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齟齬
百八十二.揶揄の龍山
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龍山の口調は美しい韻の波に乗せらている。その気高い調子は、秀吉に身体のどこから声を発すれば良いか戸惑わせる。
「筑前殿っ、幽斎殿から其方が麿と歓談したがっておったと訊いておるがぁ・・・。」
「はぁっ、わしっ、いやっ、わたくしめは生前の大殿を心からお慕い申し上げておりましたがぁ、大殿と兄弟のごとく深いお付き合いをなされていた龍山様のことは何一つ知らずぅ・・・、いやっ、真にお恥ずかしいことにございまする。」
龍山が揶揄う。
「ふぅむっ、それで麿に遭ってみたいとぉ・・・。それは妬みかぁ・・・。」
「めっ、滅相もございませぬぅっ。わたくしめはただぁ・・・。」
「はっはっはっ、冗談じゃぁ。実は麿も前々から筑前殿にお遭いしたいと思うとってのぉ。京に入れた礼を申したかったのももちろんじゃが、信長殿が語られていた『おもしろき奴』を一目見たくてのぉ・・・。」
秀吉は信長の自分に対する講評を聞いたことがなかった。どんなことが二人の間で話し合われていたのか、秀吉の胸の鼓動が高まる。
「はぁぁっ・・・、大殿がぁ・・・。」
「麿は信長殿の鷹狩によく付き合わせていただいてのぉ。鷹狩は心身を鍛えるだけでなく、知略もはたらかせねばならぬ。であるからしてぇ、鷹狩にはそれを催した主人の性分が現れるものじゃぁ。信長殿の鷹狩は実に細うござったぁ。」
いつの間にか秀吉は平伏すのを止め、龍山を見ながら聴き入っている。
「知っての通り、鷹狩は大勢がそれぞれの持ち場の役割を完璧に務め上げなければならぬ。獲物を捕らえるまでは声上げることなく、無言で皆が連携を取らねばならぬ。多くの鷹狩では獲物を捕らえた刹那、太鼓が鳴り、鬨の声が上がり、自然と祭のように盛り上がり、それが一堂の心を一にするものじゃ。ところが信長殿の鷹狩は少し違うてのぉ・・・、獲物を捕らえた後も整然としていて、それでいて信長殿の元には速やかに放った御家来の報せが続々と持ち込まれてのぉ。まるで小隊が大隊と戦をしておるようじゃったわぃ。」
秀吉も信長の鷹狩に供をしたことがあるが、自分の役割を果たすのに目一杯だったことしか覚えていない。
「皆の気が解き放たれるのは屋敷に戻ってからじゃ。信長殿は屋敷に戻ってからの酒宴を欠かさなんだぁ。その折に其方のことがよく持ち上がったものよぉ。」
「大殿がわたくしめのことを・・・。」
「何と申しておったか気になるかぁ・・・。では忌憚なく述べよう。でなければ天の信長殿に怒られるかもしれんからのぉ。」
龍山は笑みを浮かべて揶揄い気味に語るが、秀吉は笑えず必死である。
「其方のことはとにかく『おもしろき奴』と申しておったのをよう覚えておる。其方は他人ができることはいとも容易くやってのけ、その上に誰も思いつかんことを付け加えてくる。それが主人の気に食わないときもあるが、別の折には主人の予想を超えて呆気となることもあるっ・・・となっ。次は何をしでかすやらぁ、そこが『おもしろい』と申しておったが、それを訊くと麿も其方の顔を拝みたくなったものだわぃ。」
「そっ、そんなぁっ、畏れ多いことでぇ・・・、少々お恥ずかしゅうございまするぅ。」
「はっはっはっ、別に恥ずかしかることはないっ。其方が申した通り、麿と信長殿は入魂であった。信長殿が可愛がっておった者を麿が邪険に扱うことはない。現在の麿には昔のような力はなくなったが、倅に話をつけることくらいならできるので、困ったことがあれば何なりと相談するが良いっ。」
「あっ、有難き御言葉ぁっ・・・、痛み入りまするぅっ・・・。」
秀吉があまりに防戦一方なので、龍山は少々つまらない。茶化すを好む龍山は自ら秀吉の心をくすぐりにかかる。
「さてぇっ、筑前殿が今気にしておることといえば、三河殿のことではないかぁ・・・。」
「えっ、何故然様にお考えでぇ・・・。」
龍山は得意気である。
「幽斎殿から筑前殿が信雄殿に織田の家督を譲れと迫られて困っておると訊いた。しかもそれを三河殿も推しておるとかぁ・・・。然れば先頃まで三河におった麿から家康殿のことを何か聞き出したいと思うておるのではと邪推してなぁ・・・。」
虚を突かれた秀吉だが、確かに龍山の情報なら喉から手が出るほど欲しい。
「龍山様は徳川殿とも御縁が深いそうでぇ・・・。」
「『深い』といっても三河殿に知恵を授けるよう、信長殿に頼まれてなぁ。どうすれば田舎の国人に箔を付けられるか・・・、朝廷が昔からやってる『家系探し』の手伝いをしてやったまでよぉ。向こうは麿に感謝し続けておるが、そもそもは信長殿の思惑よぉ。あれでますます三河殿は、麿を斡旋した信長殿に逆らえんようになったからのぉ。」
龍山と家康の関係が、信長ほどのものではないと分かり、秀吉は少し安堵する。
「まぁっ、そういうことで確かに付き合いは長いわなっ・・・。でっ、其方が知りたいのは三河殿が現在何を考えておるのかということじゃろぉっ。」
「お聞かせいただければ、幸いでございまする。」
「ふむっ。其方も察しておるように、信雄殿に家督を譲るよう声を上げるを唆したのは三河殿で間違いあるまいっ。麿にも倅を通じて参議に奏上するよう、自ら嘆願してきよったからのぉ。」
「でっ、では内大臣様にもっ・・・。」
「あぁっ。一応申し上げたが、倅は少々困惑しておったのぉ。信雄殿に織田の家督を認めれば、其方を京から遠ざけかねんと心配しておったぁ。倅の様子から察するに、其方はもはや御公家衆にとって京の一部なんじゃなぁ。信雄殿に下手に力を持たせず、其方に京に居続けてもらうのが一番じゃと考えておるんじゃろぉ。然様な御公家衆の思惑を三河殿は分かっていよう。分かっておって麿に頼んでくるということは、京を手薄にするわけにはいかんから、三河殿が其方や信雄殿に代わって京に入ろうとしておるのではないかぁ。」
「わたくしめの悪い予感と一致いたします。おそらく徳川殿は大胆にも、わたくしめと信雄殿を仲違いさせようとしておりまする。戦でも起これば兵の数が少ない徳川殿の方が評判がよくなり、さらにそれが長引くようであれば、朝廷は戦を終わらせるためにさっさと信雄殿に家督相続を認めてしまわれるだろうと目論んでおるのでしょう。」
真面目な面持ちで秀吉は黙り込んでしまうが、それでも龍山の揶揄い癖は治まらない。
「信雄殿も三河殿も、信孝殿と違って、其方をこの世から消そうとしておるわけではないがぁ、それだけに厄介じゃのぉ。もし戦となれば、其方はこれまで以上に知恵を絞らねば生き残れんじゃろぉなぁ。さてぇ『おもしろき奴』よぉ・・・、果たしてどぉするっ。」
「筑前殿っ、幽斎殿から其方が麿と歓談したがっておったと訊いておるがぁ・・・。」
「はぁっ、わしっ、いやっ、わたくしめは生前の大殿を心からお慕い申し上げておりましたがぁ、大殿と兄弟のごとく深いお付き合いをなされていた龍山様のことは何一つ知らずぅ・・・、いやっ、真にお恥ずかしいことにございまする。」
龍山が揶揄う。
「ふぅむっ、それで麿に遭ってみたいとぉ・・・。それは妬みかぁ・・・。」
「めっ、滅相もございませぬぅっ。わたくしめはただぁ・・・。」
「はっはっはっ、冗談じゃぁ。実は麿も前々から筑前殿にお遭いしたいと思うとってのぉ。京に入れた礼を申したかったのももちろんじゃが、信長殿が語られていた『おもしろき奴』を一目見たくてのぉ・・・。」
秀吉は信長の自分に対する講評を聞いたことがなかった。どんなことが二人の間で話し合われていたのか、秀吉の胸の鼓動が高まる。
「はぁぁっ・・・、大殿がぁ・・・。」
「麿は信長殿の鷹狩によく付き合わせていただいてのぉ。鷹狩は心身を鍛えるだけでなく、知略もはたらかせねばならぬ。であるからしてぇ、鷹狩にはそれを催した主人の性分が現れるものじゃぁ。信長殿の鷹狩は実に細うござったぁ。」
いつの間にか秀吉は平伏すのを止め、龍山を見ながら聴き入っている。
「知っての通り、鷹狩は大勢がそれぞれの持ち場の役割を完璧に務め上げなければならぬ。獲物を捕らえるまでは声上げることなく、無言で皆が連携を取らねばならぬ。多くの鷹狩では獲物を捕らえた刹那、太鼓が鳴り、鬨の声が上がり、自然と祭のように盛り上がり、それが一堂の心を一にするものじゃ。ところが信長殿の鷹狩は少し違うてのぉ・・・、獲物を捕らえた後も整然としていて、それでいて信長殿の元には速やかに放った御家来の報せが続々と持ち込まれてのぉ。まるで小隊が大隊と戦をしておるようじゃったわぃ。」
秀吉も信長の鷹狩に供をしたことがあるが、自分の役割を果たすのに目一杯だったことしか覚えていない。
「皆の気が解き放たれるのは屋敷に戻ってからじゃ。信長殿は屋敷に戻ってからの酒宴を欠かさなんだぁ。その折に其方のことがよく持ち上がったものよぉ。」
「大殿がわたくしめのことを・・・。」
「何と申しておったか気になるかぁ・・・。では忌憚なく述べよう。でなければ天の信長殿に怒られるかもしれんからのぉ。」
龍山は笑みを浮かべて揶揄い気味に語るが、秀吉は笑えず必死である。
「其方のことはとにかく『おもしろき奴』と申しておったのをよう覚えておる。其方は他人ができることはいとも容易くやってのけ、その上に誰も思いつかんことを付け加えてくる。それが主人の気に食わないときもあるが、別の折には主人の予想を超えて呆気となることもあるっ・・・となっ。次は何をしでかすやらぁ、そこが『おもしろい』と申しておったが、それを訊くと麿も其方の顔を拝みたくなったものだわぃ。」
「そっ、そんなぁっ、畏れ多いことでぇ・・・、少々お恥ずかしゅうございまするぅ。」
「はっはっはっ、別に恥ずかしかることはないっ。其方が申した通り、麿と信長殿は入魂であった。信長殿が可愛がっておった者を麿が邪険に扱うことはない。現在の麿には昔のような力はなくなったが、倅に話をつけることくらいならできるので、困ったことがあれば何なりと相談するが良いっ。」
「あっ、有難き御言葉ぁっ・・・、痛み入りまするぅっ・・・。」
秀吉があまりに防戦一方なので、龍山は少々つまらない。茶化すを好む龍山は自ら秀吉の心をくすぐりにかかる。
「さてぇっ、筑前殿が今気にしておることといえば、三河殿のことではないかぁ・・・。」
「えっ、何故然様にお考えでぇ・・・。」
龍山は得意気である。
「幽斎殿から筑前殿が信雄殿に織田の家督を譲れと迫られて困っておると訊いた。しかもそれを三河殿も推しておるとかぁ・・・。然れば先頃まで三河におった麿から家康殿のことを何か聞き出したいと思うておるのではと邪推してなぁ・・・。」
虚を突かれた秀吉だが、確かに龍山の情報なら喉から手が出るほど欲しい。
「龍山様は徳川殿とも御縁が深いそうでぇ・・・。」
「『深い』といっても三河殿に知恵を授けるよう、信長殿に頼まれてなぁ。どうすれば田舎の国人に箔を付けられるか・・・、朝廷が昔からやってる『家系探し』の手伝いをしてやったまでよぉ。向こうは麿に感謝し続けておるが、そもそもは信長殿の思惑よぉ。あれでますます三河殿は、麿を斡旋した信長殿に逆らえんようになったからのぉ。」
龍山と家康の関係が、信長ほどのものではないと分かり、秀吉は少し安堵する。
「まぁっ、そういうことで確かに付き合いは長いわなっ・・・。でっ、其方が知りたいのは三河殿が現在何を考えておるのかということじゃろぉっ。」
「お聞かせいただければ、幸いでございまする。」
「ふむっ。其方も察しておるように、信雄殿に家督を譲るよう声を上げるを唆したのは三河殿で間違いあるまいっ。麿にも倅を通じて参議に奏上するよう、自ら嘆願してきよったからのぉ。」
「でっ、では内大臣様にもっ・・・。」
「あぁっ。一応申し上げたが、倅は少々困惑しておったのぉ。信雄殿に織田の家督を認めれば、其方を京から遠ざけかねんと心配しておったぁ。倅の様子から察するに、其方はもはや御公家衆にとって京の一部なんじゃなぁ。信雄殿に下手に力を持たせず、其方に京に居続けてもらうのが一番じゃと考えておるんじゃろぉ。然様な御公家衆の思惑を三河殿は分かっていよう。分かっておって麿に頼んでくるということは、京を手薄にするわけにはいかんから、三河殿が其方や信雄殿に代わって京に入ろうとしておるのではないかぁ。」
「わたくしめの悪い予感と一致いたします。おそらく徳川殿は大胆にも、わたくしめと信雄殿を仲違いさせようとしておりまする。戦でも起これば兵の数が少ない徳川殿の方が評判がよくなり、さらにそれが長引くようであれば、朝廷は戦を終わらせるためにさっさと信雄殿に家督相続を認めてしまわれるだろうと目論んでおるのでしょう。」
真面目な面持ちで秀吉は黙り込んでしまうが、それでも龍山の揶揄い癖は治まらない。
「信雄殿も三河殿も、信孝殿と違って、其方をこの世から消そうとしておるわけではないがぁ、それだけに厄介じゃのぉ。もし戦となれば、其方はこれまで以上に知恵を絞らねば生き残れんじゃろぉなぁ。さてぇ『おもしろき奴』よぉ・・・、果たしてどぉするっ。」
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