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齟齬
百八十三.防戦の宗易
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天正十一年十月二日 申の刻
堺は今日も賑やかである。大坂の城に石垣に使う大石が持ち込まれてからは、尚更である。現在はとにかく武具よりも建築資材と装飾品である。暇を持て余している商人などいない。この街全体が咳切る心臓の如く銭を吸い込み、そして周囲へ吐き出している。この日、久しぶりに宗易は自分の店に立ち寄り、奥で選りすぐんだ茶器を木箱に詰めていく。
「札を貼った箱を京へ送るよう、手配しておくれ。申し付けだぞ。」
宗易は慌ただしい。土間で草鞋を履き、直ぐに店を経とうとするも、そのとき思わぬ客人が現れ、宗易は驚く。
「やあぁっ、宗易殿ぉっ、こちらに居られましたかぁ。」
(誰にも告げず立ち寄ったはずなのに、何故彼の者がここにおるのだっ・・・。)
「これは、これはっ。恵瓊殿ではございませぬか。わが店にお越しとは珍しいことでございまするなぁ。」
屈託ない笑みと穏やかな口調で恵瓊が返す。
「此度はわが姫君の御装束の見立てにと堺に立ち寄ったのですが、宗易殿のお店を一度訪ねてみたいと思うておりましてのぉ。良い機会でしたので足を運んでみましたがぁ・・・、それにしてもお店は随分とお忙しい御様子でぇっ・・・、ご迷惑でございましたかなぁ。」
「大坂の城普請が順調でございましてなぁ。この店だけではございませぬ。街中の商店が今やてんてこ舞いでございまするぅ。」
「そのようですなぁ・・・。ところで宗易殿っ。少しお話しさせていただきたいことがあるのじゃがぁ・・・。なぁにぃっ、さほどのお手間は取らせませぬ。」
(此度は何を焚きつけにきたのかぁ・・・。)
「わたくしめも早うこの地を経たねばなりませぬ。少しの間だけならぁ・・・。」
迷惑がる表情の宗易が土間の板敷を弟子に片付けさせると、従者を店の外へ追いやった恵瓊がそこへ座す。
「では手短にぃ・・・。宗易殿っ、筑前守様が柴田殿と信孝殿を討たれてからもう半年になりまする。その間に備中・美作の国人との和睦の話が進んでおり、紀州攻めの手筈も整いつつあると聞き及んでおります。それなのに何故、秀勝様の御婚儀の連絡がござらぬのでしょう。筑前守様は速やかに取り計らわれることを望んでおられたと承知しておりましたがぁ・・・。」
(ちぃっ、このような折にぃ・・・。)
「筑前守様は、秀勝様の御婚儀のことは全て宗易殿にお任せとのことっ。然れば連絡がござらぬのは宗易殿がお忙しくて手が付けられぬのか、もしくは何か思うところがあってのことかぁ・・・。お忙しいのであれば、何か手伝わせていただきますがぁ・・・。」
恵瓊は本音を引き出そうと、敢えて宗易を焚き付ける。宗易も少しむきになる。
「この宗易っ、たとい我が身が裂けるほど忙しくとも、秀勝様の御婚儀という大切な御役目を蔑ろにはいたしませぬ。」
「然れば御婚儀の日取りをさっさと決めてしまってもよろしいのではございませぬか。年内にでもいかがでしょう。」
「うぅぅんっ、年内ですかぁ・・・。」
(坊主めぇっ、急かしよってぇ・・・。それにこの宗易が何か企んでおると疑っておる。鬱陶しいのぉ。しかし信雄様のことを口にするわけにはぁ・・・。)
「何かご都合でもよろしゅうありませぬかぁ・・・。」
(くっ、仕方あるまいっ・・・。)
「年内に御婚儀を取り計らうことはできぬかも知れませぬ。」
その言葉に恵瓊は宗易を見つめたまま黙り込む。幾分予想通りの返だったようで、驚いている様には見えない。しかし恵瓊が納得していないことは十分見て取れる。
「宗易殿までそう仰られますかぁっ・・・。」
「『わたくしめまで』と申されましたかぁ・・・。」
恵瓊の歪んだ口元は苦々しさを醸し出している。
「官兵衛殿もそう仰られました。実のところ、和睦の話も伸びるやもと・・・。しかしその訳は頑なに申されませんでした。宗易殿ぉっ、何故でございますかぁ。戦は決したのでございますぞぉ。」
眼を瞑る宗易はどこまで恵瓊に打ち明けるか悩み果てる。
「確かに信孝様の脅威は無くなりましたが、筑前殿には新たな厄災がこれから降り掛かることでございましょう。」
「なっ、何とぉ。誰ぞ筑前守様の御命を獲ろうとされていると申されるのですかぁ。一体それはぁ・・・。」
大袈裟な恵瓊を宗易は制する。
「然様なことは申しておりませんぞっ、恵瓊殿ぉっ。こればかりはわたくしめの口からは申せませぬ。ですが・・・、恵瓊殿には早う安芸に戻られることをお勧めいたします。」
恵瓊の諦めが悪い。
「御館様に関わることでございますかぁ・・・。公方様にございますかぁ・・・。しかしわれらとて公方様の動向には眼を光らせておりまする。怪しい動きなぞは・・・。」
呆れる宗易は溜息一つ吐く。
「いずれにせよ、また其方の主人が心変わりするやも知れませぬ・・・とだけ申しておきましょう。然すれば御婚儀の件はまたも先延ばしということにぃ・・・。」
「宗易殿ぉっ、何がぁ・・・、何が起こってるというのですかぁ。わたくしめにお教えいただけませぬかぁ・・・。」
「くどいですなぁ。わたくしめの口からは申せぬと云っておりまする。」
「まさかっ、宗易殿ぉっ、御館様に何か謀を・・・。」
(此奴っ、わざと怒らせよってぇっ・・・。怒らせてこの宗易の口を割らせようとしておるのじゃろうがぁ、そうはいかんぞぉっ・・・。)
「恵瓊殿っ、流石に無礼でございますぞぉ・・・。聞かなかったことにいたしますので、ここは早う安芸へお戻りなされぇ。もしかすると戻った頃に分かるやもしれませんぞ。」
堺は今日も賑やかである。大坂の城に石垣に使う大石が持ち込まれてからは、尚更である。現在はとにかく武具よりも建築資材と装飾品である。暇を持て余している商人などいない。この街全体が咳切る心臓の如く銭を吸い込み、そして周囲へ吐き出している。この日、久しぶりに宗易は自分の店に立ち寄り、奥で選りすぐんだ茶器を木箱に詰めていく。
「札を貼った箱を京へ送るよう、手配しておくれ。申し付けだぞ。」
宗易は慌ただしい。土間で草鞋を履き、直ぐに店を経とうとするも、そのとき思わぬ客人が現れ、宗易は驚く。
「やあぁっ、宗易殿ぉっ、こちらに居られましたかぁ。」
(誰にも告げず立ち寄ったはずなのに、何故彼の者がここにおるのだっ・・・。)
「これは、これはっ。恵瓊殿ではございませぬか。わが店にお越しとは珍しいことでございまするなぁ。」
屈託ない笑みと穏やかな口調で恵瓊が返す。
「此度はわが姫君の御装束の見立てにと堺に立ち寄ったのですが、宗易殿のお店を一度訪ねてみたいと思うておりましてのぉ。良い機会でしたので足を運んでみましたがぁ・・・、それにしてもお店は随分とお忙しい御様子でぇっ・・・、ご迷惑でございましたかなぁ。」
「大坂の城普請が順調でございましてなぁ。この店だけではございませぬ。街中の商店が今やてんてこ舞いでございまするぅ。」
「そのようですなぁ・・・。ところで宗易殿っ。少しお話しさせていただきたいことがあるのじゃがぁ・・・。なぁにぃっ、さほどのお手間は取らせませぬ。」
(此度は何を焚きつけにきたのかぁ・・・。)
「わたくしめも早うこの地を経たねばなりませぬ。少しの間だけならぁ・・・。」
迷惑がる表情の宗易が土間の板敷を弟子に片付けさせると、従者を店の外へ追いやった恵瓊がそこへ座す。
「では手短にぃ・・・。宗易殿っ、筑前守様が柴田殿と信孝殿を討たれてからもう半年になりまする。その間に備中・美作の国人との和睦の話が進んでおり、紀州攻めの手筈も整いつつあると聞き及んでおります。それなのに何故、秀勝様の御婚儀の連絡がござらぬのでしょう。筑前守様は速やかに取り計らわれることを望んでおられたと承知しておりましたがぁ・・・。」
(ちぃっ、このような折にぃ・・・。)
「筑前守様は、秀勝様の御婚儀のことは全て宗易殿にお任せとのことっ。然れば連絡がござらぬのは宗易殿がお忙しくて手が付けられぬのか、もしくは何か思うところがあってのことかぁ・・・。お忙しいのであれば、何か手伝わせていただきますがぁ・・・。」
恵瓊は本音を引き出そうと、敢えて宗易を焚き付ける。宗易も少しむきになる。
「この宗易っ、たとい我が身が裂けるほど忙しくとも、秀勝様の御婚儀という大切な御役目を蔑ろにはいたしませぬ。」
「然れば御婚儀の日取りをさっさと決めてしまってもよろしいのではございませぬか。年内にでもいかがでしょう。」
「うぅぅんっ、年内ですかぁ・・・。」
(坊主めぇっ、急かしよってぇ・・・。それにこの宗易が何か企んでおると疑っておる。鬱陶しいのぉ。しかし信雄様のことを口にするわけにはぁ・・・。)
「何かご都合でもよろしゅうありませぬかぁ・・・。」
(くっ、仕方あるまいっ・・・。)
「年内に御婚儀を取り計らうことはできぬかも知れませぬ。」
その言葉に恵瓊は宗易を見つめたまま黙り込む。幾分予想通りの返だったようで、驚いている様には見えない。しかし恵瓊が納得していないことは十分見て取れる。
「宗易殿までそう仰られますかぁっ・・・。」
「『わたくしめまで』と申されましたかぁ・・・。」
恵瓊の歪んだ口元は苦々しさを醸し出している。
「官兵衛殿もそう仰られました。実のところ、和睦の話も伸びるやもと・・・。しかしその訳は頑なに申されませんでした。宗易殿ぉっ、何故でございますかぁ。戦は決したのでございますぞぉ。」
眼を瞑る宗易はどこまで恵瓊に打ち明けるか悩み果てる。
「確かに信孝様の脅威は無くなりましたが、筑前殿には新たな厄災がこれから降り掛かることでございましょう。」
「なっ、何とぉ。誰ぞ筑前守様の御命を獲ろうとされていると申されるのですかぁ。一体それはぁ・・・。」
大袈裟な恵瓊を宗易は制する。
「然様なことは申しておりませんぞっ、恵瓊殿ぉっ。こればかりはわたくしめの口からは申せませぬ。ですが・・・、恵瓊殿には早う安芸に戻られることをお勧めいたします。」
恵瓊の諦めが悪い。
「御館様に関わることでございますかぁ・・・。公方様にございますかぁ・・・。しかしわれらとて公方様の動向には眼を光らせておりまする。怪しい動きなぞは・・・。」
呆れる宗易は溜息一つ吐く。
「いずれにせよ、また其方の主人が心変わりするやも知れませぬ・・・とだけ申しておきましょう。然すれば御婚儀の件はまたも先延ばしということにぃ・・・。」
「宗易殿ぉっ、何がぁ・・・、何が起こってるというのですかぁ。わたくしめにお教えいただけませぬかぁ・・・。」
「くどいですなぁ。わたくしめの口からは申せぬと云っておりまする。」
「まさかっ、宗易殿ぉっ、御館様に何か謀を・・・。」
(此奴っ、わざと怒らせよってぇっ・・・。怒らせてこの宗易の口を割らせようとしておるのじゃろうがぁ、そうはいかんぞぉっ・・・。)
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