公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

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フィリアが所属する「疾風の爪」は、順調に依頼をこなしていた。治癒士シエルの加入により、彼らはFランクからEランクへと昇格する寸前だった。


次の依頼は、テオリアの街を悩ませる夜盗集団の討伐と、盗品の回収だった。これは、ダンジョンとは違い、人相手の厄介な依頼だ。


「シエル、これは魔物じゃない。人間相手だ。気が進まないなら、無理はしなくていいぞ」バルカスが心配そうに言った。


フィリアは首を振った。「悪人は魔物と変わりません。街の平和を乱す者と戦うのも、冒険者の務めです。やります」


その夜、フィリアたちは、夜盗のアジトである廃墟へ潜入した。


フィリアは後方で待機し、バルカスたちが前線で戦闘を始めた。しかし、夜盗集団は罠を仕掛けており、バルカスが一人、罠にかかり、毒の塗られた矢を受けて負傷した。


「くそっ、卑怯な！」バルカスが呻く。


「バルカス！」フィリアはすぐに駆け寄り、治癒魔法を唱えた。「『ヒール・ミディアム』！」


フィリアの治癒魔法は、今回も毒を完全に浄化した。しかし、夜盗たちはフィリアの治癒能力を見て、彼女を真っ先に狙い始めた。


「あの女を捕らえろ！ あいつがいなければ、この連中はおしまいだ！」


数人の夜盗が、フィリア目掛けて飛びかかってきた。フィリアは武器を持たず、防具もない。絶体絶命のピンチだ。


フィリアは目を閉じ、咄嗟に治癒魔法を自分に向けて放とうとした。しかし、その瞬間、廃墟の壁が轟音と共に吹き飛んだ。


「我が妻に手を出すな、卑しい者どもめ」


低く、怒りに満ちた声が響き渡った。


そこに立っていたのは、黒いローブの男、**ルカ（黒い旅人）**だった。彼は、フィリアを影から見守っていたが、彼女が襲われた瞬間、理性は完全に飛んだ。


ルカは、フィリアの安全のため、常に温存していた魔力を、惜しみなく解放した。


「塵になれ――『ディスペル・ノヴァ』」


それは、公爵家の奥義の一つ、無詠唱の広範囲殲滅魔法だった。通常の魔法使いなら数秒の詠唱が必要なはずの魔法が、ルカの桁外れの魔力操作により、一瞬で放たれた。


夜盗たちは、ルカから放たれた強烈な魔力の波動に呑み込まれ、一瞬にして意識を失い、廃墟の瓦礫の中に倒れ込んだ。


ルカは周囲を一掃した後、すぐにフィリアの元へ駆け寄った。


「フィリア！ 怪我はないか！？」


ルカは、変装していることなどすっかり忘れ、公爵としての本名と、夫としての感情を露わにして、フィリアの肩を強く掴んだ。


フィリアは、突如現れた謎の男の圧倒的な魔力と、その聞き覚えのある声、そして親密な呼び方に、驚愕のあまり言葉を失った。


「あ、あなた……まさか……旦那様！？」


フィリアの脳裏に、夜な夜な公爵邸で政務の書類を読みながら、優しく自分を呼ぶルカの声がフラッシュバックした。この感情的な声、この強烈な魔力の波動、そしてこの端正な顔立ち……変装していても、間違いない。


「旦那様、なぜここに……！？ まさか、私を追いかけて……！」


ルカは、フィリアに本名で呼ばれた瞬間、自分が変装を解き、正体を露呈したことに気づき、顔面が蒼白になった。


「ち、違う！ 私は、通りすがりの……『クロ』という名の、黒い旅人だ！ 君のことは……その、噂で聞いて……」


バルカスたち「疾風の爪」のメンバーは、瓦礫の陰から、この劇的な夫婦の再会（？）と、ルカが放った規格外の魔法を見て、完全に思考停止していた。


黒いローブの謎の男は、公爵夫人の夫だった。


そして、その男の戦闘能力は、Sランク冒険者アレンをも凌駕すると、誰もが直感した。


フィリアはルカ（クロ）の必死な言い訳に、呆れと同時に、深い愛を感じていた。


「旦那様は、公爵の政務を放り出して、私を連れ戻しに来たのですね……」


ルカは、もはや逃げ場がないことを悟り、黒いローブを脱ぎ捨て、公爵としての威厳に満ちた顔でフィリアを真正面から見つめた。


「ああ、そうだ。私から逃げられると思うな、フィリア。君の『自由』は、常に私の目の届く範囲でなければならない。さあ、私と一緒に、公爵邸に帰ろう」


「嫌です！ 私はまだ冒険者シエルです！」


夫婦の壮絶な痴話喧嘩（回収劇）が、テオリアの廃墟で始まった。そして、ルカは「回収」ではなく、フィリアの冒険者生活に強制的に参加するという、新たな作戦へと移行することを決意する。