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15.いつか、月あかりの下で
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「いやあ、かっこよかったわ、祥太朗のプロポーズ」
帰りの車の中、勇気さんのからかう声に祥太朗さんは顔を真っ赤にしている。
「見直したわ、祥太朗。結婚式いつにする?」
美咲さんにまでからかわれ、祥太朗さんは眉間にしわを寄せてバックミラー越しに皆を睨んでいる。
「ま、帰ったらゆっくり話そうね、風花ちゃん。たーっぷりお説教だからね、何の相談もなく長野に帰ろうとしたことについてと毎回水くさい件について」
「は、はい! いってらっしゃい、美咲さん!」
「はーい、いってきまーす!」
美咲さんの会社の最寄り駅。
バイバイと手をふる美咲さんを降ろしたあとは。
「今日休みたかった~! 風花ちゃんが心配だから休みたかった!」
「風花さんのことを理由にして、ただ休みたいだけじゃん、桃は!」
「二人ともいってらっしゃい、気を付けてね」
じゃあね、と学校の近くで桃ちゃんと洸太朗くんが降りる。
「あ、祥太朗、あのビルの前で止めてくれる? 今日打ち合わせなんだわ。帰り遅くなるから俺の分の夕飯は大丈夫だからね、風ちゃん!」
「勇気さん、いってらっしゃい、お仕事がんばってください!」
「うっす!」
慌ただしく勇気さんがギターを背負い、車を降りて駆け出していく。
「祥太朗は? 今日は仕事休み?」
「うん、家族の一大事で。夕べの内に有給申請完了」
「抜かりないな、さすが祥太朗。俺が連絡した直後にグループメッセージ動かしたもんな。つうか、お前の有給は大体家族のためにあるよな」
「いいだろ、別に」
「いいんじゃない? あ、俺のこと次の駅で降ろしてよ」
「なんでだよ、どうせ家に帰る途中なんだし」
はああっとマスターの大きなため息が聞こえる。
「今日は風花さんもお店休みだし、せっかくだから二人で出掛ければ?」
「え? あ、あの、予定なくなったので仕事に行こうかと」
「昨日休ませてくれって言ったの風花さんだよ? 今更やっぱり出ますは困ります」
言葉に詰まった私にマスターが笑う。
「じゃあ、また明日ね! いってらっしゃい、二人とも」
いってらっしゃいと見送ってきたはずなのに、マスターから言われてしまった。
「いってきます」
助手席から手を振ったら、マスターが笑ってる。
その姿が小さくなって見えなくなってから、祥太朗さんと二人きりの空間にあらためて緊張してる。
ふと覗き見た横顔なのに、視線で気付かれたようで、いつもは優しいはずの目が全然笑っておらず、鋭くこちらを見ていた。
「いつもそうだけど」
「はい?」
「風花は、人に甘いし、弱い。押しに弱すぎるし」
図星をつかれた私は情けなく苦笑いをした。
静まり返った車内の空気が重い……。
「どこか行ってみたいとこ、ない?」
沈黙を破ったのは祥太朗さんの方だった。
どこか? どこかって、どこ?
関東に馴染みのない私は首をひねるばかり。
東京タワー、スカイツリー、お台場、渋谷、新宿、浅草、上野?
う~んと悩んでいたら。
「海とか山とか、ちょっと遠出もできるよ、まだ朝だし」
車の時計は朝の九時だ。
「海、って遠いですか?」
「そうでもないよ。あ、横浜、行ったことあったっけ?」
「いえ、まだないです」
「じゃ、横浜でいっか。海見て、中華食べて、それっぽい写真撮ってブラつく?」
「はい!!」
祥太朗さんの提案してくれるものなら、きっと楽しいだろう。
海なし県に住んでいたから、ワクワクしてしまう。
横浜ってなんだか響きだけでお洒落な気がする。
まだ見ぬ横浜に想像を働かせていたら。
顔に出てしまったのだろう私を見て、祥太朗さんが苦笑いをする。
「言っておくけど、俺まだ風花のこと怒ってるからね?」
「ええっ!?」
「怒ってるけど、せっかく二人の時間ももらったしさ」
運転席から伸びてきた手が私の頭に触れて、優しく撫でてくれる。
「さっきの」
「はい?」
「公開プロポーズ、一回忘れて」
あ、そういえば……。
忘れての意味を否定されたみたいに捉えてしまって、小さく頷いたら。
「そんなんじゃないから!! 結婚したくないとかじゃなくって! ちゃんといつかあらためてプロポーズする! まだ指輪も用意してないし、それに風花にプロポーズする時は満月の夜にって決めてるし」
「え?」
「……、あ」
余計なことまで言ってしまったと項垂れた祥太朗さんに嬉しさがこみあげる。
「だから、……、勝手にいなくならないこと。泣きたい時は、俺のところに来ること。あとは、風花が楽しく笑っててくれていればそれでいいから」
前を向いたまま、独り言のようにつぶやく祥太朗さんに。
「……祥太朗さんの側にいたら、嬉し泣きしかできないかもです」
「待って! 嬉しかったら笑ってよね」
目尻に溜まった涙を拭って笑う私の隣。
赤信号で止まった一瞬の合間に超スピードでキスをした祥太朗さんが嬉しそうに笑い返してくれる。
いつか月あかりの下で、その温かい手を取るその日まで。
ずっとずっと側でその優しさに触れさせて。
青信号に変わる手前で、愛しいあなたの横顔に初めて自分からキスをした。
ー今宵、月あかりの下でー了(次回以降は、オマケ話となります)
帰りの車の中、勇気さんのからかう声に祥太朗さんは顔を真っ赤にしている。
「見直したわ、祥太朗。結婚式いつにする?」
美咲さんにまでからかわれ、祥太朗さんは眉間にしわを寄せてバックミラー越しに皆を睨んでいる。
「ま、帰ったらゆっくり話そうね、風花ちゃん。たーっぷりお説教だからね、何の相談もなく長野に帰ろうとしたことについてと毎回水くさい件について」
「は、はい! いってらっしゃい、美咲さん!」
「はーい、いってきまーす!」
美咲さんの会社の最寄り駅。
バイバイと手をふる美咲さんを降ろしたあとは。
「今日休みたかった~! 風花ちゃんが心配だから休みたかった!」
「風花さんのことを理由にして、ただ休みたいだけじゃん、桃は!」
「二人ともいってらっしゃい、気を付けてね」
じゃあね、と学校の近くで桃ちゃんと洸太朗くんが降りる。
「あ、祥太朗、あのビルの前で止めてくれる? 今日打ち合わせなんだわ。帰り遅くなるから俺の分の夕飯は大丈夫だからね、風ちゃん!」
「勇気さん、いってらっしゃい、お仕事がんばってください!」
「うっす!」
慌ただしく勇気さんがギターを背負い、車を降りて駆け出していく。
「祥太朗は? 今日は仕事休み?」
「うん、家族の一大事で。夕べの内に有給申請完了」
「抜かりないな、さすが祥太朗。俺が連絡した直後にグループメッセージ動かしたもんな。つうか、お前の有給は大体家族のためにあるよな」
「いいだろ、別に」
「いいんじゃない? あ、俺のこと次の駅で降ろしてよ」
「なんでだよ、どうせ家に帰る途中なんだし」
はああっとマスターの大きなため息が聞こえる。
「今日は風花さんもお店休みだし、せっかくだから二人で出掛ければ?」
「え? あ、あの、予定なくなったので仕事に行こうかと」
「昨日休ませてくれって言ったの風花さんだよ? 今更やっぱり出ますは困ります」
言葉に詰まった私にマスターが笑う。
「じゃあ、また明日ね! いってらっしゃい、二人とも」
いってらっしゃいと見送ってきたはずなのに、マスターから言われてしまった。
「いってきます」
助手席から手を振ったら、マスターが笑ってる。
その姿が小さくなって見えなくなってから、祥太朗さんと二人きりの空間にあらためて緊張してる。
ふと覗き見た横顔なのに、視線で気付かれたようで、いつもは優しいはずの目が全然笑っておらず、鋭くこちらを見ていた。
「いつもそうだけど」
「はい?」
「風花は、人に甘いし、弱い。押しに弱すぎるし」
図星をつかれた私は情けなく苦笑いをした。
静まり返った車内の空気が重い……。
「どこか行ってみたいとこ、ない?」
沈黙を破ったのは祥太朗さんの方だった。
どこか? どこかって、どこ?
関東に馴染みのない私は首をひねるばかり。
東京タワー、スカイツリー、お台場、渋谷、新宿、浅草、上野?
う~んと悩んでいたら。
「海とか山とか、ちょっと遠出もできるよ、まだ朝だし」
車の時計は朝の九時だ。
「海、って遠いですか?」
「そうでもないよ。あ、横浜、行ったことあったっけ?」
「いえ、まだないです」
「じゃ、横浜でいっか。海見て、中華食べて、それっぽい写真撮ってブラつく?」
「はい!!」
祥太朗さんの提案してくれるものなら、きっと楽しいだろう。
海なし県に住んでいたから、ワクワクしてしまう。
横浜ってなんだか響きだけでお洒落な気がする。
まだ見ぬ横浜に想像を働かせていたら。
顔に出てしまったのだろう私を見て、祥太朗さんが苦笑いをする。
「言っておくけど、俺まだ風花のこと怒ってるからね?」
「ええっ!?」
「怒ってるけど、せっかく二人の時間ももらったしさ」
運転席から伸びてきた手が私の頭に触れて、優しく撫でてくれる。
「さっきの」
「はい?」
「公開プロポーズ、一回忘れて」
あ、そういえば……。
忘れての意味を否定されたみたいに捉えてしまって、小さく頷いたら。
「そんなんじゃないから!! 結婚したくないとかじゃなくって! ちゃんといつかあらためてプロポーズする! まだ指輪も用意してないし、それに風花にプロポーズする時は満月の夜にって決めてるし」
「え?」
「……、あ」
余計なことまで言ってしまったと項垂れた祥太朗さんに嬉しさがこみあげる。
「だから、……、勝手にいなくならないこと。泣きたい時は、俺のところに来ること。あとは、風花が楽しく笑っててくれていればそれでいいから」
前を向いたまま、独り言のようにつぶやく祥太朗さんに。
「……祥太朗さんの側にいたら、嬉し泣きしかできないかもです」
「待って! 嬉しかったら笑ってよね」
目尻に溜まった涙を拭って笑う私の隣。
赤信号で止まった一瞬の合間に超スピードでキスをした祥太朗さんが嬉しそうに笑い返してくれる。
いつか月あかりの下で、その温かい手を取るその日まで。
ずっとずっと側でその優しさに触れさせて。
青信号に変わる手前で、愛しいあなたの横顔に初めて自分からキスをした。
ー今宵、月あかりの下でー了(次回以降は、オマケ話となります)
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