【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

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25.砕けた星の砂

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 公園のベンチに、どれだけ座ってたんだろう。
 月が雲に隠れ、夜を更に深くする。
 鈴虫の鳴き声も、いつの間にか途絶えてた。

「……帰らなきゃ」

 ぽつりと呟いた声が、静かな公園にやけに響く。
 立ちあがると、涙はもう乾いてた。
 大和を傷つけた僕に、泣く資格なんてないんだって気づいたから。

 僕の弱さが、大和の笑顔を奪ってしまったんだ。
 先ほどの大和の苦しげな表情と、「碧依」って呼んでくれた声が、頭の中で何度も響く。
 大和は、僕を最初から、ちゃんと見ててくれてた。
 バイト先で、「水瀬、すげえな」って笑ってくれたときも。
 花火が上がる中、恋人繋ぎで手を握ってくれたときも。
 海辺でキスをしてくれたときの、波の音に混じる大和の吐息でも。

 いつでも大和の想いを、「僕」に届けようとしてくれてたんだ。
 でも、嘘をついた後ろめたさのせいで、僕は見る目を曇らせてしまってた。
 全部、自業自得なんだ。


 ポケットの星の砂の瓶が、カサリと鳴る。
 その冷たい感触が、胸を締め付ける。
 電車に乗ると、車内の明かりがいつも以上に眩しく感じる。
 泣き腫らした瞼が、熱を持って重かった。  


 ノロノロと家に帰り、アパートの階段を登る。
 鍵を取り出そうとポケットを探ると、星の砂の瓶が滑り落ちた。
 カランカランと音を立て、階段の下まで転がる。
 慌てて追いかけて拾うと、瓶は割れてなかった。

 よかった。

 もう落とさないように、イルカのペンと一緒にリュックにそっと仕舞った。
 
 玄関を開ける前、時計を見たら、0時を回ってた。
 翼、寝てるかなと思いながら、起こさないようにそっと扉を開ける。
 リビングからパタパタと足音が近づいてくる。
 翼はずっと待っててくれてたんだ。
 胸が、温かさと痛みでいっぱいになる。

「お帰り、碧依。泣いてないんだ、よかった……ねえ、どうだった?」

 翼のホッとした笑顔が、僕を出迎える。
 リビングのテーブルには、翼が描いてたスケッチが置かれてた。
 それは、リビングから見える街の風景画だった。
 月明かりと街灯が街を優しく包む、温かい絵。
 その光が、凍えた心を少しだけ溶かしてくれた。  

「……ううん。僕、何も言えなかった。大和はね、僕を最初から碧依だって分かってた。最初から僕を好きだって言ってくれてたんだ」

「え、じゃあ両思いじゃ……」

 僕は、首を横に振る。

「でもね、僕が本当のことを言わなかったせいで、大和を傷つけちゃったんだ。大和の想いにちゃんと向き合わなかったから。
 全部、僕の弱さのせい。人を傷つけたくなくて、自分も傷つきたくなくて、気持ちをうまく言葉にできなかった僕が、人を傷つけるなんてね」

 言いながら、自分の愚かさに喉の奥に苦いものが広がる。

「なら、全部話せば、大和は許してくれるんじゃないの? だって、二人とも好きなんじゃないか!」

「大和をだましてた僕を信じてって? もう、何も信じられないって言われた。あんな真っすぐだった大和に、そんなこと言わせちゃったんだ。僕の言うことなんて、聞けるはずないよ。それに、何より、大和を傷つけた僕自身が、自分を許せないんだ」

 無理して笑ってみせるけど、声は掠れ、震える。
 翼がさらに何か言おうとするけど、僕の目が赤いのに気づいたみたいで、それ以上は言ってこなかった。
 しばらくして、翼は俯いたままポツリと呟いた。

「碧依、我慢しないで、まだ泣いても良いんだよ」

 僕は、それに首を横に振る。

「心配かけてごめんね。泣きたいのは、傷ついた大和だよ。もう遅いから、翼も寝て。明日から大学始まるんだし、明日は早いんでしょ?」

 そう言って、自分の部屋へ戻った。
 僕の部屋は暗くて、ひんやりとしてた。
 その空気が、夏の終わりを告げてくる。
 明かりをつけて、ベッドに倒れ込む。
 リュックから星の砂の瓶とイルカのペンを取り出した。
 瓶を振ると、キラキラ輝いていた星の砂が、砕けてただの砂のように変わってた。
 階段から落とした衝撃で砕けてしまったんだ。

 傷ついたものは、もう元には戻らない。
 僕が大和につけた傷も、きっと。
 自分の罪深さに、胸がキュッと締め付けられる。
 これから、どうしたらいいんだろう。

 星の砂の瓶を握る。
 サラサラと鳴る音が、部屋に響いた。

 ふと、机の上のハサミが目に入る。
 冷たい金属が、月明かりに光る。
 手に取ると、ハサミの冷たさが伝わってくる。
 もう、逃げない。
 言い訳して、隠れて、大和を傷つけるくらいなら、僕が傷つくことを選ぶんだ。

 前髪を留めていたピンを取って、鏡の前に立つ。
 長い前髪が、視界を隠してる。
 子供の頃、翼と比べられて、いつも目を逸らしてた。

「翼君はいつもニコニコしてて元気で良い子よね、碧依君ももうちょっと笑うと良いんじゃない?」

 そんなことを言われる度に、「碧依の良さがわからないなんて」って、翼がいつも怒ってくれてた。
 翼の背中に隠れ、この前髪の陰に隠れて、どれだけ人から逃げてきたんだろう。


 ハサミを入れる。
 僕の癖のある前髪が、はらはらと床に落ちる。
 視界が開けた。
 初めてちゃんと「碧依」を見れた気がする。
 翼のフリもしていない。
 これが本当の僕なんだ。
 大きくて丸い目が自信なさげに揺れている。

「水瀬のその目で見つめられるとさ、見守られてる感じがするんだよな」

 大和の言葉が、ふっと胸に蘇る。
 心が、ほんの少し軽くなる。
 途端に、瞳が明るく煌めいた気がした。
 星の砂の瓶を握ると、砂も部屋の明かりに反射して、輝いているような気がしたんだ。
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