今宵、月あかりの下で

東 里胡

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4.大家族の食事係

4-2

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 今朝のメニューは、桃ちゃんリクエストのおにぎりだ。
 炊きあがったご飯の半分に、鮭フレークと白ごまを混ぜ、少しだけしょうゆで味を整える。
 もう半分は塩昆布とごま油を混ぜて、それぞれ人数分のおにぎりにする。
 お味噌汁は絹さやと豆腐。
 おにぎりと卵焼きにウィンナー、漬け物をワンプレートに並べる。
 このプレートも夕べ、人数分買って貰えたもの。
 私用のお茶碗やお椀、箸まで買ってくれた。

『足りないものがあったら、ここから使って』

 と食費袋を渡されたから責任重大な気がする。
 冷蔵庫には伝言用のホワイトボード、欲しいものがあればここに書いてもらい、帰りに私がスーパーに立ち寄り買ってくることに決まった。
 トマト、と可愛い似顔絵付きで書いてるのは美咲さんだろう。
 そうだ、トマトもプレートに並べよう。
 全てにラップをかけて、明るくなってきた部屋を見渡したら目に映ったのは、掃除機。
 時間は七時だし、そろそろ音を立ててもいいだろうか?
 部屋中を片付けながら、掃除機をかけていく。
 あとで、お風呂とトイレも掃除しておこう。
 そう思いながら掃除機を切った時だった。

「今日も美味そう~!!」

 突然かかった声に振り向けば、ギターを背負った勇気さんがいつの間にかリビングに入ってきていた。

「あ、風ちゃん、ただいまあ」

 欠伸をしながらも笑顔の勇気さん、今帰ってきたのかな?

「おかえりなさ、あ、おはようございます」

 彷徨った挨拶に勇気さんがニヤリと笑う。

「もう食べていい? めっちゃ腹減ったんだけど」
「あ、どうぞ。今お味噌汁温めますね」
「うわーい、今日は一番乗り」

 席についた勇気さんが、美味しそうにおにぎりを頬張っているのを安心して見守りながらお味噌汁と温かいお茶を運ぶ。

「風ちゃん」
「はい?」
「結婚しない?」

 勇気さんの言っている意味がわからず、首をかしげたらニシシと猫みたいに鼻柱にしわをよせて楽しそうに笑った。

「だって風ちゃんみたいなお嫁ちゃん、最高にいいもん、料理上手だし、掃除もしてくれるし。甘えさせてくれそうだし」
「勇気を甘やかしたら、もっと地の底に堕ちていくからね? 風花ちゃん、甘やかしちゃダメ」

 リビングの外にまで勇気さんの声が聞こえていたのだろう。
 入ってきた美咲さんが、新聞を丸めて勇気さんの頭を軽くどつく。

「ダメよ、風花ちゃん。この男の言うことを真に受けちゃ。デビューもしてないバンドマンで、時々コンビニでバイトとか。しかも今日は朝帰りでしょ? あー、やだやだ」

 なるほど! 勇気さんはバンドをやっている人で、コンビニのお兄さんは仮の姿だったのか。
 ビジュアルも素敵だし、きっとモテるに違いないと思う。
 美咲さんの朝帰りというワードも、妙にしっくりきてしまった。

「な、美咲! 言い方悪い! 風ちゃん、本気にしないでね? 夕べは久々に全員集まれたからバンドの練習で朝までだったわけ。別に女の子とイチャイチャしてきたわけじゃないから」
「どうだかね、てか否定するとこそこだけじゃん。他はあってるでしょ?」
「うっ」
「それにね、風花ちゃんにオススメしたいのは、あんたじゃないから。うちの長男だから」

 うちの長男? え!?
 開け放たれたリビングのドア前にいつの間にか立っている、あの長男さんでしょうか?
 気付かずに話している美咲さんと勇気さんをじーっと冷めた目で見ている、あの方のことでしょうか?

「いい男なのよ、祥太朗は。頭もいいし、顔だって悪くないじゃない? ただ真面目すぎて面白くないのが難点だけど、優しさならこの家で一番持ってる、はず。どう? どう?」
「ねえ、絶対俺のが楽しいよ? 俺にしとかない? 風ちゃんの素朴な感じ好きなんだよね」
「わかった、祥太朗にちょっと芸しこんで面白くさせるからさ、祥太朗にしとこ? ね?」

 勇気さんと張り合って、ニヤリと笑った美咲さんの頭に祥太朗さんが真顔でチョップした。

「弟の安売りとか止めろよな」

 不機嫌そうな顔をした祥太朗さんが、自席に座る。

「おはようございます、美咲さんも祥太朗さんも、もう食べられますか?」
「おはよ、風花ちゃん。もっちろん、食べる! 今日も美味しそうだね」
「あ、俺も食べる、食べたい、です」
「じゃあ、お味噌汁持ってきますね」

 また温めながらお茶を淹れていたら、キッチンに祥太朗さんが入ってきた。

「ありがと、その、」
「はい?」
「父さんと母さんに、お茶あげてくれて」
「あ、」

 勝手にしてしまって怒られないかなと、少しドキドキしていたので祥太朗さんの照れたような笑顔にホッとした。

「味噌汁、もらうね?」

 温めた味噌汁をお椀に三つよそっている。
 一つ多いのでは? と首をかしげたら。

「吉野さんもまだでしょ? 一緒に食べようよ」

『優しさならこの家で一番持ってるはず』美咲さんの言葉を思い出して、確かにと納得した。

「「御馳走様でした」」

 最後に起きてきて食べ終わった桃ちゃんと洸太朗くんが手を合わせて笑顔を見せる。

「マジ、天才! 超天才、榛名家のシェフだよ、風花ちゃんは」

 私の後ろに立った桃ちゃんが背中から覆いかぶさり、ギュッと私を抱きしめる。

「お昼は生クリームたっぷりパンケーキがいいにゃん」
「ちょっと、桃ちゃん!! 朝も昼もリクエストはずっるい! たこ焼きにしよう、たこ焼き」

 私から桃ちゃんを引き剥がした美咲さんが張り合っていると洸太朗くんまで参戦してきた。

「姉ちゃんのも、桃のも濃いってば。パスタにしよ? ね?」

 昨日運んでもらった珈琲マシンとエスプレッソマシンで、それぞれの食後の一杯を淹れながら楽しい会話を聞く。
 祥太朗さんは見慣れぬマシーンとにらめっこ、どうやら自分でも淹れられるように勉強しているようだ。

「勇気、部屋で寝なよ、ほら」

 テーブルの上に突っ伏したまま眠り始めた勇気さんを美咲さんが揺すり起こす。

「ん~、わかった。バイト十五時からだから、十四時に起こして?」

 目を擦りながら起き上がった勇気さんが、じーっと私を見つめてきた。

「あのさ、風ちゃん」
「はい?」
「婚約者のこと、もうちょっと待ってて? 今、動いてもらってるから」
「え?」

 動く? 誰が? 

「勇気、なにか心当たりあるのか?」
「ん~、あるような、ないような……、でもちゃんと確認取れたら、その時は風ちゃんに連絡するから待ってて」

 ヨイショと立ち上がった勇気さんが、私の前に立つとワシャワシャと両手で頭を撫でて「おやすみ」と部屋に向かっていく。

「無駄に顔広いから本当に見つけてくれる気がするわ」
「だね、しばらくは勇気くんに任せてみようよ、風花さん」
「んじゃ、今日は結婚詐欺師、探しはしないよね? 風花ちゃん、暇?」

 暇といえば、暇になってしまったのかもと頷いたら。

「お願い、カットモデルになって」
「え?」
「桃ちゃん、美容師見習いなの。でも上手よ? 私もあとで毛先カットお願いしまーす!」
「はーい」

 あれ? まだ、OK出していないのに、もう決まっているような?
 
「二人とも最高に可愛くしてあげる。だからパンケーキにするにゃん」

 なんて愛くるしい甘えた笑顔でツインテールを揺らされたら、美咲さんも「仕方ない」と笑ってる。
 そんな優しい姉御肌の美咲さんには、今度は絶対にたこ焼きを作ってあげたいと思った。

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