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4.大家族の食事係
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パンケーキをふっくらと焼くためのコツは、冷やした卵白で作るメレンゲだ。
卵黄、牛乳、薄力粉とベーキングパウダーを合わせてよく混ぜた生地に、グラニュー糖を加えたメレンゲをざっくりあわせる。
あとは、ホットプレートにこんもりと生地を置いて、時々蒸しながらじっくりと焼き上げていくだけ。
「お店のやつだ」
ホットプレートの上にのったパンケーキのお山をみて、ゴクンと桃ちゃんが喉を鳴らす。
「ねえ、祥太朗も洸太朗も遅くない? 桃ちゃん連絡したのよね?」
「した! 帰って来ないと三人で食べちゃうよって言った。洸ちゃん、甘いの大好きだからすぐ帰るって言ってたよ」
二人は朝食後、車を磨くと洗車に出掛けて行った。
「ねえ、もういいよ。二人が帰って来なくても、食べよう、焼き上がったらすぐ食べようね」
美咲さんまでフォークとナイフを手に焼き上がるのを待ってる状態。
それを横目にキレイについた焦げ目を確認して潰れないように裏返した。
大丈夫、先に二人に食べて貰ってる間に祥太朗さんと洸太朗くんの分を焼こう。
あとで勇気さんの分も焼こう、生地はたくさんある。
もう後少しで焼き上がるという頃になって、ピンポーンと呼び鈴が鳴り、三人で顔を見合わせた。
「誰? お客さん? 宅配便? 美咲ちゃん、なんか頼んだ?」
「頼んでないよ、てかこのタイミングで!!」
もうすぐ焼き上がるその一歩手前でのお客さんに、美咲さんが苛立ちながらインターホンに向かう。
「……、あれ? あ、玄関開けてやって、桃ちゃん。涼真くんじゃん」
「はーい、めずらしいねえ。どうしたんだろ?」
涼真くん? あ、確かマスターの名前だ。
玄関に向かった桃ちゃんが、マスターを連れて戻って来る。
「ども」
フライ返しを持った私に挨拶をしてくれるマスターに、私も頭を下げる。
「なに、どうした? 祥太朗? 勇気?」
「あ、違くて。風花さんに用事があって」
私に?
「ねえ、風花ちゃん、そろそろじゃないのー?」
漂う甘い匂いに耐え切れなくなった桃ちゃんがホットプレートのすぐ側まで顔を乗り出す。
「あ、涼真くんお昼食べた?」
「いえ、すぐ帰るんで」
「急いで帰る用事あるの?」
「ないですけど」
チラッと私の顔を見たマスターに。
「あ、あの、今焼けたとこなので。まだまだ焼くので、是非」
「そうだ、そうだ、是非~! 風花ちゃん、いっぱい焼いて~!!」
わーいとはしゃぐ二人をみて、マスターが困ったように頭をさげながら。
「じゃあ、せっかくなんで。すみません」
ようやく席についてくれた。
三回目のパンケーキが焼き上がる頃になって、ようやく二人は帰ってきた。
「あれ?」
祥太朗さんがマスターの存在に気づき目を丸くする。
「あ、風花さんに用事があって。お邪魔してる」
「そうなんだ」
昨日も思ったんだけど、勇気さんと祥太朗さんは仲がいいし。
勇気さんとマスターも仲が良さそうなんだけど。
マスターと祥太朗さんはどこか他人行儀な感じがする。
三人は高校の同級生だって聞いてたし、祥太朗さんとマスターにいたっては小学校の時からの友達らしいのに。
「え、めっちゃ可愛いじゃん、風花さん。色も明るくしたんだ」
そんな中、突然洸太朗くんが、私を覗き込み、そう言い放った。
「あ、そっか!」
マスターもまばたきをしながら、私を見回して。
「なんか、雰囲気が違うって思ったら、髪の毛だ。外はねって言うんだっけ?」
「どうだ、私の腕前! めちゃくちゃ可愛いでしょ? 風花ちゃん、元がいいからイメチェンするの楽しかった」
「うん、可愛いね」
桃ちゃんいわく『切りっぱなし外ハネボブ』とかいうもので、前髪は眉の上でパツンと切りそろえられてしまって、何だかはずかしい。
冗談でも、可愛いなんて言われたら照れくさくて、前髪を抑えたらクスクス笑われた。
「あ、あの、メレンゲもってきます」
キッチンに逃げ込んだら祥太朗さんが水を飲んでいた。
「もうすぐ焼き上がるんで、少しだけ待っててくださいね」
私の髪型をみても、祥太朗さんは何も言ってこない。
それがあたりまえだ。
だって、こんなお洒落な髪型は、私にはもったいないと思うもん。
冷蔵庫からメレンゲを出していたら。
「前髪、短い方が似合ってる」
「え?」
おどろいて声も出せずにいたら、祥太朗さんが困ったように笑っていて、慌てて私も笑い返す。
「おでこ、大丈夫? 痛くない?」
あ、そういえば、忘れてた。
祥太朗さんの手が前髪をかきあげて、覗き込んでいる。
「ん~、青あざになってるなあ、冷えピタ貼っておく?」
「いえ、もう痛みはないんでダイジョウブです」
あまりの近さに緊張してカタコトになったら、祥太朗さんも気づいたようで一歩遠のく。
な、なんだ、このドキドキは。
男の人と接近することなんて今まで麗夜さんしかいなかったから、どうしていいのかわからない。
気まずさに、メレンゲを必死に泡立てていたら、美咲さんの声が聞こえてきた。
「さっすが涼真くん、上手! よ、マスター」
リビングに戻ると、少し焦げてしまったパンケーキをマスターがひっくり返してくれている。
私よりも上手かもしれない、やっぱりプロの人だ。
「あ、私、やります」
「いいよ、風花さん、まだ食べてないじゃん。今度は俺が焼くから、座ってて」
「っ、ありがとうございます!」
お言葉に甘えて、マスターにお任せをすることにした。
「で、用事ってなんだったの?」
食後の珈琲までマスターが淹れてくれて、勇気さん以外の六人がまったりしている中で、美咲さんの言葉に皆思い出したようだ。
「あ、えっと、これ」
持っていた紙袋を私の方に差し出すマスター。
私に? と受け取って中を覗いたら、白いシャツと黒いエプロンが一枚ずつ入っていた。
「風花さんのために買ったわけじゃなくてごめんね。バイト用にとってあったやつ、探したらまだあったから。サイズがあえば是非」
女性のフリーサイズ、袖は捲れば大丈夫。
白シャツも黒エプロンも洗い替えが欲しかったので嬉しい。
「ありがとうございます! 使わせていただきます!」
頭を下げたらマスターが微笑んだ。
「じゃ、そろそろ帰ります。ご馳走様でした」
「また遊びにおいでよ、涼真くん」
「美咲さんも、洸太朗も彼女も、たまにはうちに来てよ。珈琲ぐらい、ご馳走するから」
「行く行く、風花ちゃんいるし、いっぱい行く!!」
桃ちゃんの元気な笑顔にマスターは少し圧倒されてるみたい。
困ったようなはにかんだ笑顔を残し、玄関を出るマスターを私は外まで見送った。
「すみません、休日にわざわざ出向いてきてくださって」
「いや近所だし、買い物のついでだったから」
それでも、ありがとうございます、とまた頭を下げたらマスターが微笑んだ。
「ここの人たち、皆いい人でしょ? 風花さん、色々あって大変だったろうけど、拾ってくれたのが榛名家で本当によかったって思う」
「そうですね、本当によくしていただいております」
祥太朗さんと出逢わなければ私は今頃どうしてたんだろう?
公園での出逢いから、たった三日なのに、なんだか遠い昔のようだ。
「明日、待ってるね。ちょっと、その時に相談させてほしいことがあって」
「え?」
なんだろう、と首を傾げたら玄関のドアが開いて、祥太朗さんが顔を出す。
「吉野さん、助けて。美咲がもうすぐ勇気を起こすからって、パンケーキ焼いてんだけど、焦げ臭い……」
ゲンナリした顔の祥太朗さん、家の中からは「なんでええええ!?」と美咲さんの悲鳴と桃ちゃんの笑い声、漂う焦げ臭さ。
マスターと目が合って、このカオスな状態に噴き出した。
「で、では、また明日。よろしくお願いします!!」
「こちらこそ」
背中を見送ることもなく、私はすぐにリビングに戻る。
泣き顔の美咲さんからフライ返しを受け取ってバトンタッチ。
榛名家の食事係、精一杯務めます!!
卵黄、牛乳、薄力粉とベーキングパウダーを合わせてよく混ぜた生地に、グラニュー糖を加えたメレンゲをざっくりあわせる。
あとは、ホットプレートにこんもりと生地を置いて、時々蒸しながらじっくりと焼き上げていくだけ。
「お店のやつだ」
ホットプレートの上にのったパンケーキのお山をみて、ゴクンと桃ちゃんが喉を鳴らす。
「ねえ、祥太朗も洸太朗も遅くない? 桃ちゃん連絡したのよね?」
「した! 帰って来ないと三人で食べちゃうよって言った。洸ちゃん、甘いの大好きだからすぐ帰るって言ってたよ」
二人は朝食後、車を磨くと洗車に出掛けて行った。
「ねえ、もういいよ。二人が帰って来なくても、食べよう、焼き上がったらすぐ食べようね」
美咲さんまでフォークとナイフを手に焼き上がるのを待ってる状態。
それを横目にキレイについた焦げ目を確認して潰れないように裏返した。
大丈夫、先に二人に食べて貰ってる間に祥太朗さんと洸太朗くんの分を焼こう。
あとで勇気さんの分も焼こう、生地はたくさんある。
もう後少しで焼き上がるという頃になって、ピンポーンと呼び鈴が鳴り、三人で顔を見合わせた。
「誰? お客さん? 宅配便? 美咲ちゃん、なんか頼んだ?」
「頼んでないよ、てかこのタイミングで!!」
もうすぐ焼き上がるその一歩手前でのお客さんに、美咲さんが苛立ちながらインターホンに向かう。
「……、あれ? あ、玄関開けてやって、桃ちゃん。涼真くんじゃん」
「はーい、めずらしいねえ。どうしたんだろ?」
涼真くん? あ、確かマスターの名前だ。
玄関に向かった桃ちゃんが、マスターを連れて戻って来る。
「ども」
フライ返しを持った私に挨拶をしてくれるマスターに、私も頭を下げる。
「なに、どうした? 祥太朗? 勇気?」
「あ、違くて。風花さんに用事があって」
私に?
「ねえ、風花ちゃん、そろそろじゃないのー?」
漂う甘い匂いに耐え切れなくなった桃ちゃんがホットプレートのすぐ側まで顔を乗り出す。
「あ、涼真くんお昼食べた?」
「いえ、すぐ帰るんで」
「急いで帰る用事あるの?」
「ないですけど」
チラッと私の顔を見たマスターに。
「あ、あの、今焼けたとこなので。まだまだ焼くので、是非」
「そうだ、そうだ、是非~! 風花ちゃん、いっぱい焼いて~!!」
わーいとはしゃぐ二人をみて、マスターが困ったように頭をさげながら。
「じゃあ、せっかくなんで。すみません」
ようやく席についてくれた。
三回目のパンケーキが焼き上がる頃になって、ようやく二人は帰ってきた。
「あれ?」
祥太朗さんがマスターの存在に気づき目を丸くする。
「あ、風花さんに用事があって。お邪魔してる」
「そうなんだ」
昨日も思ったんだけど、勇気さんと祥太朗さんは仲がいいし。
勇気さんとマスターも仲が良さそうなんだけど。
マスターと祥太朗さんはどこか他人行儀な感じがする。
三人は高校の同級生だって聞いてたし、祥太朗さんとマスターにいたっては小学校の時からの友達らしいのに。
「え、めっちゃ可愛いじゃん、風花さん。色も明るくしたんだ」
そんな中、突然洸太朗くんが、私を覗き込み、そう言い放った。
「あ、そっか!」
マスターもまばたきをしながら、私を見回して。
「なんか、雰囲気が違うって思ったら、髪の毛だ。外はねって言うんだっけ?」
「どうだ、私の腕前! めちゃくちゃ可愛いでしょ? 風花ちゃん、元がいいからイメチェンするの楽しかった」
「うん、可愛いね」
桃ちゃんいわく『切りっぱなし外ハネボブ』とかいうもので、前髪は眉の上でパツンと切りそろえられてしまって、何だかはずかしい。
冗談でも、可愛いなんて言われたら照れくさくて、前髪を抑えたらクスクス笑われた。
「あ、あの、メレンゲもってきます」
キッチンに逃げ込んだら祥太朗さんが水を飲んでいた。
「もうすぐ焼き上がるんで、少しだけ待っててくださいね」
私の髪型をみても、祥太朗さんは何も言ってこない。
それがあたりまえだ。
だって、こんなお洒落な髪型は、私にはもったいないと思うもん。
冷蔵庫からメレンゲを出していたら。
「前髪、短い方が似合ってる」
「え?」
おどろいて声も出せずにいたら、祥太朗さんが困ったように笑っていて、慌てて私も笑い返す。
「おでこ、大丈夫? 痛くない?」
あ、そういえば、忘れてた。
祥太朗さんの手が前髪をかきあげて、覗き込んでいる。
「ん~、青あざになってるなあ、冷えピタ貼っておく?」
「いえ、もう痛みはないんでダイジョウブです」
あまりの近さに緊張してカタコトになったら、祥太朗さんも気づいたようで一歩遠のく。
な、なんだ、このドキドキは。
男の人と接近することなんて今まで麗夜さんしかいなかったから、どうしていいのかわからない。
気まずさに、メレンゲを必死に泡立てていたら、美咲さんの声が聞こえてきた。
「さっすが涼真くん、上手! よ、マスター」
リビングに戻ると、少し焦げてしまったパンケーキをマスターがひっくり返してくれている。
私よりも上手かもしれない、やっぱりプロの人だ。
「あ、私、やります」
「いいよ、風花さん、まだ食べてないじゃん。今度は俺が焼くから、座ってて」
「っ、ありがとうございます!」
お言葉に甘えて、マスターにお任せをすることにした。
「で、用事ってなんだったの?」
食後の珈琲までマスターが淹れてくれて、勇気さん以外の六人がまったりしている中で、美咲さんの言葉に皆思い出したようだ。
「あ、えっと、これ」
持っていた紙袋を私の方に差し出すマスター。
私に? と受け取って中を覗いたら、白いシャツと黒いエプロンが一枚ずつ入っていた。
「風花さんのために買ったわけじゃなくてごめんね。バイト用にとってあったやつ、探したらまだあったから。サイズがあえば是非」
女性のフリーサイズ、袖は捲れば大丈夫。
白シャツも黒エプロンも洗い替えが欲しかったので嬉しい。
「ありがとうございます! 使わせていただきます!」
頭を下げたらマスターが微笑んだ。
「じゃ、そろそろ帰ります。ご馳走様でした」
「また遊びにおいでよ、涼真くん」
「美咲さんも、洸太朗も彼女も、たまにはうちに来てよ。珈琲ぐらい、ご馳走するから」
「行く行く、風花ちゃんいるし、いっぱい行く!!」
桃ちゃんの元気な笑顔にマスターは少し圧倒されてるみたい。
困ったようなはにかんだ笑顔を残し、玄関を出るマスターを私は外まで見送った。
「すみません、休日にわざわざ出向いてきてくださって」
「いや近所だし、買い物のついでだったから」
それでも、ありがとうございます、とまた頭を下げたらマスターが微笑んだ。
「ここの人たち、皆いい人でしょ? 風花さん、色々あって大変だったろうけど、拾ってくれたのが榛名家で本当によかったって思う」
「そうですね、本当によくしていただいております」
祥太朗さんと出逢わなければ私は今頃どうしてたんだろう?
公園での出逢いから、たった三日なのに、なんだか遠い昔のようだ。
「明日、待ってるね。ちょっと、その時に相談させてほしいことがあって」
「え?」
なんだろう、と首を傾げたら玄関のドアが開いて、祥太朗さんが顔を出す。
「吉野さん、助けて。美咲がもうすぐ勇気を起こすからって、パンケーキ焼いてんだけど、焦げ臭い……」
ゲンナリした顔の祥太朗さん、家の中からは「なんでええええ!?」と美咲さんの悲鳴と桃ちゃんの笑い声、漂う焦げ臭さ。
マスターと目が合って、このカオスな状態に噴き出した。
「で、では、また明日。よろしくお願いします!!」
「こちらこそ」
背中を見送ることもなく、私はすぐにリビングに戻る。
泣き顔の美咲さんからフライ返しを受け取ってバトンタッチ。
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