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駆引
百二十五.逆襲の一益
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天正十年十二月二十四日 子の刻
岐阜を攻め落とした秀吉は、三法師と信雄と共に安土へ入った。さらに秀吉と信雄は京にも足を運び、簡便ではあったが、新しい織田家の執務体制を朝廷へ報告した。その後、秀吉も信雄もしばらくは信孝派の動きはないと見て、秀吉は姫路へ、信雄も尾張へ一旦の帰途についた。二人とも年賀は地元で過ごせると安心しきっている。一方、深夜の長島の城では一益と一益の甥の滝川儀太夫益重が燭台を挟んで眼をぎらぎら輝かせている。
「儀太夫っ、例の薬売りは吐いたかぁ。」
「いえっ、ですが彼奴の身の動きからして、ただの商人でないことは明らか。とはいえ、伊賀や雑賀衆のような乱破なら捕まえた途端に自死を目論むはず。手練れではございますが、ただ銭に目が眩んだ商人と察します。」
二人の声は小さい。数日前、木曽川の河岸の宿場にやたら北畠具親の行方を云ってまわる商人がいるとの報せを受け、一益は益重に密かに拿捕するよう命じた。軽業師の如く逃げ回られたが、半日かけてようやく捕まえた。特に目立った道具などは持っておらず、拷問にかけても口を割ることはなかった。
「がめつい商人かぁ・・・。ならば真の主人は知らんじゃろう。これ以上用は無いっ、斬れっ・・・。しかし斯様な者の使い手となれば、筑前か小一郎の仕業じゃなぁ。」
「されど何故、北畠が伊賀から安濃津を襲うと云い触れたのでございましょう。」
「わしの足を止めるためじゃ。」
「それはそうなのでございますが、安濃津は信包様の拠り所。織田を憎んでおるとはいえ北畠が脇を固めず、直に織田の一族を襲うとは少々浅はかとは思いませぬかぁ。」
「確かにのぉ・・・。つまり儀太夫が云いたいのは、筑前が斯様な噂を広めるのは、わしの動きを止めるだけではないということじゃなっ。」
「考えすぎでございましょうかぁ・・・。」
一益はしばらく考え込み、やがて話を続ける。
「いやっ、相手はあの筑前じゃ。むしろ他にも裏があると見た方がえぇじゃろう。じゃが他の目的といってもなぁ・・・。うぅぅん・・・。ここは目先を変えて、筑前ではなく、具親の立場で考えてみるかぁ。儀太夫なら何処を攻めるぅっ。」
「やはり伊勢の南ですなぁ。城でいえば松ヶ島城でございましょうかぁ。何よりさらに南から攻められることが考えにくい地ですからなぁ。」
「兵を北に集中させることができるというわけじゃな。わしも同感じゃ。兵が少なければ尚更じゃ。ならば松ヶ島城を何処から攻めるかっ。」
「海近くは目立ちますから、兵は集めにくくございましょう。やはり山の手。多気を拠り所とするのが最も適っていると思われますがぁ・・・。」
「如何したっ。」
「そう考えて多気を見張らせておったのですが、特に動きはぁ・・・。」
「うぅぅんっ・・・、他に伊勢を襲うのに都合がえぇ処かぁ・・・。」
考え込む二人であったが、突然一益が閃く。
「いやっ、ちぃと待てよ。確か多気よりさらに山奥に昔城があったと思うが・・・。」
「えぇ、十年ほど前まではぁ・・・。でもすぐに取り壊されてぇ・・・、まっ、まさかあんな奥地に新しい砦が築かれておるとかぁ・・・。」
「あの辺りに詳しい者は誰じゃ。」
「確か最後にその城に入ったのが安保直親っ。」
一益の眼に確信が注ぎ込まれていく。
「まさに北畠の旧臣ではないかぁ・・・。分かったぞ、儀太夫っ。筑前は多気の山奥からわしらの視線を逸らしたいんじゃぁ。」
「ならば具親はぁ・・・。」
「おそらくそこじゃぁ。それに具親は筑前と連んどるっ、いやっ、唆されとるっ。わしらが伊賀を隈なく探しても見つからんはずじゃぁ。」
「密かに砦を築くとは、なんと大胆な・・・。」
「じゃが筑前らしいわぃ。とはいえ、この寒さじゃ。まだ大して出来あがっとらんじゃろう。権六殿が動き出す春までに整えればえぇっちゅうところかぁ・・・。」
益重はいよいよ戦ぞと云わんばかりに一益を急かせる。
「いかが致します。攻めますかぁ・・・。」
「いやっ、筑前との戦の前に兵は温存したいっ。ここはぁ・・・、婿殿に具親の居場所を教え、婿殿に討ってもらうとするかぁ。」
「雄利殿が乗ってくれますかぁ。」
「婿殿らは海側から、わしらは山間から具親を挟み撃ちにいたそうと申し出よう。」
「雄利殿を騙すのですかぁ。」
「いざわしらが来んことを知ったら、婿殿は不思議がるじゃろうなぁ。じゃがわしらは婿殿が具親を討った刻を同じくして、筑前に対して兵を挙げねばならんっ。」
北畠よりも秀吉との戦に拘っていることは分かってはいたが、益重は一益の判断に驚く。
「えっ、雪が溶けるのを待たないのですかぁ。」
一益はにやと唇を曲げ、己の体にふつふつと炊き上がるものを実感する。
「筑前はしばらくわしらは動かんと見ておる。その裏をかき、筑前の動きが鈍いうちに伊勢の城をできるだけわれらの手中に収めていく。」
「しかし、すぐに取り返されませんかぁ。」
「刻を稼ぐのが目的じゃぁ。最後は長島だけになっても構わん。この城なら半年は籠城できるっ。権六殿が南下するには十分すぎるじゃろぅ。儀太夫、信孝殿と信孝殿の神戸以来御付きの御家来に使いを出し、このことを伝えよ。あぁっ、東美濃衆にもじゃぁ。」
「信孝様は動けますか。」
「機を逃さなければなっ。然すればわしらが筑前を討つ機も芽生えよう。この戦、しばらくは我慢の戦じゃ。皆を集めよっ、軍議を開くぅっ・・・。」
岐阜を攻め落とした秀吉は、三法師と信雄と共に安土へ入った。さらに秀吉と信雄は京にも足を運び、簡便ではあったが、新しい織田家の執務体制を朝廷へ報告した。その後、秀吉も信雄もしばらくは信孝派の動きはないと見て、秀吉は姫路へ、信雄も尾張へ一旦の帰途についた。二人とも年賀は地元で過ごせると安心しきっている。一方、深夜の長島の城では一益と一益の甥の滝川儀太夫益重が燭台を挟んで眼をぎらぎら輝かせている。
「儀太夫っ、例の薬売りは吐いたかぁ。」
「いえっ、ですが彼奴の身の動きからして、ただの商人でないことは明らか。とはいえ、伊賀や雑賀衆のような乱破なら捕まえた途端に自死を目論むはず。手練れではございますが、ただ銭に目が眩んだ商人と察します。」
二人の声は小さい。数日前、木曽川の河岸の宿場にやたら北畠具親の行方を云ってまわる商人がいるとの報せを受け、一益は益重に密かに拿捕するよう命じた。軽業師の如く逃げ回られたが、半日かけてようやく捕まえた。特に目立った道具などは持っておらず、拷問にかけても口を割ることはなかった。
「がめつい商人かぁ・・・。ならば真の主人は知らんじゃろう。これ以上用は無いっ、斬れっ・・・。しかし斯様な者の使い手となれば、筑前か小一郎の仕業じゃなぁ。」
「されど何故、北畠が伊賀から安濃津を襲うと云い触れたのでございましょう。」
「わしの足を止めるためじゃ。」
「それはそうなのでございますが、安濃津は信包様の拠り所。織田を憎んでおるとはいえ北畠が脇を固めず、直に織田の一族を襲うとは少々浅はかとは思いませぬかぁ。」
「確かにのぉ・・・。つまり儀太夫が云いたいのは、筑前が斯様な噂を広めるのは、わしの動きを止めるだけではないということじゃなっ。」
「考えすぎでございましょうかぁ・・・。」
一益はしばらく考え込み、やがて話を続ける。
「いやっ、相手はあの筑前じゃ。むしろ他にも裏があると見た方がえぇじゃろう。じゃが他の目的といってもなぁ・・・。うぅぅん・・・。ここは目先を変えて、筑前ではなく、具親の立場で考えてみるかぁ。儀太夫なら何処を攻めるぅっ。」
「やはり伊勢の南ですなぁ。城でいえば松ヶ島城でございましょうかぁ。何よりさらに南から攻められることが考えにくい地ですからなぁ。」
「兵を北に集中させることができるというわけじゃな。わしも同感じゃ。兵が少なければ尚更じゃ。ならば松ヶ島城を何処から攻めるかっ。」
「海近くは目立ちますから、兵は集めにくくございましょう。やはり山の手。多気を拠り所とするのが最も適っていると思われますがぁ・・・。」
「如何したっ。」
「そう考えて多気を見張らせておったのですが、特に動きはぁ・・・。」
「うぅぅんっ・・・、他に伊勢を襲うのに都合がえぇ処かぁ・・・。」
考え込む二人であったが、突然一益が閃く。
「いやっ、ちぃと待てよ。確か多気よりさらに山奥に昔城があったと思うが・・・。」
「えぇ、十年ほど前まではぁ・・・。でもすぐに取り壊されてぇ・・・、まっ、まさかあんな奥地に新しい砦が築かれておるとかぁ・・・。」
「あの辺りに詳しい者は誰じゃ。」
「確か最後にその城に入ったのが安保直親っ。」
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「まさに北畠の旧臣ではないかぁ・・・。分かったぞ、儀太夫っ。筑前は多気の山奥からわしらの視線を逸らしたいんじゃぁ。」
「ならば具親はぁ・・・。」
「おそらくそこじゃぁ。それに具親は筑前と連んどるっ、いやっ、唆されとるっ。わしらが伊賀を隈なく探しても見つからんはずじゃぁ。」
「密かに砦を築くとは、なんと大胆な・・・。」
「じゃが筑前らしいわぃ。とはいえ、この寒さじゃ。まだ大して出来あがっとらんじゃろう。権六殿が動き出す春までに整えればえぇっちゅうところかぁ・・・。」
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「いかが致します。攻めますかぁ・・・。」
「いやっ、筑前との戦の前に兵は温存したいっ。ここはぁ・・・、婿殿に具親の居場所を教え、婿殿に討ってもらうとするかぁ。」
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