年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい

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第四章

大切な人だから(3)



 勤務表を眺める彩に、仁寿が尋ねる。あまりにも不意を突く質問で、彩は返答に窮してしまった。


「答えにくいのなら、無理に答えなくてもいいよ」

「……あ、いえ。どうして、そんなこと聞くんですか?」

「秘書さんの仕事をどうこう言ってるわけじゃなくてね。ただ、彩さんは建築の仕事をしたくないのかなって思っただけ。免許を持っているのに」

「そ……、そうですね。でも、大学を卒業して五年もたったし、もう今さら……。技術職に就くには遅いと思います」

「そう? 様々な理由で休んだり、スタートラインに立つのが遅くなったり。いろんな人がいるんだから、まだ遅いってことはないんじゃない? 彩さんがしたいかしたくないか、それだけだと思うけどな」


 どうして、急にこんな話を持ち出しすのだろう。意図がつかめず、彩は仁寿の横顔をうかがいながら次の言葉を待った。


「花火がよく見えるからラウレラを選んだって説明したけど……。本当はね、彩さんが興味を惹かれるんじゃないかと思ってあのホテルにしたんだ。確かラウレラは、建築の賞をとった施設だったよね?」


 なんていう賞だったかな。僕は、まったく建築には詳しくないから忘れちゃった。と、おどけるように仁寿がつけ加える。


「よく、ご存知ですね」

「突然こんな話をされても困るよね。ごめん」

「いいえ」

「医局秘書の仕事が天職なら、それでいい。僕のお節介だから聞き流して」


 彩は、仁寿の目を見ながら返す言葉を探した。


 ――建築の仕事をしたくないのか。


 四年前、自問自答し続けて資格まで取ったのに、結局はその道に進むのをやめた。
 上司の前線離脱とか同僚の退職だとか、職場の事情で辞めるタイミングを逃したのは事実ではある。しかし、本気で転職しようと思えばいつでもできたはずだ。長く続けるつもりはなかったのに、それをしなかったのはどうしてなのだろう。

 今の仕事が嫌いかと尋ねられたら、ノーと即答する。しかし、本当にやりたい仕事かと聞かれたら、どうだろう。仁寿に問われて、彩は当時のように自問自答すらしなくなったことに気づく。


「お節介なんかじゃないですよ。気にかけてくださって、ありがとうございます」


 彩が小さく頭をさげると、メガネのレンズ越しに真剣なまなざしを向けられた。


「僕は、彩さんの幸せを一番に考えてる。だから、彩さんには本当にしたいことをして、彩さんらしい充実した日々を送ってほしい。結婚はいいタイミングになると思うから、考えてみたら?」

「……そうですね。考えてみます」

「念を押すけど、医局秘書の仕事がダメだって言っているわけじゃないからね」

「分かっていますよ。仁寿さんって、いろんなことに気が回るんですね」

「僕の仕事に必要不可欠な能力だから」

「確かに」

「……と格好つけてみるけど、彩さんの笑顔をたくさん見たくて一生懸命知恵を絞ってるんだ。どうしたら、彩さんが喜ぶかなって。なにより、日々が充実すれば、不眠に影響しそうなストレスも減ると思うよ」


 ああ、そうか。
 仁寿さんは、わたしを治そうとしてくれているんだ。
 仕事の話を持ち出した仁寿の意図をつかんで、彩の表情が真綿のように柔らかくなる。


「仁寿さん」

「ん?」

「わたし、仁寿さんと一緒にいられたら、いつか不眠を克服できそうな気がします」

「どういう意味? 僕が一緒にいるだけでいいの?」

「はい」


 彩は、にっこりと笑う。
 その時、金属の擦れる音がして新幹線がトンネルに突入した。車窓の景色が世の中から切り取られたような漆黒になり、唸りのような走行音が車内にとどろく。隣の人の声もよく聞き取れないほどの轟音だ。

 仁寿が、通路から見えないように二つに折りたたんだ勤務表で顔を隠す。そして、彩の鼻先に自分の鼻先を近づけた。


「ちょっと、仁寿さん!」


 彩が抗議の声を発すると同時に、仁寿がキスする。


「もう。ダメですよ、こんな所で」

「だって、彩さんがかわいいんだもん」


 トレードマークのような、愛嬌たっぷりの仁寿の笑顔。いつか仁寿が言っていた、好きな人の笑顔は見ているだけで幸せだという言葉が彩の頭によぎる。

 今この瞬間、確かにそのとおりだと実感する。過去は消せないけれど、思い出して胸を痛めることはもうない。最高に素敵な人が隣にいるのだから――。

 新幹線から在来線を乗り継いで、二人が帰り着いたのは午後九時過ぎ。
 明日からまた、仁寿は救急科の研修だ。きっと、朝も早いのだろう。家まで送ると言う仁寿の好意を丁寧に断り、彩は駅前でタクシーを拾って家路についたのだった。

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