年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい

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第四章

大切な人だから(1)

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 翌朝。
 一度目を開け、視線だけを動かして窓の外を見る。冬の夜明けは遅い。窓の外はまだ深い夜闇だった。目を閉じて、ベッドの中で寝起きの頭が動き出すのを待つ。五分ほどそのままじっとして、何度か身じろぎをして起きあがる。バスローブを羽織りながら隣を見ると、仁寿がうつぶせでぐっすり眠っていた。

 あまりにも静かなので、ちゃんと息をしているのか不安になる。耳を仁寿の頭部に近づけると、すぅすぅと規則正しい呼吸の音が聞こえたので、安心してサイドテーブルの時計で時間を確認した。

 彩の体内時計は正確だ。多少の誤差はあるが、どんな時間に寝ても必ず午前六時前には一度目が覚める。

 仁寿に声をかけようとして、ふと、彩はどうしたものかと考え込んだ。二人だけのときなら、名前で呼んでも問題ないと思う。しかし、気持ちの面で公私の切り替えをうまくできるだろうか。早速、今日は仁寿と一緒に別の病院の医師や医局秘書の面々との仕事が待っている。迷った末に、彩は「先生」を選んだ。


「先生、朝ですよ」


 掛布団をちょっとだけはいで、つんつんと人さし指で背中をつつく。これくらいではびくともしないのは既知の事実だから、背中に指でパッションとカタカナを書いてくすぐってみる。


「……ぅん」


 クッションに埋もれた仁寿の頭部が少し動く。しかし、それ以上の反応はなかった。想定どおりだ。
 急いで起こさなくても、まだ時間は十分にある。

 彩は、仁寿に掛布団をかけてベッドルームをあとにした。
 
 体に残っている昨夜の跡に赤面しながらシャワーを浴び、心を落ち着かせながらパウダールームでアメニティを物色する。

 メイクの道具は、ビジネスホテルに置いて来ている。ハンドバックにいつも入れているポーチには、リップと化粧直し用のフェイスパウダーしか入っていない。とりあえず、アメニティの中から化粧水と乳液を拝借して肌を整える。デパートの化粧品売り場で見かける、タイのスキンケアブランドだ。手の平サイズのボトルを傾けて化粧水を手に垂らすと、柑橘系の香りが鼻腔を爽やかにくすぐった。


 ――うーん、いい香り。


 化粧水と乳液を順に顔に染み込ませて、ドライヤーで髪を乾かす。小学生の時からずっと長かった髪を、肩に少し掛かるくらいのショートボブにしたのはいつだったか。確か、一昨年の秋くらいだったと思う。気分転換というより、日頃の手入れにかかる時間をなくしたいというのが理由だった。

 ドライヤーの性能がいいと、乾いた髪の手触りがいい。髪を乾かし終わると、次は下着をつけてストッキングをはく。オープンクローゼットに掛けておいたカクテルドレスを着れば、一応の身支度は終わりだ。

 普段の彩は、身だしなみ程度の控え目なメイクしかしない。大学生のころは年相応におしゃれに興味があって、友達とかわいいコスメを買って見た目に気を遣っていた時期もある。しかし、就職を機にそういった自分を華美に飾る作業に時間を費やすのがもったいなくなってやめた。それだけ、医局秘書の仕事に打ち込んでいたということだ。とはいうものの、すっぴんではやはり肌のトーンや眉の濃さが気になる。


 ――ビジネスホテルに戻ったら、急いでメイクしなくちゃ。


 研修医会は、午前十時からF大近くにある病院の会議室で行われる予定だ。
 使ったタオルやバスローブをきれいにたたんで、備えつけのランドリーボックスに入れる。彩は、パウダールームとバスルームに使用済みのタオルなどが放置されていないかを確認してリビングルームに向かった。

 リビングルームのガラステーブルには、昨夜仁寿と堪能したアンリ・ジローのブラン・ド・ブラン、シャルドネのヴィンテージが置かれたままになっていた。非常に、非常に残念だが、一度栓をはずして常温に長く置いたシャンパンは飲めない。

 お酒が好きな彩は、後ろ髪を引かれる思いでリビングルームの隅にあるミニキッチンのシンクにシャンパンを流す。
 スウィートルームにある洗面鉢もそうだが、ラウレラのスウィートルームの水回りに使われているボウルは、すべて日本の有名な窯元の陶芸家が手掛けた逸品だ。彩がブラン・ド・ブランをこぼしたシンクは、有田焼のそれだった。今でも建築に興味があるから、内装のデザインや細かな意匠につい目がいってしまう。

 小さいころ、幼稚園から帰った彩の居場所は、自宅のすぐそばにある父親の設計事務所だった。そこで、仕事帰りに母親が迎えに来てくれるのを待っていたのだ。時には、父親に連れられて住宅やビルの建築現場へ行く機会もあった。その影響もあって、彩が建築士を目指したのは必然的だったのだろう。今でも時々、父親が建築士を続けていたら……、と思う時がある。


 ――お父さんと一緒に仕事をしてみたかったなぁ。


 彩の父親は、誰よりも彼女が建築士になるのを楽しみにしていた。彩が思うように、父親も愛娘と一緒に仕事をしてみたかったに違いない。
 テーブルに空になったシャンパンの瓶を置いて壁に掛かっている時計を見ると、起きて一時間ほどが経過していた。地平線から顔を出したオレンジ色の朝日が、煌々と部屋を照らし始める。

 そろそろ仁寿を起こそうとベッドルームへ行く。すると、バスローブを着た藤崎仁寿二十五歳になりたてが、窓辺に立って気持ちよさそうに背伸びをしていた。


「あ、起きてたんですね。おはようございます」

「おはよ」


 背景の朝日が似合う爽やかな笑顔を向けられて、彩はちょっとだけ気恥ずかしくなる。


「それから、先生。お誕生日おめでとうございます」

「うん、ありがとう」


 先生と呼んだことについてなにか言われるかも……と思ったが杞憂で、なにも言及はされなかった。それどころか、仁寿はそんなことは気に留めずにこにこと嬉しそうに笑っている。


「そうだ……。一応は調べてあるんですけど、F大までタクシーで二十分かからないくらいですよね?」

「うん。今日は日曜日で道も混んでないだろうから、もう少し早く着くかもね」

「じゃあ、九時過ぎにビジネスホテルを出発すれば間に合うか……」

「大丈夫だと思うよ。まだ時間がありそうだから、シャワー浴びて来てもいい?」

「はい、いいですよ」


 仁寿が、彩を満面の笑みでぎゅーっとハグしてベッドルームを出ていった。その足取りの軽さときたら。
 実は、仁寿はあのあとなかなか寝つけず、結局二時間ほどしか熟睡していない。


 ――あんなことされたら、どきどきして眠れないよ。


 しかし、心も体も満たされているから、睡眠不足の苦痛はまったく感じない。それどころか、体中に元気がみなぎっている。
 シャワーを浴びながら、パウダールームで歯磨きをしながら、仁寿は左手を見ては体をくねらせて喜びを爆発させた。


 ――彩さん、ずるいよ。もう!

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