私たちの離婚幸福論

桔梗

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016 使節団

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謁見の間には、静謐な緊張が満ちていた。


天蓋には春の花が織り込まれ、紅と金の敷物がまっすぐ玉座へと続いている。
皇帝ノアは玉座に腰掛け、左に皇后ルシェル、右に側妃イザベルが並んで座していた。


「陛下、光華祭楽しみですね!」


イザベルが愛らしく微笑みかける。


「ああ、そうだな。お前が宮殿に来てから初めての大きな行事だからな」


ノアもイザベルに微笑み返す。


「皇后、今回の光華祭では、イザベルのことを気にかけてくれ」


「ええ、陛下」


「こんな時くらい笑顔でいられぬのか?」


ノアが怪訝そうにルシェルを見る。


「笑うようなことがありませんので」


「少しはイザベルを見習って欲しいものだ…」


(……私が?誰を見習えですって??)


ルシェルが言い返そうとしたその時、大理石の床に響く足音とともに使節団の入場が始まり、侍従の声が響き渡る。



「――南方、アンダルシア王国より、ゼノン・アンダルシア王子殿下、ならびに随員十名、ご到着です」


月白の外套に銀糸の刺繍を施した礼装をまとい、ゼノンは静かに進み出た。


青い瞳がまっすぐに皇帝を見据え、その足取りには一切の揺らぎがない。


「アンダルシア王国より参上いたしました。王子ゼノン・アンダルシアが、父王に代わり、光華祭に謹んで参列いたします。陛下の御厚情に深く感謝申し上げます」


皇帝ノアは静かに頷く。



「再びヴェルディアを訪れてくれたこと、嬉しく思うぞ。歓迎しよう」


ルシェルも微笑を浮かべて言葉を添えた。


「ようこそ、アンダルシアの王子殿下。再びお迎えできたことを、心から嬉しく思います」


ゼノンは一瞬だけルシェルを見つめ、深く頭を垂れた。


イザベルは微笑みを浮かべたまま、声は発さなかったが、その視線は興味深げに彼の顔を眺めていた。



「――東方、聖月国より、大司教セリス・ユルファ様、ならびに司祭五名、ご到着です」


白と藍の装束をまとい、額に淡い光を放つ印章を掲げた神官たちの中、筆頭のセリスはことさら静謐な気配をまとっていた。


鋭く整った顔立ちに、どこか神域に生きる者の孤高が滲み出ている。


「聖月国より大司教セリス・ユルファ、光華祭への招きに感謝申し上げます。精霊の御心が、この地に降り注がんことを」


ノアは深く頷いた。


「我がヴェルディアもまた、かつては精霊との深い縁があった国。聖月国の祈りを、我らの祭にも重ねさせていただこう。歓迎する」


ルシェルもやや身を乗り出すようにして、真摯に応じた。


「聖なる祈りとともにご到来くださり、感謝いたします」


セリスは柔らかく微笑むと、無言のまま頭を下げた。




「――北方、グレヴァル王国より、王弟 ルクレル・グレヴァル将軍閣下、ならびに親衛軍一行、ご到着」



武人たちの威圧感が、空気を一変させる。

将軍ルクレルは背が高く、精悍な顔つきに深い皺を刻み、鍛え抜かれた肉体を重厚な礼装に包んでいた。


「我が兄王の名代として参上した、グレヴァル王国 王弟ルクレル・グレヴァルにございます。貴国と我が国との盟は、鋼のように結ばれんことを」


ノアは表情を崩すことなく、威厳ある態度で答える。



「貴国を歓迎する。武の国たる貴国の誠実な心、しかと受け止めた。歓迎する」


ルシェルは少しだけ目を細めて応じた。


「長旅、ご苦労様でした、将軍。どうか祭では心ゆくまで楽しんでいただければと思います」


イザベルは相変わらず人形のように微笑んでいる。

そんなイザベラを、ルクレル将軍と親衛軍一行はなぜか怪訝そうにじっとみていた。


「――西方、璃州国より、正使 藍 永燈《ラン エイトウ》様、ならびに随員十名、御到着」


その中央に立つのは、長衣に深紅の縁をあしらい、金糸で刺繍された龍文の上衣を纏う男。
なんとも中性的で美しいその姿に、誰もが見入っているようだった。


落ち着いた仕草で一礼し、涼やかな声音が響く。


「璃州国より参りました、藍 永燈にございます。麗しき春の祭に際し、このように貴き御席へお招きいただき、我が国を代表し深く感謝申し上げます」



ノアが頷き、応じる。


「遠路をよくぞ参られた。璃州の名品と技、我が帝国にとっても貴き宝となろう。祭の間、存分に交流されよ」


藍 永燈は再び礼を取り、静かに微笑む。


その姿には、絢爛な中にも一分の隙もなく、まさに“品格を纏う者”の風格が漂っていた。


(なぜ彼は私をみているのかしら……?)


ルシェルは、藍 永燈の不自然な視線を感じながらも、狼狽えずに答える。


「璃州の文と雅を讃える声は、我が国にも古くより届いております。どうぞ、良き時をお過ごしください」


こうして四国の使節団が正式に歓迎され、玉座の間には荘厳な静寂と、見えない思惑が幾重にも交差していった。

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