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第四章
大切な人だから(2)
しおりを挟む仁寿の身支度が終わると、二人はラウレラの贅沢な朝食をお腹いっぱい食べてビジネスホテルへ戻った。ビジネスホテルに到着したのは、八時半。フロントで洋装店の人が届けてくれた服を受け取って、彩はスマートフォンで道路の混雑状況を確認した。仁寿のいったとおり、休日だから混雑はしていないようだ。
「それでは、九時十分にここで」
待ち合わせの時間を決めて、それぞれの部屋に行く。彩は仕事用のメイクをしてスーツに着替えると、急いで荷物を整理した。二泊三日の荷物が入るサイズのキャリーケースに、たたんだカクテルドレスと襟にブリリアントストーンが輝くチェスターコートを入れる。その瞬間、昨夜のことを思い出して手が止まった。
――幸せな夜だったなぁ。
本当に夢のような時間だった。大事にしよう、と彩は思う。ドレスと靴、コート。それから……。
「仁寿さん」
魔法の言葉みたいに彼の名前を口にすると、今日も元気に頑張れそうな気がする。
彩は、よしと気合いを入れてキャリーケースを閉めると、時間を見て仁寿と待ち合わせているロビーへ向かった。
彩が待っていると、時間ぴったりに仁寿があらわれた。仕事用の黒いスーツにネクタイ、それにステンカラーのコート。昨夜とは雰囲気が違う、シックな装いだ。
「あれ、今日はメガネなんですね」
「うん。コンタクトを入れたら目が痛くてさ」
「大丈夫ですか?」
「ただの寝不足だから平気」
「眠れなかったんですか?」
「あ、そうじゃなくて。目の調子は悪いけど、心身ともにこれ以上ないくらいベストコンディションだから心配しないで」
「……はぁ。それならいいですけれど」
「時間だね。行こうか」
「はい、そうですね」
彩は、仁寿から部屋のカードキーを受け取ってカウンターへ行き、チェックアウトの手続きをする。手荷物は夕方まで預かってくれるというので、ロッカーは利用せず、仁寿のキャリーケースと一緒にフロントにお願いした。
「先生。USB、ちゃんと持って来ましたか?」
「バッグに入れてるよ」
「プレゼン、大丈夫ですか?」
「篠田先生に指摘された箇所は資料を差し替えたし、内容もちゃんと頭に入ってるから大丈夫」
「さすがですね」
彩が言うと、仁寿がふふっと笑った。
「どうしました?」
「彩さんが、すっかり仕事モードだから」
「もちろんです。今日は、大事な研修医が有意義な振り返りをできるように、しっかりサポートさせていただきます」
「よろしくお願いします、秘書さん」
予約していたタクシーに乗り込んで、F大の近くにある病院を目指す。
「あ、そうだ。帰りにマカロンが有名な、あのお菓子屋さんに寄ってもいいですか? 由香にお土産を買いたくて」
「いいよ。僕も久しぶりだから、買って帰ろうかな」
研修医会には、五つの病院から総勢十二人の研修医と数名の指導医が参加する。研修医が一人ずつ症例をプレゼンして、それについて指導医からの指摘やアドバイス、他の研修医との意見交換があるから、昼食をはさんで午後三時過ぎまで会議室に缶詰だ。
彩は、研修医会の記録を取りながら、他の病院の臨床研修担当の事務員と研修プログラムについて確認したり、研修医の動向を聞き取ったりと余念がない。今日の事務メンバーは顔見知りばかりで、他では聞けない踏み込んだ質問も可能だ。さらに、休憩時間は他院の指導医に積極的に話しかけて、研修における問題点などを聞いて回る。
仁寿はというと、参加している他の研修医と親しげに研修の様子などを話していた。聞いたところ、参加している研修医のほとんどが大学の同級生だという。どうりで、和気藹々として仲がいいわけだ。途中から彩もその輪に入れてもらって、研修医たちの貴重な意見などを聞かせてもらった。
研修医会のあとは市内の料亭で懇親会があるのだが、仁寿と彩は帰路三時間半の遠地から来ているので、それには参加せず、丁重な挨拶を済ませて会場をあとにする。
F大の近くにある菓子店で思い出のマカロンを買い、ビジネスホテルでキャリーケースを受け取って、タクシーで新幹線の駅に向かう。まだ夕方五時前だが、外はしんしんと冷えて薄暗くなっていた。
駅でご当地の食材が目を引くお弁当を買って、新幹線に乗る。席は、彩が窓際で、仁寿が通路側だ。
新幹線が発車すると、二人は温かいうちにお弁当を食べ、デザートのマカロンに舌鼓をうった。旬を迎えた、全国的にも有名な苺のマカロン。この一口サイズのお菓子には、言葉にできないおいしさと幸せ、そして思い出がぎゅっと詰まっている。
「おいしいね」
仁寿が、二個目のマカロンを頬張る。
「仁寿さん、いつも季節限定の味を買って来てくれましたよね」
「彩さんの喜ぶ顔が見たかったんだ。覚えていてくれたんだね、嬉しいなぁ」
忘れるわけがない。年に数回しか会わないのに、大学生の仁寿がどんな気持ちでマカロンを買っていたのか。それを知った今、心まで甘い気持ちで満たされる。
「ところで仁寿さん、目は大丈夫ですか?」
「あ、うん。まぁ、裸眼でも日常生活は問題ないんだけどね」
「……え?」
彩は耳を疑った。
――ちょっと待って。かっ、体を洗ってもらったとき、コンタクトをはずしているからよく見えてないって言ってなかった?!
顔がかっと熱くなって、すぐに血の気が引く。
「どうかした?」
「い、いえ。なんでもありません!」
彩は、恥ずかしさをまぎらわすように、バッグから折りたたまれたA3サイズの紙を取り出した。表計算ソフトで作られた、医師の勤務表を印刷したものだ。
「なに、それ?」
仁寿が隣から、彩の手元を覗き込む。
「先生たちの勤務表です。時間があるので、来月の当直と日直を組もうと思って」
「仕事熱心だね、彩さんは。でもそれは、医局長がするものじゃないの?」
「はい。でも、篠田先生は忙しいから代わりにわたしがやってます……って、これは内緒ですよ?」
「ふぅん」
「意外と骨が折れるんですよね。翌日の外来とかいろいろ考慮しないといけなくて、難しいんです。組めそうで組めないパズルみたいで」
「彩さんは、ずっと医局秘書の仕事を続けるつもりでいるの?」
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