生残の秀吉

Dr. CUTE

文字の大きさ
182 / 213
齟齬

百八十二.揶揄の龍山

しおりを挟む
龍山りゅうざんの口調は美しいいんの波に乗せらている。その気高けだかい調子は、秀吉ひでよし身体からだのどこから声を発すれば良いか戸惑とまどわせる。

筑前殿ちくぜんどのっ、幽斎殿ゆうさいどのから其方そなた麿まろ歓談かんだんしたがっておったと訊いておるがぁ・・・。」

「はぁっ、わしっ、いやっ、わたくしめは生前の大殿おおとのを心からお慕い申し上げておりましたがぁ、大殿おおとのと兄弟のごとく深いお付き合いをなされていた龍山様りゅうざんさまのことは何一つ知らずぅ・・・、いやっ、まことにお恥ずかしいことにございまする。」

龍山りゅうざん揶揄からかう。

「ふぅむっ、それで麿まろってみたいとぉ・・・。それはねたみかぁ・・・。」

「めっ、滅相めっそうもございませぬぅっ。わたくしめはただぁ・・・。」

「はっはっはっ、冗談じゃぁ。実は麿まろも前々から筑前殿ちくぜんどのにおいしたいと思うとってのぉ。みやこに入れた礼を申したかったのももちろんじゃが、信長殿のぶながどのが語られていた『おもしろき奴』を一目見たくてのぉ・・・。」

秀吉ひでよし信長のぶながの自分に対する講評を聞いたことがなかった。どんなことが二人の間で話し合われていたのか、秀吉ひでよしの胸の鼓動が高まる。

「はぁぁっ・・・、大殿おおとのがぁ・・・。」

麿まろ信長殿のぶながどの鷹狩たかがりによく付き合わせていただいてのぉ。鷹狩たかがりは心身をきたえるだけでなく、知略もはたらかせねばならぬ。であるからしてぇ、鷹狩たかがりにはそれをもよおした主人あるじの性分が現れるものじゃぁ。信長殿のぶながどの鷹狩たかがりは実にこまこうござったぁ。」

いつの間にか秀吉ひでよし平伏ひれふすのを止め、龍山りゅうざんを見ながら聴き入っている。

「知っての通り、鷹狩たかがり大勢おおぜいがそれぞれの持ち場の役割を完璧に務め上げなければならぬ。獲物えものを捕らえるまでは声上げることなく、無言で皆が連携を取らねばならぬ。多くの鷹狩たかがりでは獲物えものを捕らえた刹那せつな太鼓たいこが鳴り、ときの声が上がり、自然と祭のように盛り上がり、それが一堂の心をいつにするものじゃ。ところが信長殿のぶながどの鷹狩たかがりは少しちごうてのぉ・・・、獲物えものを捕らえた後も整然としていて、それでいて信長殿のぶながどのの元にはすみやかに放った御家来ごけらいしらせが続々と持ち込まれてのぉ。まるで小隊が大隊といくさをしておるようじゃったわぃ。」

秀吉ひでよし信長のぶなが鷹狩たかがりともをしたことがあるが、自分の役割を果たすのに目一杯だったことしか覚えていない。

「皆の気が解き放たれるのは屋敷に戻ってからじゃ。信長殿のぶながどのは屋敷に戻ってからの酒宴しゅえんを欠かさなんだぁ。その折に其方そなたのことがよく持ち上がったものよぉ。」

大殿おおとのがわたくしめのことを・・・。」

「何と申しておったか気になるかぁ・・・。では忌憚きたんなく述べよう。でなければ天の信長殿のぶながどのに怒られるかもしれんからのぉ。」

龍山りゅうざんは笑みを浮かべて揶揄からか気味ぎみに語るが、秀吉ひでよしは笑えず必死である。

其方そなたのことはとにかく『おもしろき奴』と申しておったのをよう覚えておる。其方そなたは他人ができることはいとも容易たやすくやってのけ、その上に誰も思いつかんことを付け加えてくる。それが主人あるじの気に食わないときもあるが、別の折には主人あるじの予想を超えて呆気あっけとなることもあるっ・・・となっ。次は何をしでかすやらぁ、そこが『おもしろい』と申しておったが、それを訊くと麿まろ其方そなたの顔をおがみたくなったものだわぃ。」

「そっ、そんなぁっ、おそおおいことでぇ・・・、少々お恥ずかしゅうございまするぅ。」

「はっはっはっ、別に恥ずかしかることはないっ。其方そなたが申した通り、麿まろ信長殿のぶながどの入魂じっこんであった。信長殿のぶながどの可愛かわいがっておった者を麿まろが邪険に扱うことはない。現在いま麿まろには昔のような力はなくなったが、せがれに話をつけることくらいならできるので、困ったことがあれば何なりと相談するが良いっ。」

「あっ、有難き御言葉おことばぁっ・・・、痛み入りまするぅっ・・・。」

秀吉ひでよしがあまりに防戦一方なので、龍山りゅうざんは少々つまらない。茶化ちゃかすを好む龍山りゅうざんみずか秀吉ひでよしの心をくすぐりにかかる。

「さてぇっ、筑前殿ちくぜんどのが今気にしておることといえば、三河殿みかわどののことではないかぁ・・・。」

「えっ、何故なにゆえ然様さようにお考えでぇ・・・。」

龍山りゅうざん得意気とくいげである。

幽斎殿ゆうさいどのから筑前殿ちくぜんどの信雄殿のぶかつどの織田おだ家督かとくゆずれと迫られて困っておると訊いた。しかもそれを三河殿みかわどのしておるとかぁ・・・。れば先頃まで三河みかわにおった麿まろから家康殿いえやすどののことを何か聞き出したいと思うておるのではと邪推じゃすいしてなぁ・・・。」

きょかれた秀吉ひでよしだが、確かに龍山りゅうざんの情報ならのどから手が出るほど欲しい。

龍山様りゅうざんさま徳川殿とくがわどのとも御縁ごえんが深いそうでぇ・・・。」

「『深い』といっても三河殿みかわどのに知恵を授けるよう、信長殿のぶながどのに頼まれてなぁ。どうすれば田舎いなか国人こくじんはくを付けられるか・・・、朝廷が昔からやってる『家系探かけいさがし』の手伝いをしてやったまでよぉ。向こうは麿まろに感謝し続けておるが、そもそもは信長殿のぶながどのの思惑よぉ。あれでますます三河殿みかわどのは、麿まろ斡旋あっせんした信長殿のぶながどのに逆らえんようになったからのぉ。」

龍山りゅうざん家康いえやすの関係が、信長のぶながほどのものではないと分かり、秀吉ひでよしは少し安堵あんどする。

「まぁっ、そういうことで確かに付き合いは長いわなっ・・・。でっ、其方そなたが知りたいのは三河殿みかわどの現在いま何を考えておるのかということじゃろぉっ。」

「お聞かせいただければ、幸いでございまする。」

「ふむっ。其方そなたさっしておるように、信雄殿のぶかつどの家督かとくゆずるよう声を上げるをそそのしたのは三河殿みかわどので間違いあるまいっ。麿まろにもせがれを通じて参議に奏上そうじょうするよう、みずか嘆願たんがんしてきよったからのぉ。」

「でっ、では内大臣様ないだいじんさまにもっ・・・。」

「あぁっ。一応申し上げたが、せがれは少々困惑しておったのぉ。信雄殿のぶかつどの織田おだ家督かとくを認めれば、其方そなたみやこから遠ざけかねんと心配しておったぁ。せがれの様子からさっするに、其方そなたはもはや御公家衆おくげしゅうにとってみやこの一部なんじゃなぁ。信雄殿のぶかつどの下手へたに力を持たせず、其方そなたみやこ居続いつづけてもらうのが一番じゃと考えておるんじゃろぉ。然様さよう御公家衆おくげしゅうの思惑を三河殿みかわどのは分かっていよう。分かっておって麿まろに頼んでくるということは、みやこを手薄にするわけにはいかんから、三河殿みかわどの其方そなた信雄殿のぶかつどのに代わってみやこに入ろうとしておるのではないかぁ。」

「わたくしめの悪い予感と一致いたします。おそらく徳川殿とくがわどのは大胆にも、わたくしめと信雄殿のぶかつどの仲違なかたがいさせようとしておりまする。いくさでも起これば兵の数が少ない徳川殿とくがわどのの方が評判がよくなり、さらにそれが長引くようであれば、朝廷はいくさを終わらせるためにさっさと信雄殿のぶかつどの家督相続かとくそうぞくを認めてしまわれるだろうと目論もくろんでおるのでしょう。」

真面目まじめ面持おももちで秀吉ひでよしは黙り込んでしまうが、それでも龍山りゅうざん揶揄からかぐせは治まらない。

信雄殿のぶかつどの三河殿みかわどのも、信孝殿のぶたかどのと違って、其方そなたをこの世から消そうとしておるわけではないがぁ、それだけに厄介やっかいじゃのぉ。もしいくさとなれば、其方そなたはこれまで以上に知恵をしぼらねば生き残れんじゃろぉなぁ。さてぇ『おもしろき奴』よぉ・・・、果たしてどぉするっ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

憂国の艦隊

みにみ
歴史・時代
1936年2月26日 東京にて二二六事件が発生 首謀した陸軍青年将校らは捕縛されるも その考えは日本陸軍だけではなく海軍にも広がっていた その頃、ライバルの消えた吉田善吾連合艦隊司令長官を筆頭とする連合艦隊司令部は南進論を展開し有利に進めていた これに異議を呈したが連合艦隊司令部から駆逐艦長に飛ばされたのが主人公である菅野峯昌大佐である 彼は乗艦した試製嚮導駆逐艦眞風の乗員たちとともに翌年の連合艦隊演習で連合艦隊司令部ごと日本海軍の誇りである長門を物理的に撃沈せしめようとする 長門撃沈は成功するのか この世界の日本が歩む道は

久遠の海へ ー最期の戦線ー

koto
歴史・時代
ソ連によるポツダム宣言受託拒否。血の滲む思いで降伏を決断した日本は、なおもソ連と戦争を続ける。    1945年8月11日。大日本帝国はポツダム宣言を受託し、無条件降伏を受け入れることとなる。ここに至り、長きに渡る戦争は日本の敗戦という形で終わる形となった。いや、終わるはずだった。  ソ連は日本国のポツダム宣言受託を拒否するという凶行を選び、満州や朝鮮半島、南樺太、千島列島に対し猛攻を続けている。    なおも戦争は続いている一方で、本土では着々と無条件降伏の準備が始められていた。九州から関東、東北に広がる陸軍部隊は戦争継続を訴える一部を除き武装解除が進められている。しかし海軍についてはなおも対ソ戦のため日本海、東シナ海、黄海にて戦争を継続していた。  すなわち、ソ連陣営を除く連合国はポツダム宣言受託を起因とする日本との停戦に合意し、しかしソ連との戦争に支援などは一切行わないという事だ。    この絶望的な状況下において、彼らは本土の降伏後、戦場で散っていった。   本作品に足を運んでいただき?ありがとうございます。 著者のkotoと申します。 応援や感想、更にはアドバイスなど頂けると幸いです。 特に、私は海軍系はまだ知っているのですが、陸軍はさっぱりです。 多々間違える部分があると思います。 どうぞよろしくお願いいたします。 

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

処理中です...