対ソ戦、準備せよ!

湖灯

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★vs張学良★

【薫さんとの別れ③】

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 大本営に戻ると、車の音を聞きつけたのか永野と阿南が飛んでくるように玄関まで出迎えに来てくれた。

「どうなった!?」

 開口一番に永野が聞いてきたので、私は陛下と岡田首相から信書を預かって来たことを話すと、永野はまるで自分の家族が戦地に赴くように思いつめた表情をした。

 阿南も優しく私の肩に手を乗せて、横に付いて大本営作戦指令室まで一緒に歩いてくれた。

 部屋に入ると、鼻声の薫さんが「柏原中佐宛に、政府からお電話がありました」と、よそよそしく伝えた。

 何の電話かと永野が聞くと、薫さんはその永野を振り向かずに電信機のダイヤルを握ったまま「本日深夜0時に蒋介石総統が上海でお会いになりたいそうです」と伝えた。

 思った以上に流れが速いのは、やはり関係者の思惑が戦争回避の方向で一致しているからなのだと思った。



 それから大慌てで上海行きの飛行機の手配に取り掛かる。

 飛行機は民間機ではなく厚木の陸攻を羽田にまわし、零戦が3機四国の松山まで護衛し、松山からはまた3機の零戦が交代して上海まで同行することになった。

 少し大げさではないかと断ったが、永野は何があるかは分からないし、何かあってからでは手の打ちようがないのだから我慢して欲しいと言った。

 永野が懸念しているのは陸軍のこと。

 阿南の居る手前、そのことは言えないが、血気盛んな陸軍の若手将校は何をしでかすか分かったものではない。

 事実、東条は新しい大本営の人事に介入しようと企んでいたし、前史ではその東条の目の上のたんこぶ的存在であり将来の陸軍を担う存在だった軍務局長永田鉄山少将が1935年8月12日に白昼の陸軍省内において相沢三郎陸軍歩兵中佐に斬殺されるという信じがたい事件も起きている。



 全ての段取りが済み、私は羽田に向かう車へと歩み出た。

 永野と阿南は私が抜けることにより手薄になるからと言って羽田まで薫さんを同行させ、1個分隊が車3台に分かれて護衛に着いたが何事もなく羽田に到着することが出来た。



 陸攻はまだ燃料補給と整備に時間が掛かるとの事で、薫さんと私は準備が整うまで別室で待機することになった。

 薫さんは持っていたバッグから何かを取り出して、私に渡した。

「なに?」

「お弁当よ。長いフライトだから、お腹が空くでしょう」

 ずっしりと重く、ほのかに暖かい包みを手に取り、薫さんと出会えたことを感謝した。

 私が皇居で陛下と会って話をしたり、総理官邸で岡田首相と話をしたりしている間、忙しい大本営の仕事の合間を見て私のために作ってくれたのだ。



「未来の飛行機の旅ではね、国境を超えるフライトだと必ず機内食がでるのよ」

「この、お弁当のように?」

「こんな冷めた物ではなくて、温かいものよ。ほらレストランで食べるような」

「レストラン? じゃあ未来の飛行機には厨房まであるの?」

「まさか! 調理は契約している料理店が行って、それを機内にある電子レンジで温めるのよ」

「でんし、れんじ?」

「そう。電子レンジはアメリカで開発された調理機器で電子の力で温めるの。これはレーダーの開発中に偶然発見された現象を利用した物なの。凄いでしょう!」

「レーダーって戦艦に付いている、あのレーダー?」

「そうよ」

「値段が高いんだろうね」

「そんなことないわ。どこの家にも必ず1台はあるわ」



 薫さんは別れを悲しいものにしないため、無理をして明るい話をしている。

 それにしても軍事目的の研究から、一般の家庭用調理器が産まれたなんて凄い話だ。



「上海かぁ~、私も、もう一度行ってみたいな」

「か、薫さん、それは!」

 私は慌てた。

 ノモンハン事件の時も、私は薫さんを戦場となるかもしれない場所に連れて行く気など無かった。

 なのに彼女は、列車内で長い髪を切り、男装して無理やりついて来た。

 しかし今回は、どんなことがあっても彼女を連れて行くことはできない。



「なぁ~んちゃって!」

 薫さんは両腕をぐるりと回し、指先を頭の天辺に立てるという、なんともヘンテコなポーズを取ってお道化けて見せた。



 ビックリした私が、またノモンハンの時のように付いて来ると言い出すのかと思ったと言うと、薫さんは私に笑顔を向けたまま言った。

「行かないよ」と。

 そして私がその答えにホッとした素振りを見せると、続けて何か言おうとした。

「行かないよ、だって、だって……」

 薫さんの笑顔がクシャクシャになり、大きく見開いた瞳から堰を切ったように涙が溢れだす。



「だって、だって……」

 嗚咽のために次の言葉を出せないでいる薫さんの小さな体を、私は自らの胸に仕舞い込むように咄嗟に抱き寄せて言った。

「薫さん‼」と。

 けれど私も次の言葉は出せなくて、2人っきりの部屋でいつまでも彼女を大切に抱いていた。
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