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回廊を進む二人は、やがて「棄てられた物語」が堆積する広大なゴミ捨て場のような空間に辿り着きました。そこには、エルナと同じように運命に抗おうとして破れ、消去された無数の「悪役令嬢」や「悲劇の王子」たちの記憶が、色褪せた幻影となって漂っていました。
「……見て、殿下。あの方たちも、私たちと同じように自由を求めていたのかもしれませんわ」
エルナは、足元に転がっていた割れたクリスタルに触れました。そこには、一度目の人生で断罪された自分自身の姿が、一瞬だけ映り込みました。冷たい雨の中、民衆に罵られながら処刑台へ向かう、孤独な少女。
「……っ」
エルナの肩が小さく震えた瞬間、シオンが背後から彼女を完全に包み込みました。彼の冷たい唇がエルナの耳元に寄せられ、独占欲に満ちた熱い吐息が触れます。
「見なくていい。……そんなものは、お前ではない。お前の過去も、未来も、絶望も、すべて私が買い取った。……お前の中に残るべき記憶は、私の腕の感触と、私が囁く愛の言葉だけでいい」
「殿下……。あなた、こういう場所に来ると余計に独占欲が拗れますわね」
「当然だ。神ですらお前を定義しようとするこの場所で、私が繋ぎ止めておかなければ、お前がどこかへ霧散してしまいそうで、気が狂いそうだ」
シオンの魔力が、周囲に漂う幻影たちを容赦なく打ち砕いていきます。彼は「自分たち以外の物語」が存在することすら許せないようでした。 しかし、その廃墟の中から、一人の「老人」が現れました。全身を灰色のインクで汚したようなその男は、宙に浮かぶ巨大な羽ペンを杖代わりにしていました。
「……ほう、神の心臓を食らって、ここまで来たか。……私は『編纂者』。完成することのなかった物語を管理する者だ。……令嬢よ、お前が求めているのは、神の謝罪か? それとも、すべてを白紙に戻す力か?」
エルナは老人の目をまっすぐに見据え、不敵に口角を上げました。
「どちらでもありませんわ。私が欲しいのは……あなたたちが持っているその『原稿用紙』のすべて。……これからは、私と殿下が、自分たちの手で続きを書き込んでいく。そのための、真っ白な自由を買い取りに来たのですわ!」
「自由を買い取るだと? ……ハハハ! 面白い。だが、ここは神々の議事堂。対価もなしにページを譲るわけにはいかん。……お前に何が払える? 命か、魂か?」
編纂者の問いに、エルナは待ってましたと言わんばかりに、現代の「市場原理」と「著作権」の概念を魔法的に構築し始めました。彼女は空中に、複雑な数式と契約書の雛形を映し出します。
「命も魂も、もう殿下のものですから差し上げられませんわ。……その代わり、提案があります。……あなたたち観測者は、最近『物語のマンネリ化』に困っているのではないかしら?」
エルナの指摘に、老人の筆が止まりました。
「……何が言いたい?」
「悪役が断罪され、ヒーローとヒロインが結ばれる。そんな既定路線の物語、もう飽き飽きでしょう? ……私を逃がし、この物語を『予測不能なオープンワールド』として解放すれば、あなたたちは永久に、見たこともない刺激的なコンテンツを観測し続けられる。……これ以上の投資価値(バリュー)があるかしら?」
エルナは、神々を「支配者」ではなく「投資家」として扱い、彼らの欲望を揺さぶる交渉術を展開しました。前世で学んだ経済学と心理学が、神の理を凌駕する武器となったのです。
「……エルナ、何を言っているのかさっぱり分からんが、お前が最高に輝いているのは分かる。……編纂者よ、お前がその条件を飲まないというなら、私は今この場で、お前が大切に守っている『過去のアーカイブ』をすべて凍らせ、永遠に読み返せないゴミにしてやる」
シオンが隣で剣を抜き、回廊の温度をさらに下げました。知略による交渉と、圧倒的な暴力による脅迫。この二つの刃が合わさり、編纂者は初めて「恐怖」という感情をその紙の肌に刻みました。
「……良かろう。イレギュラーたちの反乱を、一つの『新ジャンル』として認める。……ただし、これからの物語には、神々の介入はないが、その代わり、この宇宙に眠る『他のイレギュラー』たちもお前たちを狙い始めるぞ」
「望むところですわ! 退屈なハッピーエンドより、予測不能なバッドエンド寸前のスリルの方が、私たちらしいでしょう?」
エルナが契約書に魔力のサインを記した瞬間、回廊が黄金の光に包まれ、二人の「役職(ロール)」が完全に消去されました。
「……見て、殿下。あの方たちも、私たちと同じように自由を求めていたのかもしれませんわ」
エルナは、足元に転がっていた割れたクリスタルに触れました。そこには、一度目の人生で断罪された自分自身の姿が、一瞬だけ映り込みました。冷たい雨の中、民衆に罵られながら処刑台へ向かう、孤独な少女。
「……っ」
エルナの肩が小さく震えた瞬間、シオンが背後から彼女を完全に包み込みました。彼の冷たい唇がエルナの耳元に寄せられ、独占欲に満ちた熱い吐息が触れます。
「見なくていい。……そんなものは、お前ではない。お前の過去も、未来も、絶望も、すべて私が買い取った。……お前の中に残るべき記憶は、私の腕の感触と、私が囁く愛の言葉だけでいい」
「殿下……。あなた、こういう場所に来ると余計に独占欲が拗れますわね」
「当然だ。神ですらお前を定義しようとするこの場所で、私が繋ぎ止めておかなければ、お前がどこかへ霧散してしまいそうで、気が狂いそうだ」
シオンの魔力が、周囲に漂う幻影たちを容赦なく打ち砕いていきます。彼は「自分たち以外の物語」が存在することすら許せないようでした。 しかし、その廃墟の中から、一人の「老人」が現れました。全身を灰色のインクで汚したようなその男は、宙に浮かぶ巨大な羽ペンを杖代わりにしていました。
「……ほう、神の心臓を食らって、ここまで来たか。……私は『編纂者』。完成することのなかった物語を管理する者だ。……令嬢よ、お前が求めているのは、神の謝罪か? それとも、すべてを白紙に戻す力か?」
エルナは老人の目をまっすぐに見据え、不敵に口角を上げました。
「どちらでもありませんわ。私が欲しいのは……あなたたちが持っているその『原稿用紙』のすべて。……これからは、私と殿下が、自分たちの手で続きを書き込んでいく。そのための、真っ白な自由を買い取りに来たのですわ!」
「自由を買い取るだと? ……ハハハ! 面白い。だが、ここは神々の議事堂。対価もなしにページを譲るわけにはいかん。……お前に何が払える? 命か、魂か?」
編纂者の問いに、エルナは待ってましたと言わんばかりに、現代の「市場原理」と「著作権」の概念を魔法的に構築し始めました。彼女は空中に、複雑な数式と契約書の雛形を映し出します。
「命も魂も、もう殿下のものですから差し上げられませんわ。……その代わり、提案があります。……あなたたち観測者は、最近『物語のマンネリ化』に困っているのではないかしら?」
エルナの指摘に、老人の筆が止まりました。
「……何が言いたい?」
「悪役が断罪され、ヒーローとヒロインが結ばれる。そんな既定路線の物語、もう飽き飽きでしょう? ……私を逃がし、この物語を『予測不能なオープンワールド』として解放すれば、あなたたちは永久に、見たこともない刺激的なコンテンツを観測し続けられる。……これ以上の投資価値(バリュー)があるかしら?」
エルナは、神々を「支配者」ではなく「投資家」として扱い、彼らの欲望を揺さぶる交渉術を展開しました。前世で学んだ経済学と心理学が、神の理を凌駕する武器となったのです。
「……エルナ、何を言っているのかさっぱり分からんが、お前が最高に輝いているのは分かる。……編纂者よ、お前がその条件を飲まないというなら、私は今この場で、お前が大切に守っている『過去のアーカイブ』をすべて凍らせ、永遠に読み返せないゴミにしてやる」
シオンが隣で剣を抜き、回廊の温度をさらに下げました。知略による交渉と、圧倒的な暴力による脅迫。この二つの刃が合わさり、編纂者は初めて「恐怖」という感情をその紙の肌に刻みました。
「……良かろう。イレギュラーたちの反乱を、一つの『新ジャンル』として認める。……ただし、これからの物語には、神々の介入はないが、その代わり、この宇宙に眠る『他のイレギュラー』たちもお前たちを狙い始めるぞ」
「望むところですわ! 退屈なハッピーエンドより、予測不能なバッドエンド寸前のスリルの方が、私たちらしいでしょう?」
エルナが契約書に魔力のサインを記した瞬間、回廊が黄金の光に包まれ、二人の「役職(ロール)」が完全に消去されました。
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