当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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空から現れた巨大な手は、世界そのものを握りつぶそうとするかのように、ゆっくりと地上へ降りてきました。その周囲では、時間そのものが静止し、木々も風も、逃げ惑う人々も、すべてが「静止画」のように固まっています。


「……来ましたわね。この世界の『読者』か、それとも『運営』か知りませんが、随分と偉そうな登場ですこと」


エルナは、シオンの腕の中で不敵に言い放ちました。彼女には分かっていました。自分たちが「神の力」を得たことで、物語はもはや単なるプログラムではなく、現実を浸食する「実体」になったのだと。


「……エルナ。あの大手を、私の氷で砕いていいか?」


シオンの瞳が、青白く燃え上がります。彼の魔力は今、命の樹の核と直結しており、理論上は「不滅」でした。


「待ってください、殿下。……物理的に壊すだけでは、奴らはまた新しい『パッチ』を当ててきますわ。……ここは、私のやり方でいきましょう」


エルナは、空中に巨大な「管理画面」をイメージして、魔力でコードを書き込み始めました。彼女が狙ったのは、敵の破壊ではなく、敵の「存在理由」の剥奪でした。


「……いいですか、観測者さん。あなたが私たちを『面白い物語』だと思って見ているなら、教えてあげますわ。……私たちが今から見せるのは、あなたたちの理解を超えた、最高に『つまらなくて、支離滅裂な』バッドエンドですわよ!」


エルナが魔力を爆発させると、巨大な手に「ノイズ」が走り、実体を失い始めました。彼女は世界のソースコードを操作し、自分たちと観測者の間に「アクセス拒否」の壁を築いたのです。


『……なんだ……この……干渉は……!? 物語が……私の手を……拒んで……!?』


驚愕する観測者の声を無視し、エルナはシオンの唇を奪いました。 そのくちづけは、世界への反逆の合図。


「さあ、殿下。章はここで幕引きですわ。……次は、あのお喋りな『神様』たちの住処まで、直接文句を言いに行きませんこと?」


「……お前の望むままに。……どこへ行こうと、地獄の果てまで、私はお前を逃がさない」


崩壊する霊峰を背に、二人は空の亀裂へと向かって飛び立ちました。 まだまだ続く、狂愛と反逆の旅路。 次なる舞台は、世界の「外」にある真実の領域へと移ろうとしていた。



「……ここが、私たちが『本』の中の住人であることを笑っていた連中の居場所ですのね」


空の亀裂を通り抜けた先、エルナの視界に飛び込んできたのは、星々が流れる川のように蠢き、無数の巨大な「頁(ページ)」が宙を舞う、幾何学的な異空間でした。そこには空も地面もなく、ただ無機質な情報の残滓が、結晶となって降り積もっています。


「不快な場所だ。……エルナ、私の側を離れるな。ここにある空気の一粒さえも、お前を値踏みしようとする意志に満ちている」


シオンは、半神へと昇華したその体から、漆黒と銀が混ざり合った濃密な魔力を常に溢れさせていました。彼の背後には、凍りついた時間の断片が翼のように広がり、近づくあらゆる干渉を物理的に拒絶しています。彼はエルナの腰を引き寄せ、指先が白くなるほどの力で彼女を拘束していました。


「殿下、少し力が強すぎますわ。……でも、ありがとうございます。不思議ですわね、ここに来てから、自分が『データ』の集まりであることを実感させられるのに、あなたの腕の熱さだけは、どんな真実よりもリアルに感じられますもの」


エルナは、手首に輝く黄金のバングルに触れました。命の樹の核を奪ったことで、二人の魂はもはや一つの回路を共有しています。エルナが恐怖を感じれば、シオンの魔力が周囲を氷結させ、シオンが殺意を抱けば、エルナの脳内に最適解としての戦術が浮かび上がる。


その時、回廊の奥から、実体を持たない「声」が霧のように押し寄せてきました。


『——警告。イレギュラー01、および02。これ以上の侵入は、全宇宙の論理矛盾を招く。速やかに自己消去プログラムを実行せよ。』


「自己消去? 笑わせないでくださいまし! 私はようやく、自分の人生の『ペン』を奪い取ったところなんですのよ!」


エルナが叫ぶと同時に、彼女の背後から真紅の魔法陣が展開されました。それは、かつてのゲームの演出を逆手に取った「イベント・キャンセル」の概念干渉。エルナは現代知識を駆使し、神々の命令(コマンド)を、ただの「雑音」へと変換して無効化したのです。


「……聞こえたか、観測者ども。エルナが消えろと言っている。ならば、お前たちの存在そのものが、私の世界には不要だ」


シオンの瞳が青白く発光し、回廊全体が絶対零度の静寂に包まれました。神の領域であっても、シオンの執着という名の暴力は、一切の容赦なくその理を破壊し始めたのです。
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