公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人

文字の大きさ
9 / 22

9

しおりを挟む
廃墟となった夜盗のアジトで、ルカが正体を明かし、フィリアを連れ戻そうとした騒動は、バルカスたち「疾風の爪」のメンバーによって、辛うじて収束した。彼らは、目の前で繰り広げられた魔法の威力が、常軌を逸していることを理解し、公爵夫妻の痴話喧嘩に巻き込まれる恐怖に震えていた。


「旦那様、わかりました。連れ戻しに来たのですね」


フィリアは深いため息をついた。ルカは未だに焦燥した表情を浮かべ、フィリアの返答を待っている。


「公爵としての政務はどうされたのですか? 私一人のために、国政を放り出すなど……」


「国政よりも君の命が大切だ! それに、君の『自由』が離婚を意味するのだと誤解した私が悪かった! だが、君を危険な冒険者稼業に放置することはできん!」ルカは激情を込めて訴える。


フィリアはルカの顔をじっと見つめた。「私は、あなたにただ寄り添うだけでなく、自分の力であなたを助けられるようになりたいと思って冒険者になったのですよ。あなたが過労で倒れた時、私はただお茶を入れることしかできませんでしたから」


フィリアの純粋な動機を知り、ルカは言葉を失った。彼の自己中心的な**「溺愛」**が、逆にフィリアを追い詰めていたのだと、改めて思い知らされる。


「そうだったのか……フィリア……」ルカは声の調子を弱めた。


しかし、フィリアの決意は揺るがない。「だから、私はまだ帰りません。せめて、自分の力でEランクに昇格するまでは、この街で冒険者として活動させてください」


ルカは苦悩した。フィリアの純粋な願いを無視すれば、彼女は心を閉ざしてしまうだろう。だが、この危険な街に彼女を一人残すことは、ルカの執着心と溺愛が絶対に許さない。


「わかった」ルカは重い口を開いた。「君がEランクになるまで、このテオリア滞在を許可しよう。ただし、私が出した条件を呑むならばだ」


「条件、ですか?」


「ああ。君は私の目の届く範囲で、私の監視下で冒険を続けるのだ。具体的には――**私も君のパーティーに入る。**治癒士クロとして、君の傍を離れない。そして、君の危険を排除する。これ以上の譲歩はしない」


フィリアは呆れた顔をした。「旦那様が冒険者ですか? 政務はどうするのです?」


「問題ない。『影』の部下たちが、私に緊急の政務報告をテオリアで提出できるように手配済みだ。必要とあらば、夜通しで処理すればいい。君の安全確保こそが、今の私の最重要政務だ」


フィリアは、ルカの溺愛と執着の深さに、勝てないことを悟った。最強の公爵が、自分の為に危険な冒険者になるとまで言い張っているのだ。


「……わかりました。ただし、私の冒険者仲間には、公爵だということは絶対に秘密にしてください。あなたは、ただの治癒士クロです」


ルカは、フィリアの傍にいられるという事実だけで満足だった。「承知した。治癒士クロだ。君の命は、このクロが守り抜く」


バルカスたちは、公爵夫妻の会話を遠くで聞いていた。彼らは、自分たちのパーティーに、王国宰相の公爵という、規格外の「治癒士」が加わるという事実に、恐怖と興奮で震え上がっていた。


ルカが「疾風の爪」に加入し、フィリアの冒険者生活への**「強制介入」**が始まった翌日。


フィリアは一人、夜盗のアジトだった廃墟に戻ってきていた。公爵と話している時は動揺していたが、冷静になった今、昨夜のルカの魔法を思い出していた。


(あの魔法……。恐ろしいほどの魔力だったわ)


彼女は、瓦礫が吹き飛んだ壁の残滓に触れてみた。ただの破壊魔法ではなかった。壁全体が、高密度の魔力によって焼き払われたように、表面が滑らかになっていたのだ。


「無詠唱の広範囲魔法……。旦那様は、公爵の仕事で忙しいはずなのに、いつの間にあんな力を……」


フィリアは、夫が自分を溺愛し、安全な場所に閉じ込めるために、どれほどの力を隠し持っていたのかを、初めて実感した。ルカは、自分を「守る」という目的のためだけに、常に最強の力を維持していたのだ。


フィリアは、その圧倒的な力に恐れを抱くのではなく、むしろ感動していた。


「旦那様は、公爵として国を護っているだけでなく、魔法使いとしても最高峰なのね。やっぱり、私の目指す場所は遠いわ」


フィリアは、ルカの魔法の残滓を、**「自分の成長のための目標」**として捉え直した。彼女の目標は、ルカの邪魔をすることではなく、彼に相応しい妻として、その隣で胸を張れる力を得ることなのだ。


フィリアは、ルカが用意した(ルカが公爵権限でテオリアの最高級品を買い占めた)新しい冒険者用の装備を身につけ、ギルドへ向かった。彼女の心には、ルカへの愛情と、彼に追いつきたいという、新たな冒険者としての熱意が満ちていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした

朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。 だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。 ――私は静かに調べた。 夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。 嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

処理中です...