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《本編》
77.それから……(瑠偉side)
しおりを挟む俺は、海辺に1人佇む彰宏を見つけた。
「此処にいたのか…」
「…! 瑠偉さん。おはようございます」
俺が横から近付いて声を掛けると、俺が砂浜の砂を踏みしめる足音に気付かなかったらしい彰宏が、吃驚してこちらを向き、俺だと気付くと挨拶をしてきた。
「ああ。おはよう。華英の家に行ったら、お前が、朝飯も食わずに散歩に出たきり戻らないと聞いてな」
「…すみません…」
「海を…見てたのか…」
「…はい。ノエルさんから、琳とノアくんと時々は華英さんも一緒に、よく海辺を散歩した。琳は海を眺めるのが好きだった、と聞いたので…。
此処に来れば琳に…会えるような気がして…」
「………。そうか……」
俺は彰宏の隣に立ち、どこまでも広がる海を眺めた。
琳が亡くなった日から4日ー。
昨日、身内だけの小さな葬式で、琳を見送った。皆がそれぞれ悲しみに涙する中、恥も外聞も投げ捨てて号泣する彰宏の声が、一際大きく場を支配していたー。
「…後…追うんじゃないぞ?」
何故、そんな事を言ったのか…。気が付いた時には言葉として口から溢れていた。さっき海辺に佇む彰宏を見た時、その背中が儚く見えた所為かも知れない。
「追いませんよ」
彰宏が微かに笑いながら言った。
「後は追いません。まだ、琳の所にはいけません。『約束』しましたから…」
「約束?」
「はい。最期に話をしたあの日、琳は言いました。宏斗を愛してあげて、と。あの子には罪はないのだから大切に育てて、と。宏斗はまだ3歳です。だから、まだ俺は琳との約束を果たせていません。今向こうに行ったら、間違いなく琳に追い返されます」
「……そうだな……」
俺も彰宏と祐斗を呼び出した際に同じ事を言ったが、彰宏にとっては最期に琳とした『約束』のほうが重要なのだろう。俺としては、あの罪なき子が親の業を背負う事なく健やかに育ってくれればそれでいい。
「捜しに来ていただいて、ありがとうございます。
帰りましょう」
「もう、いいのか?」
「はい。また来ます。沖縄にいる間は何度でも此処に来ます。琳が見ていた景色を見に何度でも…」
俺達が帰ると、バタバタとノエルが走って出て来た。
「アキ! 何処行ってたの! ご飯も食べないで! 散歩に出たまま1時間も帰らないなんて、心配するじゃないか!」
出迎えと同時にまさかの叱責。
「…ごめんなさい…」
素直に頭を下げる彰宏と、怒った顔から一転、安堵した様に微笑んで彰宏の両手を取るノエル。彰宏がもう一度「ごめんなさい…」と小さい声で言うと、「いいよ。じゃあ、ご飯を食べよう」と返したノエルに手を引かれながら、彰宏が付いていく。
ノエルの後から出て来て、俺と同じ様に今の一連の彰宏とノエルの様子を見ていた華英の隣に立つ俺。
「お疲れ様。彼、何処にいたの?」
「海を見てた」
「そう」
「華英、大丈夫か?」
「何が?」
「ノエルの事。彰宏、αだろう?」
実は俺がこれを訊いたのは二度目だ。
一度目は、彰宏を連れて沖縄に来てから3日ほど経った頃。彰宏が眠る琳から片時も離れず部屋に籠もっていた時にノエルとノアも一緒に琳の傍に…つまり、彰宏と同じ部屋にいる事が多いと聞いた時だ。華英の番であるノエルのフェロモンは彰宏には判らないし、何よりノアが一緒とはいえ、自分のΩが他のαと一緒にいて平気なのか、と。
華英は苦笑しながら答えた。
『それがノエルだから』
とー。
『ノエルはね、あの小さな体の何処に…っていうくらい人としての『器』が大きいのよ。私はそんな彼に惹かれたの。彼がΩだからじゃないわ。Ωだから番になったけれど、たとえαやβだったとしても惹かれずにはいられなかったでしょうね。
ノエルは彰宏さんが琳にした事に凄く怒ってるし、赦す事はないでしょう。でもね、赦せない所があるからといって彰宏さん自身を否定するのは違う、って言うの。彰宏さんは間違いを起こしたけれど、それは決して赦せない事だけれど、琳を愛している気持ちは本物だから、それは認めてあげなきゃ…って。
私はそんなノエルの気持ちを尊重してあげたいの。確かに私は番に対する執着が薄い様に見えるでしょうけど、そうじゃないの。ノエルを信じてるだけ。彼には彼らしくいてほしいだけよ。私と2人きりの時は思い切り甘えてくれるしね』
最後のほうは惚気だったが、華英らしいと思った俺だった。
俺達家族も彰宏が琳にした事を…琳が早逝する要因を作った彰宏を赦す事は永遠に無い。それでも、彰宏を責めたり罵倒したりはしない。家族で話したんだ。琳が望まない事はしない、と。琳は短い人生を精一杯生きた。彰宏と愛し合った日々は只々幸せだったと、話していた。その果てに裏切りがあったとしても、幸せな時間も確かにあったんだ、と。恨むよりも、幸せだった日々だけを胸に抱いていたんだ、と。だから俺達も、彰宏を赦す事は出来なくても恨み続ける事はしない、と……。
「それがノエルだからね」
と、一度目と同じ答えを返して、華英は微笑んだ。
彰宏が朝食を食べ終えるのを待って、俺は彼を誘い、庭に面した縁側に並んで座った。
そして……。
俺が今朝ノエルから預かり、今しがた彰宏に手渡した冊子を捲りながら、彰宏はぼろぼろと涙を流した。
渡した冊子は『アルバム』だった。そのアルバムに収められている写真は、琳が沖縄に来てからノエルが撮影していた『琳の日常風景』ー。特に多く撮られていたのは、ノアとのツーショットだ。ノエルから彰宏に渡すように頼まれた時に、先に見せてもらった。
ノアが赤ん坊の頃から琳が亡くなる3ヶ月ほど前までの写真だという。心身の疲弊により家で…部屋で過ごす事が多くなってからは、写真を撮られる事を琳が嫌がったらしい。日々弱っていく自分を撮られたくなかったのだろう。
赤ん坊の世話をしながら、歩き始めた幼児の手を引きながら、幼児を膝に乗せて絵本の読み聞かせをしながら、その他にもたくさん…。写真の中の琳は笑顔だった。幼児に添い寝する穏やかな寝顔、ノエルや華英、ノエルの祖母、そしてノアと一緒に写る『家族写真』。どの写真の中の琳も幸せそうだった。
「全部…全部…琳がお前との生活に望んだものだ。お前と2人、夢見ていた未来だよ…」
「!!! 」
俺が言った言葉に何を思ったのか……。
彰宏はアルバムを抱きしめ、声をあげて泣いた。
少し離れた場所で、ノエルが見ていた。ノエルの瞳からも涙が溢れていた。
俺も、自分が涙を流している事に気が付いたー。
琳の初七日を終え、四十九日に再び来る事を華英達に告げ、俺は一度自宅に帰る事にした。長らく会社を朔夜に任せていたから、仕事をしなければならない。彰宏は華英とノエルの好意で四十九日まで滞在させてもらえる事になったらしい。
四十九日を前に再び沖縄を訪れた俺は、法要が終わった後に彰宏と共に華英とノエルに呼ばれ、分骨した琳の遺骨が入った容器を渡された。3つに分骨し、1つはこのまま沖縄の地で、1つは代々の長峰の墓に、1つはいずれ彰宏が入る墓で一緒に眠らせてあげてほしい、とノエルが言った。「ずっとリンはアキが大好きだから」と。彰宏は容器を抱きしめて、何度も「ありがとうございます」と頭を下げていた。涙を流しながら…。
そして翌日、俺と彰宏は沖縄の地を後にした。
琳が亡くなって3ヶ月が過ぎた頃、ノエルから俺宛に手紙が届いた。手紙には「同封している手紙をアキに届けてほしい」と書いてあり、改めて封筒の中を確認すると、別の封筒に入った彰宏宛の手紙が入っていた。何気なく彰宏宛の封筒を裏返してみる。
差出人は『琳』だったー。
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