【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)

文字の大きさ
19 / 37
【第二章】 「腹黒王子に逃げた俺、逃げきれませんでした」

6

しおりを挟む


護堂会長の部屋での生活には、少しずつ慣れてきた。

洗面台はきちんと片付いているし、机の上の書類も整理されていて、空気も妙に落ち着いている。

要は俺のことを放っておくようで、放っておかない。
最低限の干渉しかしない会長との生活は、背中を預けられるような安心感がある。


凪くんとの距離も、変わった。
もともと優しい人だったけど、今は……たぶん俺のことをキコ晴人に壊されかけたやつ″として見てくれている。
だから、俺が自分で何かを選ぶたび、少しだけ嬉しそうに頷いてくれる。


一言で言えば、今の生活は——安全だ。

 


それに、冷静に考えたら、俺にとってはめちゃくちゃ″捗る環境″のはずだった。

俺様生徒会長と同室というだけでも美味しい展開なのに、護堂先輩相手なら何の心配もなく凪くんを相手にして妄想が出来る。

それに推しカプの二人のやり取りが目の前で見られるし、前よりプライベートな空間で見られる二人の関係は俺の心を騒がせた。
———はずなのに、



(……最近、ノート開いてないな)


自分でも驚くくらい、創作意欲が湧かない。

せっかく美味しい素材が目の前にあるのに、筆が動かない。
なんとなく罪悪感が勝ってしまって、手が止まる。
——まるで、自分の感情が、まだどこか宙ぶらりんで定まってないみたいだった。

 

放課後の廊下。
教室から生徒たちがぞろぞろと出ていくなか、俺はいつものように、空気のようにその波に紛れていた。
けれど、曲がり角を抜けたところで、ぴたりと足を止める影があった。

 

「——久しぶり、根津くん」

声に顔を上げると、そこにいたのは新聞部のアイツだった。
特徴的な無造作パーマに、いつも笑ってるような口。
正直、苦手なタイプだ。何を考えてるのか、全然読めない。


「王子様とはもういいの?」
「……あの記事、委員長に全部バラしてたのか…?」

新聞部員は口元に指を当てて、「しー」とやる。


「いいや? 言ったじゃん、俺、君のこと好きなんだよね。
 だから君のことは裏切ったりしないよ?」

……その笑顔が、本気なのか冗談なのか分からないのがまた腹立たしい。


「“あれ”は俺も驚いたけど……多分、アドリブじゃない? 
 あの人、ほら、怖いくらい賢いからさ」

″あれ″とは、あの掲示板前でのことだろう。
衆人の前で、俺が予想もしていなかった“恋人宣言”をされた、風紀委員長に捕まった日。


「あの人、ぜんぶ想定済みでやってたと思うよ? 
 君が何も言えなくなるのも、断れないのも、全部わかってて」

言われなくてもわかってる。
でも、他人の口から言われると、なんだか急に目の前の現実が重くのしかかってくる。


「ねぇ、逃げたいなら俺のとこ来てもいいよ?」
「……は?」
「寮部屋の空きはないけど、部室にはソファもあるし、匿える環境はあるよ。ついでに生徒会もやめて、新聞部入ったら?」

軽い口調で言うくせに、目はまったく笑っていない。
新聞部がただの暇人の集まりじゃないことくらい、俺でも分かってる。


「……最終手段にしとく……」
「うんうん! その時がこなかったらいいね!」

笑って、手を振る彼の背中を見送りながら、俺はひとつ息を吐いた。

——彼が“逃げ道”を提示してくれたことは、素直にありがたかった。
だけど、それと同時に、どこかで自分がそれを使ってしまう未来を怖れてもいた。





(……ほんとに、俺、戻れないのかな)


晴人の部屋。
あの整った空間、整えられた生活。
あの人の匂い、声、手の温度。

考えないようにしていたはずなのに、思い出すたびに胸がちくりと痛んだ。

——これは未練か、それとも恐怖か。

自分でも、もうよく分からない。






***









——《王子様、崩壊のとき。》

 

そんな見出しをつけたくなるような、ちょっとした光景だった。
風紀委員室の片隅、書類を仕分けるふりをしながら、俺はそれとなく視線を送る。


天瀬晴人。
二年生なのに学園を執り仕切る″風紀委員長″で、この学園で最も支持される人気者。
最も気高く、そして最も「完成されすぎている」生徒のひとり。

その彼が、今や誰もが気づかないほど微細なほころびを纏っていた。
服の襟はわずかに乱れ、シャツの袖はまくったまま戻っていない。
机の端に置かれたペンは彼らしくもなくキャップが外れたままで、指示の口調にもどこか力がない。


——ぱっと見では、まだ完璧だ。
でも、近くにいる者にしか分からない″温度の喪失″がある。



(芯が壊れるほど、あの子が大事なのか)

彼は、根津くんに触れない。
誰にも何も話していない。

風紀委員長としての仕事は淡々とこなしているし、昼休みに食堂に行く姿もいつも通り。
だけど、あの男の周囲だけ、音が失われている。


王子様は、誰にも弱音を吐かない。
だから、こうやって“誰にも気づかれないまま”崩れていくんだろう。

 
(ま、無理もないよねぇ)

誰だって、自分の世界の中心だった存在に、ふいに背を向けられたら。

 

委員長が根津くんを″好き″だったのかは知らない。
ただ、彼にとって根津美咲が″自分の一部″だったことは確かだ。

だからこそ、突然それを失ったことを、彼はまだ直視できていない。
気づかないふりをして、平常運転を演じているだけだ。


——その様が、実に美しい。

崩れていくのに、それすらも美しさに変えてしまう人間っているんだなあと、俺は心のどこかで感心していた。

 
(ま、根津くんも馬鹿だよね)

波風を立てたくなかったんなら、わざわざこんな人気者を選んで“偽装カップル”なんてするべきじゃなかった。

誰だって羨むような相手と付き合ってるように見せかけて、それで「自分だけ安全なままでいたい」なんて——

甘いんだよ、根津くん。

 



「……よし、これで風紀強化月間の資料、全部まとめました!」


声を張って報告すると、天瀬晴人はいつもの微笑みを浮かべて「ありがとう」と返してくる。
その表情すら、少し色が抜けたように感じる。


(うん。いいねいいね!もっと壊れて。)

そう思ったとき、背後から声がかかった。


「おい。そろそろ帰るぞ」

低くて少し不機嫌そうな声。
振り返れば、僕の″彼氏″の澪が居た。


「おー、澪ちゃん! 待ってたー」

軽く手を振って近づくと、彼は少し呆れたようにため息をついた。


「その呼び方、どうにかならないか」
「え、違った? 俺たち、周囲にはラブラブに見えてるって評判なのに」
「勝手に言ってろ」
「じゃ、すみません委員長。ダーリンが迎えに来たんで、僕、そろそろ失礼しますねー!」
「誰がダーリンだ!」

ふざけた調子で言いながら、俺は晴人に軽く頭を下げる。
晴人は一瞬だけ目を細めたが、何も言わなかった。

 

部室を出て、並んで廊下を歩きながら、澪が小さく言った。


「……あの人、かなり来てるな」
「うん。大事なもの、失ってはじめて人って変わるもんだよ」
「お前の言う“変わる”って、ロクな意味じゃないよな」
「失礼な」

俺はにっこりと笑って、隣の澪の腕にひょいと自分の腕を絡めた。


「でも、俺と澪ちゃんは平和でしょ? 一応、偽装カップルってことで手を組んでるけど、少なくとも“所有”なんかし合ってないもん」
「お前がそれを望んでるうちはな」
「ん~? 何それ、怖~い」

ふざける俺に、澪は目を細めながら「さっさと帰るぞ」と一言。

 
こんな関係もある。
互いに嘘と秘密で成立しているけど、割り切ってる分だけ楽。
それが分かってるからこそ、俺は王子様みたいに一方的な愛情を誰かに注ごうなんて、冗談でも思わない。

 

——それにしても、あの王子様。
次に“感情”を暴走させるときが来たら、どんな顔をするのか。

今から、ちょっとだけ楽しみだ。

 









しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】観察者、愛されて壊される。

Y(ワイ)
BL
一途な同室者【針崎澪】×スキャンダル大好き性悪新聞部員【垣根孝】 利害一致で始めた″擬装カップル″。友人以上恋人未満の2人の関係は、垣根孝が澪以外の人間に関心を持ったことで破綻していく。 ※この作品は単体でも読めますが、 本編「腹黒王子と俺が″擬装カップル″を演じることになりました」(腹黒完璧風紀委員長【天瀬晴人】×不憫な隠れ腐男子【根津美咲】)のスピンオフになります。 **** 【あらすじ】 「やあやあ、どうもどうも。針崎澪くん、で合ってるよね?」 「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」 「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」 軽い声音に、無遠慮な笑顔。 癖のあるパーマがかかった茶色の前髪を適当に撫でつけて、猫背気味に荷物を下ろすその仕草は、どこか“舞台役者”めいていた。 ″胡散臭い男″それが垣根孝に対する、第一印象だった。 「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」 「恋人ってことにしとけば、告白とかー、絡まれるのとかー、無くなりはしなくても多少は減るでしょ? 俺もああいうの、面倒だからさ。で、君は、目立ってるし、噂もすぐ立つと思う。だから、ね」 「安心して。俺は君に本気になんかならないよ。むしろ都合がいいでしょ、お互いに」 軽薄で胡散臭い男、垣根孝は人の行動や感情を観察するのが大好きだった。 学園の恋愛事情を避けるため、″擬装カップル″として利害が一致していたはずの2人。 しかし垣根が根津美咲に固執したことをきっかけに、2人の関係は破綻していく。 執着と所有欲が表面化した針崎 澪。 逃げ出した孝を、徹底的に追い詰め、捕まえ、管理する。 拒絶、抵抗、絶望、諦め——そして、麻痺。 壊されて、従って、愛してしまった。 これは、「支配」と「観察」から始まった、因果応報な男の末路。 【青春BLカップ投稿作品】

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

処理中です...