40 / 48
★vs張学良★
【薫さんとの別れ②】
しおりを挟む
「永野さん。申し訳ありませんが、私を中国に行かせてください」
「柏原くん、なんだね、それは?」
薫さんとの散歩から戻った私は、中国に行って張学良に会って話したいと伝えた。
唐突な私の言葉に、永野だけでなく阿南も驚いた顔を向けた。
無謀だとも言われた。
だが私は頑なに、行って張学良と会う意味を伝え続けた。
阿南は途中折れてくれた。
彼は陸軍の怖さを知っているから。
陸軍の怖さ。
陸軍では、参謀あるいは隷下部隊の指揮官は自らが所属する部隊の成功によってのみ評価される。
この世界では回避することはできたが前史では盧溝橋事件では支那駐屯歩兵第1連隊の牟田口大佐は河部少将と共謀して、陸軍作戦本部から「不拡大」の指示を無視して中国軍を追い立て、これが中国との本格的な戦いのきっかけを作った。
他にも陸軍の愚行は数々あるが、このことを考えれば張学良との戦いに於いても陸軍による不可抗力が戦争を拡大してしまうことは十分に考えられる。
言う事を聞かない私に、遂に永野さんも折れかけて、助っ人に最高顧問の鈴木侍従長を呼んだが、鈴木は私の意見を聞くとそれを陛下に伝えに行くと言ってくれた。
しばらく待つと、私は鈴木に呼ばれて大本営の入っている建物を出て、皇居へと向かた。
皇居では陛下に謁見させてもらい、私の話と覚悟を聞いてもらい、それからまた別室に戻され瞬く待たされたあと鈴木侍従長から陛下から2通の手紙を渡された。
「これは……?」
「1通は陛下から張学良への信書だ。もう1通は蒋介石へ渡すように」
「と、言うことは」
「行ってこい。と、言うことだ」
鈴木は事実だけを端的に伝えたあと、既に岡田首相にもこのことは伝えてあるので、総理官邸に出向いて会ってくるように言われた。
宮内庁が用意してくれた車で岡田首相の居る官邸に行くと、別室でしばらく待たされたあと、しばらく経って岡田が現れた。
「やあ柏原くん、待たせて申し訳ない」
優しくかけてもらった言葉とは裏腹に、ドアを開けて入って来た岡田の温厚な顔が、いつになく強張っていた。
椅子に座った岡田は、何故そこまで中国に拘るのかと聞かれたので、私は日本の平和は日本一国では成し得ない事を端的に伝えた。
その事には岡田も同意してくれたが、この戦いは新しい大本営のもとで綿密に作戦が組まれていて勝つ自信はあるのだろうと聞かれた。
自信はあると答えたあと、失礼を承知のうえで彼に戦争に勝つ意味とは何なのかと逆に聞いた。
岡田はしばらく黙ったあと言った。
「スポーツであれば勝つこと、いやお互いに死力を尽くして正々堂々と戦う事で友好な関係も築けるし、見る者に深い感動を与える。それは先に行われた東京五輪が示した通りで、感動は国境も超える。だが戦争となればそれは違う。勝った方にも負けた方にも、戦争で死んだ兵士たちの遺族だけでなく、政治にも深い傷を負う事になるだろう。出来るなら戦争だけは避けたいと言うのが私の本音だ。だがそのために君を失うことは、私は避けたい」
「ありがとうございます。しかし誰かがやらなければなりません」
「本来なら、俺を始め、政府の要職に着く者がせねばならないのだが」
「いえ、政府の人には確りと、そうならないための政治をしていただかなくてはなりません。だから私が行くのです」
「折角新しくできた大本営は、どうする?」
「新しい大本営には、本来あるはずだった陛下が着いてくれています。それに鈴木侍従長も永野局長も阿南副局長も素晴らしい。こう言った体勢を敷いてくれた以上、それを持続させなくてはなりません。ですから戦争と言う不可抗力が起こり得るものは避けなくてはなりません」
前史で戦争の行方がどうなったのか知っている私にとって、それを具体的に説明することが出来ないのは残念だったが、岡田は分かってくれた。
「どうしても行くのか?」
「はい」
「張学良に会う前に殺されるぞ」
「それでも陛下から頂いた、信書は届くはずです」
岡田はまたしばらく考えた後、服の内ポケットから2通の手紙を取り出した。
1通は張学良宛て、もう1通は蒋介石宛ての手紙だった。
「柏原くん、なんだね、それは?」
薫さんとの散歩から戻った私は、中国に行って張学良に会って話したいと伝えた。
唐突な私の言葉に、永野だけでなく阿南も驚いた顔を向けた。
無謀だとも言われた。
だが私は頑なに、行って張学良と会う意味を伝え続けた。
阿南は途中折れてくれた。
彼は陸軍の怖さを知っているから。
陸軍の怖さ。
陸軍では、参謀あるいは隷下部隊の指揮官は自らが所属する部隊の成功によってのみ評価される。
この世界では回避することはできたが前史では盧溝橋事件では支那駐屯歩兵第1連隊の牟田口大佐は河部少将と共謀して、陸軍作戦本部から「不拡大」の指示を無視して中国軍を追い立て、これが中国との本格的な戦いのきっかけを作った。
他にも陸軍の愚行は数々あるが、このことを考えれば張学良との戦いに於いても陸軍による不可抗力が戦争を拡大してしまうことは十分に考えられる。
言う事を聞かない私に、遂に永野さんも折れかけて、助っ人に最高顧問の鈴木侍従長を呼んだが、鈴木は私の意見を聞くとそれを陛下に伝えに行くと言ってくれた。
しばらく待つと、私は鈴木に呼ばれて大本営の入っている建物を出て、皇居へと向かた。
皇居では陛下に謁見させてもらい、私の話と覚悟を聞いてもらい、それからまた別室に戻され瞬く待たされたあと鈴木侍従長から陛下から2通の手紙を渡された。
「これは……?」
「1通は陛下から張学良への信書だ。もう1通は蒋介石へ渡すように」
「と、言うことは」
「行ってこい。と、言うことだ」
鈴木は事実だけを端的に伝えたあと、既に岡田首相にもこのことは伝えてあるので、総理官邸に出向いて会ってくるように言われた。
宮内庁が用意してくれた車で岡田首相の居る官邸に行くと、別室でしばらく待たされたあと、しばらく経って岡田が現れた。
「やあ柏原くん、待たせて申し訳ない」
優しくかけてもらった言葉とは裏腹に、ドアを開けて入って来た岡田の温厚な顔が、いつになく強張っていた。
椅子に座った岡田は、何故そこまで中国に拘るのかと聞かれたので、私は日本の平和は日本一国では成し得ない事を端的に伝えた。
その事には岡田も同意してくれたが、この戦いは新しい大本営のもとで綿密に作戦が組まれていて勝つ自信はあるのだろうと聞かれた。
自信はあると答えたあと、失礼を承知のうえで彼に戦争に勝つ意味とは何なのかと逆に聞いた。
岡田はしばらく黙ったあと言った。
「スポーツであれば勝つこと、いやお互いに死力を尽くして正々堂々と戦う事で友好な関係も築けるし、見る者に深い感動を与える。それは先に行われた東京五輪が示した通りで、感動は国境も超える。だが戦争となればそれは違う。勝った方にも負けた方にも、戦争で死んだ兵士たちの遺族だけでなく、政治にも深い傷を負う事になるだろう。出来るなら戦争だけは避けたいと言うのが私の本音だ。だがそのために君を失うことは、私は避けたい」
「ありがとうございます。しかし誰かがやらなければなりません」
「本来なら、俺を始め、政府の要職に着く者がせねばならないのだが」
「いえ、政府の人には確りと、そうならないための政治をしていただかなくてはなりません。だから私が行くのです」
「折角新しくできた大本営は、どうする?」
「新しい大本営には、本来あるはずだった陛下が着いてくれています。それに鈴木侍従長も永野局長も阿南副局長も素晴らしい。こう言った体勢を敷いてくれた以上、それを持続させなくてはなりません。ですから戦争と言う不可抗力が起こり得るものは避けなくてはなりません」
前史で戦争の行方がどうなったのか知っている私にとって、それを具体的に説明することが出来ないのは残念だったが、岡田は分かってくれた。
「どうしても行くのか?」
「はい」
「張学良に会う前に殺されるぞ」
「それでも陛下から頂いた、信書は届くはずです」
岡田はまたしばらく考えた後、服の内ポケットから2通の手紙を取り出した。
1通は張学良宛て、もう1通は蒋介石宛ての手紙だった。
23
あなたにおすすめの小説
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
離反艦隊 奮戦す
みにみ
歴史・時代
1944年 トラック諸島空襲において無謀な囮作戦を命じられた
パターソン提督率いる第四打撃群は突如米国に反旗を翻し
空母1隻、戦艦2隻を含む艦隊は日本側へと寝返る
彼が目指したのはただの寝返りか、それとも栄えある大義か
怒り狂うハルゼーが差し向ける掃討部隊との激闘 ご覧あれ
鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~
惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)
北溟のアナバシス
三笠 陣
歴史・時代
1943年、大日本帝国はアメリカとソ連という軍事大国に挟まれ、その圧迫を受けつつあった。
太平洋の反対側に位置するアメリカ合衆国では、両洋艦隊法に基づく海軍の大拡張計画が実行されていた。
すべての計画艦が竣工すれば、その総計は約130万トンにもなる。
そしてソビエト連邦は、ヨーロッパから東アジアに一隻の巨艦を回航する。
ソヴィエツキー・ソユーズ。
ソビエト連邦が初めて就役させた超弩級戦艦である。
1940年7月に第二次欧州大戦が終結して3年。
収まっていたかに見えた戦火は、いま再び、極東の地で燃え上がろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる