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24.閉ざされた瞳 後編
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バイトが終わると、二人で無言のまま近くの公園へ向かった。
この公園は、この一ヶ月、二人でたくさん話をした場所だった。
あの時の大和の笑顔が、まるで遠い昔のようだった。
月明かりが芝生に白い光を投げ、鈴虫の鳴き声が夏の終わりを告げる。
オレンジの街灯が、ペンキの剥げた古いベンチをやけに明るく照らしてた。
二人でベンチに並んで座ると、大和が小さくため息をついて、自分の髪をクシャリとつかむ。
それから、また沈黙が下りた。
大和が先に話をしたいと言ってたから、僕は黙ってそれを待った。
僕の白のスニーカーと大和の黒のスニーカーが並ぶ。
けれど、その距離はいつもより遠かった。
「お前、俺に嘘ついてたんだな」
突然、大和の声が月明かりに震える。
とうとう、僕が碧依だと分かってしまったんだ。
僕はそう思って、膝の上で両手を強く握りしめ、深く頭を下げる。
「ごめんなさい……」
「……やっぱりな」
大和が頭を抱え、ため息をつきながらポツリと呟いた。
「おかしいと思ったんだよ。俺と付き合ってることを内緒にしたいとか、みんなの前でよそよそしいとかさ。
昨日、店長とデートしてる水瀬を見たよ。
なんでよりによって、俺と行った映画館に行くんだよ。
俺とのデートなんて、水瀬には大したことなかったんだな。
あんな店長とベタベタくっついてさ。俺とは手を握るのだって、いつも俺からだったろ。キスしたとき、水瀬、泣いてたよな。
それに、店長と内緒話してるの、何度も気づいてた。俺の告白、受け入れてくれたのは何だったんだ? 俺のこと、弄んで楽しかったか?」
大和が話した内容は、僕が考えていたものと全然違ってた。
昨日、店長とデートしてたのは翼だ。
あの映画館のことは、翼には話してなかった。
もし話してたら、翼は気を遣って行かなかったはずだ。
だから、翼たちがそこにいたのは偶然なんだ。
でも、僕が翼のふりをして騙したのは本当。
きちんと説明しようと、僕は、頭を上げて、口を開いた。
「違う、大和のこと、弄んでなんかーー」
「何が違うんだよ」
大和の手が僕の口を覆う。
顔を上げると、大和の瞳は水族館で見たクラゲのように揺らいでた。
「その目。俺といるとき、不意に水瀬は悲しい目をしてた。ほんとに俺のこと好きだったらさ、俺といてそんな目するはずないだろ。お前の本当の気持ちは、口より目が正直なんだよ」
大和の声が、大きく震える。
その目は、もう僕を映していなかった。
僕は、痛む胸を押さえた。
シャツからは、絵の具の匂いがするけれど、僕や大和の痛みを和らげてはくれない。
「もういい。もう何聞いても、俺は水瀬のこと信じらんねえ。別れよう。いや、そもそも付き合ってたかも怪しいよな」
大和は、そっと僕のの口から手を外した。
その指先は、小さく震えている。
ベンチから立ち上がり、僕と向き合った。
「……碧依」
呼吸が止まった。
すべての音が消え、大和が呼んだ名前だけが、僕の頭に響く。
碧依。
初めて大和が、僕の名前を呼んだ。
そんな。まさか。
最初から、翼じゃなくて僕だと、気づいててくれたの?
「初めて会ったときから好きだった」
以前、大和が言った言葉だ。
これは、翼に向けた言葉じゃ無くて、碧依に向けた言葉だったなら、いつのことを言ってくれてたのだろうか?
大学で初めて会ったとき?
そんな、ろくに挨拶もできなかった僕を好きになってた?
そんなことあるのかな?
うろたえる僕を置いて、大和は話を続けた。
「ずっとこの名前で呼びたかった。
自分の名前が嫌いだなんて言って、俺には呼ばせてくれなかったのに、店長には二人きりの時には呼ばせてたんだろ。店長にしかその呼び方は許せなかったのか?」
違う。
誤解だよ。
僕は震える膝を叱咤し、ベンチから立ち上がった。
「まあ、今さらそんなこと聞いたって、もう関係ないよな」
「大和……」
やっとの思いで読んだ名前は、掠れて鈴虫の鳴き声に掻き消され、大和には届かなかった。
大和は、目尻を赤くし、眉を下げて笑う。
その表情は、今まで見たどんな顔よりも傷ついていた。
「もう、さよならだ。明日から大学が始まるけど、俺から話しかけないから。今までつきまとって、悪かったな」
大和の言葉が、胸に突き刺さる 。
大和は、ずっと、僕のこと好きでいてくれたんだ。
告白してくれたあのとき。
もし僕が勇気を出して本当のことを伝えていたら……。
そんなこと、今さら思っても遅い。
僕は大和に不誠実だった。
僕の弱さが、大和をずっと傷つけてきた。
それなのに、大和はいつも笑顔で、僕に好きだと言い続けてくれた。
その言葉、態度、瞳。
すべてが僕に向けられていたのに、僕は自分で結論づけて、大和の「好き」を否定し続けた。
全部、自業自得だ。
ポケットの星の砂とイルカのペンが、冷たく感じる。
言葉が喉に詰まる。
大和の目は閉じ、まつ毛が震えている。
そのまま後ろを振り向き、僕から離れていった。
「大和、ごめん……ごめんなさい」
その声は大和に届いただろうか。
振り返らず、大和は公園の闇に消えた。
月明かりの下、僕の影だけがぽつんと残された。
僕は力なくベンチに座り込む。
涙が落ち、それが青いシャツに染み込んだ。
深い海の底のような暗い青がどんどんと広がる。
声もなくそれを見つめていると、鈴虫の鳴き声が僕を包み、ずっと響いていた。
この公園は、この一ヶ月、二人でたくさん話をした場所だった。
あの時の大和の笑顔が、まるで遠い昔のようだった。
月明かりが芝生に白い光を投げ、鈴虫の鳴き声が夏の終わりを告げる。
オレンジの街灯が、ペンキの剥げた古いベンチをやけに明るく照らしてた。
二人でベンチに並んで座ると、大和が小さくため息をついて、自分の髪をクシャリとつかむ。
それから、また沈黙が下りた。
大和が先に話をしたいと言ってたから、僕は黙ってそれを待った。
僕の白のスニーカーと大和の黒のスニーカーが並ぶ。
けれど、その距離はいつもより遠かった。
「お前、俺に嘘ついてたんだな」
突然、大和の声が月明かりに震える。
とうとう、僕が碧依だと分かってしまったんだ。
僕はそう思って、膝の上で両手を強く握りしめ、深く頭を下げる。
「ごめんなさい……」
「……やっぱりな」
大和が頭を抱え、ため息をつきながらポツリと呟いた。
「おかしいと思ったんだよ。俺と付き合ってることを内緒にしたいとか、みんなの前でよそよそしいとかさ。
昨日、店長とデートしてる水瀬を見たよ。
なんでよりによって、俺と行った映画館に行くんだよ。
俺とのデートなんて、水瀬には大したことなかったんだな。
あんな店長とベタベタくっついてさ。俺とは手を握るのだって、いつも俺からだったろ。キスしたとき、水瀬、泣いてたよな。
それに、店長と内緒話してるの、何度も気づいてた。俺の告白、受け入れてくれたのは何だったんだ? 俺のこと、弄んで楽しかったか?」
大和が話した内容は、僕が考えていたものと全然違ってた。
昨日、店長とデートしてたのは翼だ。
あの映画館のことは、翼には話してなかった。
もし話してたら、翼は気を遣って行かなかったはずだ。
だから、翼たちがそこにいたのは偶然なんだ。
でも、僕が翼のふりをして騙したのは本当。
きちんと説明しようと、僕は、頭を上げて、口を開いた。
「違う、大和のこと、弄んでなんかーー」
「何が違うんだよ」
大和の手が僕の口を覆う。
顔を上げると、大和の瞳は水族館で見たクラゲのように揺らいでた。
「その目。俺といるとき、不意に水瀬は悲しい目をしてた。ほんとに俺のこと好きだったらさ、俺といてそんな目するはずないだろ。お前の本当の気持ちは、口より目が正直なんだよ」
大和の声が、大きく震える。
その目は、もう僕を映していなかった。
僕は、痛む胸を押さえた。
シャツからは、絵の具の匂いがするけれど、僕や大和の痛みを和らげてはくれない。
「もういい。もう何聞いても、俺は水瀬のこと信じらんねえ。別れよう。いや、そもそも付き合ってたかも怪しいよな」
大和は、そっと僕のの口から手を外した。
その指先は、小さく震えている。
ベンチから立ち上がり、僕と向き合った。
「……碧依」
呼吸が止まった。
すべての音が消え、大和が呼んだ名前だけが、僕の頭に響く。
碧依。
初めて大和が、僕の名前を呼んだ。
そんな。まさか。
最初から、翼じゃなくて僕だと、気づいててくれたの?
「初めて会ったときから好きだった」
以前、大和が言った言葉だ。
これは、翼に向けた言葉じゃ無くて、碧依に向けた言葉だったなら、いつのことを言ってくれてたのだろうか?
大学で初めて会ったとき?
そんな、ろくに挨拶もできなかった僕を好きになってた?
そんなことあるのかな?
うろたえる僕を置いて、大和は話を続けた。
「ずっとこの名前で呼びたかった。
自分の名前が嫌いだなんて言って、俺には呼ばせてくれなかったのに、店長には二人きりの時には呼ばせてたんだろ。店長にしかその呼び方は許せなかったのか?」
違う。
誤解だよ。
僕は震える膝を叱咤し、ベンチから立ち上がった。
「まあ、今さらそんなこと聞いたって、もう関係ないよな」
「大和……」
やっとの思いで読んだ名前は、掠れて鈴虫の鳴き声に掻き消され、大和には届かなかった。
大和は、目尻を赤くし、眉を下げて笑う。
その表情は、今まで見たどんな顔よりも傷ついていた。
「もう、さよならだ。明日から大学が始まるけど、俺から話しかけないから。今までつきまとって、悪かったな」
大和の言葉が、胸に突き刺さる 。
大和は、ずっと、僕のこと好きでいてくれたんだ。
告白してくれたあのとき。
もし僕が勇気を出して本当のことを伝えていたら……。
そんなこと、今さら思っても遅い。
僕は大和に不誠実だった。
僕の弱さが、大和をずっと傷つけてきた。
それなのに、大和はいつも笑顔で、僕に好きだと言い続けてくれた。
その言葉、態度、瞳。
すべてが僕に向けられていたのに、僕は自分で結論づけて、大和の「好き」を否定し続けた。
全部、自業自得だ。
ポケットの星の砂とイルカのペンが、冷たく感じる。
言葉が喉に詰まる。
大和の目は閉じ、まつ毛が震えている。
そのまま後ろを振り向き、僕から離れていった。
「大和、ごめん……ごめんなさい」
その声は大和に届いただろうか。
振り返らず、大和は公園の闇に消えた。
月明かりの下、僕の影だけがぽつんと残された。
僕は力なくベンチに座り込む。
涙が落ち、それが青いシャツに染み込んだ。
深い海の底のような暗い青がどんどんと広がる。
声もなくそれを見つめていると、鈴虫の鳴き声が僕を包み、ずっと響いていた。
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