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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
17.社畜と女子高生と地獄
しおりを挟む翌朝。
六時過ぎに起きた俺は、両親と一緒に朝食をとった。
うちの親は両方とも高校教師。父親は数学、母親は音楽。六十歳近い父親は今、俺の母校の校長を努めている。
父は家庭では寡黙な人だ。学校ではそうでもないらしいが、俺は父がよく喋る姿を見たことがない。暇さえあれば仕事をする人で、今日も学校へ行って残っている仕事を片付けるらしい。
母はそれとは対象的で、あまり仕事をする人ではない。音楽教師は吹奏楽部や合唱部などの指導さえなければそこまで時間的に厳しくないので、今はわざと部活があまり活発ではない学校を選び、それなりの生活を送っている。
両親には、最近の状況を話しておいた。と言っても遅くまで仕事をする日々で、特に昇進も、結婚の予定もない、ということだけ。学校の教師なんて社会全体から見れば特殊な人種だから、一般的な会社員の話なんか通じない。だから、それなりにしか話せないのだ。両親もそれはわかっていて、「大変だなあ」くらいしか相槌を打たない。とりあえず俺が元気であれば、それでいいようだ。
食事の最後に、友達とどこかへ遊びに行くと伝えておいた。友達の名前は、高校時代に仲が良かった奴の名前を適当に言った。俺はもともと中学生くらいの時から両親より友人と行動することに重きを置いていたから、特に文句は言われなかった。母から「長いこと運転したんやけん、もう少し休めば」と言われたくらいだ。
朝食のあとは家の中を闊歩している猫たちとたわむれた。母が歳をとったせいか、数はだいぶ減った。それでも三匹保護している。どれも三郎太のような老猫ばっかりで、家全体が歳をとっているような気がしてならない。
その後マークXで徳島駅前に向かい、理瀬を拾った。
駅前のロータリーで長いこと車をとめると警察に捕まるので、俺は行くあてもないのに適当な方向へ車を走らせた。
「昨日はよく眠れたか?」
「はい。朝食にすだちが出てきましたよ。食べたらすっぱかったです」
「ぶっ。あれは食べるんじゃなくて、レモンみたいにかけるんだよ」
「そ、そうなんですか」
何にでもすだちをかけようとするのは徳島県民の伝統。理瀬に教えてやればよかった。
「どこへ行くんですか?」
「うーん。実はあんまり決めてないんだよな。どっか行きたいとこあるか?」
「宮本さんの行きたい場所でいいですよ。思い出の場所とかないんですか?」
「高校とか、バンドやってた頃練習に使ってたライブハウスとかは、今更入れないからなあ。外から見るだけになってしまうな」
「高校時代の話は、照子さんのことを含めていっぱい聞きました。それより前の思い出とかないんですか」
「それより前? 中学生の頃か。あー、海でも見に行くか」
「海、ですか?」
「ああ。俺、中学生の頃はほんとに馬鹿でさ。男友達どうしで集まって、自転車でいけるところまでひたすら旅してたんだよ。海には何回も行った。お前、あんまり海とか行ったことないだろ」
「沖縄のビーチに行きましたよ」
「あんな南国のビーチとは別物だ。冬の海だよ。風が強すぎてまともに歩けないうえ、自分たち以外に誰もいない。波も高いから、波打ち際には近寄れない」
「……それ、何か楽しいんですか?」
「あの頃は楽しかったよ。何もなくてもな」
理瀬は複雑そうな顔をした。東京で生まれ育った理瀬には、そもそも自転車で移動するという概念すらない。自転車という乗り物さえあれば、行動範囲がぐっと広がり、どこへでも行けるような気分になる。だから、行けるところまで行く。
中学生男子が考えていることなんて人それぞれだから、それが一般的な青春の過ごし方なのかはわからない。ただ、中学時代から徹底的に将来を見据えて動いていた理瀬と、気が向くままに過ごしていた俺の生き方は、明らかに違う。
そういうことを説明したかったのだが、理瀬は共感してくれないようだ。
「よし、じゃあ中学生の心に戻って、行けるところまで行くか」
「えっ、ここからですか」
「おう。あの看板見てみな」
下りの国道の看板には『室戸 150Km』と書かれていた。
** *
「あの看板見てさ、馬鹿な友達と一緒に『室戸岬まで行くかwwwww』って話になって、自転車でひたすら南に向かったんだ。まあ、実際は遠すぎて、二時間くらい走って阿南市に着いたところで挫折したんだが」
「室戸岬って、何があるんですか?」
「何もないよ。大学生になって免許を取った後、一緒に帰省した照子と行ったことがある。本当になにもないところだった。海が見えるだけだ」
「宮本さんは、本当にそこに行きたいんですか」
「うーん。室戸岬に行っても何もないのは承知の上だよ。中学生の頃の俺の心理を考えたら、とにかく行けるところまで行く、っていうのがポリシーだったから。車ならどこまででも行けるから、とにかく時間をかけて移動してみたいんだよ」
「室戸岬まで、何時間くらいかかるんですか」
「三時間くらいかなあ」
「はあ……」
理瀬はあまり乗り気ではないようだ。室戸岬に行きたい、なんて言う女の子はまずいないだろうから、当然ではある。ただ今の理瀬の気持ちを俺なりに解釈すると、単純に室戸岬へ行きたくないというよりは、理瀬が知りたがっている俺の一面とは違うところを説明している、と思っているようだ。
理瀬が知りたいのは、俺がなぜ辛い、辛いと言いながら社畜をやめないのか、ということ。俺自身、その理由はわからない。辛くても環境に慣れてしまって離れられないとか、生活のためだから仕方ないとか、適当に説明してもかまわない。ただ、それで理瀬が納得するとは思えなかった。
なので俺のルーツの一つとして、中学生時代の馬鹿なノリを理瀬に体験させたいのだが、お気に召さなかったようだ。
実際のところ、俺が社畜を続ける理由に明確なものはなく、説明しろと言われても難しい。説明できない、と言っても理瀬は納得してくれないだろうから、時間をかけて、俺が説明できないことを理解してもらうしかない。自分でも、室戸岬に行くことがなんの説明にもならないのは、よくわかっていた。
阿南市まで渋滞しがちな広い道をだらだら走ったあと、片側一車線の山道へ入る。いつの間にか日和佐町まで自動車専用道路ができていて、俺が思っていたよりだいぶ早く進んだ。
日和佐町に入ると、薬王寺の前で軽い渋滞にはまる。四国八十八ヶ所の二十三番札所である薬王寺は、厄払いの寺として有名だ。初詣ほどではないが、年末の休暇を利用して多くの人が参拝している。
「あれが薬王寺だ」
山の斜面に立つ薬王寺の建物を指差し、理瀬に教えてやった。
「照子さんのご実家とかですか?」
「いや。あいつの名字は、あの寺の近くに本家の実家があるから、って理由だけだ。お寺の人とは一切関係ないらしい。田舎の人の名字なんてみんな適当だからな」
「けっこう人が多いですね」
「せっかくだから寄るか」
車を止め、俺たちは薬王寺に向かった。けっこうきつい階段を登り、本堂で賽銭をする。
「宮本さん、慣れてますね」
「ここ、ガキの頃にじいちゃんばあちゃんと一緒に何回も来たんだよ。信心深かったからなあ。そうだ、せっかくだし『地獄』に寄るか」
「なんですか、それ?」
「地獄そのものだよ」
薬王寺の中でもひときわ目をひく赤い塔の下に、『地獄』はある。祖父母がそう呼んでいるだけで、正式名称はよく知らない。どのような施設かはよく覚えている。
階段を降りると、まずは何も見えない真っ暗な部屋がある。
「えっ、えっ、ちょっと宮本さん、どこですか」
「ここだよ」
「わかりませんよ、こっちきてくださいよ」
そういえば理瀬は暗いところが苦手なのだった。怖がらせるために連れてきたわけではないので、なんか申し訳ない気持ちになる。
理瀬の声をたよりに近づくと、がばっ、と腕全体に理瀬が巻き付いてきた。
「そんなに怖いか」
「……」
「ああ、ごめんごめん。先に行こう」
理瀬はずっと無言だった。声を出す余裕がないらしい。表情もわからず、パニックを起こされたらまずいと思った俺は、暗闇のゾーンをさっさと抜けた。
次のエリアには、地獄絵図が飾ってある。
鬼に舌を抜かれたり、串刺しにされたり、火炙りにされる人間の絵だ。
昔の絵なのでリアリティは欠けるが、独特の恐ろしさがある。空間が暗いこともあり、理瀬も息を飲んでいた。
「悪いことしたらこうなるぞ、ってばあちゃんによく言われてなあ。妹はすごく怖がってたよ。俺はどっちかというと好奇心のほうが強くて、地獄の絵を隅々まで見て、どんなことをされるか観察してた」
言いながら、これが社畜を続けている理由の一つじゃないか、と俺は思った。悪いことをすると地獄に落ちる。あくまで概念的なことだが、幼少期のトラウマというものは人生のほぼ全てに反映されるもので、俺にそんな潜在的意識があってもおかしくない。
ただ、普段仕事をしながら「死後、極楽浄土へ行くため」と考えたことは一度もない。やはり違う気がする。これはただの思い出だ。理瀬へ説明する理由には、なりそうもない。
というか、理瀬は外に出るまでずっと俺の腕にしがみついていて、そんなことを話している場合ではなかった。
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