【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)

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25.俺だって……

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 フィルベルト殿下はおもむろに立ち上がって、俺の隣りに腰を下ろした。
 俺が座っているのは、二人掛けのソファーだから、並んで座っても、きついことはない。
 けどさ。なんだかぐいぐい近づいてくるんだよ。

「フィ、フィルベルト殿下!! ちょ、ちょっと近くありませんか!?」

 俺が慌ててお尻をずらすと、殿下はさらに寄ってくる。
 またからかってるのかと思って、殿下の顔をみると、すごく悲しそうに眉を寄せていた。
 な、なんだよ。
 俺、何かした……?

「ねえ、エリゼオ。なんで殿下なんて呼ぶの?
 君とはもう、家族になるんだよ?
 そんな他人行儀な呼び方をしないで」

「だ、だって、殿下は殿下だし——」
「フィン。ねえ、私の名前はフィンだよ。それ以外の呼び方は禁止だ」

 そんなこと言われても。
 フィンがよくてもさ、扉の前のガルディア団長が「不敬だ!」怒るに決まってる……!

 俺がちらりと団長を見ると、相変わらず置物のように立っていた。

「ねえ。なんでガルディアを見ているの?よそ見はしないで。
 私は君の願いはなんでもかなえたいけど、一つだけ許せないものがあるんだ。
 浮気だけはぜったいに許さないからね」

 は?
 はあぁぁぁぁ!?
 う、浮気ってなに!? 
 俺は、フィンの言葉が理解できずに目を白黒させた。

「もう君は私のものだよ。そう言ったよね?
 ほら、エリゼオ。
 早くフィンって呼んで」

 フィンのからかいに俺はついていけない。
 けれど、このまま呼ばなかったら、キスされるんじゃないかっていうくらいフィンの顔が近づいてきて、俺は叫んだ。

「ふぃ、フィン!! もう、分ったから!! ねえ、これ以上はやめて!!」

「うん。よくできました」

 フィンはにっこりと笑い、俺の頭をそっと抱きしめて、俺の髪にキスをした。
 も、もう!! 団長もいるんだぞ!!

 そう思って暴れようとした、そのとき。

「殿下」

 ガルディア団長の低い声が響いた。
 ほらぁ!!
 俺、ガルディア団長に怒られちゃうじゃん!と思った刹那。

「何者かが複数近づいています。とりあえず窓から離れて、こちらへ」

 団長はフィンと俺を自分の背中へと誘導した。
 俺は不安になって、フィンの服をきゅっと握る。

「大丈夫。ガルディアは強いよ。それにね、いざとなれば抜け道もある」

 俺を守るように抱きしめながら、フィンがそっと囁く。
 
 なんでフィンが俺を守るように抱きしめるんだよ。
 フィンはこの国にとって大切な人だ。
 俺なんか守ってる場合じゃないだろ。

 フィンは片手で俺を抱きしめ、もう片方の手で腰の剣を抜いた。

 これは訓練じゃない。
 本物の闘いだ。
 俺は気合を入れるように、自分の両ほほをパンっと叩いた。
 その音にフィンが微笑み、懐から短剣を取り出して差し出す。
 
「いざというときのために持っていて。
 今はまだ抜かなくていい。刃物を持ってると分かると狙われやすくなるからね。
 油断させるためにも、隠しておくんだ」

 フィンの言葉にうなずき、素早く短剣を懐に忍ばせた瞬間。

 剣を抜いた相手が複数部屋に飛び込んできた。
 明らかに訓練された動き。統率も取れていた。
 十人。……いや、それ以上かもしれない。

 それでも、ガルディア団長はひるむことなく相手を睨む。
 決して殿下から離れず、次々と敵を切り伏せていく。
 金属音と悲鳴が入り交じり、空気が震えた。

 俺は、怖くて目を閉じたくなる。
 でも状況を見失えば、動きが遅くなり、足を引っぱってしまう。
 だから、俺は目を開けたまま、必死に動きを追った。

 敵の一人がフィンを狙って飛びかかる。
 それをガルディア団長が剣で弾き、もう一人近付いてきたのを柄で打ち据えて倒す。
 
 す、すごい。
 さすが、近衛騎士団長。
 強さが桁違いだ。

 俺がほっと息を吐いた、その瞬間だった。
 ゴロゴロ、と床を転がる金属音。
 黒い塊が視界の端に映る。
 見たこともない形状。
 それは前世で見た鉄球のように見えた。
 嫌な予感がした。

 体が勝手に動いた。
 頭では「止まれ」と叫んでるのに、心が「間に合え」と叫んでいた。

「フィン!!」

 気づいたときには、もう体が飛び出していた。
 俺はフィンを押し倒すように抱きかかえて、そのまま床に倒れ込む。
 直後、後方からドンっと爆発するような音がして、背中に鋭い痛みが走った。
 あつい。痛い。呼吸が――できない。


「エリゼオっ——!」
「くそっ、魔道具か!」

 俺の名を呼ぶフィンの叫びが、耳の奥で響く。
 俺の腕の中でフィンが無事なのを感じて、少しだけほっとした。
 俺はフィンの上からどこうとしてそのまま横に寝返る。
 すると、背中が床についた途端、激痛が走った。

「——ヴぁっっ!」

 声にならない叫び。
 誰かが俺の背中に触れないようにして抱き起す。
 それが誰なのか、ぼやけと視界でも、すぐ分かった。
 フィンだ。

 彼の顔が、こんなにも苦しそうに歪むのを初めて見た。

「バカだ……! なんで、私をかばうんだ……っ!」

「……だって、俺……フィンが……傷つくのは、嫌だから……」

 それだけ言うのが、俺は精一杯だった。
 喉の奥から血の味がした。
 ——俺は、また空回りしてるのかもしれない。
 でも、これでいい。
 俺はやっと、フィンを守れた。

「エリゼオ——っ!」

 フィンが叫ぶ声が聞こえた。
 普段の穏やかな声ではなく、焦燥と恐怖のにじんだ、掠れた声だった。
 彼はそのまま俺を抱きかかえて、ソファの影へ身を隠す。

 ガルディアの剣が、残っていた刺客たちを一瞬で沈めていく音が聞こえる。
 鋼のぶつかり合う音が止むと同時に、部屋の中は信じられないほど静かになった。

 視界の端で、血が広がる。
 それが誰のものなのかを理解した途端、俺の視界は暗くなっていく。

「エリゼオ、聞こえる? しっかりして……!」

 背中から胸の奥に向かって熱が広がって、息をするたびに痛みが走る。
 でも、近くでフィンの声がする。
 その声がある限り、俺は大丈夫な気がした。

「大丈夫、だよ……。俺……フィンが、無事で……」

「喋るな!」

 フィンの声が震えていた。
 いつも冷静な彼が、こんなに取り乱すなんて。
 震える指先が俺の頬をなぞり、俺の髪をかき上げていく。

「どうして……どうしてお前が。私が守るはずなのに……」

 フィンの手が、俺の手を強く握りしめた。
 その力が、痛いくらいに必死で。
 俺は少し笑って、彼の頬に指を伸ばした。

「俺、フィンをを守りたかった……だって、あの騎士団の、訓練で、フィンは……俺を、守ってくれた、だろう? 
 俺だって……ただ、それだけ……」

 それだけ言って、もう声が出なくなった。
 重くなるまぶたを、フィンの手がそっと支えてくれる。

「エリゼオ、目を閉じるな。私を見て。
 頼む、まだ行くな。……お願いだから……
 私は、また君を守れないのか——っ!」

 フィンの声が涙で濡れていた。

 泣くなよ。フィン。
 フィンは俺を守ってくれていたじゃないか。
 今回、俺だって君を守れた。
 それがどれだけ嬉しいか。
 フィンには分かって欲しいな。

 けれど、俺の思いは一つも声にならなかった。
 
 フィンの悲痛な叫びを最後に、俺の意識は静かに闇に沈んでいった——。

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