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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ

18.社畜と女子高生と室戸岬

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「理瀬さんや、そろそろ離れてくれませんかね」

「……」


 薬王寺の『地獄』へ入ったあと、完全にへそを曲げてしまった理瀬は、外に出ても俺の腕にしがみついて離れなかった。もう怖がってはいないようだが、むすっとしている。


「いや、ほんとに怖がらせるつもりはなかったんだ。お前が暗所恐怖症なのは完全に忘れてた」

「……私の怖いことくらい、覚えておいてくださいよ」


 どうやら理瀬の怒りポイントはそこらしい。何の配慮もなかった俺に抗議しているのだ。


「もう怖くないだろ。あんまりベタベタしてたら怪しい仲だと思われちゃうだろ。俺たち、きょうだいにしては歳が離れすぎてるし、親子にしては近すぎるんだから」

「じゃあ、カップルと思われればいいですよ」

「いや、それは無理ありすぎだろ」

「……やっぱり離してあげませんよ」


 譲りたくないところは徹底して譲らない理瀬の性格が発揮されているらしく、俺の腕に巻きついて離れようとしない。コートで着ぶくれしているから、ほぼコートの感触しか伝わらないのが救いだ。胸の感触があったら危なかった。理瀬の胸が小さくて助かった。


「……今、ものすごく失礼なこと考えてませんか?」

「えっ、いや、何も考えてないよ」


 やばい。ちょっとの間黙っていたら、思考を理瀬に悟られた。

 女の子の機嫌をとる時は、まず甘いものを与えるべきだと決まっている。参道で数件やっている露店にりんご飴があったので、買ってやることにした。


「りんご飴、食べてみたいだろ?」

「……」


 理瀬はまだムスッとしていたが、りんご飴を食べたくない女子高生など存在しない。お祭りなどへ行くことのない理瀬は、不機嫌を演じながらも明らかにりんご飴に興味を示している。まだ食べたことがないなら、なおさら食べたいだろう。

 俺はりんご飴を一本買い、理瀬に渡した。表面がべたつくりんご飴を俺と密着しながら食うのは不可能なので、やっと理瀬は俺の腕を開放してくれた。


「ずるいですよ」

「大人だからなあ」

「たこ焼きも食べたいですよ」

「はいよ」


 ちょうどお昼時で、俺も小腹が空いていた。露店の食べ物は値段が高いが、理瀬の機嫌が治るならこれ以上のことはない。俺たちは外のベンチに座り、たこ焼きを一緒につついた。


「ふはっ」


 焼き立てで熱々だったので、理瀬が口に入れてからはふっ、はふっと焦る。


「はは。ちょっとずつ食えばいいのに」

「先に言ってくださいよ」


 理瀬がペットボトルのお茶を飲みながら、俺に抗議する。

 熱々のたこ焼きをまるごと口に入れたら、中のとろっとした熱い生地が噴出してきて舌をやけどする。常識だと思っていたが、よく考えたら東京にいるときは徳島にいた時ほどたこ焼きを食わなかった。たまに食っても微妙な味だった。徳島は関西が近いから、本場大阪に近いたこ焼きが普及していて、出店でも美味い。東京に出なければ気づかなかったことだ。

 小休止を済ませた俺たちは、再び車で南を目指した。


** *


 日和佐を過ぎ、南阿波サンラインという海沿いの道路を走った。国道より遠回りなのだが、海を望む景色がよく、理瀬に見せたかった。ただ坂とカーブがきついので、理瀬はりんご飴を落とさないようにするので必死だった。

 南阿波サンラインを抜け、牟岐町を過ぎたあたりからほとんど建物がなくなり、海と道路だけの道が続く。高知県に入り、東洋町にあるコンビニで一度トイレ休憩をとった。ここから先は一時間くらいコンビニも何もないからだ。

 りんご飴を食べおわった理瀬は、海の景色をずっと眺めていた。あまりに遠く単調な道なので、だんだん話すこともなくなってきた。精神を限界まで疲労させながらなにもない場所へ向かう、という点では中学生の頃の自転車旅行と同じだ。話さなくなったところを見るに、理瀬も疲れはじめただろう。俺の気持ちがわかってくれただろうか。

 そんなこんなで室戸岬に到着。駐車場に車を止め、海へ向かって二人で歩く。


「これは……本当に何もないですよ」

「言ったとおりだろ」


 ドヤ顔で返事をする俺。理瀬は「いや、そんなこと自慢されても困りますよ」とでも言うように首をかしげる。

 室戸岬の先端は岩場になっていて、半分くらいの岩が海につかっている。磯場のようなものだ。

 特にすることもないので、俺は岩づたいにジャンプして海へ進んだ。


「ちょっと、危ないですよ」

「大丈夫だよこのくらい。濡れてるところは滑るから、そこだけ注意すればいい」

「転んだら怪我しますよ」

「怖いのか? そこで待っててもいいぞ」


 俺がそう言うと、理瀬はむすっとして岩に登った。子供扱いされるのが一番嫌なのだ。

 ジャンプで通れる道を探し、理瀬がちゃんと後ろからついてきているのを確認してから、ずんずんと海の方向へ進む。理瀬は運動が特別苦手というわけではないので、コツを掴んだらあとは難なくついてきた。

 そのうち高さ数メートルある巨大な岩にたどり着いた。足場がよかったので、俺は頂上まで登った。これは流石に理瀬にはきついかと思ったが、足をかけるところが広かったので、最後までついてきた。


「やるじゃん」

「はあ、はあ……」


 息を切らしながら、理瀬は俺の腕に巻き付いてきた。『地獄』へ入った時と同じだ。


「高いところも怖いのか? お前の家より全然低いぞ」

「息が切れてきたので、ふらふらしたら危ないからですよ」


あまり俺の体に接近させたくないのだが、たしかに自分でもやりすぎた、と思うほど危険なところまで来てしまったので、しばらくそのままにしておいた。


「海は綺麗だなあ」


 高い岩からは、太平洋の海がよく見えた。豊洲のタワーマンションから見る東京湾と違って、太平洋の海はどこを見ても地平線しか見えない。広く、深く、飲み込まれそうになる。

 理瀬も、じっと広い海を見つめていた。何を考えているのかはわからないが、その瞬間だけは隣にいる俺のことは何も考えていないようだった。


「来てよかっただろ」

「はい。沖縄で見た海とは全然違いますよ」

「あれはあれで綺麗だったけど。俺が知ってる海っていうのは、こういうもんだ。見てるだけで、気分が晴れるだろ?」

「気持ちはなんとなくわかりますよ」


 ずっと海を見ていたい気分だったが、海上ということもあり冷えてきたので、さっさと降りることにした。登るより降りる方が危険なので、俺が先に降りたあと、理瀬が安全に降りられるよう足のかけ方を一箇所ずつ教えた。

 陸地に戻り、俺達は車を停めたところへ戻った。


「さて、帰るか」

「えっ、これで終わりですか」

「他にすることあるか?」

「特にないですけど……」

「さんざん体力使って無駄なことをする。若い時ってそういうもんだろ」

「多分、それは男子だからですよ」

「そうかなあ」

「あの、さっき車の中で調べたら、ここの山の上に灯台とお寺があるみたいなんですけど、せっかく来たので行ってみましょうよ」

「えっ、そうなの?」

「知らなかったんですか? そっちの方が景色いいみたいですよ」


 知らなかった。

 とにかく遠いところに行ってみたい、という気持ちだけで来たから、室戸岬に到達しただけで俺は満足していた。

 わざわざ遠いところへ来たから気になるものは全部見ていこう、という理瀬の冷静さとスマートさに感心しながら、俺は車に乗り込んだ。
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