6 / 50
6
しおりを挟む
シオンの魔力が暴発する直前、ユリの転送魔法が発動した。 パッと視界が切り替わり、エルナとユリはソルスティア王宮から数十キロ離れた、寂れた漁村の海岸に放り出された。
「げほっ、ごほっ……! ユリ様、ナイスです!」 「ふえぇ……もう限界です。シオン様、あんなにカッコいいのに、中身が魔王様みたいで怖すぎます!」
エルナは泥だらけのドレスを脱ぎ捨て、あらかじめ用意していた漁師の娘のような格好に着替えた。 もはや公爵令嬢としての矜持などどうでもいい。生き残ること、そして「自由」を手に入れることが最優先だ。
「ユリ様、ここから船に乗ります。隣国のそのまた隣、『自由都市同盟』まで逃げれば、いくら王子でも手出しはできませんわ」 「はい! どこまでもついていきます、エルナお姉様!」
いつの間にか「お姉様」呼びになったヒロインと共に、エルナは小さな小舟に乗り込んだ。 夜の海へ漕ぎ出し、追っ手の目を眩ます。 だが、エルナの胸には、先ほどのシオンの瞳が焼き付いて離れなかった。あの絶望は、一体どこから来るものなのか。
その時、背後の空が真っ白に光った。 ソルスティアの王宮がある方向から、巨大な氷の柱が天を突くように伸びているのが見える。
「……嘘でしょう? あそこまでやるの?」 「シオン様、本当に国を凍らせちゃったんじゃ……」
逃げても逃げても、シオンの執着は物理的な破壊となって追いかけてくる。 エルナは必死にオールを漕いだ。自分たちが生きるための「新しい物語」を掴み取るために。
逃亡から三日。 エルナとユリが乗った商船は、自由都市まであと数海里というところまで迫っていた。 しかし、穏やかだった海面が、突如として鳴動し始める。
「な……何? 潮の流れがおかしいわ!」
船乗りたちが騒ぎ出す。 水平線の彼方から、一隻の軍艦が猛スピードで接近してくるのが見えた。それは風を受けて進む船ではない。船底から海を凍らせ、その氷の上を滑るように進む、魔力駆動の異常な艦艇だ。
「見つけたぞ、エルナ……!」
艦首に立つ男の姿。 ボロボロになったマントを翻し、狂気と歓喜が混じった顔で笑うシオン王子。 彼は海面を指差すと、一瞬にして商船の周囲数キロの海を完全に凍結させた。
「あ、アリエナイ……。物理法則を無視してまで追いかけてくるなんて……」 「エルナ様、もうダメです! 四方八方、氷の壁で囲まれました!」
氷の道を歩いて、シオンがゆっくりと商船へと近づいてくる。 一歩進むごとに、船全体が悲鳴を上げるように揺れる。 エルナは意を決して、船の甲板から氷の上へと飛び降りた。これ以上、無関係な船員たちを巻き込むわけにはいかない。
「シオン殿下! わかりました、私の負けです! だから、これ以上周囲を壊すのはやめてください!」 「……負け、だと? 違うな、エルナ。これは愛の勝利だ」
シオンはエルナの目の前で膝をつき、彼女の泥に汚れた靴に口づけをした。
「ようやく、二人きりになれたな。この氷の世界には、もう邪魔者は誰もいない。お前が私を愛すると言うまで、このまま時を止めてやろう」 「時を止める!? そんな勝手な――」
その時、エルナの脳内に、前世でも今世でもない「記憶」がフラッシュバックした。 それは、真っ赤な炎に包まれた王宮で、自分を抱きしめて泣き叫ぶシオンの姿。
『ごめん……ごめんね、エルナ。次の人生では、絶対に、君を離さないから……』
(……まさか、この執着の原因って、私が死んだ後の「彼」のせいなの!?)
物語は、単なる逃亡劇から「ループの因縁」を解き明かす局面へと突入しようとしていた。
「げほっ、ごほっ……! ユリ様、ナイスです!」 「ふえぇ……もう限界です。シオン様、あんなにカッコいいのに、中身が魔王様みたいで怖すぎます!」
エルナは泥だらけのドレスを脱ぎ捨て、あらかじめ用意していた漁師の娘のような格好に着替えた。 もはや公爵令嬢としての矜持などどうでもいい。生き残ること、そして「自由」を手に入れることが最優先だ。
「ユリ様、ここから船に乗ります。隣国のそのまた隣、『自由都市同盟』まで逃げれば、いくら王子でも手出しはできませんわ」 「はい! どこまでもついていきます、エルナお姉様!」
いつの間にか「お姉様」呼びになったヒロインと共に、エルナは小さな小舟に乗り込んだ。 夜の海へ漕ぎ出し、追っ手の目を眩ます。 だが、エルナの胸には、先ほどのシオンの瞳が焼き付いて離れなかった。あの絶望は、一体どこから来るものなのか。
その時、背後の空が真っ白に光った。 ソルスティアの王宮がある方向から、巨大な氷の柱が天を突くように伸びているのが見える。
「……嘘でしょう? あそこまでやるの?」 「シオン様、本当に国を凍らせちゃったんじゃ……」
逃げても逃げても、シオンの執着は物理的な破壊となって追いかけてくる。 エルナは必死にオールを漕いだ。自分たちが生きるための「新しい物語」を掴み取るために。
逃亡から三日。 エルナとユリが乗った商船は、自由都市まであと数海里というところまで迫っていた。 しかし、穏やかだった海面が、突如として鳴動し始める。
「な……何? 潮の流れがおかしいわ!」
船乗りたちが騒ぎ出す。 水平線の彼方から、一隻の軍艦が猛スピードで接近してくるのが見えた。それは風を受けて進む船ではない。船底から海を凍らせ、その氷の上を滑るように進む、魔力駆動の異常な艦艇だ。
「見つけたぞ、エルナ……!」
艦首に立つ男の姿。 ボロボロになったマントを翻し、狂気と歓喜が混じった顔で笑うシオン王子。 彼は海面を指差すと、一瞬にして商船の周囲数キロの海を完全に凍結させた。
「あ、アリエナイ……。物理法則を無視してまで追いかけてくるなんて……」 「エルナ様、もうダメです! 四方八方、氷の壁で囲まれました!」
氷の道を歩いて、シオンがゆっくりと商船へと近づいてくる。 一歩進むごとに、船全体が悲鳴を上げるように揺れる。 エルナは意を決して、船の甲板から氷の上へと飛び降りた。これ以上、無関係な船員たちを巻き込むわけにはいかない。
「シオン殿下! わかりました、私の負けです! だから、これ以上周囲を壊すのはやめてください!」 「……負け、だと? 違うな、エルナ。これは愛の勝利だ」
シオンはエルナの目の前で膝をつき、彼女の泥に汚れた靴に口づけをした。
「ようやく、二人きりになれたな。この氷の世界には、もう邪魔者は誰もいない。お前が私を愛すると言うまで、このまま時を止めてやろう」 「時を止める!? そんな勝手な――」
その時、エルナの脳内に、前世でも今世でもない「記憶」がフラッシュバックした。 それは、真っ赤な炎に包まれた王宮で、自分を抱きしめて泣き叫ぶシオンの姿。
『ごめん……ごめんね、エルナ。次の人生では、絶対に、君を離さないから……』
(……まさか、この執着の原因って、私が死んだ後の「彼」のせいなの!?)
物語は、単なる逃亡劇から「ループの因縁」を解き明かす局面へと突入しようとしていた。
44
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる