【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

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31.青いシャツの誤解(大和side)

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 大学に入って東京に来たとき、俺の心はあの海辺に戻った。
 思い出の海は、都外だけど電車で日帰りで行ける距離になっていた。
 また行きたいって思ってた矢先、大学で水瀬を見た。
 一目で分かった。
 あの少年だ。
 キラキラした目で「素敵な人になるよ」って言ってくれた、あの少年だった。
 すげえ嬉しくて、話しかけてみたかったけど、碧依は俺が近づくと、そそくさといなくなる。
 俺の周りには、常に人がいて、賑やかな集団が苦手そうな碧依は、目も合わせずに離れていく。
 あの様子だと、俺の顔なんて見ていない気がした。
 なんとか一人のときに話しかけたかったけど、碧依とは授業があまり被らなくて、機会がなかった。
 遠くから見かける碧依は、あの海辺のキラキラした輝きをどこかに隠して、なんだか寂しげだった。
 どうしたんだ?
 あんなに明るく笑ってた碧依はどこに行っちまったんだ?
 ずっと気になって、目で追わずにはいられなかった。
 同じゼミ生になれたときは、ほんと心臓が跳ねたよ。
 初めてのフリして、すげえ話しかけた。
 あのときの粋がってた自分を思い出すと、なんかカッコ悪くて、俺から「あの時の少年は水瀬だろ?」なんて聞けなかった。
 水瀬も、俺のことなんか覚えてなさそうだった。
 バイト先で碧依に再会したときは、運命としか思えなかった。
 今でも覚えてる。
 一日目は、水瀬にどことなくにていて、苗字が同じ「水瀬翼」って奴が俺の指導をしてくれた。
 前に碧依が「兄がいる」って言ってたから、こいつが碧依の兄なのかな、とは思った。
 二日目に碧依と働けたとき、あの海辺の少年みたいな、優しくて明るい笑顔がそこにはあった。
 でも、俺が話しかけると碧依は少し緊張したみたいだった。
 それでも、だんだん会話も弾むようになって、俺、すげえ幸せだった。
 でも、気になることがあった。
 バイト先で碧依が店長とコソコソ話してるときの、悲しそうな目。
 かと思うと、顔を赤らめ、潤んだ瞳で店長を見ている。
 噂で、碧依が店長と付き合ってるって聞いた。
 店長が好きだけど、うまくいってないのか?
 俺なら、碧依を絶対幸せにするのに。
 そう思ったら、いてもたってもいられなくて、告白した。
 「初めて会った時から、好きだった」って、つい強調しちまった。
 あの海辺での感謝と、俺たちが運命だって気持ちを、それとなく伝えたかったんだ。
 碧依が告白に応えてくれて、俺、すげえ幸せだった。
 店長との関係や、時折見せる寂しげな目は気になったけど、碧依とデートできるだけで、胸が熱くなった。
 花火大会の時、星の砂を渡そうと思って持ってきてた。
 けれど、あの海での出会いを忘れてる碧依からしたら、こんな小さなプレゼントなんて、戸惑うだけかもしれない。
 そう思うと、渡すのに躊躇した。
 射的の屋台を見つけた時、これだ!って思った。
 射的の景品として、渡したんだ。
 碧依はびっくりした顔をしてから、笑顔で受け取ってくれた。

「ずっと大切にする。ありがと」

 碧依が星の砂を抱きしめて笑った顔は、花火なんかよりずっと輝いてて、すげえ綺麗だった。
 胸がドキドキして、時間が止まったみたいだった。


 思い出の海に一緒に行ったとき、碧依はこの海で「大切な出会いがあったんだ」って言ってくれた。
 あの少年が俺だとはわからないままでも、碧依にとってもあの海が特別だったことが、なんか嬉しかった。

「この海でね、少年から犬を譲ってもらったんだ」

 碧依は嬉しそうに笑った。

「その犬、今はどうしてるんだ?」

「クロって名前を付けたんだ。今は実家で暮らしてる。すっごく元気で甘えん坊なんだよ。僕が帰ると、しっぽ振って出迎えてくれるんだ」

 良かったな。
 あの黒い犬は、幸せそうだ。
 俺は顔が緩んだ。
 

 初めてキスしたとき、俺、浮かれてた。
 すげえ幸せで、碧依もそうだったら良いなって思って、碧依を見たんだ。
 今なら、「碧依」って呼んでもいいかな?なんてバカなことも考えていた。
 でも、碧依の目は揺れていた。。
 泣いてたのかもしれない。
 俺は冷水を浴びたみたいに、胸が苦しくなった。
 浮かれた気持ちはあっという間に沈んでしまった。
 その後、バイト先の店長と鉢合わせしたとき、碧依がすげえ落ち込んでたのを見て、ショックだった。
 店長が他の人とデートしてるのがそんなにショックだったのかよ。
 不安が頭をよぎる中、数日後に映画館で碧依と店長を見ちまった。
 あの青いシャツ。
 水瀬がバイトでよく着てた、俺も好きな服だ。
 それを着た碧依が、店長とすげえ近い距離で歩いてた。
 遠くからじゃ表情は分からない。
 でも、なんか、楽しそうに見えた。

 あの映画館は、俺にとって特別な場所だった。
 水瀬が「如月くんが好きなもの知りたい」って言ってくれたから、連れてったんだ。
 友達にも教えてない、俺の息抜きの場所なのに。
 碧依が店長に教えるなんて、思ってもみなかった。
 最後にチラッと見えた水瀬の顔は、すげえ明るい笑顔だった。
 俺には最近そんな笑顔、見せてくれない。
 時々、ほんのちょっと悲しそうな顔が覗くんだ。

 俺じゃダメなのか。
 水瀬の幸せを、俺が邪魔してるんじゃないか。

 そんな考えが頭をぐるぐる回って、胸が締め付けられた。



 次の日、水瀬から「話がある」って言われた。
 バイト終わりに二人で話すことになった。
 俺は、水族館の翌日に聞いてしまった、店長と水瀬の会話が頭から離れなかった。

「……如月くん……、ぼくたちの関係……話そうと……」

「……碧依君……」

 途切れ途切れだったけど、その言葉だけはハッキリ響いた。
 俺には名前で呼ばせてくれないのに、店長には「碧依君」って呼ばせてた。
 「僕たちの関係」って何だ?
 やっぱり恋人同士だったのか?
 俺の告白を受け入れたのは、俺がウロチョロして面倒だったから、適当に合わせてただけなのか?

 今日で俺のバイトも終わる。
 最後に全部話して、終わらせようってことなのか?

 ああ、もう俺のちっぽけな希望も、全部砕けちまった。
 心が苦しくて、息ができなかった。
 だから、碧依が話を振る前に、俺から終わらせた。

「俺は水瀬のこと信じらんねえ。別れよう。……碧依。ずっとこの名前で呼びたかった。もう、さよならだ。明日からは俺から話しかけないから。今までつきまとって、悪かった」

 声が震えたけど、なんとか絞り出した。
 水瀬の幸せのためだと思ったから。
 あの少年の笑顔が、いつまでも忘れられなかった。

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