まだまだこれからだ!

九重

文字の大きさ
55 / 102
第三章 魔族にもいろいろあるようです。

懲りない魔族

しおりを挟む
美味うまそう?)

 うららが首を傾げた次の瞬間、青年魔族が「うっ」と唸ってうずくまる。
 その顔色はみるみる内に青ざめて、蒼白になった。

「バカ! お前、今本気でこいつを食べようと思っただろう! 直ぐに止めろ! 死ぬぞ!」

 焦ったダンケルが、青年魔族を怒鳴りつける。

「な、何で、……こんなっ?」

「いいから、言う通りにしろ! 命令だ!」

 ダンケルの命令に、青年魔族は必死の表情で頷いた。

「俺は、あの人間を食べない、食べない、食べない……」

 念仏のように「食べない」を唱え続ける魔族。

「くそっ! あの吸血鬼の仕業だな」

 ダンケルが忌々しく呟いた。
 突然の出来事に、暖はびっくりしたが、どうやら彼女に邪な思いで触れる者を干からびさせるラミアーの術が、触れるから発動したようだ。

「性欲だけじゃなく食欲もダメなのか? ……本当に本気でやり過ぎだろう!」

 ダンケルは思いっきり叫んだ。
 先ほどから何度も叫んだ彼の声は、悲しいくらいかすれている。

 暖も流石にダンケルが可哀想になってきた。
 とはいえ彼女にできることはない。
 心配しながら見守っていれば、青年魔族はなんとか立ち上がる。
 彼の視線は、あからさまに暖から逸らされた。

「うっ、なんて拷問なんだ。……こんなに美味そうな人間を目の前に、俺が食欲を抑えなければならないなんて」

 フラフラしながら額を押さえ、魔族は嘆く。

「……ハッ! そうか、これはダンケル、お前の罠だな! 魔王の後継者争いのライバルである俺を抹殺するためにこんな罠を仕掛けたんだろう!?」

 終いにはそんなことを言い出した。

「誰がライバルだ!」

 かすれた声でダンケルが怒鳴りつける。

「え? 俺だけど」

「そんなはずがあるか! 魔王の嗣子はこの俺で決定している。末子のお前に出る幕など何もない」

 バカにしたようにダンケルは、鼻を鳴らした。
 その様子を見れば、彼がこの魔族を本気で相手にしていないのが、よくわかる。

「末子?」

 暖の質問に、ダンケルは嫌そうに頷いた。

「このバカは俺の弟だ。――――四六時中腹を減らしている餓鬼で、後継者争いの敵にもならなかったから生き延びている」

 ダンケルの言葉に、青年魔族は「……酷いなぁ」と、あまりそう思ってもいなさそうな軽い調子でぼやいた。

「弟?」

 暖はびっくりして青年魔族に目を向ける。

「そうだよ。俺はダンケルの弟だ。俺って彼にそっくりだろう?」

 自分とダンケルの顔を指さしながら聞いてくる魔族だが、どこをそう見ても、全くそうは見えない。
 確かに角の形だけは似ているが、他はダンケルとは似ても似つかない軟派男に見えた。

 ブンブンと首を横にふれば、「酷いなぁ」と言いながら、彼は性懲りもなく暖を覗き込んでくる。

「あぁ、やっぱり美味そうだ……ッて! 痛テテ! た、食べない、食べないって!」

 魔族はまたまたラミアーの術をくらい、頭を押さえ蹲った。
 なんとかやり過ごすと、大きなため息をつく。

「……いったいこの反応はどうなっているんだい?」

 不思議そうにジロジロ見てくる視線から、暖は顔を背け体を反らせた。

「本当に懲りない奴だな、見るな!」

 そんな暖をダンケルは弟から隠すように抱え込んでくる。
 思ったより厚い胸板や長くてガッシリした腕に、すっぽり包まれた。

「そんなに大切にしているのに、花嫁じゃないのかい?」

 不思議そうな魔族の声が耳に聞こえて、暖は急に恥ずかしくなる。

(まるで小さな女の子が抱っこされているみたいな態勢よね?)

 思わず顔を隠したくなり、ダンケルの胸に頭を擦りつけてしまう。
 ダンケルの体は、ピクッと震えた。
 途端、青年魔族がプッと吹き出す。

「ハハ、ダンケルのそんな顔、はじめて見た。……まぁ、イイや。俺はブラット。よろしくね」

「うるさい! お前とよろしくする理由はない!」

 なんだか焦ったみたいなダンケルの声が聞こえて、ブラットはケラケラと笑った。
 いったいダンケルはどんな顔をしたのだろう?
 ものすごく気になるが、しっかり抱きかかえられている暖は顔を上げることができない。


「ダンケルのこんな様子が見られただけでも、今日はイイ日だったな。こんなに美味しそうな”子豚ちゃん”にも会えたし――――ッテ! イタタ……」


 再び『美味そう』と考えたブラットが、またまた頭痛を起こす。
 本当に、心底懲りない男だった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...