【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade

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《本編》

78.『ありがとう、またいつか…』(彰宏side)

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  俺は現在いま、琳と暮らしたマンションに宏斗と父さんと3人で暮らしている。実家の家を手放した父さんは単身用のアパートを借りて暮らしていたのだが、祐斗が施設に入り、祐斗と宏斗を住まわせていたアパートを引き払い宏斗を自分の手元に引き取る時、父さんに同居してほしいと頼んだのは俺だ。
  同居を機に引っ越す事は考えなかった。最後は俺自身が踏み躙ってしまったとはいえ、此処は琳と新婚時代を共に過ごした、琳との思い出が詰まった家だから。絶対に手放したくなかった。
  夫夫ふうふの寝室だった主寝室は俺と宏斗が使い、将来子供が生まれたら子供部屋にする予定だった二部屋の内の一部屋を、父さんの部屋にした。もう一部屋はいずれ宏斗の部屋になる。俺と琳の子供が使う事は永遠に無い…。
  琳の遺骨の入った容器は、ノエルさんから貰った琳のアルバムと一緒に、主寝室の宏斗の手が届かない高さのハイチェストの上に並べて置き、結婚当時の琳の写真と花を挿した花瓶も並べ、毎日朝と晩に手を合わせて心の中で琳に語り掛ける。俺のそんな姿を見ていたからか、いつしか宏斗も一緒に手を合わせるようになった。
  部屋の片隅、それほど多くはない琳の『もの』は、ずっと捨てられずにいる…。


  沖縄から帰って1ヶ月余りが過ぎた頃、瑠偉さんから連絡があり、瑠偉さんの会社の近くのカフェで会う約束をした。その日は土曜日で、某会社のいち社員でしかない俺は休日でも、大手企業の社長である彼は仕事だ。だから、俺のほうから出向いた。
  挨拶もそこそこに渡されたのは一通の手紙。差出人が琳である事に驚きを隠せなかった。瑠偉さんに届いたノエルさんからの手紙に同封されていたという。ノエルさんからの手紙によれば、生前の琳から「僕が死んで3ヶ月が過ぎたら彰宏さんに届けてほしい」と預かっていたらしい。琳は俺が沖縄に来るなんて思ってもいなかっただろう。俺自身も、まさか琳の最期の瞬間に傍にいさせてもらえるなんて思わなかったのだから…。
  俺は胸元に手紙を抱きしめて、手紙を届けてくれた瑠偉さんと、琳との約束を違えずに手紙を送ってくれた遠い沖縄の地にいるノエルさんに向けて、頭を下げた。  


  夜、宏斗を寝かし付けてから、慎重に、丁寧に、琳からの手紙を開いた。


『彰宏さん、いかがお過ごしでしょうか。
  貴方と別れた僕は、沖縄で療養する事を選びました。
  沖縄は良い所です。空気が澄んでいて、ゆったりと時間が流れていて、心身が癒される気がします。体調には波があるけれど、体調が良い時は海辺を散歩します。海はとても綺麗です。何処までも広がる澄んだ海を時間も忘れて眺めていると、ふとした瞬間に沸き起こる悲しみや痛みとかの負の感情を、全て洗い流してくれるような気持ちになります。だから、僕の体に巣食う病も洗い流してくれたら良いのに…と、ありもしない事を考えてしまいます。

  僕は最近よく、貴方の夢を見ます。貴方と過ごした幸せだった頃の夢を…。あの、愛に溢れた日々の夢を…。
  貴方から離れる事を選んだのは僕自身なのに、今更こんな手紙を書かれても貴方を困らせるだけだって解っているんです。それでも、最期だから…と言葉を綴っています。

  今、物凄く…貴方に会いたい…。
  今の僕の本心です。
  身勝手な事を思って、ごめんなさい…。
  
  彰宏さん、僕は貴方に「僕の事は忘れて…」なんて言えません。忘れてほしくない。僕という存在がいたという事を憶えていてほしい。でも、僕の事は思い出の一部にして、貴方には貴方の人生を生きてほしいです。矛盾しているかもだけれど、僕が貴方に願う事です。
  
  そして…そしていつか、貴方の魂と再び巡りあえたら……。

  彰宏さん…。大好きな、あなた…。
  貴方と過ごした日々は、幸せな日々でした。
 
  愛しています。
  愛してくれて、ありがとう。
  また、いつか……。                                                        琳  』


  読み終えた手紙を持つ手が震えた。

「ああ……」

  琳っ!
  琳っ…!
  愛しい彼の名前を心の中で何度も呼ぶ叫ぶ
  手紙を読んでいる途中から瞳に浮かび、視界を歪め始めていた膜はついには決壊し、堰を切ったように涙が溢れ出した。
  琳が亡くなってから、たくさん泣いた。泣いて、泣いて、それでも涸れる事はなく…。
  手紙を濡らさないように脇に置き、口元を片手で覆って嗚咽を洩らす。

  どれくらいそうしていただろうか…。

「…パパ…?」

  不意に聞こえた小さな呼び声に隣を見れば、いつもは一度寝ると多少の物音では起きない宏斗が、目を覚まして俺を見ていた。
  何かを感じたのか…。

「ごめんな。起こしちゃったな」

  俺は手紙を封筒に入れてベッド横のローチェストに仕舞うと、寝間着の袖で目元を軽く拭ってから、ベッドに横になった。
  宏斗が身を寄せてくる。小さな体を抱き寄せた。

「もう少し寝ような?」
「…うん…」

  背中を軽くトントンしてやると、やがて小さな寝息が聞こえ始めた。

「おやすみ、宏斗…」


  琳、俺にとっても君と過ごした日々はかけがえのない、幸せで愛に溢れた日々でした。
  幸せにしてやれなくてごめん。
  1人で逝かせて…ごめん…。
  琳、君の事は絶対に忘れない。
  こんなどうしようもない俺を、愛してくれてありがとう。
  琳、君を愛してる。
  琳、君だけを永遠に愛してるよ。
  
  ありがとうー
  また、いつかーー


  俺は静かに目を閉じたー。

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