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15.いつか、月あかりの下で
15-1
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日曜日、十四時半。
榛名家のテレビの前で今か今かと待ち構えてる面々。
私もなんだかソワソワしちゃってる。
『それでは次のコーナーです! 噂のイケメン店長のいるお店に突入! 三回目の今日はカフェ特集です~!!』
「始まった~!!」
陽気な女性アナウンサーの声に、拍手をするのは高野さんだ。
『別に応援するわけじゃないけど負けは負けだし。おめでとうございます! がっ、榛名先輩のことは諦めても、この家には時々お邪魔します、だって楽しいんだもん!』
あの翌日、ふくれっ面に少し涙目でそう宣言しに来た高野さんとは、最近大分打ち解けてきたと思う。
というか、土曜日の夜にご飯を食べて、その後時々私の部屋か美咲さんの部屋に泊まっていくようになったりして。
「あ、今、風花が映った! ね、見た? 見た? ねえ」
「高野、うるさい、テレビの音聞こえない」
祥太朗さんの注意に高野さんは唇を尖らして、私に『なによ、ねえ?』と無言で反論の同意を求めてくる。
ちゃんと話して見たら同い年だとわかり、それから気付けば風花と呼ばれるようになった。
『高野は会社でもコミュ力のオバケみたいなもんだから』
尻込みしてた私にコッソリ祥太朗さんがそう教えてくれて、なるほどなって苦笑した。
「やっぱ、涼真くん、かっこいいわ。他の店長よりも抜きんでてかっこいい」
「だよね、画面越しで見てもかっこいい。まあ、実物はもっとかっこいいけどね」
美咲さんと桃ちゃんの言葉に照れまくるマスターと、横でそれを聞きながら勇気さんと洸太朗くんがブスッとしている。
十日ほど前、お店でロケが行われた。
最初はテレビ局のスタッフと名乗る人がたまたまお店に来てマスターを見たらしく。
是非企画に参加してもらえないかと直談判された。
マスターは、絶対に無理だと断ろうとしたのに、いつものオバサマ方が間に割って入って。
『絶対に出た方がいい』
『どこの店長にも負けない』
『本当は有名になってほしくないけれど、こんなかっこいい人がこんな美味しいランチ作ってるって宣伝してほしい』
『さあ、出ましょう、出ましょう』
と口々に言いだして最後はマスターも根負けをしたという。
最初は、私も『わあ、すごい、すごい!』とオバサマ方と同じミーハーな反応をしていたのだけれど。
『じゃあ、普段通りということで、店員さんもご一緒にお願いしまーす』
なんて軽いノリで頼まれてしまって。
『い、いらっしゃいませえええええ』
緊張のあまり甲高く裏返った声での接客にマスターはずっと肩を震わせて笑っていた。
『店員さんから見て、店長さんはどんな方ですか?』
『あ、あの、もちろん、かっこいいですけど、それだけじゃなくて優しいです』
『性格もいいってことですか?』
『はい、とっても』
『そういう方と一緒に働いていてときめいたことはなかったんですか?』
『え、』
『風花さん~! 一番テーブルにオムハヤシセットお願いします』
タイミング良いマスターからの声かけに、ひきつった笑顔で逃げるように持ち場に戻る私が映ってスタジオが爆笑している。
『そりゃ、こんなマスターと四六時中一緒にいたら惚れるに決まってるって』
女性コメンテーターの冗談に皆がうなずきながら笑っている。
絶対、この場面使われると思ってなかったのに~!!
隣で直接床に座る祥太朗さんを横目でチラリと見たら無表情のまま、なのに。
え、っと……。
誰にも見えない角度、私の右手は祥太朗さんの手に捕まってしまった。
恥ずかしいのと嬉しいのとで、ドキドキが大きくなる。
「ヤバイね、祥太朗。風花ちゃん、取られちゃうかもよ?」
「うるさいなー」
美咲さんのからかいにベッと舌を出して、一瞬だけ私を見て微笑む。
祥太朗さんとは、あれ以来ずっといつも通りだ。
まるで何もなかったかのように、今まで通り朝の時間を過ごして一緒に通勤して。
ただいま、おかえり、おやすみなさい、と笑い合って、そしてまた朝が来る。
だけど時々、たとえば一緒に買い物に行った時はこうして手を繋いだり。
おやすみと廊下ですれ違った時に一瞬だけハグされたり、今みたいにこうして触れられたりすると、多分そういう関係になったのだ、と自覚する。
でも、私より皆の方がそれは理解してるらしく、祥太朗さんは私をネタにいつもからかわれたりしてる。
『店長さんは、このお店を今後どのようにしていきたいと思ってますか?』
『十年、二十年経っても常連さんが来てくれるお店を目指したいと思っています』
『プライベートでもお店のことでも相談できるパートナーと供に?』
『さあ、今のところはいません。あ、でもお店のことはうちの店員さんにちゃんと相談できてるので』
『あ、やっぱり怪しくないですか?』
『ち、違いますから!!』
遠くで私の声が聞こえてスタジオがまた笑っている。
榛名家も笑いに包まれていた。
「一生録画見返そうっと」
「ちょ、美咲さん、止めてくださいって。風花さん、あとで絶対削除してね」
「削除したら、祥太朗に酷いことするけど、いい?」
「え!?」
「なんで、俺を引き合いに出すんだよ!」
美咲さんを中心に笑いが広がる榛名家。
家に帰れば皆が待っていてくれて、仕事も楽しい。
一年前の私には知る由もない未来だった。
誰かが側にいること、笑って会話をすること。
温もりがあること、私の料理を美味しいと言ってくれる人たちがたくさんいること。
幸せになりたい、なんて烏滸《おこ》がましいことだと思っていた。
今も、そう思う。
だけど、ほんの少しだけ欲張りになった。
この幸せを守りたい、側にいてくれる人たちの笑顔を守りたい。
テレビの前で笑い合う、祥太朗さん、美咲さん、洸太朗くん、勇気さん、桃ちゃん、マスター、高野さん。
皆の笑顔が、私の幸せだから。
「風花、今日の晩御飯なあに~?」
「麻衣ちゃんさ、今日も食べてく気?」
「いいじゃん、風花のご飯美味しいんだし」
桃ちゃんは、またか、とあきらめたように笑ってる。
「なにか食べたいもの、ありますか?」
今夜のご飯はまだ決まっていない。
「俺、すき焼き食いたい!」
洸太朗くんが真っ先に手を挙げる。
「いいね、給料出たばかりだし、久々に豪勢に行っちゃう? 買い物しといで、祥太朗」
「はあ? 俺一人で?」
「いや、誰も一人でなんて言ってないじゃん?」
ニヤリと笑った勇気さんが私を見る。
「やっぱシェフがいい肉を見繕ってくれないと、ね?」
マスターまでそうけしかけてくるから、触れ合っていた手を離し買い物に行くため立ち上がる。
近くのスーパーだし、今日は歩きで、と。
「いってらっしゃい、ごゆっくりどうぞ」
バイバイと手を振る皆に見送られると恥ずかしくて、必要以上に距離を開けながら歩いてしまうのだ。
「なんか、困るよね、ああいうの」
「ですよね」
お互いに苦笑いしながら、だけど少しだけ距離を詰める。
「お店って夏休みあるのかな?」
「確か、お盆のあたりに五日くらい休もうかってマスターが言ってました」
「お、じゃあ、その頃に旅行でもしよっか」
「あ! いいですね、夏ですし。避暑地ですか? 海ですか? 桃ちゃんは海喜びそうだけど、美咲さんは温泉とか言いそうな」
「え?」
祥太朗さんが首をかしげて私を見ている。
少しだけ顔をしかめた祥太朗さんが。
「俺、……二人で行こうかな、と」
「え?」
意味が分からず今度は私が首をかしげたら。
「あー、いい、もういい。忘れて」
真っ赤になった祥太朗さんが私の手を握り歩き出してから、ようやくその意味に気づく。
「あ、あの、あのっ」
「ん?」
「嬉しい、です……、ごめんなさい、すぐ気づけなくて」
尻すぼみになってしまった私の声に祥太朗さんが足を止める。
「いいや、夏だし、まとまった休みだし、そこは全員で行こう。多分、皆もきっとそう言い出すだろうし。でも」
でも?
「再来週の月曜日、祝日なら休みでしょ? だったら日曜から、どこか行かない? 二人で」
ふ、二人で。
考えた瞬間、顔中の毛細血管が破裂してしまったんじゃないかってぐらい火照り出す。
「ど、どこか行きたいとこ考えておいて? 俺も調べるから」
「ふぁい」
口まで回らなくなるわ、釣られたように祥太朗さんも真っ赤だ。
「あと、……、高野に先越されて悔しいけど、その」
中々言い出さない祥太朗さんが、ようやく意を決したように。
「……、風花って呼んでもいい?」
壊れた鹿威しみたいに、コクコク頷きまくった私に祥太朗さんが楽しそうに笑って。
私の頬に小さなキスをして、それから試すように唇の手前で止まってから。
「目、瞑って? 風花」
普段は誰も聞いたことがないくらいの甘い声が耳元で聞こえ。
その熱にクラリと倒れそうになった私を抱き留めてくれた祥太朗さんと、初めてのキスをした。
榛名家のテレビの前で今か今かと待ち構えてる面々。
私もなんだかソワソワしちゃってる。
『それでは次のコーナーです! 噂のイケメン店長のいるお店に突入! 三回目の今日はカフェ特集です~!!』
「始まった~!!」
陽気な女性アナウンサーの声に、拍手をするのは高野さんだ。
『別に応援するわけじゃないけど負けは負けだし。おめでとうございます! がっ、榛名先輩のことは諦めても、この家には時々お邪魔します、だって楽しいんだもん!』
あの翌日、ふくれっ面に少し涙目でそう宣言しに来た高野さんとは、最近大分打ち解けてきたと思う。
というか、土曜日の夜にご飯を食べて、その後時々私の部屋か美咲さんの部屋に泊まっていくようになったりして。
「あ、今、風花が映った! ね、見た? 見た? ねえ」
「高野、うるさい、テレビの音聞こえない」
祥太朗さんの注意に高野さんは唇を尖らして、私に『なによ、ねえ?』と無言で反論の同意を求めてくる。
ちゃんと話して見たら同い年だとわかり、それから気付けば風花と呼ばれるようになった。
『高野は会社でもコミュ力のオバケみたいなもんだから』
尻込みしてた私にコッソリ祥太朗さんがそう教えてくれて、なるほどなって苦笑した。
「やっぱ、涼真くん、かっこいいわ。他の店長よりも抜きんでてかっこいい」
「だよね、画面越しで見てもかっこいい。まあ、実物はもっとかっこいいけどね」
美咲さんと桃ちゃんの言葉に照れまくるマスターと、横でそれを聞きながら勇気さんと洸太朗くんがブスッとしている。
十日ほど前、お店でロケが行われた。
最初はテレビ局のスタッフと名乗る人がたまたまお店に来てマスターを見たらしく。
是非企画に参加してもらえないかと直談判された。
マスターは、絶対に無理だと断ろうとしたのに、いつものオバサマ方が間に割って入って。
『絶対に出た方がいい』
『どこの店長にも負けない』
『本当は有名になってほしくないけれど、こんなかっこいい人がこんな美味しいランチ作ってるって宣伝してほしい』
『さあ、出ましょう、出ましょう』
と口々に言いだして最後はマスターも根負けをしたという。
最初は、私も『わあ、すごい、すごい!』とオバサマ方と同じミーハーな反応をしていたのだけれど。
『じゃあ、普段通りということで、店員さんもご一緒にお願いしまーす』
なんて軽いノリで頼まれてしまって。
『い、いらっしゃいませえええええ』
緊張のあまり甲高く裏返った声での接客にマスターはずっと肩を震わせて笑っていた。
『店員さんから見て、店長さんはどんな方ですか?』
『あ、あの、もちろん、かっこいいですけど、それだけじゃなくて優しいです』
『性格もいいってことですか?』
『はい、とっても』
『そういう方と一緒に働いていてときめいたことはなかったんですか?』
『え、』
『風花さん~! 一番テーブルにオムハヤシセットお願いします』
タイミング良いマスターからの声かけに、ひきつった笑顔で逃げるように持ち場に戻る私が映ってスタジオが爆笑している。
『そりゃ、こんなマスターと四六時中一緒にいたら惚れるに決まってるって』
女性コメンテーターの冗談に皆がうなずきながら笑っている。
絶対、この場面使われると思ってなかったのに~!!
隣で直接床に座る祥太朗さんを横目でチラリと見たら無表情のまま、なのに。
え、っと……。
誰にも見えない角度、私の右手は祥太朗さんの手に捕まってしまった。
恥ずかしいのと嬉しいのとで、ドキドキが大きくなる。
「ヤバイね、祥太朗。風花ちゃん、取られちゃうかもよ?」
「うるさいなー」
美咲さんのからかいにベッと舌を出して、一瞬だけ私を見て微笑む。
祥太朗さんとは、あれ以来ずっといつも通りだ。
まるで何もなかったかのように、今まで通り朝の時間を過ごして一緒に通勤して。
ただいま、おかえり、おやすみなさい、と笑い合って、そしてまた朝が来る。
だけど時々、たとえば一緒に買い物に行った時はこうして手を繋いだり。
おやすみと廊下ですれ違った時に一瞬だけハグされたり、今みたいにこうして触れられたりすると、多分そういう関係になったのだ、と自覚する。
でも、私より皆の方がそれは理解してるらしく、祥太朗さんは私をネタにいつもからかわれたりしてる。
『店長さんは、このお店を今後どのようにしていきたいと思ってますか?』
『十年、二十年経っても常連さんが来てくれるお店を目指したいと思っています』
『プライベートでもお店のことでも相談できるパートナーと供に?』
『さあ、今のところはいません。あ、でもお店のことはうちの店員さんにちゃんと相談できてるので』
『あ、やっぱり怪しくないですか?』
『ち、違いますから!!』
遠くで私の声が聞こえてスタジオがまた笑っている。
榛名家も笑いに包まれていた。
「一生録画見返そうっと」
「ちょ、美咲さん、止めてくださいって。風花さん、あとで絶対削除してね」
「削除したら、祥太朗に酷いことするけど、いい?」
「え!?」
「なんで、俺を引き合いに出すんだよ!」
美咲さんを中心に笑いが広がる榛名家。
家に帰れば皆が待っていてくれて、仕事も楽しい。
一年前の私には知る由もない未来だった。
誰かが側にいること、笑って会話をすること。
温もりがあること、私の料理を美味しいと言ってくれる人たちがたくさんいること。
幸せになりたい、なんて烏滸《おこ》がましいことだと思っていた。
今も、そう思う。
だけど、ほんの少しだけ欲張りになった。
この幸せを守りたい、側にいてくれる人たちの笑顔を守りたい。
テレビの前で笑い合う、祥太朗さん、美咲さん、洸太朗くん、勇気さん、桃ちゃん、マスター、高野さん。
皆の笑顔が、私の幸せだから。
「風花、今日の晩御飯なあに~?」
「麻衣ちゃんさ、今日も食べてく気?」
「いいじゃん、風花のご飯美味しいんだし」
桃ちゃんは、またか、とあきらめたように笑ってる。
「なにか食べたいもの、ありますか?」
今夜のご飯はまだ決まっていない。
「俺、すき焼き食いたい!」
洸太朗くんが真っ先に手を挙げる。
「いいね、給料出たばかりだし、久々に豪勢に行っちゃう? 買い物しといで、祥太朗」
「はあ? 俺一人で?」
「いや、誰も一人でなんて言ってないじゃん?」
ニヤリと笑った勇気さんが私を見る。
「やっぱシェフがいい肉を見繕ってくれないと、ね?」
マスターまでそうけしかけてくるから、触れ合っていた手を離し買い物に行くため立ち上がる。
近くのスーパーだし、今日は歩きで、と。
「いってらっしゃい、ごゆっくりどうぞ」
バイバイと手を振る皆に見送られると恥ずかしくて、必要以上に距離を開けながら歩いてしまうのだ。
「なんか、困るよね、ああいうの」
「ですよね」
お互いに苦笑いしながら、だけど少しだけ距離を詰める。
「お店って夏休みあるのかな?」
「確か、お盆のあたりに五日くらい休もうかってマスターが言ってました」
「お、じゃあ、その頃に旅行でもしよっか」
「あ! いいですね、夏ですし。避暑地ですか? 海ですか? 桃ちゃんは海喜びそうだけど、美咲さんは温泉とか言いそうな」
「え?」
祥太朗さんが首をかしげて私を見ている。
少しだけ顔をしかめた祥太朗さんが。
「俺、……二人で行こうかな、と」
「え?」
意味が分からず今度は私が首をかしげたら。
「あー、いい、もういい。忘れて」
真っ赤になった祥太朗さんが私の手を握り歩き出してから、ようやくその意味に気づく。
「あ、あの、あのっ」
「ん?」
「嬉しい、です……、ごめんなさい、すぐ気づけなくて」
尻すぼみになってしまった私の声に祥太朗さんが足を止める。
「いいや、夏だし、まとまった休みだし、そこは全員で行こう。多分、皆もきっとそう言い出すだろうし。でも」
でも?
「再来週の月曜日、祝日なら休みでしょ? だったら日曜から、どこか行かない? 二人で」
ふ、二人で。
考えた瞬間、顔中の毛細血管が破裂してしまったんじゃないかってぐらい火照り出す。
「ど、どこか行きたいとこ考えておいて? 俺も調べるから」
「ふぁい」
口まで回らなくなるわ、釣られたように祥太朗さんも真っ赤だ。
「あと、……、高野に先越されて悔しいけど、その」
中々言い出さない祥太朗さんが、ようやく意を決したように。
「……、風花って呼んでもいい?」
壊れた鹿威しみたいに、コクコク頷きまくった私に祥太朗さんが楽しそうに笑って。
私の頬に小さなキスをして、それから試すように唇の手前で止まってから。
「目、瞑って? 風花」
普段は誰も聞いたことがないくらいの甘い声が耳元で聞こえ。
その熱にクラリと倒れそうになった私を抱き留めてくれた祥太朗さんと、初めてのキスをした。
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