183 / 201
齟齬
百八十三.防戦の宗易
しおりを挟む
天正十一年十月二日 申の刻
堺は今日も賑やかである。大坂の城に石垣に使う大石が持ち込まれてからは、尚更である。現在はとにかく武具よりも建築資材と装飾品である。暇を持て余している商人などいない。この街全体が咳切る心臓の如く銭を吸い込み、そして周囲へ吐き出している。この日、久しぶりに宗易は自分の店に立ち寄り、奥で選りすぐんだ茶器を木箱に詰めていく。
「札を貼った箱を京へ送るよう、手配しておくれ。申し付けだぞ。」
宗易は慌ただしい。土間で草鞋を履き、直ぐに店を経とうとするも、そのとき思わぬ客人が現れ、宗易は驚く。
「やあぁっ、宗易殿ぉっ、こちらに居られましたかぁ。」
(誰にも告げず立ち寄ったはずなのに、何故彼の者がここにおるのだっ・・・。)
「これは、これはっ。恵瓊殿ではございませぬか。わが店にお越しとは珍しいことでございまするなぁ。」
屈託ない笑みと穏やかな口調で恵瓊が返す。
「此度はわが姫君の御装束の見立てにと堺に立ち寄ったのですが、宗易殿のお店を一度訪ねてみたいと思うておりましてのぉ。良い機会でしたので足を運んでみましたがぁ・・・、それにしてもお店は随分とお忙しい御様子でぇっ・・・、ご迷惑でございましたかなぁ。」
「大坂の城普請が順調でございましてなぁ。この店だけではございませぬ。街中の商店が今やてんてこ舞いでございまするぅ。」
「そのようですなぁ・・・。ところで宗易殿っ。少しお話しさせていただきたいことがあるのじゃがぁ・・・。なぁにぃっ、さほどのお手間は取らせませぬ。」
(此度は何を焚きつけにきたのかぁ・・・。)
「わたくしめも早うこの地を経たねばなりませぬ。少しの間だけならぁ・・・。」
迷惑がる表情の宗易が土間の板敷を弟子に片付けさせると、従者を店の外へ追いやった恵瓊がそこへ座す。
「では手短にぃ・・・。宗易殿っ、筑前守様が柴田殿と信孝殿を討たれてからもう半年になりまする。その間に備中・美作の国人との和睦の話が進んでおり、紀州攻めの手筈も整いつつあると聞き及んでおります。それなのに何故、秀勝様の御婚儀の連絡がござらぬのでしょう。筑前守様は速やかに取り計らわれることを望んでおられたと承知しておりましたがぁ・・・。」
(ちぃっ、このような折にぃ・・・。)
「筑前守様は、秀勝様の御婚儀のことは全て宗易殿にお任せとのことっ。然れば連絡がござらぬのは宗易殿がお忙しくて手が付けられぬのか、もしくは何か思うところがあってのことかぁ・・・。お忙しいのであれば、何か手伝わせていただきますがぁ・・・。」
恵瓊は本音を引き出そうと、敢えて宗易を焚き付ける。宗易も少しむきになる。
「この宗易っ、たとい我が身が裂けるほど忙しくとも、秀勝様の御婚儀という大切な御役目を蔑ろにはいたしませぬ。」
「然れば御婚儀の日取りをさっさと決めてしまってもよろしいのではございませぬか。年内にでもいかがでしょう。」
「うぅぅんっ、年内ですかぁ・・・。」
(坊主めぇっ、急かしよってぇ・・・。それにこの宗易が何か企んでおると疑っておる。鬱陶しいのぉ。しかし信雄様のことを口にするわけにはぁ・・・。)
「何かご都合でもよろしゅうありませぬかぁ・・・。」
(くっ、仕方あるまいっ・・・。)
「年内に御婚儀を取り計らうことはできぬかも知れませぬ。」
その言葉に恵瓊は宗易を見つめたまま黙り込む。幾分予想通りの返だったようで、驚いている様には見えない。しかし恵瓊が納得していないことは十分見て取れる。
「宗易殿までそう仰られますかぁっ・・・。」
「『わたくしめまで』と申されましたかぁ・・・。」
恵瓊の歪んだ口元は苦々しさを醸し出している。
「官兵衛殿もそう仰られました。実のところ、和睦の話も伸びるやもと・・・。しかしその訳は頑なに申されませんでした。宗易殿ぉっ、何故でございますかぁ。戦は決したのでございますぞぉ。」
眼を瞑る宗易はどこまで恵瓊に打ち明けるか悩み果てる。
「確かに信孝様の脅威は無くなりましたが、筑前殿には新たな厄災がこれから降り掛かることでございましょう。」
「なっ、何とぉ。誰ぞ筑前守様の御命を獲ろうとされていると申されるのですかぁ。一体それはぁ・・・。」
大袈裟な恵瓊を宗易は制する。
「然様なことは申しておりませんぞっ、恵瓊殿ぉっ。こればかりはわたくしめの口からは申せませぬ。ですが・・・、恵瓊殿には早う安芸に戻られることをお勧めいたします。」
恵瓊の諦めが悪い。
「御館様に関わることでございますかぁ・・・。公方様にございますかぁ・・・。しかしわれらとて公方様の動向には眼を光らせておりまする。怪しい動きなぞは・・・。」
呆れる宗易は溜息一つ吐く。
「いずれにせよ、また其方の主人が心変わりするやも知れませぬ・・・とだけ申しておきましょう。然すれば御婚儀の件はまたも先延ばしということにぃ・・・。」
「宗易殿ぉっ、何がぁ・・・、何が起こってるというのですかぁ。わたくしめにお教えいただけませぬかぁ・・・。」
「くどいですなぁ。わたくしめの口からは申せぬと云っておりまする。」
「まさかっ、宗易殿ぉっ、御館様に何か謀を・・・。」
(此奴っ、わざと怒らせよってぇっ・・・。怒らせてこの宗易の口を割らせようとしておるのじゃろうがぁ、そうはいかんぞぉっ・・・。)
「恵瓊殿っ、流石に無礼でございますぞぉ・・・。聞かなかったことにいたしますので、ここは早う安芸へお戻りなされぇ。もしかすると戻った頃に分かるやもしれませんぞ。」
堺は今日も賑やかである。大坂の城に石垣に使う大石が持ち込まれてからは、尚更である。現在はとにかく武具よりも建築資材と装飾品である。暇を持て余している商人などいない。この街全体が咳切る心臓の如く銭を吸い込み、そして周囲へ吐き出している。この日、久しぶりに宗易は自分の店に立ち寄り、奥で選りすぐんだ茶器を木箱に詰めていく。
「札を貼った箱を京へ送るよう、手配しておくれ。申し付けだぞ。」
宗易は慌ただしい。土間で草鞋を履き、直ぐに店を経とうとするも、そのとき思わぬ客人が現れ、宗易は驚く。
「やあぁっ、宗易殿ぉっ、こちらに居られましたかぁ。」
(誰にも告げず立ち寄ったはずなのに、何故彼の者がここにおるのだっ・・・。)
「これは、これはっ。恵瓊殿ではございませぬか。わが店にお越しとは珍しいことでございまするなぁ。」
屈託ない笑みと穏やかな口調で恵瓊が返す。
「此度はわが姫君の御装束の見立てにと堺に立ち寄ったのですが、宗易殿のお店を一度訪ねてみたいと思うておりましてのぉ。良い機会でしたので足を運んでみましたがぁ・・・、それにしてもお店は随分とお忙しい御様子でぇっ・・・、ご迷惑でございましたかなぁ。」
「大坂の城普請が順調でございましてなぁ。この店だけではございませぬ。街中の商店が今やてんてこ舞いでございまするぅ。」
「そのようですなぁ・・・。ところで宗易殿っ。少しお話しさせていただきたいことがあるのじゃがぁ・・・。なぁにぃっ、さほどのお手間は取らせませぬ。」
(此度は何を焚きつけにきたのかぁ・・・。)
「わたくしめも早うこの地を経たねばなりませぬ。少しの間だけならぁ・・・。」
迷惑がる表情の宗易が土間の板敷を弟子に片付けさせると、従者を店の外へ追いやった恵瓊がそこへ座す。
「では手短にぃ・・・。宗易殿っ、筑前守様が柴田殿と信孝殿を討たれてからもう半年になりまする。その間に備中・美作の国人との和睦の話が進んでおり、紀州攻めの手筈も整いつつあると聞き及んでおります。それなのに何故、秀勝様の御婚儀の連絡がござらぬのでしょう。筑前守様は速やかに取り計らわれることを望んでおられたと承知しておりましたがぁ・・・。」
(ちぃっ、このような折にぃ・・・。)
「筑前守様は、秀勝様の御婚儀のことは全て宗易殿にお任せとのことっ。然れば連絡がござらぬのは宗易殿がお忙しくて手が付けられぬのか、もしくは何か思うところがあってのことかぁ・・・。お忙しいのであれば、何か手伝わせていただきますがぁ・・・。」
恵瓊は本音を引き出そうと、敢えて宗易を焚き付ける。宗易も少しむきになる。
「この宗易っ、たとい我が身が裂けるほど忙しくとも、秀勝様の御婚儀という大切な御役目を蔑ろにはいたしませぬ。」
「然れば御婚儀の日取りをさっさと決めてしまってもよろしいのではございませぬか。年内にでもいかがでしょう。」
「うぅぅんっ、年内ですかぁ・・・。」
(坊主めぇっ、急かしよってぇ・・・。それにこの宗易が何か企んでおると疑っておる。鬱陶しいのぉ。しかし信雄様のことを口にするわけにはぁ・・・。)
「何かご都合でもよろしゅうありませぬかぁ・・・。」
(くっ、仕方あるまいっ・・・。)
「年内に御婚儀を取り計らうことはできぬかも知れませぬ。」
その言葉に恵瓊は宗易を見つめたまま黙り込む。幾分予想通りの返だったようで、驚いている様には見えない。しかし恵瓊が納得していないことは十分見て取れる。
「宗易殿までそう仰られますかぁっ・・・。」
「『わたくしめまで』と申されましたかぁ・・・。」
恵瓊の歪んだ口元は苦々しさを醸し出している。
「官兵衛殿もそう仰られました。実のところ、和睦の話も伸びるやもと・・・。しかしその訳は頑なに申されませんでした。宗易殿ぉっ、何故でございますかぁ。戦は決したのでございますぞぉ。」
眼を瞑る宗易はどこまで恵瓊に打ち明けるか悩み果てる。
「確かに信孝様の脅威は無くなりましたが、筑前殿には新たな厄災がこれから降り掛かることでございましょう。」
「なっ、何とぉ。誰ぞ筑前守様の御命を獲ろうとされていると申されるのですかぁ。一体それはぁ・・・。」
大袈裟な恵瓊を宗易は制する。
「然様なことは申しておりませんぞっ、恵瓊殿ぉっ。こればかりはわたくしめの口からは申せませぬ。ですが・・・、恵瓊殿には早う安芸に戻られることをお勧めいたします。」
恵瓊の諦めが悪い。
「御館様に関わることでございますかぁ・・・。公方様にございますかぁ・・・。しかしわれらとて公方様の動向には眼を光らせておりまする。怪しい動きなぞは・・・。」
呆れる宗易は溜息一つ吐く。
「いずれにせよ、また其方の主人が心変わりするやも知れませぬ・・・とだけ申しておきましょう。然すれば御婚儀の件はまたも先延ばしということにぃ・・・。」
「宗易殿ぉっ、何がぁ・・・、何が起こってるというのですかぁ。わたくしめにお教えいただけませぬかぁ・・・。」
「くどいですなぁ。わたくしめの口からは申せぬと云っておりまする。」
「まさかっ、宗易殿ぉっ、御館様に何か謀を・・・。」
(此奴っ、わざと怒らせよってぇっ・・・。怒らせてこの宗易の口を割らせようとしておるのじゃろうがぁ、そうはいかんぞぉっ・・・。)
「恵瓊殿っ、流石に無礼でございますぞぉ・・・。聞かなかったことにいたしますので、ここは早う安芸へお戻りなされぇ。もしかすると戻った頃に分かるやもしれませんぞ。」
1
あなたにおすすめの小説
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる