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30.犬と少年 後編(大和side)
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そんなとき、道端でガリガリに痩せた黒い犬を拾った。
母さんが昔、犬が大好きだったことを思い出した。
父さんが元気だった頃、うちには犬がいた。
黒い毛の、ちっちゃい犬。
あの頃の母さんの笑顔が、頭に焼き付いてた。
もしこの犬を連れて帰ったら、疲れてる母さんの慰めになるんじゃないかって思ったんだ。
家に連れて帰ったけど、母さんの顔は曇った。
兄貴からは笑われた。
「バーカ。誰が面倒見るんだよ」
「俺が見るから、大丈夫だ」
犬を抱きしめながら俺がそう言うと、兄貴はため息をつく。
「犬の餌代だってばかにならねえぞ。これ以上負担増やしてどうする」
兄貴の言葉が、胸に突き刺さった。
俺は、考えが浅いんだ。
何をしても裏目に出る。
どうしたらいいんだよ。
胸が締め付けられて、いてもたってもいられなかった。
犬を飼ってくれる人を見つけるため、家族で行った思い出の海へ向かった。
あの海なら、たくさんひとが来てるから、きっと誰かがこの犬を引き取ってくれると思ったんだ。
けど、海は思ったより遠くて、チャリで必死に漕いで、着いた頃には夕方になっていた。
砂浜には人がまばらで、犬を預かってくれる人なんて見つかりそうもない。
途方に暮れて海を睨みつけてると、波の音に混じって声が聞こえた。
「どうしたの?……もしかして、迷子?」
振り返ると、俺より少し背の高い少年が立っていた。
キラキラした目で、少し心配そうに俺を見てた。
後で知ったけど、それが碧依だった。
「違う!」
イライラが爆発して、余計きつく言い返していた。
年下に間違われた気がして、余計腹が立った。
今から思えば、小さい体で、犬を抱えて立ち尽くしてるんだから、幼く見えたっておかしくない。
碧依の勘違いは仕方なかった。
「違ったんだ。ごめんね。あ、犬かわいい。その子、なんて名前なの?」
少年は全然気にせず、ニコッと笑って犬の頭を撫でた。
黒い毛が夕陽でキラキラひかる。
犬を撫でる少年も、俺には眩しく見えた。
「俺の犬じゃねえよ。拾ったけど、戻してこいって言われちまった」
ポロッと本音が漏れた。
「そうなんだ。悲しいね」
まるで自分のことみたいに辛そうな顔をする少年を見て、俺は驚いた。
なんでこんな知らない奴が、俺のこと気にするんだよ?
でも、何だかその目を見たら、胸が詰まって、つい全部話してしまった。
「父さんが入院してて、母さんは病院とパートでヘトヘトなんだ。兄貴はバイトで家を支えてるのに、俺は何もできねえ。この犬、母さんが喜ぶかなって連れて帰ったのに、飼う余裕ないって叱られてさ。海なら誰か引き取ってくれるかと思ったけど、こんな時間じゃ誰もいねえよ」
少年は黙って聞いて、波の音に合わせて小さく頷いた。
夕陽が少年の髪を赤く染めて、なんか、キラキラして見えた。
「君、すっごく優しいね」
「は? 優しい? 俺、失敗ばっかだぞ。空回りして、みんなに迷惑かけてるだけだ」
少年は首を振って、キラキラした目を少し細めた。
「空回りなんて思わないよ。だって、君、この犬のためにわざわざ遠くまで来たんでしょ? それって、誰にでもできることじゃない。こんな優しいんだもん。その優しさ、絶対お母さんやお兄さんに伝わってると思うよ」
俺は言葉に詰まった。
誰もそんなこと言ってくれなかった。
「お前はいいから」って突き放されてたのに、この少年は俺のダメなところを、「優しい」って言い換えてくれた。
「でもさ、俺、早く大人になりてえよ。こんなんじゃ、誰も助けられねえ」
少年はちょっと笑って、砂浜にしゃがんだ。
波が寄せる中、キラリと光る小さな貝殻を拾い上げた。
「大人になるの、急がなくていいんじゃない? 君なら、絶対素敵な人になるよ。焦らなくても、君の優しさはもうちゃんとあるんだから。ね、外見なんかじゃなく、君の中にあるよ」
その言葉が、胸の奥にスッと染みてきた。
誰もそんなこと言ってくれなかった。
いつも俺は失敗ばかりしてため息をつかれてばっかりだったのに、この少年は俺の焦りを、ちゃんと見ててくれた。
少年が貝殻を差し出してきた。
夕陽に照らされたその指先が、赤く染まって見える。
「これ、星みたいでしょ? お守りにして持ってて。星の砂なら、幸せになれるって言うけど、この海にはないから。この貝殻、きっと君のこと守ってくれるよ。きっと君の家族のことも守ってくれる」
俺は貝殻を受け取って、なんか照れちまって、「……バカ、子供っぽいな」って呟いた。
でも、貝殻を握りながら、胸がじんわり熱くなって、肩の力が抜けた。
父さんが入院してから初めて、息ができた気がした。ポケットに貝殻をしまったとき、そいつの笑顔ごと閉じ込めたみたいだった。
「ねえ、この犬、僕が飼ってもいいかな? うち、みんな犬が大好きなんだ」
少年がニコッと笑って、犬の頭をまた撫でた。
俺、なんかホッとして、つい笑っちまった。
「マジ? ……サンキュ」
夕陽が海を赤く染めて、遠くでカモメが鳴いてた。
それから、犬と少年が家族と車に乗るのを見送り、またチャリに乗って家に帰った。
着く頃にはとっくに日が暮れて、遅い時間になってた。
母さんと兄貴にはすげえ怒られたけど、俺の気持ちは晴れ晴れしてた。
あの少年のキラキラした目が、頭から離れなかった。
それから、俺は背伸びするのをやめた。
難しい料理は挑戦しない。
簡単な味付け肉を焼いたり、ご飯を炊いたり。
洗濯も、分からないことは母さんに聞いてからやるようにした。
髪の色も戻して、ピアスの穴を開けようとしてたのもやめた。
見た目ばっかり背伸びしても、意味ないって分かったから。
焦らずに、できることを少しずつ増やした。
目標が決まると、周りも認めてくれるようになった。
兄貴からは「お前、大人になったな」って言われて、頼られることが増えた。
半年後、父さんの病気も治って、昔みたいな生活が戻ってきた。
俺もあれからぐんぐんと背が伸び、中学三年生には、体格もがっしりとして、二年の頃の面影はなくなっていた。
あの少年に出会ってから、全部が上手くいくようになったんだ。
今の俺は幸せだと思う。
でも、あのときの少年に会いたくて仕方なくて、時々あの海に行ったけど、会えなかった。
一年後、家族で引っ越して、その海に行くこともできなくなった。
あの貝殻はずっと持ってる。
今も、俺の部屋に大切に飾られてるんだ。
元気が出ない時、それをいつも眺めてた。
俺の大切な宝物だったんだ。
母さんが昔、犬が大好きだったことを思い出した。
父さんが元気だった頃、うちには犬がいた。
黒い毛の、ちっちゃい犬。
あの頃の母さんの笑顔が、頭に焼き付いてた。
もしこの犬を連れて帰ったら、疲れてる母さんの慰めになるんじゃないかって思ったんだ。
家に連れて帰ったけど、母さんの顔は曇った。
兄貴からは笑われた。
「バーカ。誰が面倒見るんだよ」
「俺が見るから、大丈夫だ」
犬を抱きしめながら俺がそう言うと、兄貴はため息をつく。
「犬の餌代だってばかにならねえぞ。これ以上負担増やしてどうする」
兄貴の言葉が、胸に突き刺さった。
俺は、考えが浅いんだ。
何をしても裏目に出る。
どうしたらいいんだよ。
胸が締め付けられて、いてもたってもいられなかった。
犬を飼ってくれる人を見つけるため、家族で行った思い出の海へ向かった。
あの海なら、たくさんひとが来てるから、きっと誰かがこの犬を引き取ってくれると思ったんだ。
けど、海は思ったより遠くて、チャリで必死に漕いで、着いた頃には夕方になっていた。
砂浜には人がまばらで、犬を預かってくれる人なんて見つかりそうもない。
途方に暮れて海を睨みつけてると、波の音に混じって声が聞こえた。
「どうしたの?……もしかして、迷子?」
振り返ると、俺より少し背の高い少年が立っていた。
キラキラした目で、少し心配そうに俺を見てた。
後で知ったけど、それが碧依だった。
「違う!」
イライラが爆発して、余計きつく言い返していた。
年下に間違われた気がして、余計腹が立った。
今から思えば、小さい体で、犬を抱えて立ち尽くしてるんだから、幼く見えたっておかしくない。
碧依の勘違いは仕方なかった。
「違ったんだ。ごめんね。あ、犬かわいい。その子、なんて名前なの?」
少年は全然気にせず、ニコッと笑って犬の頭を撫でた。
黒い毛が夕陽でキラキラひかる。
犬を撫でる少年も、俺には眩しく見えた。
「俺の犬じゃねえよ。拾ったけど、戻してこいって言われちまった」
ポロッと本音が漏れた。
「そうなんだ。悲しいね」
まるで自分のことみたいに辛そうな顔をする少年を見て、俺は驚いた。
なんでこんな知らない奴が、俺のこと気にするんだよ?
でも、何だかその目を見たら、胸が詰まって、つい全部話してしまった。
「父さんが入院してて、母さんは病院とパートでヘトヘトなんだ。兄貴はバイトで家を支えてるのに、俺は何もできねえ。この犬、母さんが喜ぶかなって連れて帰ったのに、飼う余裕ないって叱られてさ。海なら誰か引き取ってくれるかと思ったけど、こんな時間じゃ誰もいねえよ」
少年は黙って聞いて、波の音に合わせて小さく頷いた。
夕陽が少年の髪を赤く染めて、なんか、キラキラして見えた。
「君、すっごく優しいね」
「は? 優しい? 俺、失敗ばっかだぞ。空回りして、みんなに迷惑かけてるだけだ」
少年は首を振って、キラキラした目を少し細めた。
「空回りなんて思わないよ。だって、君、この犬のためにわざわざ遠くまで来たんでしょ? それって、誰にでもできることじゃない。こんな優しいんだもん。その優しさ、絶対お母さんやお兄さんに伝わってると思うよ」
俺は言葉に詰まった。
誰もそんなこと言ってくれなかった。
「お前はいいから」って突き放されてたのに、この少年は俺のダメなところを、「優しい」って言い換えてくれた。
「でもさ、俺、早く大人になりてえよ。こんなんじゃ、誰も助けられねえ」
少年はちょっと笑って、砂浜にしゃがんだ。
波が寄せる中、キラリと光る小さな貝殻を拾い上げた。
「大人になるの、急がなくていいんじゃない? 君なら、絶対素敵な人になるよ。焦らなくても、君の優しさはもうちゃんとあるんだから。ね、外見なんかじゃなく、君の中にあるよ」
その言葉が、胸の奥にスッと染みてきた。
誰もそんなこと言ってくれなかった。
いつも俺は失敗ばかりしてため息をつかれてばっかりだったのに、この少年は俺の焦りを、ちゃんと見ててくれた。
少年が貝殻を差し出してきた。
夕陽に照らされたその指先が、赤く染まって見える。
「これ、星みたいでしょ? お守りにして持ってて。星の砂なら、幸せになれるって言うけど、この海にはないから。この貝殻、きっと君のこと守ってくれるよ。きっと君の家族のことも守ってくれる」
俺は貝殻を受け取って、なんか照れちまって、「……バカ、子供っぽいな」って呟いた。
でも、貝殻を握りながら、胸がじんわり熱くなって、肩の力が抜けた。
父さんが入院してから初めて、息ができた気がした。ポケットに貝殻をしまったとき、そいつの笑顔ごと閉じ込めたみたいだった。
「ねえ、この犬、僕が飼ってもいいかな? うち、みんな犬が大好きなんだ」
少年がニコッと笑って、犬の頭をまた撫でた。
俺、なんかホッとして、つい笑っちまった。
「マジ? ……サンキュ」
夕陽が海を赤く染めて、遠くでカモメが鳴いてた。
それから、犬と少年が家族と車に乗るのを見送り、またチャリに乗って家に帰った。
着く頃にはとっくに日が暮れて、遅い時間になってた。
母さんと兄貴にはすげえ怒られたけど、俺の気持ちは晴れ晴れしてた。
あの少年のキラキラした目が、頭から離れなかった。
それから、俺は背伸びするのをやめた。
難しい料理は挑戦しない。
簡単な味付け肉を焼いたり、ご飯を炊いたり。
洗濯も、分からないことは母さんに聞いてからやるようにした。
髪の色も戻して、ピアスの穴を開けようとしてたのもやめた。
見た目ばっかり背伸びしても、意味ないって分かったから。
焦らずに、できることを少しずつ増やした。
目標が決まると、周りも認めてくれるようになった。
兄貴からは「お前、大人になったな」って言われて、頼られることが増えた。
半年後、父さんの病気も治って、昔みたいな生活が戻ってきた。
俺もあれからぐんぐんと背が伸び、中学三年生には、体格もがっしりとして、二年の頃の面影はなくなっていた。
あの少年に出会ってから、全部が上手くいくようになったんだ。
今の俺は幸せだと思う。
でも、あのときの少年に会いたくて仕方なくて、時々あの海に行ったけど、会えなかった。
一年後、家族で引っ越して、その海に行くこともできなくなった。
あの貝殻はずっと持ってる。
今も、俺の部屋に大切に飾られてるんだ。
元気が出ない時、それをいつも眺めてた。
俺の大切な宝物だったんだ。
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