S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko

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第1章

第4話:デバッグ

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その夜、俺は自室の PC の前でキーボードを叩いていた。
カタカタと無機質な音だけが部屋に響く。

夕食に呼ばれた気もするが、食欲はなかった。
頭の中を占めているのはたった一つのことだけ。
夕暮れの踊り場で見た天野光のあの表情。

完璧なプログラムが外部からの攻撃で異常な動作を起こしている。
それを見過ごすことは俺のプライドが許さない。

なぜ、こんなにも気になるのか。
昔の俺ならきっと無視していただろう。他人は他人。自分とは関係ない。
そうやって明確な線を引いて生きてきた。

人の感情はあまりにも不確かで信用できない。
昨日の笑顔が今日の侮蔑に変わり、親切の裏には打算が隠れている。

そんな予測不能なバグだらけの人間関係に心をすり減らすくらいなら、一人でコードを書いていた方がよほど有意義だ。
プログラムは違う。書いた通りに忠実に動く。
もしエラーが出たとしても、そこには必ず論理的な原因がある。

感情や気まぐれで俺を裏切ることはない。だから俺はこの静かで美しい世界を選んだはずだった。

なのに、今の俺はその世界から自ら飛び出そうとしてしまっている。
天野光という俺の世界の対極にいるような存在のために。

「おせっかい」とか「偽善」とか、そういう言葉が頭をよぎる。
だが、それ以上に強い衝動が俺を突き動かしていた。

そうだ。これはただのバグ修正だ。
個人的な感情じゃない。俺は自分にそう言い聞かせた。

俺は覚悟を決め、新しい SNS アカウントを作成した。
ユーザー名は、null。存在しない、という意味を込めたただの記号だ。

プロフィールもアイコンもすべて初期設定のまま。誰でもない、匿名の存在。
これなら俺が黒瀬和人だとバレることはないだろう。

俺は検索窓に『天野光』と入力した。
すぐに見つかる、フォロワー五万人の公式アカウント。
彼女の世界への、唯一の窓口だ。

俺はダイレクトメッセージの画面を開いた。
カーソルが点滅している。何を送る?
数秒間俺は指をさまよわせた後、静かにキーボードを叩いた。

Hello, World!

それはプログラマーが新しい世界に訪れて発する最初の言葉。
俺なりの決意表明であり、覚悟の証だった。

===

同時刻、天野光は自分の部屋のベッドの上で膝を抱えていた。

可愛いキャラクターのぬいぐるみや、ピンク色で統一された家具。
いつもなら心を弾ませてくれるはずのその空間が、今はひどく色褪せて見えた。

スマホの画面には例の裏アカウントが表示されている。
増えていく心ない言葉。ねじ曲げられた事実。

『いつも笑顔でいられるって、すごいよね(笑)』
その一言が、何度も何度も胸に突き刺さる。

(なんで、私が…)

完璧な「天野光」でいることは、絶え間ない努力によってかろうじて成り立っていた。
毎朝、鏡の前で笑顔の練習をする。
SNS を隅から隅まで読んで、流行のファッションやメイクを研究する。
誰とでも平等に明るく話せるように、話題の引き出しを常に準備しておく。

そうやって少しずつ理想の自分を作り上げてきた。
簡単に「いつも笑顔でいる」わけではないのだ。

中学時代の色のない風景を思い出す。
教室の隅でいつも誰かの背中を眺めていた。
グループ分けでいつも余り、文化祭の準備でもいつの間にか輪から外れていた。

誰も私のことなんて見ていない。
そんな無色透明だった自分をこの手で塗りつぶしてきた。

高校に入ったら絶対に変わるんだと、そう心に誓ったのだ。
もう、あの頃の無力な自分には戻らないと。
なのに、そのすべてを嘲笑うかのような悪意のナイフ。

涙がぽろりと画面に落ちた。
大丈夫。気にしない。そう友達の前では気丈に振る舞った。

でも、本当は怖くて悔しくてたまらなかった。
作り上げた完璧な自分が砂の城のように崩れていく。

ピコン。
不意に通知音が鳴った。
見慣れないアカウントからのダイレクトメッセージ。

まさか、裏垢本人から?
心臓が跳ねる。恐る恐るメッセージを開く。

『Hello, World!』

意味が分からなかった。
新しい嫌がらせ? それともただのスパム?

光は混乱し、スマホをベッドに放り投げた。
もう嫌だ。何も考えたくない。
彼女が枕に顔をうずめたその時。

ピコン。
再び、通知音が鳴った。
もう一度、恐る恐るスマホを手に取る。
同じアカウントから、新しいメッセージが届いていた。

```
『件名: 匿名アカウント(ID: anony_0x1F)による攻撃に関する分析レポート』

文章の意味がわからず光は眉をひそめた。だが、その下に続く文章を読んで息を呑んだ。

1. タイムスタンプのヒートマップ分析
   全投稿のタイムスタンプを抽出し、活動時間をヒートマップで可視化しました。活動は平日の 16 時~ 18 時、及び 22 時~ 24 時に集中しています。これは一般的な高校生の生活サイクルと一致します。また、土日の投稿頻度が極端に低いことから、犯人は部活動や週末に固定的な予定(習い事など)を持つ人物である可能性が高いと推測されます。

2. 攻撃ペイロードの分析
   投稿内容は単なる誹謗中傷ではなく、明確なターゲティングが行われています。先日行われた小テストの結果や、あなたが最近使い始めた特定のブランドのハンドクリームへの言及は、第三者が知り得ない情報です。これらは、あなたに物理的・時間的に極めて近い人物からの情報漏洩を強く示唆しています。

3. 文体分析
   文体には複数の特徴が見られます。① 句読点「、」「。」の代わりに半角スペースを使用する傾向。② 特定の感嘆符(!)を三連続で使用する癖。③ 特定の絵文字(苦笑いの絵文字など)の多用。これらの連続する単語や文字の組み合わせを解析した結果、個人のタイピング癖が強く反映されており、個人の特定に繋がる有力な情報となり得ます。

4. デジタル・フットプリントの痕跡
   投稿されている画像は、SNS プラットフォームによって再圧縮され、撮影日時や位置情報などの Exif 情報は削除されています。しかし、犯人は別の痕跡を残しています。一枚の画像は、雑誌を撮影したスクリーンショットでした。そのスクリーンショット画像を拡大解析したところ、フォントのレンダリングやアイコンの形状から特定の Android スマートフォンの、それもかなり新しい OS バージョンであることが判明しました。さらに、別の投稿にあった写真では被写体の背景の窓ガラスに撮影者の姿が微かに反射していました。その反射を画像処理で強調・補正した結果、撮影者が使用しているスマートフォンの特徴的なケースの形状と撮影時の手の形を特定しました。これらの断片的な情報を組み合わせることで、犯人が使用しているデバイスの機種を数モデルまで絞り込むことが可能です。

結論:以上のデータから、攻撃者はあなたと物理的・時間的に近しい関係にあり、特定の Android 最新機種を使用、週末に固定的な予定を持つ、特有のタイピング癖がある人物像が浮かび上がります。デジタルに残された痕跡だけでは個人を特定するには不十分ですが、もしあなたが提供してくれる現実世界での情報――例えば、該当するスマホケースの所有者や、特徴的な文体を使う人物についての心当たり――と照合できれば、犯人を完全に特定することは可能です。

```

「……え?」
声にならない声が喉から漏れた。
光は何度もスマホの画面を指でなぞり、そこに書かれた文章を読み返した。

タイムスタンプ、ペイロード、デジタル・フットプリント……。
まるで外国語のように意味の分からない単語が、しかし恐ろしいほど的確に自分の置かれた状況を解き明かしていく。

背筋がぞっとするような感覚と、それとは正反対の奇妙な安心感が同時に押し寄せてきた。

これは誰が、何のために?
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

ストーカー? でも、文章からはストーカー特有の粘着質な感情は感じられない。
むしろ、機械のように冷たく客観的だ。

警察? まさか。こんなことで警察が動いてくれるはずがない。

では、一体誰が?
恐怖と混乱が渦巻く心の中でただ一つ確かなことがあった。
それはこの無機質で冷徹で人間味のないレポートが、今の光にとってどんな優しい慰めの言葉よりも心強いということだった。

正体不明の悪意に怯えるしかなかった自分に、「敵はこういう姿をしている」と初めて形を示してくれた。
感情的な慰めよりも、今彼女が必要としていたのはこの暗闇を照らす論理の光だったのかもしれない。

その時、ふと数日前の出来事が鮮明に脳裏をよぎった。
放課後の図書室。レポートの締め切りが迫っているのに、動かなくなった PC の前で、ただ焦ることしかできなかった自分。
そこに現れた、クラスメイトの男の子。

―― 黒瀬和人くん。

いつも教室の隅で静かに PC を触っている人。
何を考えているか分からなくて、正直、少し怖いと思っていた。

でも、彼はディスプレイを覗き込むと、「たぶん、メモリ不足だから」と静かに呟き、黒い画面にまるでピアノを弾くみたいに滑らかに指を走らせた。
そして意味不明な文字列を数秒打ち込むだけで、あの厄介なフリーズをいとも簡単に直してしまった。

「ありがとう!」と満面の笑みでお礼を言った私に、彼は少し困ったように視線をそらし、「……ただのコマンドだ」とだけ言った。
あの時の彼もこんなふうに、冷静で論理的で少しだけ人間離れしていた。

(PC に詳しい人ってこんなことまで分かるんだ…)

この匿名の協力者が黒瀬くんだという確信はない。
というか、むしろ可能性は低いはずだ。

いつもイヤホンをして誰とも話さず自分の世界を生きている彼が、私みたいな人間のトラブルにわざわざ首を突っ込む理由がない。
彼にとって、私はきっとただのデータでしかないはずだ。

そんな彼が私のために? 考えにくい。あまりにも、物語の出来事のようだ。

でも、なぜかあの時の彼とこのメッセージの送り主が光の中で重なった。
この人なら信じてもいいかもしれない。

誰かも分からない相手だけど、この冷たい文章の奥に確かな知性と、そしてほんの少しの不器用な優しさがあるような気がした。
暗闇の中に、ようやく一筋の光が差し込んだ気がした。

光は震える指で返信を打ち始めた。
もう一人で泣いているだけなのはやめだ。
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