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【最終章】「腹黒王子と俺、今ではすっかり″恋人同士″です(ただし逃げ場はない)」
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しおりを挟む【最終章】「腹黒王子と俺、今ではすっかり″恋人同士″です(ただし逃げ場はない)」
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午後の生徒会室は、どこか穏やかな空気に包まれていた。
窓から差し込む陽光は柔らかく、風に揺れるカーテンの端が微かに机を撫でる。
会長席に座る護堂要は書類に目を通しながら、横目で三人の動向を見ていた。
ソファには天瀬晴人と根津美咲、立宮凪がそれぞれ思い思いの姿勢で腰かけている。
「ふう……やっと何も起きない日が来たな」
会長が背もたれに体を預け、息をついた。
「要がそう言うと、逆に不安になるのはなんでだろうね」
凪くんが無邪気に笑い、卓上の菓子に手を伸ばす。
「あのさ」
ふと、晴人が何気ない口調で声を上げた。
「根津くん、凪のこと″お姫様みたいに可愛い″って、ノートに書いてたよね」
……その瞬間、俺の時間は止まった。
「……な、」
俺の口から空気が漏れた。
「な……ななな、なな、な、な、な……」
(バラされたあああああ!?!?!?!?)
妄想ノート——正式名称「攻め受け妄想戦略ノート」には、凪くんを中世貴族のお姫様に見立てて、要会長と禁断の密やかな逃避行をするシーンを書いた日がある。
ピンポイントでそれを!? なんでそこを覚えてんだよ風紀委員長!!!
「ふぅん?」
凪くんは俺の混乱など意にも介さず、目を細めてにっこり笑う。
「僕のこと、可愛いって思ってたんだ。へええ」
まるで興味深い玩具を手に入れた子どものような声だった。
だが、その隣にいた晴人の頬が引きつったのは見逃さなかった。
「……ねぇ、凪」
「なに?」
「僕のに、ちょっかいかけないでくれない?」
「え、なに?嫉妬?」
「してるけど?」
即答すなよ。
まさかの返しに思わず身を引いた俺の耳に、今度は会長の呆れたような声が飛び込んでくる。
「つーかお前、凪が“か弱い姫”だとでも思ってんのかよ。頭大丈夫か」
「えっ……」
思わず間抜けな声が漏れる。
会長は椅子を軋ませながら立ち上がり、肩をすくめて続けた。
「アイツな、柔道黒帯の有段者で、実家道場の後継ぎだぞ。俺でも普通に投げられるから」
「はえ!?!?!?」
思わず声が裏返った。
お姫様だと思ってたら、まさかの“投げ姫”……!
見た目詐欺にもほどがある!
「美咲くん、僕の彼氏まで″可愛い″っていうのは無しだからね!」
「ちょっと待って今の“僕の”って何!?」
「え、僕の″要″のだけど?」
「ちょっと誰か日本語の辞書持ってきてくれ!!」
会長は溜息をついて、凪の頭を無造作にぽんぽんと撫でた。
凪は「えへへー」と笑いながら甘える。
なんだこの破壊力……腐男子の理性が持つわけないだろ。
そんな和やかな、という名の情報過多な空気の中で、俺は一人椅子の背にもたれ、震える手でそっとノートの在処を確認していた。
(まだバレてない……本格的な“要×凪パート”は……)
震えた。
平穏は、いつだって一番危険だ。
***
凪くんは、気まぐれな猫みたいなところがある。
何も考えていないような顔で、唐突に距離を詰めてきたりする。有難くも悲しいことに、今がまさにそうだった。
「ねえ、美咲くん」
「あ、はい?」
「お昼、なに食べるの? 僕が選んであげよっか」
そう言って、凪くんは俺のネクタイの結び目を人差し指でちょいと引いた。
わざとらしいくらい軽い仕草だった。けれど、距離が近い。近すぎる。
ネクタイを指でくるりと回しながら、凪くんはいたずらっぽく笑った。
「美咲くんって、ちょっと女の子みたいな匂いするよね」
「!?!?!?」
なにそれなにそれなにそれなにそれ。
目の間に彼氏(要会長)いるんですけど!? 匂いってなに!? まさか凪くんも……いやまさか、でも……っ!
(やばい、腐男子の妄想が暴走する……!)
「ふぅん……」
そのとき、不意に聞こえたのは、やけに柔らかい声だった。
「僕以外の手、そんなに簡単に触れさせるんだね?」
振り返ると、そこには風紀委員長モードの顔をしていない、いつもの天瀬晴人がいた。
……いや、違う。
“いつもの”じゃない。
“一番怖いやつ”だ。
笑っている。
でも、目が笑っていない。
「凪。僕、さっき“ちょっかいかけないで”って言ったよね?」
「んー、聞いたけど?」
凪くんはまったく動じていなかった。
笑顔で、まるで子犬とじゃれ合うような無邪気さで俺のネクタイをまだ弄んでいる。
「ねえ、美咲くん、どんな香水使ってるの?シャンプー?それとも……」
「凪」
晴人が一歩、歩み寄る。
「その手、僕が同じことしてもいいのかな?」
(やべえええええええええ)
事態が想像以上に拗れてる!
なんか妙な空気になってるぞ!?
俺、なんでネクタイ握られてるだけで三角関係の中心みたいになってんの!?
「えっとえっとえっと、俺は全然そんな、凪くんのこと、あの、そういうんじゃなくてですね!」
「そういうって?」
「“そういう”って何?」
両サイドから、凪くんと晴人が首を傾げてくる。
なんだこの構図!
顔が近い! 二人とも顔が良すぎる!!
というか距離感がっっっ!!!
「会長おおおおおお!!!!!」
「……なんだよ、うるせえな」
会長は書類に目を通しながら、ため息をついた。
「凪がか弱いとか思ってるバカがいたから、ちょっと脳に酸素送ってやった方がいいと思ってな」
「その説明の方がよくわかんないです!!!」
「俺を巻き込むな。邪魔するなら全員でてけ」
「いや見捨てるの早!凪くん会長の彼氏ですよね!?ちゃんと場を納めてくださいよ!!」
もうやだこの空間。
イケメンと美少女(?)と生徒会長に囲まれて、自分の性癖と羞恥心と妄想が三つ巴の乱闘を繰り広げてる。
でも、一番怖いのは、晴人の微笑みだった。
ずっと俺の手元を見ていた。
さっき、凪くんに触れられたその部分を、まるで″汚されたもの″みたいに見つめていた。
——あれ? 俺、なんか、また地雷踏んだ……?
(今日、無事に終えれるかな……)
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