対米戦、準備せよ!

湖灯

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★10年前の日本へ★

【二・二六事件④】

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 第2回目のラジオ討論会は2週間後に行われた。

 前回と同じく立憲政友会と立憲民政党から一人ずつ議員が出て、今回は陸軍参謀本部から橋本欣五郎大佐、海軍からは比叡の艦長としてちょうど横須賀に居た元海軍省軍務局一課長の井上成美大佐が参加した。



 陸軍には永田鉄山という才覚ある人物が居たが、今年8月に陸軍省内で同じ陸軍の中佐に惨殺されてしまった。

 ただ、もし彼が生きていたとしても、思慮深く統制派のリーダー的存在の永田では、前回の放送内容に強い不満を持ち反撃を試みると言う設定の刺客には相応しくない。

 不満を持つ輩は暴力的な革命的手段による国家の改革も辞さないと言う考えを持つ『皇道派こうどうは』で、二・二六事件を起こした青年将校たちもこの皇道派である。

 はたして陸軍は誰を送り込んで来るのか?



 陸軍が討論会に送り込んだのは、皇道派の橋本 欣五郎大佐。

 橋本大佐は1931年(昭和6年)に発覚したクーデター未遂事件「十月事件」の首謀者のひとりで、彼は同年の3月に発覚した「三月事件」の首謀者でもあり、革命が趣味という頭のネジが狂ってしまった凶悪な輩である。



(※十月事件=約2,000~3,000の歩兵と爆撃機13機などによる大規模な戦力を持って首相官邸・警視庁・陸軍省・参謀本部を襲撃し、若槻禮次郎首相以下閣僚を斬殺および捕縛した後軍事政権を樹立すると言うクーデター計画。10月24日に決行を予定していたが、10月16日に陸軍省や参謀本部に計画が漏れ、憲兵隊により首謀者が一斉に検挙されたことにより実現には居たらなかった。事件後、首謀者たちに極刑をもって罪を償わせようとした人物が永田鉄山だったが、陸軍の下した処分は予備役への降格と言う非常に軽いものでした。



 これに対して井上は、政府と列強の唱える軍縮条約に則った条約を順守しながら海軍艦艇の整備に努めようとする『条約派』の人間で、頭も切れる。



 陸軍がどのようなカードを切ってくるか分からなかったため、海軍の方は最も適任と思われる人物に目を付けてこちらから依頼した形になったが、橋本 対 井上では能力差があり過ぎてもしかしたらとんでもないことが起こりそうで逆に不安になった。



 放送当日は前回同様に30名の兵士たちを護衛に当たらせることにしたが、陸軍から5人の兵士が橋本の護衛に来ていたので、急きょ海軍にも5名の兵士を井上の護衛に寄越すように電話で依頼した。

 始まる前から不安な要素もあったので、今回は出演者のボディチェックも行うと、悪い予感通り橋本のポケットから小型のナイフが見つかった。

 橋本は、爪を切るための物だと釈明したが、何があるか分からないので一応帰るまで預かることにした。

 陸海軍合わせて10名の兵士たちには、ビルの外で待機するよう指示し、私が預かっている30名の兵士はビルの中で警備に当たらせることにした。

 特に今回は、キレやすいと噂のある橋本が居るので、放送室の外にも3人配置した。



 放送は序盤こそ波風なく穏やかに進行していた。

 橋本大佐も陸軍上層部から予め渡されていた資料を見ながら話していて特に気まずい雰囲気になることもなく進んでいて、中盤からは海軍の井上大佐が積極的に橋本大佐に陸軍の意見を聞く形になり橋本も機嫌よく対応していたが私は一抹の不安を感じていた。

 それは橋本大佐が手に持っている資料の束が残り少なくなっているという事。

 おそらくこの資料は彼をサポートする目的で、予想される質疑応答のために軍部が用意した台本のようなもの。

 それが尽きてしまったあとは、どうなる?

 井上大佐の質問は、面白いように陸軍の用意した台本に沿ったもので、余裕があった橋本大佐だが、台本が使えなくなった後は自分で考えて答えなければならない。

 そのとき彼自身の考えと、今まで話した台本の内容に齟齬が生じた場合、おそらく井上大佐は鋭くそこをついてくるはず。



 私が危惧した通り、井上大佐は陸軍の橋本大佐が手に持っていた資料が尽きても質問を止めなかった。

 はじめこそお茶を濁すような回答で誤魔化していた橋本大佐だったが、ごまかせばごまかすほど井上大佐に突っ込まれてしまうので徐々に顔色が変わり、やたら腕時計をみたりチッと舌を鳴らしたりして仕草からもイライラしているのが分かるようになる。

 それでも井上大佐は、質問や指摘の手を緩めない。

 橋本大佐がヒステリックでキレやすいという性格は、すでに調査済みだから彼がここに来るとわかった時から“しめた!”と思っていたが、大勢の一般大衆が聴いている前で暴力沙汰を起こされるのは困る。

 陸軍にだって、まともな人間は居るのだから、暴力沙汰で陸軍の信用を失墜させてしまうことは、陸軍全体を聴衆の敵に回すことになってしまうから困る。

 残りあと3分。

 このまま終了したとしても、充分に憲兵たちを動かせるだけの疑惑を得ることが出来た。

 確固たる証拠は今のところはないが2月26日までは未だ日があるから捜査が進む段階で幾らでも証拠は見つかるはずだし、橋本大佐のこの失態を聴いた一味が焦ってくれれば奴らの方からボロはいくらでも出てくるだろう。

 残り僅かな時間、何事もないことを祈る気持ちでガラス窓の向こうに居る演者と、その上にある時計を見ていた。



 そんな私の思惑を井上大佐はあざ笑うかのように、持っている万年筆を器用に回しながら橋本大佐に言った。

「……で、アンタはいったい何がしたいんだ?」と。

 この言葉に、とうとう橋本大佐は逆上して立ち上がる。

 私は慌てて放送室のドアを開け、警備に充てた兵と共に中に入り込み、橋本大佐を抑える。

 橋本大佐の怒りは、抑えられた事で更にエスカレートしたのか、井上大佐に向かって罵声を浴びせた。

「お前も、岡田・斎藤・高橋と同様に、次の計画で海軍軍令部ごと始末してやる‼」と。

 私は慌てて放送室から技術室にレコードを流すように指示を出す。

 だが井上大佐の質問は止まらない。

「岡田・斎藤・高橋とは、総理・前総理・大蔵大臣のことで間違いはないか⁉ そして次の計画とは、クーデターを起こすと言う事か‼」と。

 その言葉でようやく我に返ったのか、拘束を解こうと暴れていた橋本大佐の力は消えるようにスーッと抜けていった。
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