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南蛮商館でお買い物
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「凄いな! ここが――堺か!」
源五郎さまが興奮するのも無理はない。
人、人、人――
こんなに大勢の人を見たことがなかった。
それに多くの店がひしめいていた。
京の都を経由せずに堺に行ったから、確実なことは言えないけど、日の本で一番盛況で栄えている町ではないだろうか。
ここまで賑わっているのは、町をぐるりと囲んでいる水堀のおかげだろう。いざとなったら守れる構造。安心と安全が商売に専念できるようになっている。
「堺は足利義冬さまが本拠とされていたほどの商業都市でございます。しかしそれが全てではございません。水運による貿易港でもあります」
田中さんの言葉で源五郎さまが思い出したように言う。
「貿易といえば南蛮人との交易も有名だな」
南蛮人? なんだろう? そう思って聞こうとすると――
「それでは私はこれにて」
田中さんは僕たちにお辞儀をした。
「ああ。また縁があれば会おう」
「旅費を出してくださり、感謝いたす」
源五郎さまと森さまも応じる。
僕は「いつかまた会えますか?」と思わず聞いてしまった。
「ええ。近いうちに会えるでしょう」
にこりと微笑んで、田中さんは去ってしまった。
その言葉がどこか断定的だったので、少し気にかかった。
「それでは俺もこれにて。修行が終わったら迎えに来ますから」
森さまは織田家での勤めがあるから、一旦尾張に帰るのは当然だった。
正直心細いが、毎日武芸の修行をしなくていいのはありがたかった。
森さまって前田さまよりも厳しかったから。
「うむ。ここまでご苦労だったな」
「これは当面の金子です。月ごとに幾ばくかを送りますので」
源五郎さまに森さまが財布を渡して、そして最後に僕に言った。
「雲之介、お前も励めよ」
「はい。承知しました」
森さまが見えなくなるまで見送った後、源五郎さまは「よし。雲行くぞ」とにやりと笑った。
「千宗易さまのところですね」
「何を言っているのだ? その前に行くところがあるだろう?」
行くところ? なんだか分からない。
「源五郎さま、どこに行くんですか?」
「決まっているだろう。南蛮商館だ」
にこにこ笑いながら源五郎さまは僕に命じた。
「何をぼさっとしている。南蛮商館への道を誰でもいいから聞いてこないか」
南蛮商館は今まで見たこともない珍妙な建物だった。木ではなく、かといって石でもない、摩訶不思議な素材で建てられていた。
入るのが躊躇われたけど、目をきらきら輝かせた源五郎さまは「入るぞ、雲!」と言ったので仕方なく入った。まあ、中に入れば案外普通かもしれない――
「おや? 子供ではないデスカ」
中の人間は外観よりも珍妙だった。
白い肌と金色の髪、そして青い目。
そんな鬼のように背の高い大人が居た。
咄嗟に刀を手にかけるところだったけど、源五郎さまが「おお! おぬしが南蛮人か!」と嬉しそうに言ったので留めた。
「いかにもデス。わたしはロベルト言いマス。よろしくお願いしマス」
日の本言葉を話しているが、どことなく不自然な感じがする。
「俺は源五郎。こっちは雲之介という。珍しいものを売っているそうだが、良ければ見せてくれないか?」
「おー、いいデショ。その前に、お金持ってマスカ?」
「ああ。金子はここにある」
森さまから貰った財布を見せると「ならこちらへドウゾ」と案内する南蛮人のロベルト。
「源五郎さま! 良いのですか!? それは当面の生活費では――」
「兄上への土産よ。あのお方は新し物好きだからな」
「しかし――」
「全部は使わん。それに足りなかったから千宗易とやらに借りれば良いだろう」
なんて勝手な人だ!
でも大殿への土産は買わないといけないのも事実だ。
いや、修行を終えてからのほうが良いのでは――
そう考えていると、ロベルトが「ここデス」と言う。案内が終わったのだ。
「な、なんだこれは!」
思わず大声で叫んでしまった。
音のなる箱。金属でできた文字やら数字が書かれた円形のもの。赤と金色で装飾された布。細長い銀色の筒。甘い香りのする食べ物らしきもの。
どれもこれも見たことがない!
「ふふふ。見てみろ。布でできた兜があるぞ」
源五郎さまは臆せずに手に取って見ていた。
「げ、源五郎さま! そのようなもの、何らかの妖術がかかっているかも――」
「馬鹿者。この世に妖術などありはしない。あったとしてもこの者が使えるわけがない」
「な、何故――」
「使えるのなら財布を見せた時点で使われているだろうが。それに妖術が使えるのなら商売する必要もあるまい」
た、確かにそのとおりだけど……
「おっ。これはなんだ?」
源五郎さまが興味を示したのは球体の何か分からぬものだった。
青が多く塗られていて、それからぐねぐねした模様が書かれている。
「おー、それは地球儀デスネ」
「地球儀? なんだそれは?」
「この世界の地図デスネ。世界はこうなっておりマス」
はあ!? 世界が丸いだって!?
「世界が丸いって本当か!?」
「はい。そのとおりデス」
「し、信じられない……」
源五郎さまも「とてもじゃないが信じられないな」と呟いた。
「まあいい。そこの布を見せてくれ」
「はい。それはマントというものデス」
理解を超えたのか、それともどうでもよくなったのか、源五郎さまは別のことに興味を示している。
結構大物だな……
僕はなんだか恐ろしくなって、今すぐ出て行きたかったけど、源五郎さまを守らないといけなかった。
だから目を背けてなるべく見ないようにしていた――
「うん? これは……」
円形で穴がある金属製の品。何故か目を離せなかった。
「それは結婚指輪デス」
ロベルトが近くに寄って解説した。
「結婚指輪……」
「あまり売れないデスケド。この国には風習がないのデスネ」
「どんな風習だ?」
「私たちの国では結婚、つまり祝言を挙げたら、左手の薬指に付けるのデス」
指輪か……確か藤吉郎には良い人が居たっけ。
「なんだ。市にあげようと思っているのか?」
からかう源五郎さまに僕は顔を真っ赤にして「違います」と否定した。
「藤吉郎に渡して、想い人と仲良くなってほしいと思いまして」
「ああ。お前の主君だな」
源五郎さまはしばし悩んで「おいロベルト」と言う。
「売れてないと言ったな。この結婚指輪」
「はい。そうデス」
「これとマントとやらを買ってやる。その代わり、指輪は負けろ」
ロベルトは少し悩んで「まあ売れ残るよりはいいデショ」と最終的には納得してくれた。
「あなたとは顔馴染みになりそうデスネ」
「そうだな。俺は気に入った」
僕は小声で「よろしいのですか?」と源五郎さまに囁いた。
源五郎さまはにやりと笑った。
「ふん。負けて手に入ったものなど、兄上には献上できんわ」
そういうわけで結婚指輪が入った小箱とマントを包んだ荷物を持って南蛮商館を後にした。
そしていよいよ、千宗易が居る店に行く。
「お待ちしておりました。織田源五郎さまと雲之介さまですね」
店の前で待っていたのはどこか気難しそうで頑固そうな僕より少し年上の青年だった。彼は丁寧に対応してくれているけど、どこか苛立っていた。
「おう。あまり機嫌が良くなさそうだな」
空気を読まない源五郎さまに対して青年は「すぐ来ると思っていました」と憮然と応じる。
「わび数寄者であらせられる師匠をお待たせするとは……」
「師匠? なんだ、お前も弟子なのか」
「ええ。山上宗二と申します」
源五郎さまは「ということは兄弟子にあたるな」といつも通りに返した。
茶室は店の中にあるらしい。
「茶室にて、師匠が茶を点てております。まずは疲れを癒してください」
案内された茶室の前。僕と源五郎さまは正座をした。
山上さんが茶室のふすまを開けた。
そこに居たのは――
「ようこそ。お待ちしておりました」
狭い部屋の茶釜と一人の大男。
彼は――よく見知った人物。
「た、田中さん?」
「私はもう一つ、名がありまして」
田中与四郎は、自身の世間で通った名を告げる。
「千宗易と申します。さて、お茶の準備が整っております。どうぞ中へ」
源五郎さまが興奮するのも無理はない。
人、人、人――
こんなに大勢の人を見たことがなかった。
それに多くの店がひしめいていた。
京の都を経由せずに堺に行ったから、確実なことは言えないけど、日の本で一番盛況で栄えている町ではないだろうか。
ここまで賑わっているのは、町をぐるりと囲んでいる水堀のおかげだろう。いざとなったら守れる構造。安心と安全が商売に専念できるようになっている。
「堺は足利義冬さまが本拠とされていたほどの商業都市でございます。しかしそれが全てではございません。水運による貿易港でもあります」
田中さんの言葉で源五郎さまが思い出したように言う。
「貿易といえば南蛮人との交易も有名だな」
南蛮人? なんだろう? そう思って聞こうとすると――
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田中さんは僕たちにお辞儀をした。
「ああ。また縁があれば会おう」
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源五郎さまと森さまも応じる。
僕は「いつかまた会えますか?」と思わず聞いてしまった。
「ええ。近いうちに会えるでしょう」
にこりと微笑んで、田中さんは去ってしまった。
その言葉がどこか断定的だったので、少し気にかかった。
「それでは俺もこれにて。修行が終わったら迎えに来ますから」
森さまは織田家での勤めがあるから、一旦尾張に帰るのは当然だった。
正直心細いが、毎日武芸の修行をしなくていいのはありがたかった。
森さまって前田さまよりも厳しかったから。
「うむ。ここまでご苦労だったな」
「これは当面の金子です。月ごとに幾ばくかを送りますので」
源五郎さまに森さまが財布を渡して、そして最後に僕に言った。
「雲之介、お前も励めよ」
「はい。承知しました」
森さまが見えなくなるまで見送った後、源五郎さまは「よし。雲行くぞ」とにやりと笑った。
「千宗易さまのところですね」
「何を言っているのだ? その前に行くところがあるだろう?」
行くところ? なんだか分からない。
「源五郎さま、どこに行くんですか?」
「決まっているだろう。南蛮商館だ」
にこにこ笑いながら源五郎さまは僕に命じた。
「何をぼさっとしている。南蛮商館への道を誰でもいいから聞いてこないか」
南蛮商館は今まで見たこともない珍妙な建物だった。木ではなく、かといって石でもない、摩訶不思議な素材で建てられていた。
入るのが躊躇われたけど、目をきらきら輝かせた源五郎さまは「入るぞ、雲!」と言ったので仕方なく入った。まあ、中に入れば案外普通かもしれない――
「おや? 子供ではないデスカ」
中の人間は外観よりも珍妙だった。
白い肌と金色の髪、そして青い目。
そんな鬼のように背の高い大人が居た。
咄嗟に刀を手にかけるところだったけど、源五郎さまが「おお! おぬしが南蛮人か!」と嬉しそうに言ったので留めた。
「いかにもデス。わたしはロベルト言いマス。よろしくお願いしマス」
日の本言葉を話しているが、どことなく不自然な感じがする。
「俺は源五郎。こっちは雲之介という。珍しいものを売っているそうだが、良ければ見せてくれないか?」
「おー、いいデショ。その前に、お金持ってマスカ?」
「ああ。金子はここにある」
森さまから貰った財布を見せると「ならこちらへドウゾ」と案内する南蛮人のロベルト。
「源五郎さま! 良いのですか!? それは当面の生活費では――」
「兄上への土産よ。あのお方は新し物好きだからな」
「しかし――」
「全部は使わん。それに足りなかったから千宗易とやらに借りれば良いだろう」
なんて勝手な人だ!
でも大殿への土産は買わないといけないのも事実だ。
いや、修行を終えてからのほうが良いのでは――
そう考えていると、ロベルトが「ここデス」と言う。案内が終わったのだ。
「な、なんだこれは!」
思わず大声で叫んでしまった。
音のなる箱。金属でできた文字やら数字が書かれた円形のもの。赤と金色で装飾された布。細長い銀色の筒。甘い香りのする食べ物らしきもの。
どれもこれも見たことがない!
「ふふふ。見てみろ。布でできた兜があるぞ」
源五郎さまは臆せずに手に取って見ていた。
「げ、源五郎さま! そのようなもの、何らかの妖術がかかっているかも――」
「馬鹿者。この世に妖術などありはしない。あったとしてもこの者が使えるわけがない」
「な、何故――」
「使えるのなら財布を見せた時点で使われているだろうが。それに妖術が使えるのなら商売する必要もあるまい」
た、確かにそのとおりだけど……
「おっ。これはなんだ?」
源五郎さまが興味を示したのは球体の何か分からぬものだった。
青が多く塗られていて、それからぐねぐねした模様が書かれている。
「おー、それは地球儀デスネ」
「地球儀? なんだそれは?」
「この世界の地図デスネ。世界はこうなっておりマス」
はあ!? 世界が丸いだって!?
「世界が丸いって本当か!?」
「はい。そのとおりデス」
「し、信じられない……」
源五郎さまも「とてもじゃないが信じられないな」と呟いた。
「まあいい。そこの布を見せてくれ」
「はい。それはマントというものデス」
理解を超えたのか、それともどうでもよくなったのか、源五郎さまは別のことに興味を示している。
結構大物だな……
僕はなんだか恐ろしくなって、今すぐ出て行きたかったけど、源五郎さまを守らないといけなかった。
だから目を背けてなるべく見ないようにしていた――
「うん? これは……」
円形で穴がある金属製の品。何故か目を離せなかった。
「それは結婚指輪デス」
ロベルトが近くに寄って解説した。
「結婚指輪……」
「あまり売れないデスケド。この国には風習がないのデスネ」
「どんな風習だ?」
「私たちの国では結婚、つまり祝言を挙げたら、左手の薬指に付けるのデス」
指輪か……確か藤吉郎には良い人が居たっけ。
「なんだ。市にあげようと思っているのか?」
からかう源五郎さまに僕は顔を真っ赤にして「違います」と否定した。
「藤吉郎に渡して、想い人と仲良くなってほしいと思いまして」
「ああ。お前の主君だな」
源五郎さまはしばし悩んで「おいロベルト」と言う。
「売れてないと言ったな。この結婚指輪」
「はい。そうデス」
「これとマントとやらを買ってやる。その代わり、指輪は負けろ」
ロベルトは少し悩んで「まあ売れ残るよりはいいデショ」と最終的には納得してくれた。
「あなたとは顔馴染みになりそうデスネ」
「そうだな。俺は気に入った」
僕は小声で「よろしいのですか?」と源五郎さまに囁いた。
源五郎さまはにやりと笑った。
「ふん。負けて手に入ったものなど、兄上には献上できんわ」
そういうわけで結婚指輪が入った小箱とマントを包んだ荷物を持って南蛮商館を後にした。
そしていよいよ、千宗易が居る店に行く。
「お待ちしておりました。織田源五郎さまと雲之介さまですね」
店の前で待っていたのはどこか気難しそうで頑固そうな僕より少し年上の青年だった。彼は丁寧に対応してくれているけど、どこか苛立っていた。
「おう。あまり機嫌が良くなさそうだな」
空気を読まない源五郎さまに対して青年は「すぐ来ると思っていました」と憮然と応じる。
「わび数寄者であらせられる師匠をお待たせするとは……」
「師匠? なんだ、お前も弟子なのか」
「ええ。山上宗二と申します」
源五郎さまは「ということは兄弟子にあたるな」といつも通りに返した。
茶室は店の中にあるらしい。
「茶室にて、師匠が茶を点てております。まずは疲れを癒してください」
案内された茶室の前。僕と源五郎さまは正座をした。
山上さんが茶室のふすまを開けた。
そこに居たのは――
「ようこそ。お待ちしておりました」
狭い部屋の茶釜と一人の大男。
彼は――よく見知った人物。
「た、田中さん?」
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