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ダンジョン攻略の成功により、「疾風の爪」の評判はテオリアのギルド内で一時的に上昇した。それは、ひとえに治癒士シエル(フィリア)の規格外の治癒能力によるものだ。
フィリアは翌日、ギルドで次の依頼を探していた。その時、彼女に近づいてきた一人の男性がいた。
彼は周囲とは明らかに異質な存在感を放っていた。黒髪に端正な顔立ち、そして何よりも、彼が纏う上質なレザー装備と、腰に吊るされた古びた大剣は、彼が並の冒険者ではないことを示唆していた。
「君が、シエルさんだね」
男性は穏やかながら、有無を言わせぬ力強さを持つ声でフィリアに話しかけた。
「私はアレン。Sランク冒険者だ」
フィリアは驚いた。Sランクといえば、王都でも数えるほどしかいない、国家級の英雄たちだ。
「初めまして、シエルと申します」フィリアは緊張しながら挨拶を返す。
アレンはフィリアを観察するように見つめた。「君の治癒魔法の噂を聞いた。毒を浄化し、重傷を瞬時に治癒する、規格外のヒーラーだと。君のパーティーの『疾風の爪』では、その能力を活かしきれない」
フィリアは、アレンの直接的な物言いに少し戸惑った。「それは……」
アレンは続けた。「私のパーティーに来ないか。君の魔力と才能は、国家級の依頼、高難度のダンジョンでこそ輝くべきだ。私たちなら、君の才能を最大限に引き出せる」
それは、フィリアの冒険者としての目標を、一足飛びに達成できる誘いだった。しかし、フィリアはすぐに首を横に振った。
「申し訳ありません、アレン様。お誘いは光栄ですが、私は『疾風の爪』の皆さんと地道にレベルアップしていきたいのです。私はまだ、Sランクパーティーに貢献できる技術も経験も持っていません。それに、私は、私のペースで、冒険者生活を楽しみたいんです」
フィリアの返答は、野心的な冒険者としては異例だった。アレンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したように微笑んだ。
「なるほど。君はただ力を求めるのではなく、過程を大切にするタイプか。素晴らしい決断だ。だが、もし君の心が揺らいだらいつでも声をかけてくれ。私のパーティーの門は、常に開いている」
アレンはそう言って、フィリアに別れを告げ、ギルドを去っていった。フィリアは、一流の冒険者の迫力に圧倒されながらも、自分の決断が正しかったと確信した。彼女が本当に求めているのは、名声や栄光ではなく、自立した充実感なのだ。
一方、テオリアに到着したルカは、変装を完璧に行っていた。
彼は公爵の威厳を隠し、全身黒いローブを纏った、**「黒い旅人」**という名の、謎の魔法使いとしてギルド周辺に潜伏した。彼の正体を知るのは、「影」の極秘部隊数名だけだ。
ルカはギルドの影から、フィリアとアレンの会話をすべて盗み聞きしていた。
アレンがフィリアを誘った瞬間、ルカの心臓は締め付けられ、体内の魔力が暴走しそうになった。
(あの男……! 私のフィリアを、危険な冒険に引きずり込もうと誘惑したのか!)
ルカの嫉妬の炎は凄まじかった。Sランク冒険者という地位は、ルカにとっては何の脅威でもない。彼の問題は、フィリアが他の男に興味を持たれること、そして彼女が自分から離れていく可能性だった。
ルカは、アレンが去った後、フィリアから少し離れた酒場に入った。彼は、安酒を飲むフリをしながら、フィリアの様子を観察した。
フィリアは、アレンに誘われたことなどすっかり忘れ、パーティーメンバーと楽しそうに次の依頼について話している。彼女の顔は、公爵邸にいた時よりも遥かに生き生きとしていた。
その光景を見たルカは、またしても心に深い痛みを覚えた。
『フィリアは、私から離れて、本当に幸せそうだ……。私の愛と安全は、彼女にとって、それほど息苦しいものだったのか。』
ルカは、自己嫌悪と嫉妬の渦に巻き込まれながら、心の中で固く誓った。
「フィリア。君の自由を奪うことはしない。だが、君の傍から離れることも許さない。私はこの街で、君の冒険者生活を、安全なものに完全に作り変えてやる」
ルカは、公爵としての権力と、最強の魔法使いとしての能力を、フィリアを「回収」するためではなく、フィリアの生活に潜入し、支配するために使うことを決意した。
彼はまず、フィリアが滞在している宿と、彼女のパーティーの動向について、細かく情報収集を始めた。彼の目的は、フィリアの安全確保と、彼女に近づく全ての男たちを無言の圧力で排除すること。そして、彼女が公爵邸に戻りたいと思うような、極上の安息の場を、このテオリアに作り出すことだった。
フィリアは翌日、ギルドで次の依頼を探していた。その時、彼女に近づいてきた一人の男性がいた。
彼は周囲とは明らかに異質な存在感を放っていた。黒髪に端正な顔立ち、そして何よりも、彼が纏う上質なレザー装備と、腰に吊るされた古びた大剣は、彼が並の冒険者ではないことを示唆していた。
「君が、シエルさんだね」
男性は穏やかながら、有無を言わせぬ力強さを持つ声でフィリアに話しかけた。
「私はアレン。Sランク冒険者だ」
フィリアは驚いた。Sランクといえば、王都でも数えるほどしかいない、国家級の英雄たちだ。
「初めまして、シエルと申します」フィリアは緊張しながら挨拶を返す。
アレンはフィリアを観察するように見つめた。「君の治癒魔法の噂を聞いた。毒を浄化し、重傷を瞬時に治癒する、規格外のヒーラーだと。君のパーティーの『疾風の爪』では、その能力を活かしきれない」
フィリアは、アレンの直接的な物言いに少し戸惑った。「それは……」
アレンは続けた。「私のパーティーに来ないか。君の魔力と才能は、国家級の依頼、高難度のダンジョンでこそ輝くべきだ。私たちなら、君の才能を最大限に引き出せる」
それは、フィリアの冒険者としての目標を、一足飛びに達成できる誘いだった。しかし、フィリアはすぐに首を横に振った。
「申し訳ありません、アレン様。お誘いは光栄ですが、私は『疾風の爪』の皆さんと地道にレベルアップしていきたいのです。私はまだ、Sランクパーティーに貢献できる技術も経験も持っていません。それに、私は、私のペースで、冒険者生活を楽しみたいんです」
フィリアの返答は、野心的な冒険者としては異例だった。アレンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したように微笑んだ。
「なるほど。君はただ力を求めるのではなく、過程を大切にするタイプか。素晴らしい決断だ。だが、もし君の心が揺らいだらいつでも声をかけてくれ。私のパーティーの門は、常に開いている」
アレンはそう言って、フィリアに別れを告げ、ギルドを去っていった。フィリアは、一流の冒険者の迫力に圧倒されながらも、自分の決断が正しかったと確信した。彼女が本当に求めているのは、名声や栄光ではなく、自立した充実感なのだ。
一方、テオリアに到着したルカは、変装を完璧に行っていた。
彼は公爵の威厳を隠し、全身黒いローブを纏った、**「黒い旅人」**という名の、謎の魔法使いとしてギルド周辺に潜伏した。彼の正体を知るのは、「影」の極秘部隊数名だけだ。
ルカはギルドの影から、フィリアとアレンの会話をすべて盗み聞きしていた。
アレンがフィリアを誘った瞬間、ルカの心臓は締め付けられ、体内の魔力が暴走しそうになった。
(あの男……! 私のフィリアを、危険な冒険に引きずり込もうと誘惑したのか!)
ルカの嫉妬の炎は凄まじかった。Sランク冒険者という地位は、ルカにとっては何の脅威でもない。彼の問題は、フィリアが他の男に興味を持たれること、そして彼女が自分から離れていく可能性だった。
ルカは、アレンが去った後、フィリアから少し離れた酒場に入った。彼は、安酒を飲むフリをしながら、フィリアの様子を観察した。
フィリアは、アレンに誘われたことなどすっかり忘れ、パーティーメンバーと楽しそうに次の依頼について話している。彼女の顔は、公爵邸にいた時よりも遥かに生き生きとしていた。
その光景を見たルカは、またしても心に深い痛みを覚えた。
『フィリアは、私から離れて、本当に幸せそうだ……。私の愛と安全は、彼女にとって、それほど息苦しいものだったのか。』
ルカは、自己嫌悪と嫉妬の渦に巻き込まれながら、心の中で固く誓った。
「フィリア。君の自由を奪うことはしない。だが、君の傍から離れることも許さない。私はこの街で、君の冒険者生活を、安全なものに完全に作り変えてやる」
ルカは、公爵としての権力と、最強の魔法使いとしての能力を、フィリアを「回収」するためではなく、フィリアの生活に潜入し、支配するために使うことを決意した。
彼はまず、フィリアが滞在している宿と、彼女のパーティーの動向について、細かく情報収集を始めた。彼の目的は、フィリアの安全確保と、彼女に近づく全ての男たちを無言の圧力で排除すること。そして、彼女が公爵邸に戻りたいと思うような、極上の安息の場を、このテオリアに作り出すことだった。
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