【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade

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《本編》

79. 『ずっと一緒に……』(彰宏side)

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  琳が亡くなって5年が過ぎー。
  俺は39歳、宏斗は8歳になっていた。

  半年程前から、俺は『高槻カンパニー』の社長秘書として働いていた。社長は俺の従兄弟で、2つ下の37歳。かつて父さんが社長を務め叔父に渡した社長の座は、今は叔父の息子である従兄弟が継いでいる。何でも、兄である俺の父さんに説得されて社長の座に就いたものの叔父には長く務めるつもりはなく、10年務めずに息子に譲ったらしい。そして従兄弟が社長に就任する時、社長秘書として招きたいと、8年も疎遠だった俺に、従兄弟自ら連絡をくれたのである。8年前に父さんが叔父さんに話したを聞いたらしく、全て知った上で「一緒に働かないか」と言ってくれた。8年もの長きに渡り疎遠だったが、元から従兄弟との関係は良好。宏斗と引き合わせ、従兄弟が宏斗を見つめる柔らかな眼差しが決め手となり、迷う事なく引き受けた。従兄弟言った。「子供に罪はないだろう?」と。秘書の仕事は初体験だが、高槻を辞めてから就職した会社もIT企業だったから、何とかなるだろう…と…。ただ、引き受ける前に俺は従兄弟に先に訊いた。「」と。聡い従兄弟は察したのだろう。「」と答えた。
  俺が従兄弟の誘いに乗った理由は唯一つ。俺と俺の父さん(宏斗にとっては祖父)しか身寄りがない宏斗を、天涯孤独にしない為。大人になり自立しても、頼れる身内の存在は大きな助けになる。たとえ頼る事はなくても、その存在だけで心が救われる事もある。俺が懇願すれば、俺と父さん亡き後の宏斗との繋がりを、従兄弟は快く了承、約束してくれた。


  3年後ー。
  家族で朝食を済ませて後片付けは父さんに任せ、学校に行く宏斗を玄関先まで見送り、洗面所で出勤前の身支度をしていた俺は、過去に一度胸がチリチリするような感覚と同時に目眩を覚え、洗面台に両手を付いて体を支えた。
  祐斗が亡くなったー。
  番ゆえにいやでも判ってしまう。ただ、心を通わす事がなかったからか、琳との『番契約の強制解除』の時の様な体から何かが引き剥がされる感じはしたものの、制御出来ない涙が溢れる事はなかった。
  あまりに遅いからか心配して洗面所を覗いてくれた父さんに「大丈夫」と返し、いつもの時間に出勤した。
  父さんに祐斗が亡くなった事を話したのは、祐斗が入所していた施設から『手紙』が届いてからだった。入所する時に頼んでおけば、亡くなった時に手紙で報せてもらえる。俺は頼んでおいた。いずれ、宏斗に『真実』を話す時の為に必要だと思ったから。
  父さんと話して、祐斗の実家…元実家、元家族には報せない事にした。宏斗の存在を知っている彼らが宏斗に接触を計らないとも限らない。先に祐斗を見限ったのはあちらだ。祐斗も一度として親兄弟の話をした事はない。祐斗も望んでいないだろうと思った。
  施設からの手紙には、祐斗が施設でどのように過ごしたかが、大まかに書いてあった。どのようにして亡くなったのかも。
  祐斗は最初の1年程はほぼ部屋に籠もっていたらしい。それが、俺からの手紙を受け取った数日後からは自ら部屋を出て、職員や他の入所者と交流を持つ努力を始めたという。俺から手紙を送ったのは一度きり。琳が亡くなった時だけ。迷ったが、祐斗には知る義務があると思った。ただ、施設の性質上、本人に渡す前に職員が文章を確認する。だから俺は、職員にも宛てて祐斗が入所するに至った経緯を書ける範囲で書き、渡すかどうかの判断は任せるしかなかったが、渡してくれていたらしい。琳の死を知った祐斗の心にどんな変化をもたらしたのか…。知る術はない。
  祐斗の死に様は穏やかだったという。昼近くになっても姿を見せない祐斗の様子を見に行った職員が、ベッドに横たわったまま亡くなっている祐斗を見つけた。眠ったまま逝ったのだろうとの事だった。まるで夜ベッドに入る前に自分の死期を覚っていたかの様に、祐斗の手には、いつもは写真立てに入れて机の上に飾ってある宏斗と一緒に写る写真が握られていたという。祐斗が施設に入る前日、宏斗を抱いた祐斗の写真を撮り持たせていた。施設に入所して9年。たった1枚、我が子と写る写真を胸に抱いて、祐斗は誰に看取られる事なく1人で逝った。
  俺はただ、安らかに…と彼の冥福を祈る…。


  宏斗が16歳の時、俺は『全て』を話した。
  せめて18歳になるまで…高校を卒業するまで待ちたかったが、祐斗の死から5年。αの自分からの番の解消と違い、番の死による二度の番の強制解除は、αであってもそれなりに負担になっていたらしい。日々、心身が疲弊していくのを実感し始めていた。だから、まだ早いと思いながらも「話せなくなる前に…」と話す事にしたのだ。
  黙って話を聞いていた宏斗は…。
  ただ静かに涙を流していた。果たして息子が何を思っていたのか…。俺は訊かなかった。暫く父子の間に沈黙が流れた後、「…俺、生まれてきて…よかった…の…?」と、小さな声で言った。その問いに頭を殴られた様な衝撃を受け、俺は宏斗を抱き寄せた。そんな事を愛する我が子に言わせてしまった自分が赦せなかった。そうだ。俺はこの子を…宏斗を愛している。祐斗の妊娠を知った時、宏斗が生まれた時、俺は素直に喜ぶ事が出来なかった。状況がそれを赦さなかった。だが『子供に罪はない』。琳を始め、俺の周りの誰もが言った。俺も現在いまなら…現在いまだからこそ言える。俺は宏斗を抱きしめたまま言葉にする。「宏斗、生まれてきてくれてありがとう。愛してる」と。俺が言うと、宏斗は声を上げて泣いた。


  宏斗が高校を卒業すると、俺の体はいよいよ限界を感じ始めたらしい。どれだけ寝ても取れない倦怠感。ベッドから起き上がれない日が増え、俺は従兄弟に正直に話して退職した。従兄弟は「治ったら戻って来い」と言ってくれたが、そんな日はだろう。
  宏斗は自宅から通える大学に進学した。αの宏斗なら選択肢はたくさんあっただろうに、「お父さんとお祖父じいちゃんと一緒にいたいから」と宏斗は言った。
  退職した俺は、益々ベッドから出られない日が増えていく。宏斗が大学に行っている日中は、父さんが俺の世話をしてくれる。70を過ぎた高齢の父さんに面倒を掛けるのは、只々申し訳なかった。本当は息子の俺が父さんの世話をしなければいけないのに…。申し訳なさに苛まれる俺の頭を皺の目立つ手で撫でながら、父さんは「気にするな」と笑う。父さんは昔から変わらず俺の事を『可愛い』と言う。俺は何歳になっても父さんにとっては『子供』だった。

  夢を見た。
  俺は1人、色とりどりの花が咲く場所に立っていた。
  周りを見渡しても、一面に花が咲いているばかりで建物も無ければ、人もいない。
  ……………。
  呼ばれた気がして振り向いた。
  さっきまで誰もいなかったのに、振り向いた先…10メートルほど離れた場所に『人』がいた。
  琳……。
『人』は間違いなく琳だった。ただ、若い。俺が最後に会話を交わした時と変わらぬ姿の琳がいた。
  ……………
  そうか…。俺は…もう……。
  琳は迎えに来てくれたのか…。こんな俺を……。
  じっと琳を見つめていると、す…と琳が俺に向かって右手を伸ばす。琳は何も話さない。
  俺は一歩一歩ゆっくり進み、伸ばされた琳の手を取った。ひんやりとした手だった。
  俺を見て琳が微笑む。
  琳、これからも俺が傍に居る事を許してくれる?
  そう請えば、琳の微笑みが深くなった。
  琳、愛してるよ。

『これからはずっと一緒に……』

  

〈宏斗side〉

  午後7時過ぎに大学から帰宅した俺は、お祖父ちゃんに帰宅の挨拶をしてからお父さんの寝室に向かった。
「お父さん、ただいま。入るよ」とドアをノックをして声を掛けたけれど、返事がない。寝てるのかなと思って静かにドアを開けた。
  お父さんは寝ていた。ううん。寝ている様に見えた。けれどすぐに事に気が付いた。俺の頬を涙が伝う。ゆっくりベッドに近付いてベッド脇に跪き、手を伸ばしてお父さんの頬を撫でる。逝ったばかりなのか、触れた頬はほんのり温かかった。

「お父さん、頑張ったね。ごめんね、傍にいてあげられなくて…。1人で逝かせて…。ね、お父さん、琳さんにはもう会えたかな…」

  安らかな寝顔に語り掛ける。

「…彰宏…」

  聞こえた声に振り向けば、お祖父ちゃんが立っていた。その瞳は涙で濡れていたー。


  お父さんのお葬式はひっそりと行われた。俺とお祖父ちゃん、それからお父さんの従兄弟のおじさんの3人でお父さんを見送った。それをお葬式と呼んでも良いのかは判らなかったけれど、それが生前のお父さんの『お願い』だったから…。

「こんな老いぼれより先に、若い者が先に逝く…」

  お祖父ちゃんが、火葬場で空を見上げながら呟く。
  俺は、お祖父ちゃんのシワシワの手を握った。

「俺、お祖父ちゃんの傍にいるからね。絶対にお祖父ちゃんを1人にしないからね。だから、長生きしてね」
 
  力強く宣言する俺を見て、お祖父ちゃんが微笑んだ。

  お父さんは高槻家代々のお墓には入らなかった。代々のお墓の隣に小さなお墓を建てて、お父さんの遺骨と琳さんの遺骨を入れた。これもお父さんの『お願い』だった。

(これからはずっと琳さんと2人きりだね…)

  2人の遺骨が納骨された日、俺は2人が眠るにお墓に手を合わせ、心の中で語り掛けたー。

  
 
  高槻  彰宏、享年49歳ー
  琳を亡くして15年、祐斗をの死から7年あまりー
  静かに人生の幕を下ろしたー

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