五・六インチのモニターを覗く。

 鍋の中に双腕重機が飛び出してくる。
 すさまじい迫力だ。
 鍋は完全に埋まっているらしく、あの金属質の絶壁が見えない。

 次のファイルは、男の不安そうな顔で始まる。
《ここはどこなんだ?
 誰もいない》

 多くを飛ばして、最後のファイルを開く。
《この世界にやって来て、八カ月。どうにか生きてきたが、もうダメだ。
 四人を除いて、全員が発症した。
 たぶん、食中毒だ。
 現地人の料理、たぶん肉だ。
 細菌なのか、ウイルスなのか?
 抗生剤は効かない。
 発症して生きているのは、私だけだ。
 ポーランド人も四人を除いて、死んだ。
 ポーランド隊と協力して、ようやくどうにか生きていく目処が立ったのに……。
 私たちはどこに来たんだ?
 ポーランド隊の生き残りと協力して、生きて行く道を探せ、と部下に命じた。
 最後の命令だ。
 女性の隊員が二人いる。彼女たちが心配だ。
 だが、私にはもう何もできない。
 運べる武器と弾薬は、すべて持って行くように命じた。
 ここには、拳銃一挺があるだけだ。
 もし、これを見て意味のわかるヒトがいたら、私の部下を探して欲しい。
 そして、彼らを助けてくれ。
 もう動けない。
 生きてもあと一日。
 このスマホを仕舞う》

 メッセージは日本語で、途切れがち。息も荒かった。
 内容を伝えると、その場の誰もが瞑目した。自分たちの運命に重なるのだ。
 一八年前のヒトを探すことなどできはしない。このメッセージを残した男の願いは俺にはどうにもできない。

 俺はそう思った。

 だが、間違いだった。
 三カ月後、フルギア帝国領内において、帝国史上最大の反乱が起こる。
 反乱の首謀者は〝奴隷王〟タイタス。
 精強なフルギア帝国正規軍と五分に戦う〝奴隷王〟軍。この軍はティッシュモックという小さな街を占領し、フルギア帝国に敢然と立ち向かっている。
 そして、この街は、入植地の生き残り自衛官たちが築いた豊かな土地だった。
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冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

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