【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

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26.開けた視界

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 翌朝、部屋に差し込む陽光が、星砂の瓶とイルカのペンを照らしてる。
 僕は、鏡の前でまだ慣れない自分の姿を見つめた。
 ガタガタに切った前髪が、視界を広く開いてくれるけど、どこか心もむき出しになった気がして、落ち着かなかった。
 机の上の星の砂の瓶が、朝日を浴びてキラリと光る。
 砕けた砂なのに、大和との思い出はまだそこにあると、主張しているようだった。

 リビングに出ると、翼が朝食のパンをかじりながら、スケッチブックに鉛筆を走らせてた。
 顔を上げた瞬間、翼の目が大きく見開く。

「碧依、髪……!?」 

 驚いた声が、静かな朝に響く。
 僕は何といってよいか分からず、笑って誤魔化そうとした。
 そんな僕に、翼は何も言わず、ハサミを持ってくる。

「ちょっと座って。揃えてあげる」

 優しい声に、子供の頃、僕が転んで膝を擦りむいたとき、翼は黙って絆創膏を貼ってくれたのを思い出した。
 翼の手が、丁寧に前髪を整える。
 その温もりに、胸がじんわり温かくなる。

「ありがと、翼」

  小さく呟くと、翼は「似合ってるよ」とだけ言って、美大へと向かっていった。


 大学に向かう道すがら、秋の風が頬を撫でる。
 キャンパスの門をくぐると、知り合いの学生たちがざわついた。

「水瀬くん、髪切った? 雰囲気変わったね!」
「なんか、カッコよくなった!」
 笑い声が飛び交う中、視界の端で大和の姿が揺れる。
 教室の窓際、青いシャツの肩が少し動いた。
 目が合う。
 驚いたような大和の目が僕を映す。
 すぐに逸らされて、イヤーカフが陽光に反射し、まるで僕を拒むように光った。

「何も信じられない」

 昨夜の大和の曇った目が、頭をよぎる。
 ポケットの中のイルカのペンと星砂に触れて、震える指先を落ち着けたんだ。

 ゼミでは、グループ毎に一冊の本の分析する課題が始まった。
 僕は、自分でも驚くほど積極的に案を出せた。

「この文章、こう分析したら面白いかも」

  隣の学生が首を振る。

「それ、当時の価値観と照らし合わせたら、ちょっとおかしくない?」

  以前なら、そこで言葉を飲み込んでいただろう。
 でも、僕は笑って答えた。

「そっか、ありがとう。じゃあ、もう少し庶民の文化を調べてみて、考えたほうがいいよね」

 その言葉に、他のゼミ生の意見も活発になった。
 自分の意見を言うことって、別に悪いことじゃない。
 そう教えてくれたのは、大和だった。

「水瀬は、何したい?」
「水瀬、これはどう思う?」

 大和は、そうやっていつも僕の意見を聞いてくれた。

 花火の夜、焼きそばを分け合って「水瀬の好きなもの、知れて嬉しい」って、笑ってくれた。
 映画館で「水瀬って、ホラー好きなんだ。すげえ。俺、一人だと避けてたけど、水瀬と一緒なら観てみたい。今度、ホラーにしようぜ!」って、キラキラした目で言ってくれた。
 水族館では、「今まで大きい魚の迫力にばっかり目が行きがちだったんだけど、水瀬の話聞いてると、小さい魚もかわいいな」って優しい目で呟いてた。

 大和は、僕が意見を言いやすいように、いつもそっと聞いてくれてた。
 自分の意見も言うけど、それを押し付けたりしない。
 そのさり気ない優しさが嬉しくて、僕も真似したいって、自然に思えたんだ。

 今までの僕は、意見なんて言えなかった。
 周りに察してもらうしか、気持ちを伝える方法を知らなかった。
 それって、なんて不親切だったんだろう。
 大和の笑顔が、変えてくれた。
 そばにいるだけでいいなんて、最初から無理だったんだ。
 こんな風に、ますます大和が好きになるに決まってた。
 でも、僕はずっと、大和に何も返せなかった。
 大和にとって、僕との時間は無駄だったかもしれない。
 そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。

 教室の反対側を見ると、大和がグループの仲間と笑顔で話している。
 同じゼミなのに、大和が話しかけてこないと、まるで接点がない。
 グループ課別課題も別々だから、なおさらだ。

 大和が時折、遠くから僕を見つめる視線に気づく。
 その目に、どんな気持ちが隠れてるのか、まだ分からない。
 秋の乾いた風が教室に吹き込み、僕の前髪を揺らす。
 そこには、もう夏の面影は感じられなかったんだ。

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