16 / 46
016 使節団
しおりを挟む
謁見の間には、静謐な緊張が満ちていた。
天蓋には春の花が織り込まれ、紅と金の敷物がまっすぐ玉座へと続いている。
皇帝ノアは玉座に腰掛け、左に皇后ルシェル、右に側妃イザベルが並んで座していた。
「陛下、光華祭楽しみですね!」
イザベルが愛らしく微笑みかける。
「ああ、そうだな。お前が宮殿に来てから初めての大きな行事だからな」
ノアもイザベルに微笑み返す。
「皇后、今回の光華祭では、イザベルのことを気にかけてくれ」
「ええ、陛下」
「こんな時くらい笑顔でいられぬのか?」
ノアが怪訝そうにルシェルを見る。
「笑うようなことがありませんので」
「少しはイザベルを見習って欲しいものだ…」
(……私が?誰を見習えですって??)
ルシェルが言い返そうとしたその時、大理石の床に響く足音とともに使節団の入場が始まり、侍従の声が響き渡る。
「――南方、アンダルシア王国より、ゼノン・アンダルシア王子殿下、ならびに随員十名、ご到着です」
月白の外套に銀糸の刺繍を施した礼装をまとい、ゼノンは静かに進み出た。
青い瞳がまっすぐに皇帝を見据え、その足取りには一切の揺らぎがない。
「アンダルシア王国より参上いたしました。王子ゼノン・アンダルシアが、父王に代わり、光華祭に謹んで参列いたします。陛下の御厚情に深く感謝申し上げます」
皇帝ノアは静かに頷く。
「再びヴェルディアを訪れてくれたこと、嬉しく思うぞ。歓迎しよう」
ルシェルも微笑を浮かべて言葉を添えた。
「ようこそ、アンダルシアの王子殿下。再びお迎えできたことを、心から嬉しく思います」
ゼノンは一瞬だけルシェルを見つめ、深く頭を垂れた。
イザベルは微笑みを浮かべたまま、声は発さなかったが、その視線は興味深げに彼の顔を眺めていた。
「――東方、聖月国より、大司教セリス・ユルファ様、ならびに司祭五名、ご到着です」
白と藍の装束をまとい、額に淡い光を放つ印章を掲げた神官たちの中、筆頭のセリスはことさら静謐な気配をまとっていた。
鋭く整った顔立ちに、どこか神域に生きる者の孤高が滲み出ている。
「聖月国より大司教セリス・ユルファ、光華祭への招きに感謝申し上げます。精霊の御心が、この地に降り注がんことを」
ノアは深く頷いた。
「我がヴェルディアもまた、かつては精霊との深い縁があった国。聖月国の祈りを、我らの祭にも重ねさせていただこう。歓迎する」
ルシェルもやや身を乗り出すようにして、真摯に応じた。
「聖なる祈りとともにご到来くださり、感謝いたします」
セリスは柔らかく微笑むと、無言のまま頭を下げた。
「――北方、グレヴァル王国より、王弟 ルクレル・グレヴァル将軍閣下、ならびに親衛軍一行、ご到着」
武人たちの威圧感が、空気を一変させる。
将軍ルクレルは背が高く、精悍な顔つきに深い皺を刻み、鍛え抜かれた肉体を重厚な礼装に包んでいた。
「我が兄王の名代として参上した、グレヴァル王国 王弟ルクレル・グレヴァルにございます。貴国と我が国との盟は、鋼のように結ばれんことを」
ノアは表情を崩すことなく、威厳ある態度で答える。
「貴国を歓迎する。武の国たる貴国の誠実な心、しかと受け止めた。歓迎する」
ルシェルは少しだけ目を細めて応じた。
「長旅、ご苦労様でした、将軍。どうか祭では心ゆくまで楽しんでいただければと思います」
イザベルは相変わらず人形のように微笑んでいる。
そんなイザベラを、ルクレル将軍と親衛軍一行はなぜか怪訝そうにじっとみていた。
「――西方、璃州国より、正使 藍 永燈《ラン エイトウ》様、ならびに随員十名、御到着」
その中央に立つのは、長衣に深紅の縁をあしらい、金糸で刺繍された龍文の上衣を纏う男。
なんとも中性的で美しいその姿に、誰もが見入っているようだった。
落ち着いた仕草で一礼し、涼やかな声音が響く。
「璃州国より参りました、藍 永燈にございます。麗しき春の祭に際し、このように貴き御席へお招きいただき、我が国を代表し深く感謝申し上げます」
ノアが頷き、応じる。
「遠路をよくぞ参られた。璃州の名品と技、我が帝国にとっても貴き宝となろう。祭の間、存分に交流されよ」
藍 永燈は再び礼を取り、静かに微笑む。
その姿には、絢爛な中にも一分の隙もなく、まさに“品格を纏う者”の風格が漂っていた。
(なぜ彼は私をみているのかしら……?)
ルシェルは、藍 永燈の不自然な視線を感じながらも、狼狽えずに答える。
「璃州の文と雅を讃える声は、我が国にも古くより届いております。どうぞ、良き時をお過ごしください」
こうして四国の使節団が正式に歓迎され、玉座の間には荘厳な静寂と、見えない思惑が幾重にも交差していった。
天蓋には春の花が織り込まれ、紅と金の敷物がまっすぐ玉座へと続いている。
皇帝ノアは玉座に腰掛け、左に皇后ルシェル、右に側妃イザベルが並んで座していた。
「陛下、光華祭楽しみですね!」
イザベルが愛らしく微笑みかける。
「ああ、そうだな。お前が宮殿に来てから初めての大きな行事だからな」
ノアもイザベルに微笑み返す。
「皇后、今回の光華祭では、イザベルのことを気にかけてくれ」
「ええ、陛下」
「こんな時くらい笑顔でいられぬのか?」
ノアが怪訝そうにルシェルを見る。
「笑うようなことがありませんので」
「少しはイザベルを見習って欲しいものだ…」
(……私が?誰を見習えですって??)
ルシェルが言い返そうとしたその時、大理石の床に響く足音とともに使節団の入場が始まり、侍従の声が響き渡る。
「――南方、アンダルシア王国より、ゼノン・アンダルシア王子殿下、ならびに随員十名、ご到着です」
月白の外套に銀糸の刺繍を施した礼装をまとい、ゼノンは静かに進み出た。
青い瞳がまっすぐに皇帝を見据え、その足取りには一切の揺らぎがない。
「アンダルシア王国より参上いたしました。王子ゼノン・アンダルシアが、父王に代わり、光華祭に謹んで参列いたします。陛下の御厚情に深く感謝申し上げます」
皇帝ノアは静かに頷く。
「再びヴェルディアを訪れてくれたこと、嬉しく思うぞ。歓迎しよう」
ルシェルも微笑を浮かべて言葉を添えた。
「ようこそ、アンダルシアの王子殿下。再びお迎えできたことを、心から嬉しく思います」
ゼノンは一瞬だけルシェルを見つめ、深く頭を垂れた。
イザベルは微笑みを浮かべたまま、声は発さなかったが、その視線は興味深げに彼の顔を眺めていた。
「――東方、聖月国より、大司教セリス・ユルファ様、ならびに司祭五名、ご到着です」
白と藍の装束をまとい、額に淡い光を放つ印章を掲げた神官たちの中、筆頭のセリスはことさら静謐な気配をまとっていた。
鋭く整った顔立ちに、どこか神域に生きる者の孤高が滲み出ている。
「聖月国より大司教セリス・ユルファ、光華祭への招きに感謝申し上げます。精霊の御心が、この地に降り注がんことを」
ノアは深く頷いた。
「我がヴェルディアもまた、かつては精霊との深い縁があった国。聖月国の祈りを、我らの祭にも重ねさせていただこう。歓迎する」
ルシェルもやや身を乗り出すようにして、真摯に応じた。
「聖なる祈りとともにご到来くださり、感謝いたします」
セリスは柔らかく微笑むと、無言のまま頭を下げた。
「――北方、グレヴァル王国より、王弟 ルクレル・グレヴァル将軍閣下、ならびに親衛軍一行、ご到着」
武人たちの威圧感が、空気を一変させる。
将軍ルクレルは背が高く、精悍な顔つきに深い皺を刻み、鍛え抜かれた肉体を重厚な礼装に包んでいた。
「我が兄王の名代として参上した、グレヴァル王国 王弟ルクレル・グレヴァルにございます。貴国と我が国との盟は、鋼のように結ばれんことを」
ノアは表情を崩すことなく、威厳ある態度で答える。
「貴国を歓迎する。武の国たる貴国の誠実な心、しかと受け止めた。歓迎する」
ルシェルは少しだけ目を細めて応じた。
「長旅、ご苦労様でした、将軍。どうか祭では心ゆくまで楽しんでいただければと思います」
イザベルは相変わらず人形のように微笑んでいる。
そんなイザベラを、ルクレル将軍と親衛軍一行はなぜか怪訝そうにじっとみていた。
「――西方、璃州国より、正使 藍 永燈《ラン エイトウ》様、ならびに随員十名、御到着」
その中央に立つのは、長衣に深紅の縁をあしらい、金糸で刺繍された龍文の上衣を纏う男。
なんとも中性的で美しいその姿に、誰もが見入っているようだった。
落ち着いた仕草で一礼し、涼やかな声音が響く。
「璃州国より参りました、藍 永燈にございます。麗しき春の祭に際し、このように貴き御席へお招きいただき、我が国を代表し深く感謝申し上げます」
ノアが頷き、応じる。
「遠路をよくぞ参られた。璃州の名品と技、我が帝国にとっても貴き宝となろう。祭の間、存分に交流されよ」
藍 永燈は再び礼を取り、静かに微笑む。
その姿には、絢爛な中にも一分の隙もなく、まさに“品格を纏う者”の風格が漂っていた。
(なぜ彼は私をみているのかしら……?)
ルシェルは、藍 永燈の不自然な視線を感じながらも、狼狽えずに答える。
「璃州の文と雅を讃える声は、我が国にも古くより届いております。どうぞ、良き時をお過ごしください」
こうして四国の使節団が正式に歓迎され、玉座の間には荘厳な静寂と、見えない思惑が幾重にも交差していった。
108
あなたにおすすめの小説
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!
捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末
コツメカワウソ
恋愛
ローウェン王国西方騎士団で治癒師として働くソフィアには、魔導騎士の恋人アルフォンスがいる。
平民のソフィアと子爵家三男のアルフォンスは身分差があり、周囲には交際を気に入らない人間もいるが、それでも二人は幸せな生活をしていた。
そんな中、先見の家門魔法により今年が23年ぶりの厄災の年であると告げられる。
厄災に備えて準備を進めるが、そんな中アルフォンスは魔獣の呪いを受けてソフィアの事を忘れ、魔力を奪われてしまう。
アルフォンスの魔力を取り戻すために禁術である魔力回路の治癒を行うが、その代償としてソフィア自身も恋人であるアルフォンスの記憶を奪われてしまった。
お互いを忘れながらも対外的には恋人同士として過ごす事になるが…。
完結まで予約投稿済み
世界観は緩めです。
ご都合主義な所があります。
誤字脱字は随時修正していきます。
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜
高瀬船
恋愛
「出来損ないの妖精姫と、どうして俺は……」そんな悲痛な声が、部屋の中から聞こえた。
「愚かな過去の自分を呪いたい」そう呟くのは、自分の専属護衛騎士で、最も信頼し、最も愛していた人。
かつては愛おしげに細められていた目は、今は私を蔑むように細められ、かつては甘やかな声で私の名前を呼んでいてくれた声は、今は侮辱を込めて私の事を「妖精姫」と呼ぶ。
でも、かつては信頼し合い、契約を結んだ人だから。
私は、自分の専属護衛騎士を最後まで信じたい。
だけど、四年に一度開催される祭典の日。
その日、私は専属護衛騎士のフォスターに完全に見限られてしまう。
18歳にもなって、成長しない子供のような見た目、衰えていく魔力と魔法の腕。
もう、うんざりだ、と言われてフォスターは私の義妹、エルローディアの専属護衛騎士になりたい、と口にした。
絶望の淵に立たされた私に、幼馴染の彼が救いの手を伸ばしてくれた。
「ウェンディ・ホプリエル嬢。俺と専属護衛騎士の契約を結んで欲しい」
かつては、私を信頼し、私を愛してくれていた前専属護衛騎士。
その彼、フォスターは幼馴染と契約を結び直した私が起こす数々の奇跡に、深く後悔をしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる