当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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シオンの魔力が暴発する直前、ユリの転送魔法が発動した。 パッと視界が切り替わり、エルナとユリはソルスティア王宮から数十キロ離れた、寂れた漁村の海岸に放り出された。


「げほっ、ごほっ……! ユリ様、ナイスです!」 「ふえぇ……もう限界です。シオン様、あんなにカッコいいのに、中身が魔王様みたいで怖すぎます!」


エルナは泥だらけのドレスを脱ぎ捨て、あらかじめ用意していた漁師の娘のような格好に着替えた。 もはや公爵令嬢としての矜持などどうでもいい。生き残ること、そして「自由」を手に入れることが最優先だ。


「ユリ様、ここから船に乗ります。隣国のそのまた隣、『自由都市同盟』まで逃げれば、いくら王子でも手出しはできませんわ」 「はい! どこまでもついていきます、エルナお姉様!」


いつの間にか「お姉様」呼びになったヒロインと共に、エルナは小さな小舟に乗り込んだ。 夜の海へ漕ぎ出し、追っ手の目を眩ます。 だが、エルナの胸には、先ほどのシオンの瞳が焼き付いて離れなかった。あの絶望は、一体どこから来るものなのか。


その時、背後の空が真っ白に光った。 ソルスティアの王宮がある方向から、巨大な氷の柱が天を突くように伸びているのが見える。


「……嘘でしょう? あそこまでやるの?」 「シオン様、本当に国を凍らせちゃったんじゃ……」


逃げても逃げても、シオンの執着は物理的な破壊となって追いかけてくる。 エルナは必死にオールを漕いだ。自分たちが生きるための「新しい物語」を掴み取るために。



逃亡から三日。 エルナとユリが乗った商船は、自由都市まであと数海里というところまで迫っていた。 しかし、穏やかだった海面が、突如として鳴動し始める。


「な……何? 潮の流れがおかしいわ!」


船乗りたちが騒ぎ出す。 水平線の彼方から、一隻の軍艦が猛スピードで接近してくるのが見えた。それは風を受けて進む船ではない。船底から海を凍らせ、その氷の上を滑るように進む、魔力駆動の異常な艦艇だ。


「見つけたぞ、エルナ……!」


艦首に立つ男の姿。 ボロボロになったマントを翻し、狂気と歓喜が混じった顔で笑うシオン王子。 彼は海面を指差すと、一瞬にして商船の周囲数キロの海を完全に凍結させた。


「あ、アリエナイ……。物理法則を無視してまで追いかけてくるなんて……」 「エルナ様、もうダメです! 四方八方、氷の壁で囲まれました!」


氷の道を歩いて、シオンがゆっくりと商船へと近づいてくる。 一歩進むごとに、船全体が悲鳴を上げるように揺れる。 エルナは意を決して、船の甲板から氷の上へと飛び降りた。これ以上、無関係な船員たちを巻き込むわけにはいかない。


「シオン殿下! わかりました、私の負けです! だから、これ以上周囲を壊すのはやめてください!」 「……負け、だと? 違うな、エルナ。これは愛の勝利だ」


シオンはエルナの目の前で膝をつき、彼女の泥に汚れた靴に口づけをした。


「ようやく、二人きりになれたな。この氷の世界には、もう邪魔者は誰もいない。お前が私を愛すると言うまで、このまま時を止めてやろう」 「時を止める!? そんな勝手な――」


その時、エルナの脳内に、前世でも今世でもない「記憶」がフラッシュバックした。 それは、真っ赤な炎に包まれた王宮で、自分を抱きしめて泣き叫ぶシオンの姿。


『ごめん……ごめんね、エルナ。次の人生では、絶対に、君を離さないから……』


(……まさか、この執着の原因って、私が死んだ後の「彼」のせいなの!?)


物語は、単なる逃亡劇から「ループの因縁」を解き明かす局面へと突入しようとしていた。
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