当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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空中要塞『星辰の箱舟』は、アステリア王国を目指して西へと進路を取った。 その行く手を阻むのは、アステリア王国が誇る最新鋭の魔導艦隊「白銀の牙」。数百隻の艦船が、空を埋め尽くすようにしてエルナたちの前に立ちはだかる。


『逆賊エルナ・フォン・ラインハルト! 聖なる空を穢すその異形の船を直ちに停船させよ!』


艦隊からの通信魔法が響き渡るが、エルナは鼻で笑った。彼女は操縦席の椅子に深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべる。その姿は、かつての乙女ゲームで描かれた「傲慢な悪役令嬢」そのものだったが、その背負う覚悟は、プログラミングされた悪意などよりも遥かに重い。


「殿下、聞こえました? 私たちを逆賊ですって。……ふふ、面白いですわ。ならば、本物の逆賊がどんなものか、教えて差し上げましょう」


「ああ。……不愉快な蠅どもだな。エルナ、お前の視界を汚すものは、一匹残らず私が堕としてやる」


シオンが要塞の魔力増幅器に手を触れると、船体から青白い稲妻がほとばしった。彼の執着心とリンクした魔力は、物理法則を無視した「追尾する氷の槍」へと姿を変え、雲海を貫く。


一瞬だった。 アステリア王国の誇る魔導艦隊は、反撃の暇もなく次々と凍りつき、砕け散り、天空から地上へと墜落していった。シオンの魔力は、もはや一人の魔術師の域を超え、自然災害そのものと化していた。


「……強すぎますわね、殿下。少しは加減なさったらどうです?」 「加減? お前に危害を加える可能性のあるものに対して、なぜ慈悲が必要だ? ……私は、お前が笑っていられる平穏な空が欲しいだけだ。そのためなら、空を血で染めることなど造作もない」


シオンはエルナの肩を抱き、その耳たぶを甘噛みした。戦場の真っ只中であるにもかかわらず、彼の関心はエルナが自分を見てくれているかどうか、ただ一点にのみ注がれている。 エルナは呆れつつも、その圧倒的な力と執着が、今の自分には心地よい守りであることを認めざるを得なかった。



箱舟の図書室。エルナは、アガルタで見つけた「過去の記録宝珠」を解析していた。 そこには、シオンが時を戻す前の「一度目の人生」におけるエルナの処刑の真実が記録されていた。


「……これは、お父様や王家の意思じゃなかったのね」


記録に映し出されていたのは、王宮の影で暗躍する一人の男の姿。アステリア王国の国教『聖星教』の最高位、大司教ザカリア。 彼は、世界のバランスを保つために「生贄としての悪役」を必要とし、エルナを精神操作魔法で追い詰め、傲慢な令嬢へと仕立て上げていたのだ。


「一度目の私は、この男の手のひらで踊らされて、殺されたんだわ……」


エルナの拳が、怒りで震える。 その時、後ろから伸びてきた影が彼女を包み込んだ。シオンが、彼女の震えを止めるように後ろから強く抱きしめる。


「……そうだ。私も、一度目の人生の最期にそれを知った。だから、あの男を最も残酷な方法で殺した。だが、それでは足りなかった。お前が死んだという事実は、どれほど敵を殺そうと消えはしなかったからだ」


シオンの声は、奈落の底から響くような冷たさを帯びていた。


「エルナ、二度目はさせない。大司教も、それを容認する世界の意志も、すべて私がこの手で引き裂く。……お前はただ、私の隣で、この世界が作り変わる様を見ていればいい」


「……殿下、ありがとうございます。でも、復讐は私がしますわ。私の人生を狂わせた代償、たっぷり払わせてあげなくては」


エルナは記録宝珠を握りつぶした。 二人の共犯関係は、共通の敵を見つけたことでさらに強固なものとなる。愛でもなく、単なる協力でもない。それは、運命という神の悪戯に対する、最も美しい「報復」の始まりだった。
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